第7章 フィジカル・アート 〔虚空に描く奇譚絵画〕
「では、セレスというのは全くの偽名で、……まあカーオルもだが、そいつはうちのギルドの協力者ではなかった、と」
「はい」
あの後のことは、全然覚えていない。
俺がカーオル、ナミリがサブギルドリーダーを撃破して。それから、カーオルはとても聞き逃せない発言をした。確か……
「あとは、『未開の書』。君が持っているのが本物で、カーオルが持っていたのは……」
「別冊、だそうです」
俺が覚えているのはこれだけだ。
おそらく、あの後俺は過度の疲労と出血多量で気絶して、二人に本部まで運ばれたのだろう。……感謝しなければ。
俺は今、あの時起こったことについて、ギルドリーダーに事情聴取されている。だが、俺自身何も覚えていないのだから、事情とはいってもわかるのはこれくらいだ。
────別冊。
俺が持っていた未開の書が本体で、カーオルが持っていたのは別冊だそうだ。
なので、俺の未開の書はちゃんと家に置いてある。誰かが持ち出していない限り。
そして別冊には、未開の書本誌の秘密が書かれていたそうだ。
いたそうだ、というのは、その場でカーオルが燃やしてしまったからだ。
いわく……
「まあ、君の正体の件については、こちらでできる限り内密に処理する。このギルド内ではバレてても、外部には漏らさないようにするさ」
「あ、ありがとうございます」
「それで───今後の話だ」
俺は、ごくっと唾を飲む。
「まあ拒否権は君にはないからこのギルドに所属し続けるのは確定事項なんだけど、」
……………俺の心中を察してくれ。
「そのうえで、どちらの君───つまり、レインとアルト、どちらとして生きたいか、だよ。できるだけ君の意思は尊重するから、とりあえず言ってみてくれないか」
………どちらとして生きたいか、ね。
正直、まあどっちでもいいが、選べというなら当然レインだろう。
だが、自分やこのギルドメンバーの危険性を考えると、やはりアルトとして活動していくのが安全だろう。
さあ、どちらを選ぶ───?
「なあ」
俺は、二人に問う。
「俺は、どっちとして生きるべきだと思う?」
すると二人ともうーむと腕を組んで考え始めた。
しばらくして、先に口を開いたのはナミリだった。
「………どっちでもいいんじゃない。わたしは別にあんたがどっちだろうと、態度を変えたりするようなことはないから」
「………そうか」
続いて、グレア。
「………俺は、お前の好きなように生きるべきだと思う。俺が言えることじゃないが、もともと俺たちはお前の自由を奪ってお前をここへ連れてきた。だから、そのくらい選ぶ権利をやるよ………偉そうですまんな」
なるほどな。
ならば───
「ギルドの中でだけ、レインとして生きます。それじゃだめですか?」
結論。
危険性のことを考えるなら、もちろんアルトだ。
だが、俺があの場で自ら正体をばらしてしまった以上、このギルドの中でわざわざアルトと偽るのは無意味だろう。
だから、俺はこの二つの名を使い分ける。
「………なるほどな、まさに俺が考えもしなかった答えだよ。ははっ、いいさ、そうしろ」
あっさりと、許可は下りた。
「ありがとうございます」
「ただし」
ギルドリーダーは補足した。
「もうあの時みたいに、勝手に自分の正体をばらすんじゃない。わかったな?」
「はい」
さすがにあれは、俺もやりすぎた。
「じゃあ次は、『未開の書』についてのことだ。さっき、あまり覚えてないと言ったな、だが話せるだけ話してほしい」
了解した。
俺はふと、過去への回想に耽る───。
「グ、はっ」
地べたに倒れたカーオルは、血を吐く。
ちゃきっ。
そこへ俺は、容赦なく剣を突きつける。
「さあ………洗いざらい話してもらおうか。襲撃の理由、俺についての情報源、未開の書の秘密………」
