23話 「彼らの事情」
王城の敷地を広く占有するその部屋の緩んだ雰囲気が、和んだ様子が、肌に刺さるほどの緊張感を伴って変化していくのが分かる。
それは机を挟んで正面、そこに座る男性が話した言葉を起点として、ルナの隣にいるファルベが張り詰めたような表情を浮かべているからだ。
「例の件って……」
様子を見ている限り、ファルベとラルフの二人には共通の話題のようだが、聞き覚えのないルナはそう聞き返す。
「それはね、ファルベ君の『冒険者狩り』活動に関する問題についてだ」
ラルフは人差し指で眼鏡の位置を戻し、そのまま顔の前でピンと立てる。
「そもそも、ルナちゃんは疑問に思わなかったかい?どうして『冒険者狩り』なんて呼ばれて犯罪者から恐れられているファルベ君が、『下級』程度の冒険者を相手にしていたことをね。はっきり言って、下級なら彼に任せるような大事ではないんだ。それこそ、対人経験の少ないシャルロット君ですらこなせるぐらいだからね」
「それなら、どうしてししょーは……」
「当然の疑問だね。それについては――」
どこか得意げな表情を浮かべて口を開いたその瞬間、
「中級冒険者の犯罪者の殆どが一斉に行方をくらませたんだ。それで、ある程度情報が集まるまでは俺も迂闊に動けなかった」
彼の言葉を半ば強引にファルベが引き継いだ。無理やり割り込む形で答えを話したファルベに、あまり気分が良くないという風な視線を向けると、
「どうして君が先に答えを教えてしまうんだ。情報の行き届いていない彼女に意味深な表情で開示する僕の小さな自己顕示欲が満たされないじゃないか」
「その程度の理由だったのかよ。それにな、お前に説明を任せると絶対に、確実に横道に逸れるだろ。共有すべき情報はさっさと共有しろよ」
回りくどく、更に余計な寄り道を挟みつつ解説する予定だったラルフに正論を突きつける。
その理由がただの自己顕示欲、また承認欲求であったのだから救いようがない。
ただ、
「共有すべき情報は即座に共有すべき、か。それを君に言われると、中々に面白いね」
「……何が言いたい」
「分かってる筈だよ? 本来なら、ルナちゃんに伝えなくちゃいけない事実を、個人的な感情のみで隠蔽し続けている君が、それを言うのかということだよ」
ファルベの反応を伺うように厭らしい笑みを浮かべる。
それに対して痛いところを突かれたと言わんばかりに表情を歪めたファルベは、
「チッ……まあでも、お前の言う通りだよ。悪かった」
「別に僕は嫌味で言ったわけじゃない。気にしていないよ。ともかく、『中級』の犯罪者はその尽くが、少し前から姿を消し、こちらも居所を掴めなかった。だから何か情報が出るまでは場つなぎというか、彼の空いた時間を埋める意味で『下級』相手の仕事を回していたんだ」
「どうして、姿を消したのかは…」
「そんなもん、俺が知りたいよ。何らかの意味はあるんだろうが、それは俺達に推測出来るものじゃない。だけど――」
言って、手元のティーカップへ落としていた視線を上げ、正面に座る男を見据えると、
「だけど、さっき新しい情報が手に入った、って言ったよな。つまりは奴らの居場所を特定できるような、或いは予測できるようなものが手に入ったんだろ?」
「ファルベ君の期待に添えるかは微妙だけど、全く情報がないよりはマシだと思うよ」
歯切れの悪い言葉だが、ラルフも言っていた通り、何も無い状態よりはマシになるはずなので、彼の台詞を遮らないように聞き耳を立てる。
「消息を絶った中級冒険者の内の一人が、ここから南に向かったところにある、湖付近でその存在を確認された」
この国の東西南北にそれぞれ位置する観光名所――とまではいかないが、特徴的な土地の一つ。北の山脈、東の平原と森林、西の砂漠、そして南の湖。
そこに目的の人物が姿を現したらしい。
「どうやってそいつを発見したんだ?姿を消した奴らを見つけれたんなら、それが出来た人は相当優秀だったんだな。仕事の合間に俺もちょくちょく情報を集めていたつもりだったんだけど、それらしいものは全く聞かなかったからな」
午前で仕事を終わらせれば酒場やギルドに寄って、暇を持て余した冒険者達から何かしら不穏な噂などが出てきていないか聞き込みをしていた。
ただ、それで何か重要な情報が得られたことは無かったが。それもそうだろう。全員が全員他の冒険者に関する情報に精通しているわけではない。というより、冒険者に関する情報など二の次な人間の方が圧倒的に多い。
何故なら、冒険者は魔物を相手にする職業なのだから。
だから、聞き込みを行った冒険者は、自分より格上の犯罪者がいなくなったという事実を喜びこそすれ、詳細を追求しようとした者などいないのだ。
そんな状況で情報を得ることができたのなら、余程調査を重ねて小さな足跡から突き止めたのだろう。
そんなファルベの予想だったが、
「いや、湖付近にある村の冒険者を複数人殺したことから、発覚したんだ」
どうやら、ド派手にやらかしていたようだ。小さな足跡なんてものじゃなく、目に見える大穴を開けていた。
「それなら姿を消した意味ねえじゃねえか!」
彼らの行為に意味を見いだせないファルベはそう突っ込む。
結局、何の為に姿を晦ましたというのか。
「いやまったくもって、君の言う通りだよ。本当に……あいつは、何を……」
考え込むように、こめかみを指先で押さえて呟く。
「んあ? 何か言ったか?」
「……何でも無いよ。君の考えに同意を示しただけさ」
悩ましげな表情はすぐになりを潜め、いつもの陽気な調子で返答する。
そして、パンと両の掌を打ち合わせ、張り詰めていた空気を解くと、
「さ、これで本当に話すべきことを話し終えたよね! あんまり長居するのも気まずいでしょ」
「そうだな。何度来ても、ここみたいな豪勢な建物の雰囲気は苦手だ。俺の家ぐらいが丁度いいよ」
どこを見ても明らかに高価な物が並べられていて、どの部屋に行くにも警備員が配置されている王城のような場所はどうにも心休まらない。
元々が貧乏気質というか、安い物の方が逆に安心感を覚える。
それに加えて話もひと段落つき、他の報告することもなかった為、彼の提案は魅力的だった。
「ほら、一旦家に戻るぞ、ルナ」
柔らかなソファーに腰掛けて、その機能性を存分に堪能していたルナに手を差し伸べる。
「あ、ありがとうございます」
ファルベがそんなことをするとは思わなかったのか、少し頬を赤らめた様子を見せると、素直に彼の手を取る。
「何でちょっと動揺したんだよ……まあいいや、じゃあな、お前の変態性癖もほどほどにしとけよ」
前半は恥じらうかのような顔をするルナに向けて、後半は部屋の主人たるラルフに向けて言う。
「それは難しいと言わざるを得ない。魔物の魅力はどれほど年月を重ねても色褪せないし、それほど素晴らしい存在を語るのに情熱を傾けてはいけないなんて、出来るわけもない」
「あー、分かった分かった。とにかく場所と人は選んでしろよ。それだけだ」
「善処するよ」
そして、別れを示すように手を振る彼を背にしてファルベは部屋を出る。




