8話
きんきんきらきらの宝石が所狭しと埋め込まれた首飾りを片手に突っ立っている獅子を前に、いったい私が何を言えたというのだろう。
私は、精一杯の笑顔のまま、そっと部屋の扉を閉じた。
「いきなり扉を閉めるとは何事だ」
猛然と扉を叩いてきた陛下を渋々部屋に招き入れたのはその30秒後。蝶番がみしみし嫌な音を立て始めたからだ。いくらなんでも扉の修理代を出すのはご勘弁願いたい。
些か不機嫌そうな声の陛下が椅子に腰かけた。目にまぶしい首飾りは無造作に机の上に置かれている。黒い爪に引っ掛けて持ち運んでいたというのだから鳥肌ものである。
「陛下こそ、どうなさったんです?」
「なにがだ?」
「そんなあく…高価な首飾りをいきなりお持ちになるなんて」
持ってきた本人を前に悪趣味と言い放つ度胸は流石に無かった。ごってごての宝石が規則性もクソもなく並べられているだけの首飾りだ。よくこれを売り物としようと思ったものだ。子供が石をならべて模様を作る方がまだましなレベルである。
陛下は意外にも、その首飾りを胡散臭そうに眺めた。あれ、自分の装飾品を自慢しに来たんだと思ったのに。
「宰相がな、持っていけと言ってきた。女はそういうのが好きだろうから落とすにはもってこいだと」
「はぁ…」
なんだ、プレゼントだったのか。
宰相も宰相で女に対して古い概念をお持ちのようだが、陛下も陛下でちょっと頭が弱いのかもしれない。それを女の前で堂々と言ってしまうのはどうなんだ。
それにしても、一体何でそんな話になったのだろう。もしかしてこの王様、宰相と恋バナしてんのか?あの頭真っ白けのしょぼしょぼしたおじいちゃん宰相と?なんだそれちょっと見てみたい気がする。間違ってもまざりたくはないけれども。
「私は、これがお前に似合うと思えない」
陛下はしかし、予想の右斜め上の事を口にした。
プレゼントをいきなりの真っ向否定である。流石の私もそれは予想できなかった。ただまぁ、同意はしておく。
「…ええ、私もそう思います」
「お前がこういうものを好むとも思えない」
「仰るとおりです。金の無駄だと思いますね」
陛下は、聞きなれた低い笑い声を零した。獅子が口を開けてこちらを見るのはかなり恐いものがあるが、目にしっかり知性があることで、それも大きく緩和される。獅子の王様は、今日も綺麗で茶金の立派な鬣を綺麗に撫でつけていた。
その王様は、笑いを収めないままに立ちあがって、何を思ったか、私の背後に回り込んだ。
「?陛下…」
「じっとしていろ」
耳元でのバリトンボイスはなかなか強烈なものがある。私は反論もできずに、椅子に座ったまま大人しくしていた。
私の後ろに回った陛下はしばらくごそごそしていた。そのごそごそに気を取られて、首元にあたる微かな感触に気がつくのが、少し遅れてしまった。
私が違和感に気がつくのと、陛下が私の目の前に立って、満足そうに喉を鳴らしたのは、ほぼ同時だった。
「ああ――思った通りだ。そっちの方が、お前に、似合うな」
私の首元に、華奢な鎖で繋がれた、美しい薔薇細工の小さな飾りが揺れていた。
「へ、いか…これは」
「宰相の趣味に賛同しかねたからな。私の趣味で対抗してみた」
「では、これは、陛下の、お持ち物ですか?」
「ああ、以前城下に忍んで出掛けた時に買っていたものだ」
あまりにも予想外の出来事に動揺する私を気にすることなく、陛下は飄々と話を続けた。
なんだか話がよくない方向へ流れている。私は毅然とした態度を取ろうと背筋を伸ばした。
「こんな…いただけません」
「男からの贈り物を突き返すのか?私のプライドのためでいい、そのまま受け取ってくれ。お前によく似合っている」
無理でした。
返そうとするもあえなく撃沈。陛下の視線は一直線に私の首元をさしている。
私もその視線を辿って、自分の首元を見た。指の爪ほどの大きさの細かな細工が施された赤い宝石が薔薇を模っている、金の縁が美しい首飾りだ。夜会やパーティーで着けるには地味なくらいに控え目だが、私の好みどストライクの、華奢で可憐なデザインだった。
好みのプレゼントが嬉しくない人間がいたらお目にかかりたい。少なくとも、私は、嬉しい。
「……ありがとうございます。大切に、いたします」
精一杯の感謝の気持ちを込めて笑顔でそう言うと、陛下は目をぱちくりした後、小さく笑った。
灯を消してベッドに横になると、陛下が珍しく背を向けて横たわっていた。
綺麗に撫でつけられた鬣が、陛下の身じろぎに合わせて小さく揺れる。気が付いたら、手を伸ばしていた。
見た目に反しない柔らかい毛が指を包み込む。手を差し込んだら、ほっと息が零れるほどもこもこで、暖かかった。
少しだけ体をずらして鬣に近づいた。
「…どうした?」
眠たそうな、低い声が聞こえる。
「鬣が生えるってどんな気持か考えていました」
「…髪と、大した違いはない」
「暖かいですね」
「ねむいからな」
「こんどみつあみに編ませてくださいますか?」
「……もう、ねむれ」
良いとも悪いとも言われなかったので、今度やってみよう。
もふもふの誘惑に耐えきれずに、にじり寄って顔を埋めた。ふわふわもふもふしていて暖かい。
陛下は少しだけ身じろぎして、ちょっと笑った。息を吐いたついでに少しだけ零したような微かな笑い声だった。聞かなかったふりをしてしばらく動かないでいると、静かな寝息が聞こえてきた。どうやら本当に眠かったらしい。
陛下の寝息に誘われて、意識がゆっくり落ちていく。
獣の匂いは相変わらずしなくて、ちょっとだけ、お日さまの匂いがした。
じょじょに、じょじょに、隙間が埋まっていくのです




