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悪愛の復讐者  作者: 亜逸
断章

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59/220

第59話 募兵審査

 三日後――


 ヌアーク城敷地内にある屋外練武場にて、募兵志願者者たちの審査が行われた。

 志願者の数は、クオンも含めて四七人。

 帝国を基準にしたら信じられないほどに少ない数だが、ブリック公国のような小国だとこれでも多い方なのかもしれないと、クオンは思う。


(まぁ、女性比率は帝国よりも高そうですけどね)


 女性の数は、四七人中一六人。

 この場にいる三割の人間が女性だった。

 もしこれが帝国内の募兵だったならば、どれだけ多くても女性比率は二割を超えないだろう。


 そうこうしている内に、審査官と思しき二人の男がクオンたちの前に現れる。

 一人は、如何にも古株といった風情を醸し出した年配の男だった。

 もう一人は、猛禽を思わせるほどに鋭い目と短く刈り込まれた髪がともに鳶色の巨漢だった。

 言うまでもないが、二人ともブリック公国軍の軍服に身を包んでいた。


年配軍人(おじさん)の方はたいしたことはなさそうですけど、あの巨漢軍人(大きい人)は、なかなかの手練れのようですね)


 おそらく、年配軍人の方が審査を主導し、手練れである巨漢軍人の方が実技審査――十中八九模擬戦の類だろう――を補助するのだろうと、クオンは推測する。

 そしてその推測が正しかったことを証明するように、年配軍人がクオンたちに向かって声を張り上げた。


「この度は募兵に応じていただき、まことに感謝する。私は、君たちがブリック公国軍の兵士として適正があるかどうかを審査するパウロというものだ。そして、後ろに控えている大男はレグロ。見てくれどおりに強い、ブリック公国軍一の剣士だ。腕に覚えのある者は、この後に行なわれる模擬戦で好きなだけ挑むといい」


 まさしく腕に覚えがあるのか、何人かがレグロに向かって挑発的な視線を投げかける中、クオンは心の中で安堵の吐息をつく。


(あの大きい人が、ブリック公国で一番強い人ですか。……よかった。()()()()()()()()()()()、〝(ナイア)〟が心配するほどの無茶はせずに済みそうですね)


 レグロ本人が聞いたら屈辱必至な独白をしている内に、パウロの進行のもと、募兵志願者たちの簡単な自己紹介が行われる。

 やはりというべきか、志願者のほとんどがブリック公国出身者で、残りの二割は傭兵を生業にしている者たちだった。


 いよいよ自分の番が回ってきたので、クオンは限りなく〝素〟に近い調子で、平然と嘘を交えながら自己紹介する。


「クオン・スカーレット。一五歳。一応傭兵です」

「〝一応〟とは、いったいどういう意味だ?」


 パウロが予想どおりの反応を示したので、クオンはあらかじめ用意していた言葉と態度で応じる。


「傭兵じゃなくて、もっと安定した仕事に就きたかったんですけど……わたし、剣しか能がなくて仕方なく……」


 どこか言いにくそうにしているクオンを見て、パウロは得心したように「あぁ」と漏らし、


「〝一応〟と言ったのも、募兵に応じたのも、()()が理由というわけか」

「はい」

「なるほどな……」


 名前と年齢以外は嘘に塗れた――《終末を招く者(フィンブルヴェート)》として見ればその名前も嘘になるが――自己紹介に納得したのか、パウロは一つ頷くと、クオンから視線を外し、別の者に自己紹介を行うよう促した。


