第14話 権力の蹂躙
二か月後。首都『東京』
海沿いの高層ビルに黒のワンボックスが横付けする。車内からは紺色の学生服を纏った少女たちが楽器ケースを片手に降車する。
「――ブラッティ・レディ。聞こえているか?」
「はいはい~。イヤーカフの感度、いやぁなくらいに感明良好。オーバー?」
「これは任務だ。アルファの隊長らしい応答をしろ」
「え~堅苦しい……。大体にしろ、今回の任務は『国際環境サミット』に参加する要人たちの警護でしょう? たかだか「テロがあるかもしれない」っていう情報くらいでピリピリしすぎだって! 肩ひじ張ってもしょうがないじゃん?」
「それでも警戒することに越したことはない。今回の依頼は払いも良い分、どこかきな臭い」
「へぇ~つまり、何か訳アリかぁ……」
首にぶら下げた関係者パスを見せて私たちが中へ入って行くと多くの関係者や報道陣で賑わっていた。それでも、会場内を全てコントロールできるように監視カメラや金属探知機、警察犬の配置までされている。
「ん~……。潜り込むだけでも大変なセキュリティーなのに私達を雇う、ねぇ?」
独り言を吐きつつ、HQからの情報に集中する。
「既にブラボーチームは地下駐車場や半径1キロ以内の警戒を実施中。VIPの到着を待っている。会場にVIPが到着後は連携して警護に当たれ」
「了解。さーて、みんな? お仕事といきますかぁ」
パンパンと手を叩くと変装した隊員がメイン会場である上層階へと散開していく。
サミット会議自体は最上階の会議場で執り行われる。その会議が終わればVIPは順次、離脱していく予定だ。もしも、全ターゲットを狙って襲撃してくるとすれば会議中を狙ってくるに違いない。
「ブラボーより状況中の全アサルトへ。VIPたちが会場に入った。ブラボーもアルファへ合流する」
「ほーい! んじゃ、待ってるね?」
「おま、ふざけるなっ!!」
「え~だって、これが私だしね? それにさぁ警備系の任務はつまらないんだもん」
「絶対、つまらないが本音だろ!! みんな聞いてんだから黙って警護に専念しろよ。もう始まんだからな!」
「へいへい、ごめんごめん! 頑張りますとも?」
真面目に怒るブラボーの隊長――朱莉に向かって子どもっぽく軽口を叩く。
そんな天真爛漫な声が全員の緊張を少しだけ和らげる。
だが、詩織はどこか引っかかっていた。
――今回の警護任務は『何か』がおかしい。
国家としての建前で国際サミットを延期できないにしても詩織が属する極秘戦術部隊『マーシャル』の大部分が駆り出されている。ここまでして厳重な配備計画を敷くからにはそれなりの事情があるに違いない。
彼女は一息、ため息を付いてからイヤーカフに手を当てる。
「――各員、ここからが本番だよ。作戦開始」
会議自体はマーシャルや警察の警護の元、驚くほど着実に進んでいく。
作戦にゆとりが出てしまうほどに穏やかだった。
そんな折、屋上に居た隊員から緊迫した通信が入る。
「スナイパー1より本部。海上の方向に飛行中のアンノウン、数機が接近してくる。レーダーで敵味方識別信号を確認してくれ」
「アンノウン? 報道のヘリか?」
朱莉の声に釣られ、海辺の方向に視線を向けると大型のヘリらしきものが接近してくる。けれど、サミット会場周辺は飛行禁止区域だ。
「まさかっ――!! 全員伏せてぇぇ!!!!」
私は考えるより先に叫んだ。
その僅か数秒後、接近してきた大型ヘリが轟音を響かせ、銃弾の雨を会場に降らせる。攻撃専用ヘリ『アパッチ』による機銃掃射だ。逃げられる訳もなく、多く者がその場で蜂の巣にされる。
「ち、ちきしょう!! よくも――」
マーシャルの隊員は即座に拳銃を抜いて撃ち返すが、厚い装甲によって弾かれてしまう。ヘリを相手に闇雲に撃ったところで太刀打ちができる訳が無い。
そんな状況でいち早く声を上げたのは朱莉だった。
「脱出だ! 生き残ったVIPを連れて離脱しろ! アタシらが援護するから行け!」
マーシャルの隊員たちは迅速にVIPを確保して離脱していくが、機銃掃射は鳴りやまない。その轟音の中、朱莉は駆けながらヘリの注意を引く。
「おらっ! こっちに来いよ!」
そのチキンレースのような誘いにヘリの操縦士が掛かった瞬間、私は冷静にヘリのローターを狙い、速射する。予想外の攻撃に機体を揺らして攻撃対象を変えようとするが、今度は朱莉がヘリローター、目がけて速射する。
「アタシらを舐めんなよ」
見事に撃ち貫かれたエンジンは急速に回転数が低下し、滑空していく。
それは神業ともいえる勝利のはずだった。
「やったな! ……っておいおい、冗談だろぉ!?」
「まだ居るんかい! マジでふざけんなぁぁぁ!」
2機のヘリが「やぁ、こんにちは」と言わんばかりに現れる。
それにはさすがのふたりも尻尾を撒いて逃げるしかなかった。
しかし、十分に時間を稼いだはずだ。
「――は? おいおい、どう……なってんだよ……これ……」
下層に向けて駆け出した二人が見たのは死屍累々とした戦場だった。
そこら中で銃弾が飛び交い、手りゅう弾の爆発音までもが響き、至る所に何人ものVIPやマーシャルの隊員が死体が転がっている。
