24 不明の国
その人間は竜の魔物と化した後、一度は人の姿に戻ったのだとか。
「魔物化した理由はわからぬ。戻れたのは、本人が心を残していたのと……当時、解呪を使える人間がおったためじゃ」
“スキル使いがいたということか”
「古い時代の人間たちには、スキル使いはそこそこおった。アルハ程の使い手は皆無だったがの」
更にその後、人間は今度は自分の意志で、黒竜へと姿を変えた。
竜になった方が、魔力が多かった。自分の身を捧げるから、利用してくれと、周囲に頼んであった。
「何故、そんなことを」
「最初に魔物と化した折に、無差別に人を傷つけ、命まで奪ってしまっての。それを悔やんでおった。誤算は、その者が強すぎたこと」
身につまされる話だ。僕は魔物や竜になりたいなんて考えたことはない。竜の力を取り込んだ時も、身体まで竜になるのは拒んだ。
僕の魂には今も、竜がいる。
どうして僕のところへ?
ラクにも、ヴェイグにも言わず、自分の心臓のあたりに向かって、声に出さずに言ってみた。
……ラクの話の続きを聞けと、促された気がした。
「強すぎる黒竜は、アルハが視たとおりに、人の勇者が討伐に成功した。犠牲は多く出た。その犠牲を踏み越えて、とある国の王が黒竜の死体を持ち去った。国の名はわからぬが、魔道具文明のある国は少なからず、恩恵を受けておる」
世界中を旅して、魔道具文明のない国はなかった。
僕も旅の間、だいぶお世話になっている。
多分、これからも使う。そのくらい、切り離せない存在だ。
「そして、ディセルブじゃ。彼の国の祖先は、罰せられたのではない。自らあの地へ留まった。黒竜の魂を鎮め、剣を守るために、な」
旅の装備をしてこいと言われてきたから、背中には例の剣がある。
「これを守ってどうするつもりだったんだろ」
この剣は、確かにヴェイグにしか扱えなかった。僕が握ると、妙な振動を発してまともに振ることもできない。
ただし、それ以外の能力も見当たらなかった。
ラクは「ここから先は、儂にも意味がわからぬ」と前置きした。
「いつか甦る、黒竜にそれを還すのが、目的だったようじゃ」
“それなら、俺ではなくアルハが持つべきだろう”
ヴェイグの戸惑いに、僕も同調する。
もう一度、お前の話か、と問いかけてみる。
今度は何も言わなかった。やっぱり、肝心なことは教えてくれない。
「剣を還し、黒竜を甦らせることが何を意味するのかまでは、わからなかった。すまぬ」
「謝ることないよ。ここまで調べ上げてくれて、ありがとう」
ラクは、これ以上のことが解らなかったことが悔しそうだ。
“後は自分たちでなんとかする。助かった”
感謝を伝えるヴェイグの声が、少し硬いのが気になった。
トイサーチに戻ってから二十日が経過した。呪術の痕跡は、一度も見つけられなかった。
一日の終わりに調べることは忘れずにやるとしても、本当にこのまま居てもよくなったのだろうか。
“ひと月、過ごしてみればいいではないか”
「でも一ヶ月居ることが呪術の発動条件かもしれないし」
楽観的なのはヴェイグで、悲観的なのが僕だ。
自分でも柄じゃないのに、呪術に関してはどうしてもネガティブに考えてしまう。
“慎重なのは悪いことではない。度を越すのは良くないが”
妥協案として、二十九日目まで何事もなかったら三十日目を過ごしてみよう、ということになった。
それで、三十日を過ぎたら一度マデュアハンに戻ることにした。
予定を決めたところでメルノに話に行こうとすると、メルノが僕の部屋へやってきた。
「お客様がみえてますけど……」
メルノが困ったような顔になる。
気配は、知らない人だ。
お客様は、以前ジュノ国で王様と謁見する時に僕が着せられた服を、何倍も豪華にしたような服を着た人たちだった。
豪華ポイントは、服のあちこちに大きな宝石や金の飾りが散りばめられているところだ。重そう。
「貴殿がアルハ殿であらせられるか」
物言いも格式張っているというか、丁寧に丁寧を重ねすぎた感がすごい。
「はい」
引き気味になりながらも、肯定する。
「突然の来訪、平にご容赦を。わたくしはリオハイル王国は国王の使いで参上仕りました、大臣補佐のネシタと申します。冒険者ギルドで二百年ぶりに伝説のランクについたアルハ殿の武勇を聞き及んだ王が、貴殿にぜひとも頼みたき儀があるとの仰せにて、罷り越した次第にございます。何卒、お話をさせて頂きとう存じます」
丁寧に丁寧を重ねすぎた感が、本当にすごい。
一応家に入ってもらった。入ってきたのはネシタさんのみだ。うちはそんなに広くないので、物理的に入らない。
大きなテーブルと椅子がキッチンにしかないので、そこに案内する。
メルノには「大丈夫だから」と言って部屋に戻ってもらった。
「あの、僕は一介の冒険者なので、格式張ったことは苦手なんです。普通に話してもらえると助かるのですが」
「貴殿がお望みとあらば」
先制攻撃に成功して、丁寧過ぎる物言いはやめてもらえた。
「それで、リオハイル王は僕に何のご用ですか」
「はい。かねてより、アルハ殿のご活躍はリオハイル王国にまで聞こえておりました。それで、王は幾度も、アルハ殿を呼びリオハイル城下町の冒険者ギルドにて冒険者の指導や高難易度クエストを行っていただけないかと考えておりまして」
ネシタさんはすらすらと僕への要望を並べた。
「アルハ殿がこの町に愛着を抱いていることは、重々承知しております。来ていただくにしても、滞在期間はひと月を越えないと、お約束します。勿論、その間の衣食住やこちらのご家族の方の生活の保証もいたします」
かなり良い条件に思える。僕のことを調べ上げられてるのは、複雑な気分だけど。
「でも、冒険者の指導って、僕は人にものを教えられるような教養は持ち合わせていませんよ」
「テファニア城下町に、貴殿の教え子が大勢いらっしゃることは存じ上げております」
「あちらの皆さんが優秀だったんです」
つい最近も似たようなやりとりしたなぁ。
「一度お越し願えませんか。あちらで何かありましたら、その場でご帰宅いただいて結構です。何卒」
ネシタさんは終始丁寧で、腰が低かった。話に嘘もなさそうだ。
「どう思う?」
ヴェイグにだけ聞こえる声で、相談する。
“今すぐ出発しなくてもいいなら、受けたらどうだ。リオハイルは一度も行ったことがない。丁度いい機会だ”




