第43話 戦闘狂
クオンが《グラム騎士団》本拠地を発見し、離脱した四日後。
ストレイトスの読み通りの日数で王都ルタールに到着したクオンは、すぐさま王城へ向かい、アルトラン、ジスファー両名に、カウロウ伯を殺害したこと、騎士団本拠地を特定したことを報告する。
報告の場は、クオンが初めて王城に来た日に通された小部屋。
部屋の中央にある円卓の上に拡げたカウロウ伯の領地図には、騎士団本拠地の位置を示す「×」が描かれていた。
「まさか、半月と経たずに《グラム騎士団》の本拠地を特定してのけるとはな」
地図中央の山脈に描かれた「×」を見つめながら、アルトランは素直に舌を巻く。
「確かに、見事と言わざるを得ないな」
舌を巻いているのはアルトランだけではなく、ジスファーも、淡々とではあるがクオンに賛辞の言葉を贈った。
「う~ん……個人的には、今回の成果は不満なんですけどねぇ。本拠地となっていた砦の規模がわからなかったせいで、収容できる人数までは把握できませんでしたし」
「山を削って造った砦か。剥き出しの部分だけを見れば、五〇〇人は収容できそうだと言っていたな?」
アルトランはクオンが首肯を返すのを確認してから、一人思考の海に沈む。
「普通ならば、多めに見積もっても一〇〇〇人といったところだろうが、相手はあのストレイトスだ。その程度の数しか収容できない砦を本拠地にするとは思えない。ならば……三倍? いや、村人の保護も行なっているという《終末を招く者》からの情報を鑑みると、その四倍――二〇〇〇は収容できると考えた方がいい。そこに、《グラム騎士団》がまだ力を蓄えている段階であることを加味すると……騎士以外の者も含めた戦力は、収容人数の六割から七割といったところか。となると――――…………」
クオンは、一人ブツブツと呟き続けるアルトランを一瞥してから、物言いたげな視線をジスファーに投げる。
「言いたいことはわかるが、我から言えることはただ一つ。『とにかく待て』」
どうやらこれは、アルトランが考えをまとめるために必要な、儀式のようなものらしい。
言われたとおりに待つしかないと思ったクオンが、アルトランの独り言と、ジスファーとの間に横たわる沈黙に耐えること五分。
「やはり、持てる限りの力で叩き潰すのが上策か……」
どこか諦めたように呟いた後、アルトランはジスファーに告げた。
「ユーリッド殿下に掛け合う必要があるが、六〇〇〇だ。選りすぐりの六〇〇〇で、《グラム騎士団》を掃討する。勿論、お前にも出てもらうぞ」
頭巾の下でジスファーが笑った。ような気がした。
少なくとも、クオンの目にはそう見えた。
「貴様はどうするつもりだ?」
やはり、笑ったのは気のせいだったのではないかと思えるほどに落ち着いた声音で、ジスファーはアルトランに訊ねる。
「勿論、私も出る。籠城するにしろ打って出るにしろ、《グラム騎士団》が我々をカウロウ伯の領地に引き込む算段でいることは間違いない。そして、カウロウ伯領地に隣接している地方領主たちに応援を要請し、派兵してもらうことで、攻めてきた我々を包囲する算段でいることも間違いない。そういった邪魔を防ぐには、掃討軍六〇〇〇のみならず、カウロウ泊領地直近の地方を侵攻している軍をも動かし、連携させる必要がある」
「それほどの規模の軍を動かすとなると、貴様以外に将を担える者はいないということか。是非もなしだな」
「そうでなくても、我々を散々翻弄してくれた、煮ても焼いても食えない男が、精強なグラムの騎士を率いているのだ。私以外の人間に将を任せたところで、出し抜かれて返り討ちにされるのがオチだろう」
「グラム騎士団長ストレイトス・ユアン・ベイルか。先の王都決戦では、少しだけしか武装媒体を交えることができなかったが……今度こそは、存分に戦ってみたいものだな」
不意に、ジスファーの内から暴力的なまでの〝圧〟が放たれる。
わずかとはいえ、クオンすらも気圧されるほどの〝圧〟が。
(……やはり、ジスファーさんも七至徒ですね。七至徒の中では一番まともというだけで、十二分に狂ってます)
