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至上の愛   作者: 高瀬海之
第一部
9/52

09、それから…




 初めて旅に出たのは七歳になってすぐだった。

 夕食の最中、急にアシュリーが明後日の晩から旅に出るからエルウィンも必要なものだけ準備しておいて、と言った。

 初めての旅は、近くの村とその周囲の森を一週間程かけて散策するもの。それから一週間家で休んで、また違う場所に今度は十日でかけた。


 一旦戻ってまた出掛ける。これを何度も繰り返して、徐々に遠くへ。

 徐々に家にいるより各地を彷徨う時間の方を長く。


 そして気付けば、最後に家を出てからもう二年近く経っていた。


 家を離れて流れ行く各地でアシュリーが薬を売って路銀を稼ぎ、気に入った場所があれば数ヶ月滞在したりもする。

 目的も使命もない気ままな旅。



 そうやって時は流れ……エルウィンは少年と言われる年になっていた。



 流れ流れる二人は今、エルウィンの生家がある街から遥か北方の街で暮らしている。北部の首都とまで呼ばれる街は、厳しい気候条件にもめげない人に溢れ、賑やかに栄えていた。

 夏の終わりが冬の訪れといわれる程寒さの厳しい北の季候は、しかし、暑いのが嫌いというアシュリーには丁度いいらしい。雪が降る前に移動すればいいや……と二人がここに落ち着いたのは、短い夏が始まる前。


 人が多い方が紛れこみやすいのよ、と以前零していた通り、アシュリーは疑われることもなく堂々と街中に部屋を借りて、いつもと同じように薬局に薬を卸して生計を立てている。栄えた街であればある程、人と人との関わりは薄く、隣人の顔さえ知らないことが良くあるからだそうだ。


 アシュリー曰く、そうやって人に紛れて暮らしている魔族は意外と多いらしい。どういう理由かは人それぞれだけれど、魔族だって全員が人間が嫌いな訳じゃないと言っていた。

 その意味、エルウィンにはよく判らなかった。だけどそれを聞いた時は、言われなければ気付かぬ程自然にそばで暮らしていて平気なら、魔族だ人間だと境界を引かずに暮らしていくことも可能なんじゃないかと思えた。


 部屋からぼーっと下の通りを眺めるエルウィンの視界を過ぎっていくのも、もしかしたら姿を隠した魔族かもしれない。


 そんなことを思いながら、この街に来てから覚えた煙草の最後の一口を吹かし、揉み消した。煙草を覚えた時、昔の病弱さを知っているアシュリーはあまりいい顔をしなかったが、無視していたらそのうち何も言わなくなった。

 因みに、教えてくれたのはロードだ。

 けど……今あの紫の髪をした魔族を思い出すとどうしようもなくムカムカする。

 苛立ちを紛らわすのにすかさず、新しい煙草に火を付けた。白煙を吐いて、ここしばらく会ってない魔族のことを思い出す。

 ロードとは最近会ってない。ここには来ているかもしれないが、エルウィンが会いたくないのだ。


 幼い頃はロードもベガも好きだった。

 アシュリーと同じくらい好きで、大事な友達だった。


 あの家に住んでいた頃、なんだかんだで良く遊びにきてくれたロードは、アシュリーよりも余程役に立つことを教えてくれた。子供の世話などしたことのない、する気もなかったアシュリーに代わり、エルウィンの世話を焼いて生活を整えてくれたのは殆どロードだったと言っても過言ではない。


 勉強以外の生活の知恵、良いことも悪いことも全部ロードから教わった。ロードと一緒に悪戯してアシュリーに怒鳴られたのさえ楽しい思い出だと言えるくらい、アシュリーとは違う意味で大切な人。

 ロードは元々が世話好きなのだろう。

 だからあんな扱いを受けてもアシュリーを放っておけない。どんな理不尽を突き付けられても、文句を言いながらアシュリーのために尽くしてる。


 ロードを見ていると、ああこいつは本当にアシュリーが好きなのだな…と感じることが多かった。


 もちろんエルウィンもアシュリーが好きだ。幼い頃、仄かに胸にあった淡い想いはアシュリーと過ごすうち、恋心から愛情に姿を変えて……今はもう何処がどう好きかも判らないくらいただ、アシュリーだけが愛しかった。

 だから幼心にロードを見ながら思ったのだ。


 アシュリーを想い続けたら何時か自分もああなるのだろうか…と。


 アシュリーのために、

 アシュリーのためだけに、

 アシュリーのためならば……。


 アシュリーへの想いをいっぱいに溢れさせた表情で、

 アシュリーがたとえ誰を想っていても構わずに、

 アシュリーのすべてを受け止められる男に、

 ……なれるのだろうか?


 早くそんな男になりたかった。

 ロードのように、…なりたかった。


 だけど、年を経るにつれ感じ始めた矛盾。

 昔ロードが言った、ロードとベガとエルウィンはアシュリーを好きな者同士、つまりライバルなのだと。

 だったらどうしてそのライバルこにこんなに良くしてくれるのだろう?


 辿り着いた答えは、自分が子供で……そして人間だから、だった。


 侮られていると気付いて悔し涙を零したのは幾つの時だったかもう覚えてない。


 ライバルだと言われた時にも教えられた。

 たとえエルウィンが一生思い続けたとしても、その年数は長い時を生きるロードの足下にも及ばない。そして想いの深さが年数なら、エルウィンは絶対にロードには勝てない……。


 一生可哀相な子供として、対等にも扱ってもらえずにロードの施しを受けながらアシュリーのそばにいるのか?

 所詮人間と侮られて、抱える想いを軽んじられ続けるのか!?

 そんなのは絶対に嫌だ!!