 やがて全員の自己紹介が終わり、模擬戦の段に入る。


「さて、お待ちかねの模擬戦――と、いきたいところだが、その前に。この中で実戦の経験のない者は挙手してくれ」


 パウロが催促すると、ほぼ半数――二四人の男女が手を挙げた。

 そしてその全てが、ブリック公国出身者だった。


「君たちは模擬戦ではなく、体力測定を行なってもらう。だから、ここから先は私ではなく、あそこにいる兵士の指示に従って審査を受けてくれ」


 そう言ってパウロは、いつの間にやら練武場の隅に待機していた兵士を指で示す。

 二四人が言われたとおりに兵士のところへ向かったところで、パウロはこちらに向き直り、


「残った者たちは当然、模擬戦をやってもらうわけだが、さすがに武装媒体(ミーディアム)でやり合うわけにはいかないから、武器はこちらで用意したものを使ってくれ」


 そう言って、二四人が向かった隅とは反対側の隅にある小屋を指し示した。


 パウロに先導される形で小屋の中に入ると、壁や棚に整然と並べられた、多種多様の木製武器がクオンたちを出迎える。


「だいたいの種類は揃えてある。好きな物を使ってくれ」


 パウロの言葉どおり、剣、槍、斧はもちろん、クオンの得物である軽刃(ブレード)まで用意されていたが、


(ここは当初の予定どおり、あまり得意ではない〝これ〟でいくとしましょう)


 クオンは迷うことなく、長剣タイプの木剣(ぼっけん)を一本、掴み取った。

 

 クオンは、己の実力が人の域を超えていることを自覚している。

 あるがままにその実力を披露しようものなら、潜入任務に支障をきたすほどの注目を集めるのは必至。

 あえてそうすることで「こんな目立つ人間がスパイであるはずがない」と思わせる手法もあるにはあるが、この場合は完全に度が過ぎてしまう。

 だがしかし、下手に実力を隠しすぎると、レグロのようなそれなり以上の手練れに、わざと手を抜いていることを看破され、怪しまれる可能性も出てくる。

 双剣使いのクオンが軽刃よりも扱いづらい――あくまでもクオンにとっての話だが――木剣一本を選んだのは、そうした計算があってのことだった。


 全員が木製武器を手にしたところで、パウロは皆に小屋の外に出るよう促す。


「さてと、今度は腕に覚えがある者は挙手してくれ。最初に言ったとおり、好きなだけレグロに挑ませてやる」


 その言葉を聞くや否や、血気盛んな者から順に、次々と手を挙げていく。

 挙手した者の中に女性が二人ほど混じっているのを確認したクオンは、手を挙げようかどうか迷う素振りを()()()()()()()、おずおずと手を挙げた。

 迷うことなく挙手した結果、女性は自分一人だけだったなどという無駄に目立つ行為を避けるための、些細な演技だった。


(まぁ、本当に演技が必要なのは、ここからなんですけどね)


 この模擬戦を利用して、ブリック公国軍一の剣士ほどではないが、それに次ぐくらいの実力を有していると思わせる。そうすることで、軍内でそれなりの立場を得ようというのがクオンの算段だった。

 そして、パウロとレグロに手を抜いていることを看破されることなく狙いどおりの実力を披露することが、クオンの言う〝演技〟だった。


「ひぃ、ふぅ、みぃ……手を挙げたのは一五人か。今回はちょっと数が多いが、いけるか?」

「問題ありません」


 淡々と応じる、レグロ。

 その態度を余裕と受け取ったのか、挙手した者の中には血走った目でレグロを睨む者がチラホラといた。


「まずは手を挙げなかった者同士で模擬戦をやってもらう。この模擬戦は君たちの実力を確かめるためにやっているようなもので、審査にはほとんど影響しない。だからまあ、気楽にやってくれ」


 パウロの言葉に、クオンは内心苦笑する。


(額面どおりに受け取ったら、確実に痛い目を見るパターンですね)


 言葉どおり気楽にやったら十中八九落とされるだろうと、クオンは確信していた。わざわざ素人と分けて審査している以上、実力が理由で落とされることはまずないだろうが、模擬戦に臨む態度や気構えについては、それこそしっかりと見ていると思った方がいい。

 品行方正とまではいかないまでも、ある程度の〝真面目〟さなければ、軍という共同社会(コミュニティ)の中ではやっていけない。

 この模擬戦では、そういうところを見られると考えて、まず間違いないだろう。


 それからほどなくして挙手しなかった者同士の模擬戦が始まり、それが終わるとすぐに、挙手した者たちと、ブリック公国軍一の剣士――レグロとの模擬戦が始まる。


 真っ先に挙手した、いかにも傭兵といった風体の男が、木槍を片手にレグロと対峙する。

 先の「問題ありません」発言が気にくわなかった人間の一人らしく、怒気を通り越して殺気を孕んだ視線をレグロにぶつけていた。

 

