第一話 出生
我々の幸福は、あらゆる不幸の上に成り立っている。
人間の悪意は、多分、他の動物のそれを遥かに凌駕する。悪意とは知性の裏付けでもあり、同時に、人の真価を表す。
あらゆる幸福は、あらゆる不幸の上に立っている、というものがいる。
人間が腐っていると言う人がいる。人だけではない。腐っているのは人間だけではない。モンスターや、天使、悪魔だと言う人もいる……。本当の悪魔は人間だと言う人がいる。
犯罪など自慢したところで何も、自慢になどになりはしない、とも言う。
彼が言うには、悪とは意識的なものでなく、無意識的なものであるらしい。
「まぁ要は、この世にはあるんだよ。絶対悪が」
ブラッド・リ・ディアベルは足組みをしてそう語る──
◇
朝日が王都を覆った。
明るい日は、大きな宮殿を照らし、下にある小さな街街を照らしていた。
恵みの日光である。
王都の名は、ラディア。
ラディア国。
ラディア国は過去二千年の歴史がある、由緒ある国だ。
その宮殿内にて。
「ふむ、して、姫騎士はどこにおるかの?」
国王、ラーディール・イリヴァ。国王の威厳らしい顔つき。
「さぁ、わたくしも見ていませんわ」
姫、ラーディール・アロヴァ。イリヴァの実の娘であり、当時十七歳。見た目は姫と言うにふさわしく、美麗な顔立ち。
「…ふむ、彼女がおらんとのう」
彼女、とは、この国随一の騎士のことである。
かの大戦で大活躍した、英雄的存在だ。
その戦力は、他国としばしば争うラディア国にとっては、非常に大きなものであった。
ラディア国では、過去最強。
騎士戦においては、常に優勝。
姫騎士、アラエル•リ•ディアベル。
その戦力は、他国からは化け物と称され、魔物間では人の魔王と呼ばれる程であった。
「彼女には、自由を与えておる。あの戦力じゃし、いつでもここに駆けつけられるということを思ってな…しかし…」
ここ最近、国王はアラエルの姿を見ていなかった。
それは、異様な事態であった。
何故なら、彼女は、どんな大戦の最中でも、必ず一月に一度は国王のもとへ戻ってきていたのだ。しかし。
「むむぅ…」
「…帰って、きませんわね…」
姫、アロヴァとも、姫騎士アラエルは仲が良かった。
女性同士だから気があったのだろうか。
兎にも角にも、アロヴァもアラエルのことが心配だった。
「とにかく、わしらの兵士を以てして…」
そこで、急ぎの兵士が、門扉を開けて、国王の部屋へ、入ってきた。
「…なんじゃ」
「あ、アラエル様が…!あの…アラエル様が…!」
「生気が…ない」
死んでいる訳ではない…が。
しかし、彼女は腹を大きくして戻ってきたのであった。
子を授かったのである。
◇
「…子を身ごもった!?」
国王は驚きを隠すとか、隠さないとか、そういうことではなくて、純粋に、驚いた。不自然であり、違和感を感じもした。
しかし、国王は彼女について深くは問わなかった。それは何故か。
「……」
その威圧感が。アラエルの持つ瞳の強さが、まるで闘志を湛えた獅子の如く、国王に映ったからである。
そして、アラエルはそれにより、誰ともわからぬ者の子を授かった。
中絶という手もあっただろう。だがしかし、アラエル自身がそれを拒んだ。
「この子には…なんの罪もない…だから…せめて」
国王は、アラエルを退職させた。
それは、彼女を気遣ったからかもしれない。
これから一人で子を育てていかなければいけない。
彼女は隠居し、遥か遠くへ住むだろう。
それは茨の道だろうが、しかし。
「ラディア最強の騎士ならば…」
精神的ダメージは大きくても、大丈夫だろう、と。
そうして、子供は生まれた。
男の子だった。
名前を、つけた。
「…私の、苗字だと…名前は血筋がバレてしまうから…そうね…全く変えてしまいましょう…」
姫騎士アラエルは、その子に名前をつけた。
「ブラッド…ブラッドなんていいわね…」
そうして、ここに、赤子ブラッドが誕生した。




