6話
急に話が飛びます。
私は、持ち込んだ本を見るともなしに眺めていた。ハンナが部屋の飾り棚を掃除している。
その隣にはいつもの子犬の姿が――ない。シェリは、お茶に合う花を摘んでくると言って、中庭の方に出かけていったのだ。いつの間にか庭師と仲良くなっていたらしい。花の選定をするんだと非常に張り切って、このところ毎日お花がお茶に浮いている。
しかし気になるのは、最近シェリがそわそわと落ち着かないところだ。庭師と恋にでも落ちたかと思ったが、生憎庭師は60をとうに越した寡黙なおじい様である。もちろん他人の恋の趣味をとやかく言いたいわけではないけれども、あの犬っころがそんな特殊性癖を隠していたとも思えない。隠し事が壊滅的に下手くそなのに一生懸命隠そうとしているのが可愛いと思って今日まで見守っていたが、そろそろ問い詰めてもいいかもしれない。
「可愛がっていた子犬が恋か…感慨深いものがあるね」
「馬鹿なことを仰ってないでご自分の心配をしてくださいませ」
独り言だったのに心を抉るような返答をされた。
掃除が終わったのか、ハンナが箒を持ってこちらを見ていた。そうしているとまさしく魔女に見える。本人には死んでも言わないけど。
「心配って?」
「毎日陛下がお渡りになっているのに、色めいたことが何もないことですわ」
「私だってそれとなくプレスコット令嬢を勧めてるんだよ。なのにあの王様聞きもしないでこっちに来ちゃうんだもん」
「なんて嘆かわしい…」
ハンナは重たい溜息をついて、箒をしまいに部屋を出ていってしまった。おい、半笑いだったのわかってんだからな。
謁見の間で陛下が獅子の姿を披露してからちょうど2週間が経っていた。国民全員に知れ渡ったその姿は、陛下の思惑通り、隣国への怒りへと繋がっていったらしい。あんなとんでもナルシストにもそれなりに人望があったと言うべきか、国民の皆様がちょっとアレと言うべきか。集団心理って怖い。
ともかく、我が国はお隣の国に堂々の宣戦布告を行った。今、国全体が戦争に向けて一丸となって準備をしている真っ最中なのである。
おそらく目も回るような忙しさなのだろうが、獅子の王様はなぜか毎晩私の部屋に入り浸っていた。夜も更けたころにひょっこり顔を出し、少しだけ話をして(大抵が彼の王宮内での不満吐露である)、ごろんと眠る。最初に宣言した通り、手は出してこなかった。あの黒い鋭い爪を持っていたら出したくても出せないと言うのが本音かもしれないが。
毎日お渡りがある私にはさぞ盛大な嫌がらせが待ち受けているだろうと思ったがそんなこともなかった。がらんとした後宮内には、今や私とプレスコット公爵令嬢しかいないからだ。みんな一目散に荷物を纏めて領地に帰ってしまった。この国の女の人は馬鹿じゃないし強かだということが大変よくわかった。
私の目論見どおりに後宮に残ってくれたプレスコット公爵令嬢は、私を見ると何か言いたそうな顔をするが、何も言わずに口を閉ざしてしまうようになった。自分を差し置いて陛下を独占(笑)している私に嫉妬しているのか、それともあの獅子を毎晩部屋に招き入れている私に同情しているのか分からない。分からないから手の打ちようもない。嫉妬しているなら多少強引に陛下と引き合わせることもできるが、もし嫌がっているならそれも忍びない。もしかしたら彼女は、帰還を望んだが家に受け入れられなかった可能性もあるのだ。
せめて話が出来るといいのだが。
部屋に戻ってきたハンナを横目に、私は読みかけていた本を閉じた。そろそろシェリが返って来る頃だ、美味しいお茶を淹れてもらおう。
私が、美味しいお茶を思い浮かべてちょっとほんわかした気分になった、その瞬間。
「おじょ…っお嬢様ああああああああ!!!!!!」
私の可愛い可愛い小犬が、泣きながらすごい勢いで部屋に転がり込んできたのだった。
「お嬢様、わたし、わたし、買収されちゃいますううううう!」
パニックになって泣きじゃくるシェリは、片手に花と、そしてもう片手に可愛らしいスカーフを持っていた。ちょっと見ただけでもそのスカーフが高級品だと言うことが分かる。メイドが買えるものではないし、庭師に買えるものでもない。どなたか高貴な人から頂いたとしか考えられなかった。高貴な人。シェリが関わる高貴な人など高が知れている。
そこで私は、素晴らしいことを閃いた。
「そうか、獅子と子犬の許されざる恋…!なんてことだ!完全に盲点だった!」
「…えっ」
「私としたことが、そんな簡単なことにも気がつかなかったなんて!種族を越えた愛だな、そうかそうか、毎日私の部屋に陛下が来るのもそのためか!!」
「えええええちがいますううう!」
「お嬢様、現実逃避もいい加減になさいませ。シェリがそろそろ限界ですわ」
全てが丸く収まるような閃きだったのに。世の中はどうも思い通りにはならないらしい。
そろそろシェリがガチ泣きし始めてしまったので、よしよしと頭を撫でてやる。花柄の上品なスカーフは彼女にとても似合っていて、下手をすれば主人の私よりもシェリの好みを把握していた。
「シェリ、それは誰にもらったの?買収ってどういうこと?」
涙に濡れた瞳をめいっぱい開いて、可愛い可愛い私の子犬は、いつにない激しさで絶叫した。
「プレスコット公爵家令嬢様ですううううう!!!!!」
おやまあそれは予想外。
急展開ですがそんなに重要なことではありません




