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獅子と私  作者: sin
本編
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9/31

9話





「この戦いが終わったら、聞いてほしいことがある」



私は思わず持っていたお茶菓子を取り落とした。

陛下、非常に言いにくいんですけど、それ、ものすごい死亡フラグです。













戦争の準備がいよいよ本格化し始めた。本宮はバタバタと忙しく、陛下も夜遅くに後宮に来てすぐに寝付くようになった。私も1日に3回は「本宮でお眠りになった方が」と進言しているものの、残念ながらその効果はまるでなかった。



さて、陛下がバリバリの死亡フラグを建設したのは、子犬貢物事件から1週間、サプライズプレゼント事件から3日が経過した頃だった。あれからプレスコット公爵令嬢とシェリはなんだかんだで仲良くやっているらしい。主に一方的な愛情を注がれているようだがそれはそれとして。首飾りは「ようやくお嬢様にも春が到来なさったようで」という意味不明なお言葉と共に魔女のご機嫌を最上級に高めるお役立ちアイテムとして重宝している。




それにしても、いったいどういう経緯でこんな死亡フラグ一直線の言葉が出てきたのか理解に苦しむ。詳しい事情は知らないが、とりあえずこの国の未来のために言っておかなければならないことがあった。



「…陛下、それ、今仰ってください」

「な、なぜだ」

「いいから早く!」



その台詞を言った人間の末路を事細かに教えて差し上げましょうか!と言いたいところをぐっとこらえて陛下に詰め寄る。


陛下はだいぶうろたえていたようだが、やがて何かを決心したように、私の目を見つめ返した。肉食獣の鋭い目が、獲物をロックオンした時のように細められる。

…あれ、なんだか、嫌な予感がする、ぞ?



獅子の鬣が小さく揺れる。陛下は音もなく椅子から立ち上がると、向かいに座っている私の目の前に跪いた。そして、黒い爪が光る肉球をこちらに見せて手を差し出すと、深く首を垂れる。忠誠を誓う騎士の様だ。私からは鬣が一筋の乱れもなく撫でつけられているのがよく見えた。


そういえば、みつあみはいつさせてくれるんだろう。





余計なことを考えていた私を咎めるようなバリトンボイスが、これ以上ないほどに美しく、震えた。






「―――私と、結婚してほしい」







よりにもよってまた死亡フラグですか。















「帰ってきたら言いたいことがあるんだ」「この戦いが終わったら結婚するんです」の死亡フラグ代表コンボを見事に決めた陛下は、跪き項垂れて手を差し出したまま動かない。わぁ、ぷにぷにの肉球がとっても魅力的ですね。ちょっと触っても……あいやだめだそれ私の死亡フラグだ。


私は焦っていた。混乱もしていた。私はすっかり、陛下が唯一後宮で触れることができる妃候補は私だけだと言う事実を忘れ去っていたのだ。意図的に意識の外に追いやっていたと言ってもいい。いやまず、この状態の陛下が誰かに求婚をするという発想がなかった。

いずれにせよ、ここでこのタイミングの求婚はちょっと予想外すぎたのである。



「顔をお上げください、陛下」



ひとまず話をしないことには状況がつかめない。

陛下は、私の言葉に素直に顔を上げた。獅子のきょとん顔とか誰得だよ。小首傾げやがって。ちょっと可愛いとか思ってないからな。



「…どうしてそうなったのです」

「宰相が、首飾りを受け取ってもらったのならあとは求婚するだけだと言ってきてな」

「……」

「だが、もうすぐ大きな戦がある。それが無事に終わるとは限らない。宰相には悪いが、求婚は戦が終わってからにしようと思っていた」



わかった。もうわかった。宰相と陛下がまじで恋バナしてるのはもうわかったから。それをすぐ私に反映しようとするのはやめてください。そして宰相はいったいいつの時代の女の人を想定しているんだ?贈り物を受け取ったら求婚オッケーってそれどこの民族の風習?