 レグロは男の視線に小揺るぎもせず、木剣を構える。


「時間が惜しい。士団長、始めてください」


 パウロが首肯を返し、右手を掲げると、男もまたゆっくりと木槍を構える。


 そして、


「始めッ!!」


 パウロが右手を振り下ろした刹那、男は地を蹴り、レグロの喉笛目がけて突進の刺突を繰り出した。

 殺してしまっても構わない――そんな意図が透けて見える一刺(いっし)に、パウロは顔をしかめるも、


「ぬるいな」


 当のレグロは全く意に介することなく、腕の振りだけで放った横薙ぎで、木槍ごと刺突を弾き飛ばした。

 宙に舞った木槍が地面に触れるのと同時に、レグロは木剣の先端を男の喉笛に突きつける。

 木槍を弾き飛ばされたことで痛めたのか、男は力なく両手を垂れ下げたまま、絞り出すような声で「参った」と応じた。


(あの人、落ちましたね)


 心の中だけで、クオンは断定する。

 初対面の人間、それも審査の補助員を相手に〝殺してしまっても構わない〟という気構えで模擬戦に臨んだのだ。

 余程気質の激しい軍でない限り、採用したいとは思わないだろう。


「いやはや、本当に問題なさそうだな」


 パウロは呆れたように独りごちると、挙手が早かった者から順にレグロと()らせていく。

 そのほとんどが五合と打ち合わずに武器を弾き飛ばれ、敗北していき、あれよあれよという間にクオンの番が回ってくる。


「たしか……クオンだったか。本当にレグロと()る気か?」


 志願可能年齢の下限――一五歳の少女が、ブリック公国軍一の巨漢剣士に挑もうとしているのだ。

 パウロでなくても心配を禁じ得ない場面だった。


「大丈夫です。剣しか能がないって言ったとおり、わたしこう見えても、けっこう強いんですよ」


 レグロの実力を見た上でニッコリと応じるクオンを信じたのか、パウロはこれ以上差し出口を挟むことなく引き下がった。


 クオンとレグロ、立ち会いを務めるパウロが所定の位置についたところで、クオンはゆったりとした所作で木剣を構える。

 そこから何かを感じ取ったのか、レグロはほんのわずかに片眉を上げた。


「どうやら、かなりの使い手のようだな」


 そんなレグロの言葉に、パウロはおろか、この場にいる誰も彼もが意外そうな顔をする。


「お眼鏡に適うかどうかはわかりませんが、全力で挑ませてもらいます」


 クオンは真面目な表情を()()()、それを見たレグロも木剣を構える。

 そんなやり取りを眺めていたパウロだったが、思い出したように右手を掲げ、


「始めッ!!」


 開始の合図を叫ぶと同時に振り下ろす。が、クオンもレグロも、剣を構えたまま微動だにともしなかった。


「来ないのですか?」


 柔和に微笑みながら、挑発めいた言葉をレグロにぶつける。

 そんなクオンを前に、レグロはあるかなきかの微笑を頬に刻んだ。


「なるほどな。後の先の剣か」

「隠しても仕方がなさそうだからぶっちゃけちゃいますけど、そのとおりです」


 ニッコリと笑い、平然と嘘をつく。

 クオンが得意な戦法は、人の域を逸脱した機動力と双剣の手数による先の先。

 あえて後の先に徹することで自身最大の武器を封じ、小国一程度の強さと()()()()算段だった。


「そうか……ならば」


 虎穴に飛び込むように、レグロの方から仕掛けてくる。

 間合いに入ると同時に振り下ろされる激烈な一閃。クオンはそれを、木剣を横に構えて受け止めようとする。

 誰も彼もが、クオンが木剣を叩き落とされる未来を幻視するも、

 

