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20 いきなり抱きすくめられる

 ランチの時間にやって来たブランとヴェイセル様は、教科書とノートが無事に戻ってきたことを知ってもぎこちない表情を浮かべるだけだった。



「どういうことだ? 単なる偶然か?」

「そんなわけねえだろ。十中八九、あいつがかかわってやがる」

「なんの目的があってだよ」

「知らねえよ。くっそ、腹立つな」

「落ち着けよ、ブランド」

「……あいつ、ルディに堂々と接触したんだぞ。しかも自分が偶然見つけましたみたいな善人面してたんだろ? 想像しただけで反吐が出る」

「どういうこと?」



 我慢できなくなって口を挟むと、ブランとヴェイセル様はお互いの渋い顔を見合わせる。



「……そいつだよ」

「は?」

「俺たちがエリアスも含めて五人で一緒にいるようになった頃、俺と仲良くしてることであれこれ言われてないか聞いたことがあったよな?」

「あ、うん」

「あのとき俺たちのことを悪く言ってたやつの一人だよ」

「というか、あいつが首謀者だね」

「……中等部の頃、俺とルディのことを下品な物言いで最初に冷やかし始めたのもあいつなんだ」

「え?」



 思ったよりも大きな声が出てしまって、慌てて口をつぐむ。



 あの爽やかそうな人がそんなことを? と思う間もなく、カティアとヴェイセル様が怪訝な顔をする。



「ちょっと、ブランド。それどういうこと?」

「あいつ、中等部の頃からそんなしょうもないことしてたのか?」

「あ、ああ」



 言いにくそうに目を伏せるブランに、ヴェイセル様がハッとした表情をする。



「……もしかして、お前がルディスを避けるようになったのもそれが原因なのか?」



 ヴェイセル様の気遣わしげな声に、ブランは目を合わせることなく「ああ、まあ」なんて曖昧に返事をする。



 ブランと私の関係が拗れ始める原因、ブランが私のことを避け、蔑ろにし、一切の交流を持たなくなった理由について、私は家族以外の誰にも話していなかった。婚約が絡んでいるから家族には話す必要があったけど、茶化されたり揶揄われたりしていたなんて詳しい事情を他人に知られるのはブランも嫌だろうと思ったのだ。だからカティアやエリアスには、「いろいろ事情があったらしいよ」なんて適当に誤魔化していたのだけれど。



 意外な事実を知ったカティアとヴェイセル様は、二人そろって忌々しそうな目つきをする。



「じゃあ、あのベランノール侯爵令息はまるっきり善意の人というわけではないのね」

「むしろ悪意の塊と言ったほうが近いんじゃないか? 当てつけがましい陰口もひどかったけど、中等部の頃からブランドとルディスの関係に何かと茶々を入れてきた前科があるってことだろ?」

「何それ。ブランドに恨みでもあるのかしら」

「どうなんだ? 何か因縁でもあるのか?」



 ヴェイセル様の真っ当な問いに、ブランは不貞腐れたように答える。



「あいつとは中等部の三年間ずっと同じクラスだったけど、最初にルディのことで揶揄われた以外は特別接点があるわけじゃない。仲が良かったわけでもないし、お互いにつるむ友だちも違ったし」

「じゃあ、なぜかはわからないけど一方的に嫌がらせを受けてるってこと?」

「そういうことだな」

「あいつの考えてることはさっぱりわからないが、ここへ来てとうとうルディスを標的にしたってことか……?」



 独り言のようにヴェイセル様がつぶやいた瞬間、隣に座るブランの左腕がするりと伸びてきていきなりぎゅっと抱きすくめられる。



「え、ちょっ、ブラン――!」



 突然の出来事にじたばたともがくけれど、ブランの腕の中から逃れることができない。この前馬車の中で抱き寄せられたときとは違う、逆らうことのできない力強さになんだか軽いめまいすら覚える。



「ルディを傷つけることは絶対に許さない」



 低く掠れた声が、頭上から響く。



「あいつが何を企んでるのかわからないけど、ルディは傷つけさせない。何があっても、絶対に俺が守る」

「え……」

「あんなやつに好き勝手させるわけにはいかないし、俺のルディに指一本触れさせない」

「ブラン……」

「もしあいつがルディに何かしやがったら、俺は迷わずあいつを叩き潰す」

「……ちょっと」



 コホンという咳払いと共に、カティアの冷めた声が飛んできた。



「ここ、一応公衆の面前だから。そういうのは二人きりのときにやってくれる?」

「「あ」」



 言われて、ここがお昼時のランチルームだったことを思い出す。昼食をとるために集まった学園生でごった返す公共の場だったことに気づいて、私とブランは反射的にパッと離れる。



