三年組の錯綜する想い
視点切り替わってます。
* アリシア視点 *
マルス君が去った後。
「あなた達、いい加減落ち着きなさい」
先程まで、猫人じゃらしでネネアをからかっていたようだが、今はただの戦闘に変わっていた。
「アリシア、止めないで欲しいにゃ!
このバカのせいで、うちは後輩たちにあんな姿を見られてしまったにゃ!」
「あんな姿って、ただ猫人じゃらしに反応してパシパシやってただけだろ?」
「て、テメェーには、うちの悲しみなんてわからないにゃ!」
どれだけネネアが攻撃しても、軽くあしらわれている感じだ。
「なあアリシア、良かったのか?」
そんな攻防を続けながら。
主語の抜けた発言で、ファルトが私に質問を向けてきた。
「何がですか?」
「マルスを生徒会に協力させようって話だよ」
「……質問の意図がわかりませんが?」
良かったも何も、マルス君が生徒会に協力してくれるに越したことはないはずだ。
ファルトも彼と争うことは望んでいなかったではないか。
「お前、マルスのことを信用も信頼もしてないんだろ?」
「それは……」
「当たりだろ?」
思わず口ごもってしまったのは、図星を指されたからだ。
私は信用も信頼もしていないマルス君に、生徒会への協力を提案したのだ。
「なぜそう思ったのですか?」
「『友達』の考えてることくらいわかるさ」
ファルトは苦笑してみせた。
その隙にネネアがファルトに殴りかかったが、猫人の方に目も向けずに軽々と攻撃を避けている。
「ですが、マルス君の力は必ず必要になるはずです。
ただでさえ、今は魔族の脅威に晒されています。
万一、魔族に生徒たちが襲われるような事態が発生した時、
我々だけでは生徒たちを助けることすらできないかもしれない」
それに、彼には来年もあるのだ。
彼が生徒会の活動に協力してくれるなら、少なくとも私が卒業した後、
一年間だけはこの学院の秩序は保たれる。
私たちが今年卒業してしまう以上、
「あとを託せる後輩が欲しいのです」
それは私の恣意的な想いかもしれないけれど、私は、生徒会が学院にとって必ず必要だと信じているから。
「マルスにあとを託せるのか、見極めたいってことか?」
「……はい」
彼の行動や態度を見る限り、ただ世間知らずで、どこまでも純粋な少年だとわかった。
周囲の者を振り回しているところはあるのは事実だが。
「私は、彼を信じてみたいのだと思います」
彼の友達が欲しいと笑った顔や、人間関係に戸惑う姿を見ていると、少なくとも、マルス君は悪人ではないと思えた。
それに圧倒的な強者にも関わらず、マルス君は無理に相手を従わせようとしないのだ。
何より、先日の闇森人を救った彼の行動を目にしたことが大きかった。
「信じたいか……。
アリシアにしては感情的だな。
もっと理屈っぽい女じゃなかったのか?」
おどけるようにファルトは言った。
それはファルトなりの冗談だろう。
彼は、本当の私が恣意的だと知っているはずだから。
「理屈だけで計れる相手じゃありませんから」
理屈で計れる男なら、そもそも私は頭を悩ませてなどいない。
「ま、その通りだわな。
だが、委員会の設立でマルスに大義名分を与えるリスクもわかってるんだろ?」
「……勿論です」
最悪のことは想定してある。
例えば自分の友達が傷つけられた時、彼ならば迷わず相手を殺すことを選ぶかもしれない。
秩序の維持を掲げる者が秩序を乱せば、彼が設立しようとしている委員会だけではなく、生徒会の存続自体が危うくなる可能性もある。
「それに、今のまま彼に好き勝手やられることの方が、色々な意味で脅威になりそうでしょ?」
そう言って、私は苦笑した。
自分の目の届く場所で、目を光らせておきたい。
そして、彼を見極める。
「ま、おれ個人の意見としては、あいつはいいヤツだとは思うよ。
実際、おれはカネドに、マルスと友達になるよう言ったくらいだしな」
カネドに。というファルトの言葉が引っかかった。
「それは何故ですか?」
「マルスと友達になっておけば、いざって時、あいつがカネドの力になってくれると思ったからな」
彼が友人を大切にしているのは事実で、『個人の主観』のみでいえば友達になって損はないようにも思える。
「その辺りはお前と同じだよ。
おれにとっても、カネドやセリカは生徒会のメンバーでもある大事な『後輩』だ」
ファルトにしても、卒業してしまえば関係ない。と割り切れないくらいには情があるということだろう。
「それともう一つは、マルスの言う友達が、あいつにとってどんなものなのかを知りたかったからかな」
「彼にとっての友達ですか……?」
「そうだ。
まあ、お前とは違うやり方で、おれもあいつを見極めようとしてる。
それだけの話だから、あんま気にするな」
そう口にしたファルトの笑顔はどこか優しくて、でもそれが、私は少しだけ心配になった。
「それに、何があったとしても。
おれはおれで、おれなりのやり方で――友達を守るさ」
だから安心していろと。
この学院で最強と言われる男の瞳が訴えていた。
「はぁ……はぁ……にゃんか、さっきからカッコいいこと言ってるけど、
余裕かましてんじゃにゃい!」
頭部を狙った上段回し蹴りを繰り出すネネア。
それをしゃがんでよけるファルト。
そして、彼の姿が一瞬で目の前から消えて。
「カッコつけてなんかないさ」
背後から声が聞こえた。
いつの間にか扉の前にいたファルトが。
「おれはただ、本気でそう思ってるだけだ」
力強い微笑み。
この学院で最強と言われているファルトが、本気で戦っている姿を私はまだ一度も見たことがない。
実際、ネネアを相手に息一つ切らさずに弄ぶその実力はあまりにも圧倒的だ。
だが、だとすると。
そんなファルトが自分では勝てないと言ったマルス君の実力は、本当に計り知れないということだ。
「それがカッコつけてるって言ってるんだにゃ!」
「そうか?」
ネネアが再びファルトに迫った。
ファルトは扉から飛び出し、廊下を走って逃げていく。
そしてネネアがそれを追いかけ生徒会を出て行った時、昼休み終了の鐘が鳴った。
(もし……ファルトは見極めた上でマルス君とは相容れないと判断したなら、
ファルトは、どうマルス君と向き合うのだろう?)
勝てないとわかったとしても、戦うと決断するのだろうか?
もしファルトがそれを選ぶなら、それは私たちの為なのではないか?
(……いや――私が、そうはさせない)
そんな強い想いと。
(……それに)
マルス君の姿が思い浮かぶ。
(……私は本当に、マルス君のことを信じたいと思っているのだ)
様々な想いを錯綜させながら、私も委員会部屋を出たのだった。
次は再びマルス視点に戻ります。