集会場にて
エリー達に案内してもらい、俺も集会場へ向かった。
集会場というのは、入学式や卒業式などの特別な催しがある際に使う施設らしい。
教官室と食堂の間に集会場へと繋がる通路がある。
その通路を真っ直ぐに進んでいくと、数百人は軽く収容できそうな建築物があった。
室内に入ると、最初に目に入ったのは演者が演劇を行いそうな広い舞台だった。
その舞台の下には、客席のように、高級そうな革の椅子が前後に並ぶように幾重にも設置されている。
床には赤い絨毯までひかれていた。
例えるならここは、貴族御用達の劇場といったところだろうか?
特別な催しのみに使うというのは嘘ではないようだ。
「どこに座ればいいんだ?」
「普段、使う機会のない場所だから、座席の指定はされてないんだよ」
「空いている席に適当に座りましょう。
生徒が全員座っても、椅子は余りそうですしね」
エリーとラフィの言葉のままに、俺は空いている席に腰を下ろした。
俺を中心に、二人も腰を下ろす。
「学院長の話って、マルスが言っていた魔人についてだよね?」
「そうだろうな」
「あれ? マルスさん、いつの間にエリシャさんにその話を?」
「今朝、ランニングしているエリーと会って、その時にな」
ありのままに伝えると。
「そ、そんなイベントを起こしているなんて。
エリシャさんはやはり油断できません!」
「ゆ、油断て、本当にたまたま会っただけだよ」
悔しそうなラフィに対し、エリーは否定するように両手を振っていた。
「……それならいいのですが、これから毎日一緒に訓練しよう。
とか、約束してませんよね?」
ラフィの赤い瞳が、疑いの眼差しを向けていた。
何を怪しんでいるのだろうか?
「そんな約束してないぞ。
ただ、休日に一緒に訓練をしようって約束をしただけだ」
「なっ――!?」
変な声を出しラフィは硬直した。
どうしたのだろうか?
俺はエリーの方に顔を向けると、彼女は俺から、というか気まずそうにラフィから目を逸らしたようだった。
「で、では、休日はラフィも――」
兎人の少女が何かを言おうとした時だった。
「静粛に!」
声が聞こえた。
目を向けると、壇上にラーニアの姿が見えた。
直後――壇上の中心に備えられた演台に学院長の姿が現れていた。
その光景にざわめく生徒達。
「まず、貴重な授業の時間を使わせ、集まってもらっていることを詫びさせてもらう」
たった一言で場内は静まり返り、この場にいる全ての者が壇上にいる精強な老人に目を向けた。
「今日、皆に集まってもらった理由を説明させてほしい。
既に知っている者もいるかもしれんが、一昨日から昨日にかけて魔人の襲撃があった。 それも、複数の冒険者育成機関に対して」
その発言は、生徒達の間に蔓延していた噂を真実に変えた瞬間だった。
「魔人って、あの噂は本当だったってこと?」
「魔族の生き残りってこと? どうして今になって?」
「学院が狙われてるのか? 魔王は死んだはずなんじゃ!?」
室内に戸惑いの声が上がった。
さらに戸惑いが戸惑いを生み不穏な空気が室内を満たす。
「僕らも狙われてるんじゃ?」
「魔族たちの目的はなんなの?」
そんな中で。
「生徒諸君、安心したまえ」
学院長は言葉を続けた。
「この学院を襲撃した魔人や、魔族全体の目的はまだ判明しておらんのは事実だ。
だが、各学院とも連携を取り既に万全な対策は講じた。
この学院の敷地内にいる限り、生徒諸君が絶対に安全であることをわしが保障しよう」
絶対に安全。
それらの言葉を聞き、生徒達の動揺は徐々に収まっていった。
「さらに、学院近郊の管理も強化する為に冒険者ギルドの協力を仰いだ。
冒険者ギルドから数人、新たに我が学院に教官を派遣してもらうことに決まった」
それは、学院の防備を強化したという宣言だ。
強力な冒険者が増えるということは、それだけここにいる者達の安全も飛躍的に向上するということに繋がる。
「何よりこの学院にはわしがいるのだ。
生徒諸君も、このわしが魔王を討伐した英雄の一人――ということを忘れてはおらんだろ?」
学院長は不敵な微笑みを見せる。
周囲の空気がピリピリと引き締まっていくのがわかった。
「万一にも、魔人が現れたのなら、確実に討伐することを約束する」
自信に満ち溢れたその表情は、老いなど一切感じさせぬ壮健なものだった。
わざわざ学院長自らがこの場で説明を行なったのは、自身の存在を誇張する為だったのかもしれない。
自分がいるこの場所が、安全でないはずがないと。
そして、その狙いが見事に成功したようで、不安に声を上げる生徒は誰一人としていなくなっていた。
「わしの話は以上だ。
この件について質問のある生徒も多いと思うが、後はクラス担当の教官に聞いてもらいたい。
まだやらねばならんこともあるのでな」
それだけ言って、学院長はその場から消えてしまった。
ただ唖然と壇上を見つめる生徒達。
「……魔法使い」
「あれが、英雄の一人」
呟くように漏れる声には確かな驚愕が混じっていた。
学院長と顔を合わせられる機会は少ないと聞いていたが、その力の片鱗を目にする機会はさらに少ないのだろう。
魔法陣なしで転移を行なう者など、この大陸にほとんどいないだろうからな。
「これで、学院長からの伝達事項は終わりよ。
それぞれ教室に戻りなさい」
突然の事態に、生徒達は複雑な表情を浮かべている。
その表情から、戸惑いや驚愕など、様々な想いが渦巻いていることを察することができた。
そんな様々な想いを抱えながら、生徒達はこの場を後にするのだった。
教室に戻ってきた俺達だが、様々な憶測が飛び交っていた。
「魔人は学院長に復讐しようとしているんじゃないか?」
「だとしたら、なんで今なんだよ?
