委員会での実戦訓練②
数を集め攻めるというのは、戦いの基本だ。
だが、意志を擦り合わせたかのような迅速な行動がどうにも腑に落ちなかった。
(……手を貸すべきだろうか?)
と、逡巡していると――風を切り裂くような強靭な一撃が俺に振るわれた。
が――サイドステップで軽く距離を取り、俺はその攻撃を避ける。
「ちっ」
蒼い狼人が俺に迫ってきていたことを、俺は把握していた。
「成長したなセイル。
以前のお前なら喚きながら攻撃してきたんじゃないか?」
「ま、前から喚きながら攻撃なんてしてねえだろうがっ!!」
「今みたいなのを言ってるんだ」
「っ――」
体勢を低くし疾走するセイルが、透かさず距離を詰めてきた。
いつものように接近戦に持ち込もうとする狼人を相手にしつつ、俺はミストレアの方に気を向ける。
「おいおい、女相手に五人がかりとは少々情けないのではないか?」
「ふんっ――言ってろよ。
この場でなら、気兼ねなくお前をぶっ倒せる」
「なんだ? そんなにワタシと戦いたかったのか?」
五人の男は魔石で武器を形成していた。
明らかに不利な状況ではあるが、ミストレアはその凛々しさを失っていない。
冷静に周囲の様子を観察する。と――一瞬、俺と目が合った。
すると、微笑を湛える。
その表情はまるで『見ていろ』と言っているようだった。
「ああ、戦いたかったね。
だが――唐突に襲うわけにはいかないだろ?
それを良しとしないヤツらに睨まれちまうからな」
それは俺や生徒会の連中のことを言っているのだろう。
だが――今の発言でわかった。
この五人は何らかの意図でミストレアを叩こうとしている。
「マルス――テメェーいつまで余裕ぶってやがるっ!!」
セイルが激昂した。
「なら、まずは一撃当ててみろ」
挑発するように言ってやる。
これで冷静さを失うのが、少し前までのセイルだが。
「風よ――刃となり我腕に纏え!!」
俺を見据えた蒼い狼は、咆哮するように魔術を行使した。
「喰らえっ!!」
高速の一打――だが、見えている。
振るわれた腕を最低限の動き、首を傾けるだけで避けた。
つもりだったが――。
「っ!?」
薄皮一枚程度であったが、頬が裂かれた。
セイルの腕に纏った風の刃が、確かに俺に触れていたのだ。
うっすらと血が流れ出る頬を、俺は拳の甲で拭った。
「あ、当たった!?」
「これくらいで喜ぶなよ」
「がっ――!?」
驚愕と歓喜に打ち震えていた狼人の顎を、俺は軽く殴りつけた。
すると全身から力を失くしたように膝をカクンと落とし、セイルは地面に倒れ伏した
「まだまだだな」
しかし、攻撃を受けたのは事実。
セイルも間違いなく成長しているようだ。
(……さて、あっちはどうなってるかな)
一対五という、最も盛り上がりを見せている戦いに目を向ける。
「どうした? 来ないのか?」
「くっ――」
だが、大人数でいる割には思いのほか攻めあぐねている……というよりは、
「一斉に突っ込むぞ!!」
一人の男が叫ぶと、全員が武器を構え駆け出した。
しかし――。
「フッ!」
ミストレアは持っていた槍を薙ぐように振る。
その槍の動きは、乱れのない美しい半円を描いていた。
「くそっ!!」
「近づけねえっ!!!」
槍の長いリーチを活かし、一定の距離を保つ。
「身を砕く覚悟はないのか?
そうすれば一矢報いることくらいは出来るかもしれないぞ?」
「そんな挑発に乗ると思うのか?
近付かなくても、攻撃する手段なんていくらでもあるんだよ!」
言って男は手を突き出すと。
「炎よ!! 渦となり全てを焼き尽くせ――フレイムボルテクス!!」
魔術を行使した。
炎が渦を巻きミストレアを取り囲む。
「火傷程度じゃすまないかもしれないな」
確かにその場に止まれば身を焦がすことになるだろう。
だが、多少のリスクを覚悟すればこの程度の炎はなんでもない。
ミストレアにその覚悟があるか次第だが。
「はあああああ――!!」
槍を突き出したミストレアが、炎の渦を突き破った。
火花を散らしながら突貫するその姿は、勇猛なる戦女神のようだった。
虚を突かれたのだろうか?
五人の男たちは凍て付いたかのように微動だにしない。
そして、その隙を槍の戦姫が見逃すはずがなかった。
立ち並ぶ五人に対し槍を薙ぐ。
頭部や心臓を突き刺せば致命的な一撃にもなり得たが。
そうしなかったのは、彼女があくまでこの戦いを訓練だと考えているからかもしれない。
しかし槍の先端から血が零れた。
男たちの制服、胸の辺りを切り裂き白いシャツを血に染める。
「ぐっ……」
「どうする? 続けるかい?」
ミストレアは一人の男を見据えると、眼前に刃を向ける。
「くそっ……」
男は怒りに表情を歪める。
だが、その発露する感情とは裏腹に、戦意の喪失を示すように武器を手放した。
続けて一人二人と武器を落とす。
すると、形成されていた武器が魔石に戻り地面に転がった。
「ふぅ……」
敵が戦意喪失したのを確認し、ミストレアは大きく息を漏らした。
そして俺に顔を向け、一歩一歩足を進めた。
「さてマルス君、いつの間にか残っているのはワタシたちだけのよ――っうぐ……」
だが、唐突に表情を歪めると膝を落とした。
完全な死角――。
「はははははは――油断大敵ってな!!」
ミストレアの背後。
武器を手放したはずの男の手に、小刀が握られていた。
その刃の色は赤く。
それは、ミストレアの背中を貫いた証だった。
「ぐっ……」
痛みに呻き表情を強張らせる。
だが、地面に倒れ伏そうとはしない。
彼女が、なんとか立ち上がろうと膝に力を込めようとしているのがわかった。
「ははっ、頑張る――」
口を開いた男が話しを終える前に、俺は動いた。
「え……?」
刹那――男の眼前に辿り着き、そのまま臀部を打つ。
「ぁ……」
気を失った男を放置し、俺はミストレアに駆け寄った。