第二十二話 その怨恨の元
「アルペ殿ッッ!どうする!?」
「……ッチ!今はどうやっても勝てない!むやみに近づかないで、絶対安全圏で一旦退くわよ!」
アルペが指示を出し──
そこへ、女神が迫る。爆速で。
音を置き去りにした速度。
アルペは、エーデルガンドに指示を出していたため、自然に反応がおくれる。
そして、天上の剣を振り下ろす。アルペの首元へと。
天上の剣は、未来を斬ることが出来る剣だ。故に、きれないものはない。
まぁ、その権能の効く範囲内ではあるが。
アルペの首は切断され、アルペの頭が転げ落ちる。
そういった未来が創造される。
女神はそれを幻視する。
「…ふ」
そして、剣は、エーデルガンドでさえ剣先を捉えることが出来ないほどの速さで振り下ろされる。
そして、断ち切られる、はずであった。
「………??」
女神は訝しく思う。何故、切れないと。
天上の剣に、何か黒いものが巻きついているのが見えた。
それは、アルペの首から伸びているものである。
首から黒い触手のようなものが伸びているのだ。
「…」
そして、アルペは無言で女神を見つめた。
その瞳を見た瞬間、女神は恐怖に震え、そして悟った。
この女が、本質を隠していたことに。
最初から、勝負などになっていなかったことに、気がついた。
だが、女神も癪であった。
異界から召喚した、実験道具たちをむざむざ逃がさなければならなかったのだから。
とにかく、この女から逃げさえすればいい。
そう考えた。
アルペ。
彼女は確かに、凄腕の魔法使いである。
さらに言えば、種族的にも魔法が得意な種族なのだ。
彼女は強い。
だがしかし、それは神族に勝てる強さではない。
神族はあらゆる種族を上回るようになっているハズだ。
だが、アルペと女神を比べれば、アルペの方に軍配が上がる。
何故ならそれは、彼女アルペが、反耳長族の中でも稀代の天才であったからだ。
あらゆる種族の中においても、魔法に関して最強格の耳長族であるが、その中でも、飛び抜けた中でさらに飛び抜けてアルペは強かった。
魔法練度などではない。単純に強かった。
──まぁ、それには理由があるのだが。
彼女は稀代の天才であるが、しかし同時に被害者でもある。
恐らく、女神はそのことを微塵も覚えては無いだろう。しかし、確かに燻っている気持ち。
ブラッドに治神と熾天使王を殺さないか?と言われた時、アルペは喜んだ。
反耳長族は嫌なことがあればあるほど強くなる。
そして、憤怒の感情など負の感情が高まった際に非常に強力な力を発揮させる。
……それは、凡そ十年前。
◇
「ただいま、かえり、ました」
「うん、おかえり」
可愛らしい一人の耳長族と、大人の耳長族がいた。
彼女たちは、森妖精とはまた違う体系で進化していった種族だ。
故に、読みは同じでも名前が違う。
少女の名前はアルペと言って、大人の名前はタルペといった。
簡単に言えば二人は親子だった。
耳長族の里にて、穏やか草花と共に、農業をして、狩りをし、魔法を使って過ごす。原始的ではあるが、そんな生活。
だが里の住人はそれで充分だった。何故なら耳長族は種族の特性上、殆どの事に無欲だったからだ。
ゆれる花と同じで、それなりに安全に生きてさえいれば良かった。
里の住人はせいぜい五十人程度であった。だからこそ、それぞれの家は交流が深かった。
耳長族の平均寿命は凡そ千歳。成人年齢は二百五十歳である。
アルペはまだ十歳程度であったが、周りはみな大人であった。
何故なら、耳長族は寿命が長い分、繁殖力が低かったからだ。
だから、家に新たな子が生まれることはめでたいことで、みんなアルペには優しくしてくれた。
殆どが、自分より歳上だったが、それでも未だに全員の名前を言える。
みんな優しかった。それでアルペは満たされた。
そして、唯一の幼馴染の男子、リーンもいた。
リーンは当時のアルペのような引っ込む感じではなくて、ズカズカとものをいう様な性格だった。
だが、実はアルペはそんなリーンが好きだった。
多分、リーンもアルペの事を好きであっただろう。
「お、帰ったのか、アルペ」
アルペの髪を撫でるのは、彼女が尊敬する人であった。
それは父だった。
アルペは父のことが好きだったし、尊敬していた。
誇らしかったのだ。
それに楽しく幸せだった。
父と母に両手を繋いでもらい、毎日歩くような並木を散歩するのが。
そして皆が笑い合う、そういう世界が好きだった。
…………だった。
あくる日。
それは、たまたまアルペが山菜収集へ行っていた時だった。
「何だろう…」
魔法使いの素質は誰よりもあったが、だからと言って頭が良い訳ではない。
アルペは森に空いていたよく分からない小さな穴へ入った。
「せ、狭…い」
だが、なんとか、入れたようだ。
そして、入り切ってから気づく。
「え、これ、」
入ってきた穴が閉じていくことに。
それは、何らかの罠。
閉じ込められた。
最悪だ、とアルペは感じつつも、誰か回収しに来てくれるか、とアルペは人を待っていた。
待っていた。かなり永い時間。待っていたのだ。
そして、
「なんでだれもこないの!」
アルペの我慢の限界を越えた。
アルペは流石に不安になって、泣き出す。
だが、誰もこない。