戦闘狂。
それが、ジスファー・ラウンドが抱えている狂気。
程度の差はあれど、他の七至徒も抱えている、七至徒の中では比較的普通の狂気。先程、笑ったように見えたのは、やはり気のせいではなかったとクオンは確信する。
「あとは、ストレイトスが何かしらの鬼札を隠し持っている可能性だが……クオン嬢。騎士団本拠地を調べていた際、それに類するものを見聞きしたりはしなかったか?」
アルトランに訊ねられ、クオンは心の中だけでビクリと震える。
クオンは、騎士団の鬼札となり得る人物を二人知っている。
一人は、テストという名の朱髪朱眼の騎士。
そしてもう一人は――……
(ヨハンのこと、言わないわけにはいかない……ですよね。軍単位での戦闘の場合、騎士よりも魔法士の方がはるかに厄介ですし……)
現状、帝国以外に禁を破って魔法を使う人間はほぼいない。
ゆえに帝国軍兵士の多くは、自分たちが魔法で攻撃されるとは夢にも思っていないだろう。
そんな魔法に対して隙だらけの帝国軍に、ディザスター級澱魔を単独で討伐した魔法士が攻撃を仕掛けたら、兵士たちが恐慌状態に陥るのは必至。最悪、潰走もあり得る。
そして、そうなってしまった場合、帝国上層部はヨハンを生かしておくのは危険だと判断するかもしれない。
やはり殺すべきだったという声が上がるかもしれない。
それだけは避けたいところではあるが、
(だからといって、ここでヨハンの名前を出したら……おそらく、ジスファーさんが食いつくでしょうね……)
ジスファーがクオンの七至徒選定に関わっていないとはいっても、クオンがヨハンを見逃した件は、まず間違いなく聞き及んでいる。
事実、七至徒第四位ルナリアは、その件については七至徒に近しい者の間では周知の事実だと言っていた。
都合良くジスファーだけが、ヨハンについて何も知らないということはあり得ない。
そして、クオンがヨハンを《終末を招く者》に引き入れようとしていることも、単独でディザスター級澱魔を討伐したことも、まず間違いなく聞き及んでいることだろう。
ゆえに、ジスファーはヨハンに食いつく。
ジスファーの戦闘狂という一面を垣間見た今、それは確信を持って断言できた。
(ヨハンがジスファーさんと戦った場合、相性的にはわたしと戦うよりはマシかもしれませんが、実力的にはヨハンの方が分が悪いのは確実。仮に勝てたとしても、七至徒を倒したことで、帝国上層部はヨハンを生かしておくのは危険だと判断し、結果、ヨハンの《終末を招く者》入りは立ち消える……。勝っても負けても、ヨハンの死に繋がる……)
だから、二人が戦う事態だけは絶対に避けなければならない――ほんの数秒の間に思考に思考を重ね、結論を出したクオンは、
「鬼札となりそうな人物なら、二人ほど心当たりがありますねぇ」
「まことか!?」
思い切り食いついてくるアルトランに首肯を返し、クオンは正直に答えた。
「一人は、テストという名の朱髪朱眼の騎士です。カウロウ伯を殺害した町で遭遇しましたが、一目見ただけでわかるほどに、尋常な使い手ではありませんでした。おそらくその実力は、わたしたち七至徒に匹敵すると思います」
最後の言葉は、ジスファーに向けて言ったものだった。
直後、こちらの期待どおり、ジスファーは頭巾の下で「ほう」と興味深そうな吐息を漏らす。
「さらに言うと、そのテストさん、グランデル老のことも知っているみたいなんですよね。もし、グランデル老の実力を知った上で挑もうとしているとしたら……もしかすると、わたしの見立て以上の使い手かもしれませんねぇ」
さらにジスファーの興味を引く言葉を並べたつもりだったが、なぜかジスファーは落胆したようなため息をつき、独りごちるように言う。
「おそらくだが、その騎士はグランデル殿の獲物だろうな。興味はあるが……横取りはさすがに無粋か」
(これは……かえって余計なこと、言っちゃったみたいですね……。でも――)
収穫もあった。
(人の獲物を横取りするのは無粋と考えているのなら、ヨハンがわたしの獲物であることを示せば……!)
