昼休憩の終わりに
* マルス視点 *
セイルを背負って階段を降りていると。
「……う、うぅ」
背中で眠るセイルはうなされるような声を漏らした。
外傷はないようなので、ダメージ以上にショックから気絶したと予想していたのだが、気絶してもなお、ネネアがにゃーにゃー言ってる姿を夢に見ているのだろうか?
(……起こしたほうがいいだろうか?)
このまま夢で恐怖? に襲われるよりはマシに違いないと考えた俺は。
「セイル、大丈夫か?」
声を掛けながら、背負っているセイルを軽く揺すった。
「う……」
セイルが小さな呻き声を上げ。
「……ネネア先輩、それは」
やはりネネアから責め苦を受けているのか?
「セイル、大丈夫――」
「その干し肉だけは……」
……なるほど。
夢の中で干し肉を取られたのか。
それは一大事だ。
干し肉ということは、いざという時の非常食なのだろう。
早急に起こしてやらねば。
「セイル、起きろ!」
階段の上で一旦足を止め、激しくセイルを揺すった。
「ん……? じ、じしん……?」
寝惚けた声を発するセイルだったが、背中越しにむくりと起き上がったのを感じた。
「起きたか?」
「……うん? マルス? あれ? ネネア先輩は?」
セイルが動くたびに、身体が揺れる。
ぶんぶんと首を振るような音が聞こえた。
周囲の様子を確認しているのかもしれない。
「ネネアならいないぞ?」
「そ、そうか……」
ほっ。と安堵しているようだった。
「それで、干し肉は無事だったか?」
「っ!? ま、マルス、お前なんでオレの干し肉のことを!?」
俺の肩をギュッと掴み、セイルがグッと顔を寄せてきた。
首を回すと、直ぐ横にセイルの顔があるのが見える。
超近距離で目と目が合った。
「なっ――!? って、ちょ、ちょっと待ちやがれ!!
なななな、なんでオレは背負われてんだ!」
セイルは碧眼をギョとさせて。
「なんでってそれは」
「お、おろしてくれ!!」
セイルがバタバタと背中で暴れ出した。
階段の上段で足を止めているので、暴れられると危ない。
もう直ぐ一階まで着くのだから、それまでは大人しくしていて欲しいのだが。
「ちょっと待てセイル。
暴れるんじゃない」
「い、いいからおろしてくれ!!」
「今は階段の上だから危険だぞ?。
一階に着いたら直ぐに下ろす」
「い、一階!? いいからマルス直ぐにおろしてくれ!
こんなところ誰かに見られたら……」
肩をガシガシと揺すられ、全身で暴走するセイル。
危ないと言っているのに全く聞く耳を持たない。
(……仕方ない)
俺は今までよりもがっちりとセイルを背負い、階段を踏み出した。
「ま、マルス! お前なんで進んでんだ!」
「直ぐにおろしてやるから少し落ち着け」
暴れるセイルに構わず俺は階段を下りた。
だが。
「あっ――」
「なっ――」
しまった。
思わず足を滑らせた。
セイルを抱えながらも絡み合うように転がって。
ごろごろごろごろ――バタン!!
荒々しい音と共に、一階まで落下した。
急所は守ったし、受身も取っている。
外傷はないだろう。
「セイル、怪我はないか?」
「あ、ああ……」
痛みに顔を歪めながらも。
「ふおっ!?」
セイルが青い目を見開いた。
「ま、まままま、ママママルス!?」
俺を押し倒すような体勢のまま、愕然とした様子で瞳を右往左往させている。
別段、暑過ぎるというわけでもないのに、セイルは湯浴みの後みたいに頬を上気させていた。
耳はピンと立ち毛が逆立っている。
「すすすすす、すすすまねえ」
「そんな謝らなくても大丈夫だぞ?
それと、取りあえずどいてくれないか?」
「お、おう、そうだな」
セイルが床に手を突き、立ち上がろうとした時――。
タッタッタッタ――と足音が複数聞こえてきた。
「マルスさ――あああああ!? なななななにをやっているんですか狼男!!」
顔を見なくてもわかった。
絶叫の主はラフィだ。
「マルスさんの匂いが近付いてきたと思って飛んできてみれば――これはどういうつもりですか!」
「こ、これはただコケただけで……」
「ラフィは会長から、マルスさんを護衛するように頼んだんですよ!
なのに、あなたが送り狼になるなんて……!」
「ち、違うって言ってんだろが!」
ラフィの発言に、赤面するセイル。
そんな狼人にさらに追い討ちを掛けたるように。
「「ご主人様、取っちゃダメ」」
これまた声が聞こえた。
ルーシィとルーフィだ。
どうやらラフィと一緒にきたのだろう。
双子はセイルの顔をじ~っと凝視している。
怪しい者でも見るような目付きだ。
「て、テメェーらまで何を言ってやがるんだ!」
「セイル、誤解を解きたいならまずどいたほうがいいと思うよ」
冷静な意見を言ったのはエリーだ。
俺が顔を横に向けると目が合って、エリーは苦笑してみせた。
そしてセイルは。
「はっ――!? す、すまねえマルス」
大慌てで立ち上がった。
「マルスさん、お怪我は?
狼男に何かされていませんか?」
「ご主人様、平気?」
「痛いとこ、ない?」
俺に駆け寄ってきた三人から、一斉に質問が飛んできた。
「この程度、問題ないぞ?
さて、そろそろ鐘が鳴るだろ?
さっさと教室に戻ろうぜ」
言って立ち上がろうとする俺に。
「マルス」
エリーはいつものように柔らかい笑みを向け、俺に手を差し出してきた。
その手を掴み立ち上がって。
「あ~! エリシャさん抜け駆けは禁止です!」
「ぬ、抜け駆けって、そんなつもりないよ!」
「でも、手を握った」
「一人だけズルい」
廊下で騒いでいると、必要以上に声が響く。
あまりの俺たちの騒がしさに、教室からぞろぞろ生徒たちが出てきて。
『またお前か』
と、多数の生徒が目で訴えかけてきた。
(……このままだと、また根拠のない噂が流れそうだ)
そう思い。
「騒ぐの後だ。
そろそろ昼休憩も終わるだろ? 教室に戻ろう」
これ以上騒ぎが広がる前に。
俺はみんなに声を掛け、教室に戻った。
教室に入って直ぐに、昼休憩終了の鐘が鳴った。
生徒たちが自分の席に戻る中で。
「セイル、はっきりさせたいのですが」
「……なんだよ?」
ラフィの言葉に、セイルは表情を強張らせて。
「マルスさんにラブラブじゃないでしょうね?」
「違うわっ! せめてそこは友情にしとけっ!」
強張らせていた表情筋をさらに引きつらせて、セイルは激しい反論をするのだった。
それから直ぐにラーニアがやってきて。
「午後の授業を始める前に、試合に出場する代表メンバーを発表するわよ」
選考結果が発表された。