何時もは、この森にいる範囲なら耳が良い彼らのうちの誰かが気づいてくれるのに。
「……がんばるしかない」
稀代の天才であった彼女は、魔法を分析し、すぐさま解除させる魔法を発見する。
そして、罠をといた。
「…まったく、こまったわ」
とにかく、はやく家へ帰り、今日のことを両親に報告しよう。
それから、──
そんなことを考えていると、いつの間にか家へついた。
「……ただいま」
人前で声を出すのはあまり好きではなかった。
それは、家族が嫌いという訳でなく、単純にアルペが声を出すのが嫌、というだけだ。
それは家族も知っていた。
それはともかく、アルペは不思議に思う。
家にだれもいない。
いつもなら、暖炉に火がついているはずだが、火も消えてまっくらだ。
「火」
薪に火をつけ灯りを灯す。
「……一体、どこ、に」
周りを探す。
そして、何か調理場の奥で動いているのが見えた。
アルペはそれが誰かだと思い、行く。
きっと、みんなで私を驚かせようとしているのだ。そう思い。
そして、近づけば近づくほど、それが何かわかってくる。
もぞもぞ……
もぞもぞ……
それは、蠢く肉であった。
二つの肉の塊が、意志を持ったようにもぞもぞと蠢く。
そして、肉の塊に亀裂が生まれ、そこから血が噴出し、そこから目玉が出てくる。
「ひっ…!」
それはアルペを捉える。
さらに、その肉はまた割れ、白い歯のようなものをにょきにょき生やし、口のような部分が出来る。
「ぅ、ぁぅ?ぁあええういいうおぎぎぇぇ!!」
それは、何かをいった。
だが何を言っているか分からなかった。
控えめに言って、それは気持ち悪いものだった。
そして、その気持ち悪さに拍車をかけているのはその肉の塊が、耳長族の着る装束を着ていることだ。
「…一体、どこに…」
「あら?」
──。
人の声が聞こえ、アルペは安心した。
「あ、あ、あの、これ、いったい」
「んー?」
「ひっ」
それは、三メートルはあろう巨体をもった女であった。やけに白い。
「…これ、ですか?……あー、これですねー」
女、女神はその肉塊をもつ。
「これは失敗作です。また失敗しちゃいました、あちゃー。世界平和に犠牲はかかせないのでしょうがないんですけどね」
「……失敗、さく?」
「はい。この里に居たものはみな失敗してしまったはずですが…貴女もいたのですね…ま、どうせ失敗するでしょうし、生者蘇生をする必要はなさそうですね」
「え、あ、あの、おと、さんとお母さんは」
「ここに住んでいた二人のことですか?」
「は、はい」
アルペは、頭が悪い振りをした。
そうしなければいけない気がしたからだ。
「あー。これです」
女神は肉塊を二つ持ち上げる。
「こんな風になってしまいました。」
「…い、ゃ」
「他者の魂を重ね合わせたので、既に自我は消えたはずですが、おもしろいですね、この目は」
女神はなんでもないように、一匹の目玉を指で押し潰す。
「ぎぎゃぁぁ!おぎゃぁぁ!」
それは、赤ん坊のような声を出した。潰れた眼球から透明の汁が飛び出し、血の涙と、おそらくは普通の涙をながしながら、口を必死に動かす。
「お、ぅ、おぅぇええぇえ”ええ”」
アルペは吐いた。あまりに生々しいその図を見て。
「うーん、生かしといてもしょーがないか」
「……!まっ」
アルペは、もしかしたら、自分の魔法で直せるかもしれない…という事を伝える前に、それは発動した。
そう。アルペが話すのが苦手なせいで。
肉塊は燃えだした。
肉塊は最初のうちは何か喚いていたようだが、次第に声が聞こえなくなった。
そして、女神の手からこぼれ落ち、動かなくなる。
まだ燃えている。
そして、もう一匹の肉塊も落ちた。
そして、その肉塊は、動かなくなった肉塊へと覆いかぶさった。
それは、まるで後追いをするように。
心配しているようにも見えた。
アルペはそこに、母が疲れた父の背中を叩く場面を幻視して、泣く。
「…ぅ、ぅうぅおぅうぅうっ!うう」
涙が止まらず、自分がこうなってしまうのでは、と思うのはすぐであった。
すぐに家を出る。
火は燃え広がる。
「……他の場所へ行くか」
女神は燃え盛る火の中、二匹の肉塊を踏みにじった。
そして、他の場所へ転移する。
──。
皆が、肉の塊であった。
優しくしてくれた人も、リーンも、全員。
全員肉の塊だ!!
「アハハ!アヒハャハャヒャヒャ!」
アルペの精神が、変化していく。
髪の毛の色も、もとは白髪であったが、黒髪へとなって行く。
「……」
壊れたアルペは殺意という感情のみをもつ機械へと成り代わる。
あの女をぶち殺す。
その為に、どんな事だってしてやる。
強き意志。
もう、バカの真似はやめる。
殺してやる!
「はは!」
気づけば、里中燃えていた。
そして、目の前には、小さな肉の塊が自分の手の中で蠢いていた。
必死に生きようともがいていた。
「ふん!」
バチン、と握りつぶす。
中から臓器が出た。
かつて人であったことを証明するものだ。
そして、アルペは血で染る。
悪にでもなってやる。
いや、悪逆の限りを尽くしあれを殺す。
血に染りながら、決意する。
そして、アルペは里を出た。
「女神を、殺してやる!」
──その神は、治神では無かった。しかし、それでも彼女は、神族全般に対し、救えない量の怨恨を抱え込んでいた。




