14.和馬の家へ
和馬は起こったことの対処の仕方を知らなかった。
もし、馬鹿でなければそれは起きなかったのに。馬鹿でなければ起きることが予想つくことだったというのに。
和馬が馬鹿だということを和馬が一番理解していなかった。
そうして逃げた。
一体、調べてどうするつもりだったのか、膝を突いて問い詰めてやりたい。
正義感が強く、勢いがあるくせに爪が甘い。それは、初めて会った頃からちっとも変わらない和馬の馬鹿なところだった。
―-さて、あそこに行きますか。
七海さんは、「カリン」に会うこととは比べ物にならないほど、あの人―-泥棒石を調べることに意欲を燃やしていました。そこに警察官として、というものは一切ありませんでしたけど。
「引っ越し……」
何か、「何か」がそう呟いた和馬の胸に生まれます。
「ええ、どうかした?」
高見さんの問いに和馬は一瞬考えた後、首を横に振ります。「いえ……。そうか僕、引っ越していたんですか。そうでしたね」
生まれはしても広がる気配の無い何かをあきらめ、和馬は続きを促します。
「ええ、半年前ぐらいかな。そうね……突然だった気もしたわ」仕事中と、勝手に暴走する上三人を諌める時以外、結構温和な高見さんは、そんな和馬の感じを察したのか、以前も説明したことを繰り返します。
「まあ、とにかくもうすぐ退院だから」「はい……」煮え切らない返事の和馬に高見さんが困ったように微笑みます。「そんなに気にすることもないわよ。思い出せる時は呆気なく思い出すものなんだから。ま、思い出せないまま刑事をやるって手もあるしね」
「はい……」と和馬は繰り返します。でも、高見さんにつられたようにその表情には笑みも浮かんでいます。
「ま、一番大変なのはうちの班長と組むことかしら」「うちの班長」とは、言うまでもなく七海さんのことです。「今、新田さんが組んでいるんだけど。他にいなくて。―-私はごめんだし」因みに木村さんと組むと七海さんが二人になったみたいに、暴走が加速するそうです。更に言えば、八巻君はそれを煽るので、七海さんとは組ませられないとのこと(二人ともその理由に納得していませんが)。よくその木村さんと関根君が組んでいると、和馬は思いましたが、木村さんの仏頂面と八巻君の無邪気さが、程よく緩和されているみたいだと、高見さんが補足してくれました。「木村さんは……昔は組んでいたそうなんだけどね……」「そうなんですか」「最初は班じゃなくてコンビだったんですって。新田さんが入るまで、どれだけ他の刑事が迷惑していたのか―-考えたくないわ」「へえ……」高見さんの語る事実に驚きながらも、想像してしまい、考えてしまいます。
「高見さんはその後ですか?」気を取り直そうとした和馬の問いに、高見さんは何故か遠くを見るような目をして、「ええ、ほとんど自棄だったけどね……」「え……」
呆然としてしまった和馬に、高見さんは笑顔を取り戻し、「じゃあ、退院の日は班長が迎えに来ることになってるから」と言います。
「あ、はい」「それじゃあね」
病室から出て行く高見さんの後ろ姿を見送りながら、和馬は考えてしまいます。「引っ越し……」
呟くと、先程と同じ感じが再び甦って来ます。―-何だろう? 和馬の過去を最初に聴いた時は別に、何とも思わなかった「そのこと」が、何気なく会話の中に出て来た「その言葉」が、今になって何か特別な意味をもっている。そして、和馬に「何か」を教えようとしている。そう、和馬には思えました。
「うーん、まあ良いのかなあ」わざと声に出して言ってみます。良いわけないのは和馬自身も判ってはいます。
「でも……分からないものは分からない」
―-答えの出ない問題を考えてみても始まらない。
それは、記憶を喪う前から変わらない、自分のどうしようもない性格だと、和馬は未だ解っていませんでした―-。
「あ、和泉さん」
「和馬さん。退院なさるんですか? おめでとうございます!」
「うん、ありがとう」
入院して二週間。つまり事故に遭って、記憶を喪ってから二週間後の今日。戻る気配の無い記憶を除けば、日常生活に支障が無いだろうと判断された僕は、退院することとなった。
「それじゃあ、これから御自宅に帰られるんですか?」
「うん……その内、うちの上司が迎えに来る筈なんだけど」
それで僕はロビーで所在なさげに座っているところを、和泉さんに話しかけられたのだ。「今日は……坂上さんは?」「逃げました」「え?」いつも一緒にいる坂上さんが、見当たらないので訊いてみると、さらりと笑顔で予想外の返答。「どうにも……やっとこっちに来て、もうちょっと話せば良いんだけど。……あの通りですから」
と、和泉さんは肩をすくめます。
ーー病院に連れて来るだけでも大変なんだ……。
僕はふと、如何にも出不精な感じの坂上さんを思い浮かべた。
「おい……」
「ん?」今、何か声が……。病院の待合室なんだから別に不思議は無いんだけど、気になって辺りを見回すと、そこには……「和馬ー、お前何親しげに和泉さんとー」
今年ーーどころか、今年度初になってしまいました、水車堂です。でも、やっと出て来たと思ったら片割れは逃亡してるし。最初から最後まで、でばっているあの人に主役乗っ取られそうです。どうか、主人公はタイトルだけにならぬように……。