いけるかもしれない――そう思ったクオンは、
「そして、もう一人の鬼札は、ヨハン・ヴァルナス。ミドガルド大陸最高の魔法士ダルニス・ヴァルナスの息子であり、先の国崩しでわたしが見逃した、天才魔法士くんです」
さりげなく「わたしが」と強調しながら、二人に告げた。
「ヨハン・ヴァルナスか。たしかに、貴様が見逃したという話は聞き及んでいる。単独でディザスター級澱魔を討ったという話も含めてな」
確かめるような視線を向けてくるジスファーに、クオンは素直に首肯を返す。
そんな二人をよそに、アルトランは渋面を浮かべながら、
「一人でディザスター級を討つ魔法士か。対軍においては、ストレイトス以上に厄介な存在だな……」
「それほどの魔法士だからこそ、わたしは彼を《終末を招く者》に勧誘することにしたんですよねぇ」
クオンはニッコリと嗤い、アルトランは疲れたように眉間を摘まみ、ジスファーは「なるほど、シエット殿の言っていた狂いに狂った気性とは、こういうことか」と得心する。
「そこで将軍さんに耳寄りなお願いがあるんですけど、《グラム騎士団》の掃討に、わたしも加わっていいですか?」
「それは……ヨハン・ヴァルナスは君がどうにかしてくれるという意味か?」
「はぁい。ヨハンが帝国軍に損害を与えるようなことをしちゃうと、勧誘が難しくなっちゃいまいますので。それに、戦場でヨハンを口説き落とせるなんて……きゃ~。ろまんちっく~」
割と控えめだった先日とは打って変わって絶好調な〝仮面〟を前に、アルトランは少しだけ頬を引きつらせた。
「能力の高さも含めて、確かに彼女は七至徒だな。ジスファー」
「だから言っただろう」
七至徒ゆえに狂気慣れしているのか、ジスファーの声音は小揺るぎもしていなかった。
「ヨハン・ヴァルナスを勧誘するのは貴様の勝手だが……クオン、一つだけ貴様に言っておきたいことがある」
「なんですかぁ?」
そこはなかとなく嫌な予感を覚えながらも、クオンは嗤顔で応じる。
「貴様やグランデル殿の獲物を横取りするつもりはないが、それはあくまでも我が狙ってその二人に戦いを仕掛けることはないという意味だ。向こうから我の前に立ちはだかった場合は当然――」
再び――否、先以上に暴力的な〝圧〟が、ジスファーの内から放たれる。
「――討たせてもらう。ヨハンを《終末を招く者》のもとに引き込みたいのであれば、そのこと努々忘れぬことだな」
ジスファーの〝圧〟を前に、掌中に滲んだ汗を握り締めながら、クオンは悟る。
獲物を横取りするつもりはない――この言葉が、ジスファーの本心であると同時に、本心ではないことを。
ジスファーが、真実戦闘狂であることを。
ジスファーの狂気が、七至徒の中では比較的普通の狂気だという見立てが甘かったことを。
下手をすると、七至徒の中で一番まともどころか、一番危険な人物であることを。
(誰の獲物であろうとも、ジスファーさんの目の前に立った時点で、それはジスファーさんの獲物になる。あくまでも率先して狙わないだけであって、ジスファーさんは、ヨハンが自分の前に立ってくれることを明らかに望んでいる。……ヨハンを、こんな危険な人と戦わせるわけにはいきません……!)
内心の焦燥を〝仮面〟で隠し、婀娜っぽく嗤ってクオンは答えた。
「わかりましたぁ。努々忘れないようにしまぁす」
そして、心の中で誓う。
絶対に、ヨハンをジスファーの前には立たせない――と。