「――っと」


 レグロの木剣が触れた刹那、クオンは自身の木剣を(はす)に寝かせ、大の男ですらも武器を保持することができなかった一閃を受け流した。

 予想外の展開に歓声が上がる中、クオンは攻撃直後の隙を狙おうとするも、レグロがすぐさま飛び下がって木剣の間合いの外に退避したため攻撃を中断。

 その巨躯からは考えられない俊敏さに、さしものクオンも舌を巻く。


(これは……わたしの見立てよりも、いくらか強いのかもしれませんね)


 それならそれで、ここからわざと負けるのが楽で良い――そんなことを考えながら、木剣を構え直した。


 転瞬、レグロは一足で木剣の届く間合いに入り込み、横薙ぎを繰り出す。

 受け流せるものなら受け流してみろ――そんな期待と挑発が入り混じった横薙ぎを、クオンは初めから木剣を(はす)に寝かせながら受け止め、横薙ぎを下から押し上げることで威力を上方に逃がし、受け流す。

 続けて、二閃、三閃、四閃と、レグロは颶風(ぐふう)じみた連撃を繰り出すも、クオンは巧緻極まる技術をもって、その悉くを受け流す。


 受け流し、受け流し、受け流し続け……〝好機〟を見出したクオンは、


(ここ……!)


 連撃の隙間に差し込むように、レグロの脇腹目がけて横薙ぎを放った。が、


「甘いな」


 隙間などないと言わんばかりに、レグロは横薙ぎを打ち払い、膂力(りょりょく)の差に物を言わせてクオンの木剣を弾き飛ばした。


 決着がついたところで、固唾を呑んで見守っていたパウロたちが落胆の声を上げる。その声を聞いたクオンは、「もしかしたらレグロに勝てるのでは?」と、この場にいる皆に思わせることができたことを確信する。


(後は、わたしがわざと負けたことにレグロさんが気づいていなければ、完璧なのですが……)


 すんでの所で木剣を手放したため、痺れてもいなければ痛めてもいない両手をプラプラさせながら、クオンはレグロに歩み寄る。


「もしかしてわたし、釣られちゃいました?」


 参ったような笑みを浮かべながら訊ねるクオンに、レグロは、


「そういうことだ」


 と、短く答える。

 クオンが見出した連撃の隙間は、レグロがわざとつくった隙間だった。

 そうすることでレグロはクオンの反撃を誘い、攻撃に転じた瞬間を叩いてクオンの堅牢な守りを打ち崩したのだ。

 もっとも、クオンはレグロの狙いを見透かした上で、わざと誘いに乗ったわけだが。


「なんというか、心配した私が馬鹿みたいだったな」


 微苦笑を浮かべながら、パウロがこちらに歩み寄ってくる。


「気にすることはないかと。俺も、彼女がここまで()()()とは思ってなかったですから」


 淡々とパウロをフォローする、レグロ。

 そんな二人のやり取りを見る限り、こちらがわざと負けたことに気づいた様子はなく、〝演技〟が上手くいったことを確信したクオンは心の中で安堵する。


「それよりレグロ、さっきの模擬戦はけっこう時間がかかってしまったが、一度休憩を挟むか?」

「いえ、お構いなく。むしろ体が暖まってきたくらいですから」

「本当に頼もしいな、お前は。……よし、次!」


 パウロが次の挑戦者を呼んだところで、これ以上ここにいては邪魔になると思ったクオンは、パウロの後方――模擬戦が終了した者たちが集まっているところへ向かう。


「クオン・スカーレット。最後の審査となる個別面談で落ちるようなヘマはしないことだな」


 不意に背後からレグロの声が聞こえ、クオンは微笑を浮かべながら応じる。


「善処はします。わたしも、落とされるために募兵に応じたわけじゃありませんから」


 ブリック公国軍一の剣士に認められた――この瞬間クオンは、間違いなく募兵審査に合格すると確信した。

 そしてその確信どおり、翌日この屋外練武場でクオンは合格を言い渡され、晴れてブリック公国軍の一員となったのであった。

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新作「孤高の暗殺者は、王女を拾い育てる」がファンタジア文庫より7月17日に発売されマース。
本作とはまた違った方向性のダークファンタジーになっておりマスので、興味が湧いた方は下の画像リンクから特設サイトを覗いていただけると幸いデース。

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小説家になろう 勝手にランキング
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