 だから、目指す場所はロードじゃない。

 ロードは長い長い年月を掛けてあの場所を、あの穏やかさを手に入れたのだろう。

 だけどエルウィンにはそんな長く時間はない。アシュリー達から見れば瞬きのような一生でロード以上のものが欲しいのだ。

 想い続けた年数が量でも深さでもないことを証明して、短い時間でも育つ想いの果てしなさを伝えないと、エルウィンは絶対にアシュリーを手に入れられない。


 オレはロードのように長くは待てない、想うだけで満足していられない。アシュリーが欲しい!!


 願った時、エルウィンは初めてロードに憧れではない感情を覚え、敵視した。

 ロードを目指し、ロードと同じようにしていてもアシュリーが手に入らないのは見ていれば判る。だからそれ以外の方法を、エルウィンなりの表現を探さなければならないと気付いた。

 チャンスはロードより一緒に暮らしている自分の方に多いのだ。必ずアシュリーの目をこちらに向けさせて見せよう。

 いなくなった人を追い続けるその視線を、オレに……。

 そしてエルウィンは、初めて自分からアシュリーの禁忌に触れた。

 ロードに聞いたのだ。


『イライアスってどんな人だった?』


 最初吃驚したようにエルウィンを凝視していたロードは、キョロキョロと辺りを窺ってアシュリーの気配が無いことを確かめてから、こっそりと教えてくれた。


『昔はアシュリーに負けないくらい冷酷で有名だったけど、あの人と違って自分のこと慕ってくれる人は大事にするから人望は凄くあったよ、オレも大好きだった』


 ロードは聞けば幾らでも『イライアス』のことを教えてくれた。打てば響くように飛び出してくる返答を一つ一つ脳に刻み込み、アシュリーを捕えて放さない人の情報を手に入れた。


 そうやって優位に立っていられるのも今のうちだ。

 オレはオレのやり方でロードには出来ない想い方をしてみせる。




 ……決意して、実行した。




 でも……。




 眼下の通りは暮れていく太陽によって茜色に染まり、家路を急ぐ人で埋まっている。一日が終わろうとしていた。

 今日も一日何もしないで終わった。

 最近は魔法の勉強もまったくしてない。

 ……原因は、アシュリーと喧嘩した所為だ。

 更に、その原因は……。


 痛み渇いてパサパサになった前髪を引っ張って上目遣いに見る。



 真っ黒だったエルウィンの髪は今、渇いた金色になって茜色にたやすく染まっていた。



 これの所為でアシュリーと喧嘩した。


 ……もう一週間以上も前のことだ。それからアシュリーは顔を合わせても絶対に口を利いてくれず、そのうちエルウィン自身も意地になって関係は破綻寸前。


 髪を黒く戻したら、またアシュリーは前のように笑ってくれるんだろうか?


 けど……あっさりそうするのはエルウィンのプライドが許さない。

 どうしようもない苛立ちに窓枠を殴り付ける。でも痛いのは自分の手ばかりで何にもならない。判っていて、何度も何度も殴り付けた。

 鈍い痛みが拳から広がる。でも本当に痛いのは手じゃない。

 痛いのは、受け取って欲しい人から手酷いかたちで投げ返されたとき傷ついた心。

 金髪のエルウィンを見て一瞬呆然としたアシュリーは、次の瞬間眉をつり上げ駆け寄ってきて即、エルウィンの頬を殴り付けた。


『エルウィンがそんなバカだと思わなかった!!』


 何故殴られるかも判らないまま目を白黒させるエルウィンに向かって、アシュリーは吐き捨てるように言葉を投げ付けた。



『大人ぶって煙草吸うのも、髪染めんのもそれはエルウィンの勝手。好きにすればいい! けど、真似で勝手に私の思い出の中にまで入ってこないで!!』



 その言葉がエルウィンの魂胆などすべてお見通しだと言っていた。

 真似……そう金髪は、アシュリーの好きな人の真似、イライアスの真似だ。

 ロードが教えてくれた。


 イライアスは黄金の冠のような日に透ける金色の髪をしていた、と。


 日に透ける金色。


 子供の頃酷く憧れた明るい色。光ある世界で暮らす者の象徴のような色にどれだけ羨望を抱いただろう。自分の暗い闇色の髪と瞳は、弱々しい身体と罪を犯した己の心根を知らしめているようで、大嫌いだった。


 魔族ですら持つ明るい太陽の色、それを持っていれば罪を犯すことなどなかったかもしれない…思うくらい、己の持つ色が嫌いで……。


 だから、全部が全部イライアスの真似だった訳じゃない。

 確かにその気持ちが大部分だったけれど、これは微かに持っていたエルウィンの変身願望の表れなのだ。少しでも明るい色を、憧れた色を手に入れられたら……罪を犯した子供としてではない、ただのエルウィンとしてアシュリーの視界に入れてもらえるかもしれないという。


 罪を犯した子供……忘れてはいけないエルウィンの背負う罪。

 それを償うために選んだ生。


 なのに、その手段である魔法の勉強も放り出して、何をしているのだろう。


 魔族に恋い焦がれて、無駄と判っていても足掻かずにいられない。向こうにとってみれば、エルウィンなど本当に無力な、瞬き程の時間しか共に過ごせない相手。

 なのに、それでも愛されたいと願い無駄な努力を繰り返す。


「苦難の道……凄い苦難だよな、叶わぬ恋って…」


 殆ど吸わぬまま灰になった煙草を灰皿に捨て、もう何もかもどうでも良くてベッドに寝転んだ途端、ノックもなしに部屋のドアが開いた。

 部屋を満たす西日の鮮やかな色にも染まらない紫色。

 それは先刻しばらく会ってないと思い出した、ロードだった。













読んで頂きありがとうございました。

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