復讐の機会なんていくらでもあったはずだろ?」
「……実はここの生徒の誰かを狙ってるのかもよ?」
「生徒を? 魔族にとって重要なヤツなんているのか?」
敵の狙いについてなど、俺達が話しても仕方ないことだ。
だが、そう思っていても、話さずにはいられないのだろう。
俗世間から切り離されたような、ここの生徒にとっては、大きな話題が飛び込んできたというところなのかもしれない。
戸惑いは大きいのだろうが、決して悲壮感溢れた空気になっていないのは、やはり学院長自身に安全を保障されたという面が大きいのだろう。
集団心理というのは意外と単純なものなのかもしれない。
今の光景を見ているとそう思えた。
一人がそうだと言えば、そちらに傾いていく。
説得力がある人物が言えば尚の事なのだろう。
騒々しい教室の中に、少し遅れて我らが赤髪の教官が入ってきた。
教壇に着き、彼女の赤い瞳が俺達を見据える。
「さて、色々と聞きたいこともあるでしょ?
今から質問を受け付けるわよ?」
その言葉に挙手した者が一人。
意外なことにその人物は、兎人の少女、ラフィ・ラビィだった。
「ラフィ、質問を受け付けるわ」
「学院長は敷地内の安全を保障するとおっしゃっていましたが、
暫くは学院の外には出ないほうがいいのでしょうか?」
確かに敷地外、学院近郊に関しては管理を強化すると言っていただけだったな。
その質問に対してラーニアは。
「魔族があなた達生徒を狙っているという情報はない。
でも、狙っていないという情報もないの。
少なくとも、冒険者ギルドから新たな教官が派遣されて近郊の管理が強化されるまでは控えるべきだと我々は考えているわ。
勿論、何か緊急事態であるならば私に一言相談しなさい。
用件次第では必ず善処します」
現段階では、外に出れば命の保障はできかねる。
そういうことなのだろう。
質問の答えに頷き、ラフィは席に座った。
それから暫く質問は続き。
「依頼も暫く止めた方がいいですか?」
「外出する必要がある依頼ならば、出すべきではないし、受けるべきではないわね」
「食材の供給は問題ないのでしょうか?」
「現状問題はないわ。
万一妨害工作などが起こった場合は、転移による配達も考えています
このような真面目な質問から。
「ラーニア教官に彼氏は出来るんですか?」
「……死にたいのかしら?」
こんな緊張感のないふざけた質問など。
しっかりと時間を掛けて質疑応答は続いた。
「他に質問はあるかしら?」
もう挙手するものはいない。
「じゃあ最後に私から。
今週中のみ、授業が変則的なものに変わるわ。
座学では魔族についての予備知識を付けてもらうわ。
それに伴い、戦闘訓練の授業も増やす予定です。
下級魔族との実戦を行なうと思っていなさい」
そんな伝達の後、一時間目の授業終了を知らせる鐘が鳴った。
「小休憩の後、座学を行ないます。
授業は引き続き私が担当するから」
その一言を残し、ラーニアは教室を後にした。
「授業の変更だなんて。
下級の魔族程度は生徒も対応できるようにしておけってことなのかな?」
「そうだな」
もしかしたら、スミナの死も関係があるのかもしれない。
今後の薬学の授業を担当する教官がまだ決まっていないのだろう。
あの小人族の死について生徒に伝えていないのは、余計な動揺をさせまいということなのかもしれないが。
一部の者しか彼女の死が知らないのだとしたら、俺は彼女のことをしっかりと覚えておこう。
それがせめてもの手向けになると信じて。
「マルス、どうかしたの?」
心配するように、エリーが俺の顔を覗いていた。
「いや、ちょっと考えごとをしてただけだ」
「もしかして、マルスも不安なの?」
「不安?」
なんのことだろうか?
自分の言葉の意図を、俺が捉えていないことがわかったのだろう。
「魔族や魔人が襲撃してくるかもしれないってことがさ」
エリーは不安の指す具体的な部分を説明してくれた。
「いや、特にそういう感情はないな。
もしくるなら、迎え撃てばいいくらいにしか思ってないぞ?」
心配があるとすれば、俺がいない状況でエリー達が襲撃されるような状況が生まれた場合の対処だな。
常に見守っていられる状況を確保できればいいのだが。
その辺りを、少し考えておいたほうがいいかもしれない。
また一人、俺が思考を開始していると。
「やっぱりマルスは凄いなぁ……」
それは俺の言葉に対してか、エリーは感心したよう笑みを浮かべ。
「私も負けていられない!
不安に打ち勝てるように、もっともっと訓練を頑張らないと!」
グッと拳を胸の前で握った。
その素振りは、まるで気合を入れているようだった。
それからちょっとした会話をして小休憩は終わり。
「それじゃあ、授業を始めるわよ」
ラーニアによる座学の授業が始まるのだった。