「HQ! アサルトライフルで武装した敵勢力に襲撃を受けている! 部隊に死傷者多数。コンディション:レッド! ミッションは失敗。至急、救援を――って、あれ? H……Q……?」
「ッ――ッ――ッ――」
「クソッ! 本部との通信が、途絶えた」
イヤーカフからはノイズが走るだけで応答がない。
その異常事態に全隊員を預かる私の判断は早かった。
「ブラッティ・レディより全アサルト各員に通達! コード:ブラック。繰り返す、コード:ブラック! 会場にいるマーシャル各員は私の指揮統制に入れ! この建物から脱出し、HQを確保する」
コード『ブラック』――それはHQが攻撃を受けている場合など一番、最悪な状況にのみ発令される暗号だ。この暗号が発令されたことは一度も無いが、その意味は非常に重い。
「とにかく、ここで足止めを食らうわけには行かない! 今は地上に出るんだ」
私たちは犠牲を出しながらも殺しに来る刺客たちを倒して1階ずつ、クリアリングしていく。すると、次第に敵の攻撃が静かになって行く。
「はっ、さすがにこれだけ殺せば出す者も出せねぇだろ」
「うん……でも、おかしすぎると思わない?」
「おかしい? どういうことだよ、詩織」
アパッチのような攻撃ヘリを3機も用意し、アサルトライフルや手りゅう弾で武装した兵力を差し向け、あまつさえ、私たちとHQとの回線をもジャミングするほどの連中が中途半端な戦果で撤退するだろうか。
それに刺客たちの身体には等しく蜘蛛のタトゥーが彫られている。ギャングやカルテルの連中であることは間違いはないが、それにしては手に余る大仕事だ。
「いくら不意を突かれたとはいえ、下階層の部隊もスナイパーもこんな連中に壊滅させられるなんて普通ありえない。何か……私たちの知らない何かが裏で動いているのかも――」
推測を述べようとしている中、先陣を切って歩いていた隊員数人が急に喉を抑え、泡を吹きながら倒れた。その刹那、空気中に毒が散布されていると悟った私はすぐに声を上げる。
「毒物だ! 後退、後退だ! 上に行く! 上がりながら周囲の窓を壊せ! 少しでも空気を外に逃がすんだ」
「だが……詩織、上に行ったら――!」
「大丈夫。ここまで大体20分弱。あれだけ派手に機銃をぶっ放せば、民間人が目にしている。さすがに政府も馬鹿じゃないから気付くはず」
空気を求めて詩織たちは最上階へと駆け戻る。
しかし、外からはヘリローターの回転音が響いていて、依然として脅威が待ち受けている事には変わりが無かった。
「詩織。さすがにヘリを二機も相手にするのは無理だ。かといって、このままじゃ毒がここにも来る」
「ヘリの燃料切れを待っている余裕も無い……か。ははっ、詰みだね」
「詩織!! お前がそんなんでどうする!! お前はうちらのエースだろ!!」
分かっている。苦楽を共にした仲間を死なせたくはない。
それでも火力は小火器と鹵獲したアサルトライフルのみ。対空支援も敵の情報もない。挙句、下層からは化学物質が迫っている。
こんな状況では残された選択は一つしかない。
「打って出よう。数で押し切る。それしかない」
「でも……詩織。それはあまりにも」
「でもじゃない。それしか仲間を守れる選択はない。ここで何もしないで仲間と野垂れ死ぬか、一矢報いて死ぬか。自分で決めて。私は……戦うよ。あなた達と戦えて、家族のようになれて本当に嬉しかった。今までありがとう、みんな」
「っ――。あぁ……ったくよ!! こんな時に格好つけてんじゃねぇよ。友達を一人で行かせるほどアタシも馬鹿じゃねぇよ、相棒だろうが」
「あ~そうだった。なんかもう、アンタとは切っても切れない親友だったっけ? ふふん、最後までバディとして付いてきてよね」
「あぁ、任せやがれ。死ぬまでへばり付いてやるよ」
私は鋭い眼光を朱莉へ向けながら銃に弾を装填する。
その行動にマーシャルの隊員たちは全員が『何が、何でも生き抜いてやるんだ』と意志を固めて最上階へ雪崩れ込む。けれど、現実はあまりにも惨い。
「いけ! 狙われる前に散らばれ!!」
「あ、ロケッツッ――!!」
アパッチの操縦主たちは容赦なく、私たち目がけてヘルファィアロケットを撃ってきたのだ。爆風に吹き飛ばされて悶える詩織を他所に銃火器の音が幾度となく響き、見知らぬ男が目の前に立つ。
「マーシャルのブラッティ・レディーってのはお前か」
「かぁ……っ……おまえらは……」
「傭兵さ。おめぇらの雇い主からの伝言を預かってる。「お前らは用済みだ。最期も私の役に立って死んでくれ」だとさ」
「くっ……ぅ……」
「はっ、ざまぁないぜ。政府はこの件を起爆剤に支持率の回復を図るつもりなんだと。最期の情けだ。言い残すことはあるか?」
「一生……呪ってやるっ……」
その言葉を聞き終えると刺客の男は地べたに這いつくばる私の後頭部めがけて銃の引き金を絞った。結局のところ、裏で糸を引いていたのは私たちのバックボーンであったはずの政府だったというわけだ。
死に絶えながら『カネと権力』を私は心底、恨んだのだった。




