17 潜入は闇夜に紛れて
先頭からエリオス、次にライド、オーカ、リースと並び、僕は殿を任された。
僕以外の人は目的地がわかっているようで、暗い町を迷いなく進む。
夜の街は静かで、騒ぐのは良くないっていう雰囲気だから、何も聞けない。
やがて、大きな建物の前で立ち止まった。こちらは裏口のようだ。
なんだか嫌な臭いがする。他の皆も顔を顰めている。
「最悪の事態が起きているようね」
オーカがごく小さな声で呟く。
全員が頷いた後、エリオスがそっと扉を開けた。
噎せ返る血の臭いと、もっと酷い臭い。人が何人も倒れている。
「酷い……」
リースが口を抑えて呻いた。
冒険者がいつも相手にしているのは魔物で、魔物は死体が残らない。
人は、死体が残る。
ライドがその一つに駆け寄った。
「魔物にやられた痕だ」
倒れている人は全員、傷口が荒い。武器を使う魔物もいるが、大抵は爪や牙だ。
建物中を探したけど、生きている人はいなかった。
「怪しい場所は見当たらんな。どうする?」
エリオスが声を潜めずに発言した。リースが魔法で創った灯りの元に、全員集まる。
「アルハ、どう?」
オーカに見上げられた。
「どう、って」
全員が僕を見ていた。
「アルハのことは、話してあるの。ここにいる皆、口は堅いわ。遠慮なく、力を発揮して頂戴」
スキルとは言わず、僕が何か特別な力を持っている、みたいに話してあるのかな。
エリオスの言から、不審な部屋を探しているようだし。
「地下に魔物がたくさんいる」
建物に入る前から[気配察知]で気づいていた。けど、こんなこと言ってもオーカ以外に信じてもらえるかどうかわからなくて、言えなかった。
「地下か、それなら隠し階段でもあるんだろう」
ライドがすぐに動き、足であちこちの床をトントンと叩く。
反響音を確認していたんだろう、すぐに床の一点を重点的に調べ始めた。
「あった」
板張りの床の、何の変哲もない場所に手を当てて、板をずらした。
言われてよく見てもわからないほど微細な継ぎ目があったようだ。
「すごい、よく見つけたね」
思わず口からそんな感想が漏れた。
「……大したことじゃねぇよ」
ライドはそっぽを向いてしまった。しまった、気を悪くしたかな。
板の下にはエリオスがギリギリ通れるくらいの縦穴が開いていて、はしごが付けられている。
深さは10メートルくらいだろうか。
ライドがさっと降りていった。
「照れた」
「照れたわね」
「照れてたわ」
降りる順番あるんだろうな、どうするんだろ、と考えてたら、3人がそんなことを言い出した。
「え?」
エリオスはニヤニヤ、リースはくすくすと笑っている。
「アルハ、先に降りて」
「う、うん」
オーカに言われてはしごを降りると、当然だけどライドが待っていた。
この先は細い通路が続いていて、魔物の気配はその奥だ。
ライドは僕を見ると、また顔を背けてしまった。
「あの、気に障るようなことを言ったなら謝る」
そう言うと、ライドはあっちを向いたまま、片手を振った。気にしてない、っていう意味でいいのかな。
最後になったエリオスが、なんとか降り切る事ができた。身体のサイズも時と場合によって良し悪しがあるようだ。
細い通路を建物に来た時の順番で進む。気配は奥にしか無いと伝えたら、全員走り出した。
「アルハ」
オーカが隣に来て、声をかけてくる。
「最初は、見守ってて。危なく、なってから、お願い」
走りながらだから、途切れ途切れだ。
言い切って、僕が了解したという意味で頷くと、そのまま並走した。
通路は五百メートルくらいあった。大きいとはいえ、普通の建物の下に作るような規模じゃない。
こちらの気配に気づいた魔物が、奥から出てきて立ちはだかる。
ゴブリンやオーク、コボルトといった、二足歩行の魔物ばかりだ。
エリオスはこの狭い場所では大剣が扱いづらいと判断し、腰に下げていた手斧で迎え撃った。ライドも剣を1本のみ構える。
リースは前衛二人に強化魔法を使いつつ、攻撃魔法も唱える。
戦闘に割り込めるスペースが無いので、僕とオーカは後ろで、いつでも出られるよう待機。
皆、強い。魔物の方が圧倒的に数は多いけど、エリオスとライドは冷静に、確実に魔物を仕留めていった。
「おかしい。どんどん増えてる」
僕が呟くと、オーカも異常に気づき始めた。
いくら倒しても、気配が殆ど減らない。
死体は消えているから、復活しているわけでもない。
戦っている3人の体力はまだ十分ある。でも、きりがない。
「手を出すよ」
一応オーカに確認する。
「ええ」
許可を得られたので、早速動く。
スキルで創る刀じゃなくて、アビスイーターの短剣を使う。
リースの前に出て、エリオスとライドの間に向かって短剣を振る。斬撃が魔物を数体薙ぎ倒した。
「下がって! アルハがやるわ!」
オーカの声に、エリオス達が脇に避ける。
魔物はどんどん数を増やしていて、のんびりしていられない。前に出て、魔物を斬りながら進む。
通路の行き止まりは少し広いスペースになっていた。
その真ん中の床に、何か図が描かれている。
円の中に、文字のようなものが書いてあって……所謂魔法陣だ。絶対、これが元凶でしょ。
魔物を殆ど減らしてから、その図を短剣で床から石材ごと剥ぎ取る。何かの証拠なら、図をぐちゃぐちゃに壊すのは良くないよね。
図の真ん中をなるべく綺麗に両断すると、魔物の増加が止まった。
残りの魔物は、オーカとエリオス達も討伐を手伝ってくれた。
「アルハ、他に気配はある?」
「ない」
町の中にも魔物の気配はない。それを伝えると、オーカはようやく顔を緩めた。
「結局アルハに頼っちゃったわね。お疲れ様」
オーカのねぎらいを切っ掛けに、他の三人が堰を切ったように話しかけてきた。
「本当に恐ろしく強いんだな」
「さっきのは何の魔法?」
「どうなってるんだその短剣」
「えっと……その前に、僕も聞きたいことが」
オーカが道中話してくれるということだったのに、結局何一つ聞けてない。
「ここ、どこ?」
僕以外の四人が、顔を見合わせた。
ここは教会……ではなく、教会の北にある建物だ。先日、呪術つきの魔物が現れた時、狼煙が上がっていた場所でもある。
前から持ち主が転々としていて、現在の所有者が誰なのかは不明。それなのに素性の知れない人の出入りは頻繁で、近所の人たちからは不気味に思われていたそうだ。
ここへ踏み込んだのは、コワディスがここで呪術を教わったことに加え、「放っておけばまた魔物が出る」と証言したからだった。
乗り込むのが僕一人じゃなく五人になったのは、状況を知るのは複数人いたほうがいいのと、万が一失敗しても誰かが報告できればいいという、こういう調査では定石の理由だった。
「具体的にどうやって魔物を出していたかは、コワディスも知らないと言ってたそうよ」
オーカは「説明する暇がなかったのよ」と言い訳をしつつ、詳しい話を聞かせてくれた。
「予想以上に大事になっていたものね」
リースが胸のあたりを押さえる。上の惨状を思い出してしまったようだ。
「ああ。早く報告に戻ろう」
魔法陣の描かれていた石材を布で包んで持ち、僕らはその場を後にした。