すると、カーオルは血を吐いてもなお、俺を軽蔑するかのように嘲笑った。
「は、はっ。そんなもの………重量のひと言でカタがつく」
ふざけた答えに対し、俺は突きつけていた剣を軽くカーオルの鼻先に刺す。
「アっっっ…………痛ってぇな、もっと人質はやさしく扱うもんだろ?」
………心底、うざい。
「お前なんかが人質になんてなれるものか。お前はそれ未満だ」
「はははっ、………ならお前はゴミ以下か?」
「……………」
俺は、無言で剣を押し込む。
「グガァっっ………」
「その舌まで切り裂いてやろうか?」
「カカカカッ、そうしたら何も情報はしゃべれなくなるぞー?」
黙れ。
「痛でッ………おいおい、これもう神経まで達してんじゃねーか?」
「さっさと話せ」
俺は、カーオルを蹴飛ばす。
剣が抜け、そのはずみでカーオルの鼻先から血が飛び出す。
「………懲りねぇな。あーもうわかったよ。話すから、もう剣を向けるな」
その言葉すらも本当かわからないが、とりあえず俺は剣を下ろした。
「さあ」
俺は話を促す。
「………まず未開の書。オレの持ってるこれは………『別冊』だ」
俺は、思わず耳を疑う。
「『別冊』………!?じゃあ、俺の持ってるやつは───」
「ああ、今もお前の部屋にあるさ」
「それで、別冊には何が書いてある」
「急かすなぁ。………これには、お前の持ってる『本誌』のことが書いてある」
「具体的には」
「本誌の謎めいた文章の理由だ」
「それは何だ」
「代々受け継がれてきた本誌は………その所有者によって加筆されている」
俺は、言葉の意味を探る。
「なっ………じゃあ、作者不詳ってのも、それが原因か………!?」
「おそらくそうだ」
おそらく、というのはそこは分かっていないということだろう。
わからないのなら、仕方がない。俺もそこまで非情では………
俺は現状を振り返る。
………あるかもしれないな。
だが、それより。
「そして、未開の書がもたらす力のことは」
「理由とかは書いてねぇよ。ただ、力をもたらすとしか書いてない」
「なるほど。………じゃあ、次だ。どうやって俺がレインであることを調べた」
「重量だ───おっと、怒るなよ?オレの異能は、情報さえも重力で操れるのさ」
情報を、重力で操る─────!?
物体ではない、情報を!?
「………そんなことが可能なのか?」
「じゃあ逆に問う。それ以外に何があると思う?」
………この上なく癪に触るが、まあ他に挙げられることもほとんどあるまい。
「具体的には、どんな情報を操れる」
「………名前と基本的な戦闘力、異能、………そんなもんだ」
なるほどな。………では、次だ。
「ならば、なぜ俺を襲撃してきた?そして、なぜ俺が未開の書を持っていることがわかった?」
その情報が限界なら、俺が未開の書本誌を所有していることはわからないだろう。
この二つの問いが、本題だ。
「それは、別冊に書いてある。別冊には所有者の名前と簡単な情報が書いてある」
簡単な情報というからには、おそらくカーオルが重量で操れる情報とほぼ同じだろう。
………これで、用済みだ。
「審問は終わりだ。さあ、別冊をよこせ」
するとカーオルは、予想に反した答えを告げた。
「やなこった」
「あぁ?」
俺は、とっさに異能を解放する。
それだけでもだいぶ身体に負担がかかるが、それどころではない。
「審問は終わりなんだろう?だったらオレはもう退却する」
「させるか」
納刀していた剣を、再び抜く。
「………爆ぜろ!!」
!!
小爆発で煙を起こし、逃げるつもりか。
「待てっ!!」
俺は、必至に剣を振り煙を振り払う。
だがもう、煙が晴れたころにはカーオルはいなかった。
「………」
未開の書、か………。
視界が暗転する。
俺は、そのまま意識を失った。