「なぜ今仰るんです」

「…?お前が言えと言ったのだろう」

「いやそうですけど、そうじゃなくて…ええとつまり、求婚は、本気で妃にしたい相手にするものでしょう。陛下は私を妃にしたいとお思いですか?こんな短時間で、それにこんなに少ない選択肢の中で?」




選択肢と言ったが、プレスコット公爵令嬢が猫アレルギーである以上、実質私しか選択の余地がないのである。


だが、今後増える可能性は大いにある。由緒正しいお嬢様方が後宮を去ってしまったとはいえ、国民全体が獅子歓迎ムードの中で恐怖が薄れて頭が冷えてきたら、すぐに戻ってきたがるだろう。やる気もなく極度のめんどくさがりやな私がなるより、よほど妃の座を効果的に使ってくれそうだ。なにより、選択肢は多いに越したことはない。国を左右するほどの大事な決定で、1/2の確率(しかも一方は近寄ることもできない)しか当てにできないのはあまりにも不憫だ。



だいたい、色々あって忘れかけてはいたものの、私の野望は『めんどくさくない人生を送る』ことである。すでに様々なめんどくさいことが勃発している今、これ以上厄介事を増やすのはご遠慮いただきたい。




「……?」



陛下は首を傾げて悩み始めた。


ご遠慮いただきたいと言ったとはいえ、こうも純粋に悩まれるとちょっとはらはらしてしまう。まるで息子の恋を遠くから見つめる母親の様な気分だ。そこは嘘でもいいから肯定しておくべきだろうに。陛下の恋愛偏差値の低さが窺い知れる。宰相が恋バナを持ちかけたがるのもまぁわかるっちゃわかる、気がする。気分は孫の恋を見守るおじいちゃんだろうか。




心の中でさんざん失礼なことをのたまっている私に、陛下の目が向いた。

ロックオンするような鋭いものでも、笑いかけているようなものでもない、ただ酷く静かな彼の瞳が、私の目を見ている。

その真剣さに何も言えないでいると、陛下は何の躊躇いもなく口を開いた。






「妃にしたいかどうかは、よく、わからないが。お前が横で眠ってくれる夜は、とても心地いいと思うよ」









生意気言ってごめんなさい。

陛下の恋愛偏差値、めちゃくちゃ高かったです。
















天然の恋愛スキルを発揮した陛下の視線に耐えきれず、結局私は求婚を突っぱねることができなかった。気休めではあるが、死亡フラグを折るために「今夜この部屋で口にしたことは全て無かったことにすること」を条件に、「戦が無事に終わって陛下が私を妃にしたいと熱望したら」という大前提で、「まぁ求婚を受けるか考えなくもない」というとんでもない上から目線の返答に、それでも陛下は満足したようだった。精神的にMっ気があるのかもしれない。







翌日シェリとハンナにこのことを報告したところ、シェリは持ち前の子犬っぷりを発揮してはしゃぎまわりながら完遂しようとした掃除の途中で案の定高そうな花瓶を2つ割った。

ハンナはというと、そんなシェリの様子を怒りもしないでにこにこ眺めて、なんと一緒に花瓶の欠片を片づけてさえいた。いつもであれば粘着液と欠片を手渡して「1時間以内に組み立てられなければお城の外周をランニングしてきていただきますわよ」というであろうあの魔女が。不気味である。



「あのね、2人とも。私の野望が、計画が、台無しになりかけてるんだよ?もうちょっとこう、主人を労わろうって気は起きないの?」

「素敵です、ほんとうに素敵です!陛下にご寵愛されるなんて、さすがお嬢様です!今までお嬢様が殿方に見向きもしなかったのはこの日のためだったんですね!シェリは誇らしいです!ああ、本当に素敵です!」

「おーいシェリ、自分の世界から戻っておいでー。お前のご主人はわりと真剣に困ってるんだからねー」

「本当に、シェリの言うとおりですわね。ようやく、がさつでめんどくさがりで出不精でやる気のない頭のおかしな野望を掲げているお嬢様に、絶望的と思われていた春がやってきたんですもの。喜ばしいですわ」

「あれ?貶されてる?これ私貶されてるよね?怒っていいよね?」

「何を仰います。純粋に応援しているだけではありませんか。断じて面白がってなどいませんわ、ええ、ほんとうに」

「結婚式のドレスは私にお任せくださいね!ぜひ、その首飾りに合うドレスをご用意しますから!」

「ああ…うん…もうそれでいいよ…」






このメイドたちは、基本的に主人の野望を叶えようという気がさらさらないのである。薄々気づいてたけどね。ここまではっきりと応援宣言をされるとむしろ小気味いいわ。




いまだにはしゃいでいる子犬とそれを微笑ましげに眺める魔女を見ながら、私は小さく笑った。まぁ要するに、それだけ私の行く末を2人とも心配していたということだ。この騒動を、愛されていると脳内で変換したって罰は当たるまい。







笑った拍子に、首元で、薔薇の飾りが小さく揺れた。











(死亡)フラグ乱立の回でございました

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