「でも叩き潰すのは私も賛成よ」

「カティア……!」

「それは俺も賛成だけど、今のところ確たる証拠はないんだよな」



 ヴェイセル様が難しい顔をしながら、顎に手をかける。



「考えてもみろよ。もしハルスティンのやつがルディスのノートや教科書を持ち出したとして、いつ、どうやって持ってったんだ?」

「あ……」

「騎士科の俺らがここまで来るには、それなりに時間がかかる。校舎が離れてるからな。それなのに、タイミングよくあいつが教養科に出入りしてルディスの持ち物を盗ったなんてちょっと考えにくいだろ」

「それはまあ、確かにね」

「だったらあいつの言う通り、ゴミ箱に捨てられてた教科書をたまたま見つけただけだって言うのかよ」

「いや、見つけたのがほかのやつだったら犯人は別にいると考えてもよかっただろうが、なんせあのハルスティンだ。ブランドが言う通り、十中八九あいつの仕業だと俺も思う。しかも直接ルディスに返しにくるなんて、自分がやったと疑われてもおかしくないのに堂々とし過ぎてる。何か仕掛けがあるんだろう」

「仕掛け?」

「仕掛けって何だよ?」

「それがわかれば苦労しないよ。でも、自分が持ち出したんじゃないとはっきり言えるようなアリバイくらいはあるんだろうな」

「くっそ」



 ブランが不愉快そうに舌打ちをする。カティアもヴェイセル様も、苛立たしげに眉を顰める。



「……とにかく、犯人の目星はついたんだ。しばらくはエリアスにも頼んで警戒を続けよう」

「そうね」

「俺たちは俺たちで、ハルスティンの動向に目を光らせるしかないな」

「ああ」



 言葉少なに頷いて、ブランは視線を落とす。その目に澱む言い知れぬ影がブランの何もかもを侵食していく気がして、私は思わずブランの手に触れる。



「……どうした?」

「ごめんね、ブラン。心配かけて」

「何言ってんだよ? お前が悪いわけじゃないし、むしろ俺のせいだろ」

「なんでよ」

「こんなの、完全にとばっちりじゃないか。ルディが俺と知り合いだから……」

「それは違うわよ。一方的に目の敵にするほうがおかしいのよ。どんな恨みがあるのか知らないけど、回りくどい嫌がらせばかりしてないで言いたいことがあるならはっきり言えばいいじゃない」

「それは、俺もそう思うけど」

「そんな卑劣なやつにブランが負けるわけないし、私だってやられてばかりじゃいられないのよ。そうでしょ?」

「ルディ……」

「ブランがいてくれるなら、きっと大丈夫」



 影を払うようににっこりと微笑むと、ブランはなぜか虚を衝かれた顔をして、それから今度は躊躇なく私を抱きしめる。



「え、ちょっ――」

「お前、ほんとなんなんだよ」

「は?」

「まじで可愛すぎるだろ」

「え?」

「もうこのまま連れて帰りたい。あーくそ――」

「……だから。ここ公衆の面前だって言ったわよね?」



 放たれた鋭い声に私たちは無言でゆっくりと体を離し、そして小さく肩をすぼめた。






◇◆◇◆◇






 それからまたしばらくは何事もなく、いよいよ学期末テストが始まった。



 そして迎えた、最終日。



 その日は朝から雨が降っていて、もう季節は夏の入り口だというのに肌寒いくらいだった。でもテストが終わる昼前になると雲の切れ目から夏の太陽が顔を出し、だんだんと暖かさを増していく。



 テストが終わった解放感もあって、私は完全に油断していた。



 そのまますぐに帰る生徒も多い中、私たちはみんなでランチを食べてから帰ろうということになった。ランチを終えて教室に戻ってきたところで、制服のブレザーが見当たらないことに気づく。



「……ない」

「何が?」

「ブレザー、椅子にかけておいたのに」

「え?」



 目の前の三人の表情に、緊張が走る。



「今朝は着てたよな?」

「うん。でもだんだん暖かくなってきたから脱いで椅子にかけて、そのままランチに……」

「もしかして、その間に誰かが?」

「誰かって、もうわかりきってるだろ……!」



 叩きつけるような口調で、ブランが目を吊り上げたときだった。



「ルディ姉様! 兄上!」



 バタバタという足音がしたかと思うと、聞き覚えのある幼さの残る声が飛び込んでくる。



「スヴェン……?」

「どうした!?」

「姉様のブレザーが、中庭の池の中に……!」

 
















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