魔法? それとも――?
† † †
「それで、客人たちをもてなしたところで、殿下の願いとやらは叶ったんですか?」
秋の収穫祭からすでに数日が過ぎた。
祭りのために中断してたまっていた事務仕事がよくやくひと区切りつきそうな目処がついてきた午後。
三人してウェラディアの部屋でお茶を飲んでいるところにロードナイトが会話の口火を切った。
今日のマナハルト王都の視界は良好。
窓の外に広がる王国は、快晴の空の下、王都クルムバートレインだけではなく、大河レインが蛇行する姿が、くっきりと遠くまで見渡せている。
まるで先日の霧が嘘のように。
「願いごとね……そうね。叶ったような……そうでないような……」
くすりとウェラディアは背中の猫を意識しながら、王女らしくおしとやかに笑ってみせた。
「まーあれだな。殿下の願いごとだから、どうせきっと、『収穫の祭りなのに、公式行事なんていや。心ゆくまで収穫祭を回れたらいいのに!』みたいなもんだろーと踏んでたんだが」
「………………。カルセドニー? どーせってなによ!? どーせって!?」
「いやまぁ……というか、むきになるくらいなんだから図星なんだろ?」
「う……や……それは」
「図星なんですね」
「ちょっとロードナイト! はぁとかため息つくのやめてよ! そうじゃなくて!」
「“そうじゃなくて”?」
「や……だからその……」
ちらりと上目遣いに向かいのソファに座るロードナイトをうかがえば、澄ました顔がどこか獲物を待ち構えるように顎を聳やかしている。
実のところ、手紙を読んだときに思い浮かんだ願いはひとつではなかった。
目の前のふたりにはいえないけれど、ウェラディアはあの手紙を受け取ったとき、ひっそりと魔女に手紙を書いていた。
――どうか願いを叶えてください。
お祭りの日だけでも、王子さまを待つようなお姫様の気分を味わいたい。
お祭りを王女ではなく、王都に住むただの女の子のように一日中楽しみたい。
祭りの舞踏を王子さまと踊ってみたい。
ほんの少しの間でいいから……。
そんな他愛のないことを書いて、気まぐれに封をした。
すると、いつのまにか机の上からなくなってしまったのだ。
宛名もろくに書いていないのに、まさか間違って配達に回されたのかと、オルタや部屋付きの侍女に尋ねてみても、そんな手紙は出していないし、そもそも知らないという。
自分で間違って捨てたのだろうかと、どこか釈然としない気持ちでいたのだけれど――。
「あんがい、本当に魔女に届いていたのかしらね?」
くすくすとウェラディアがひとりごとをいいながら笑うから、ロードナイトもカルセドニーも訳がわからないといった顔で首を傾げている。
『祭りの日には、誰でも女の子はお姫さま。男の子は王子さまジャないデスか!』
そう告げた奇術師の言葉が頭を過ぎる。
本当はちょっとした言葉の魔法に過ぎないのかもしれない。
奇妙な客人たちは、本当は誰かに騙されてやってきた見知らぬ国の人と言うだけかもしれない。
それでも――。
「そうね。願いは全て叶ったと――思うわ。それが、魔法なのかどうかはわからないけれど」
ウェラディアの言葉に、ロードナイトが勿忘草色の瞳をはっと瞠り、そっと静かにふせる。
不思議を体現する本当の魔法なのか、言葉の魔法に過ぎないのか――。
ウェラディアが手紙にしたためた、ささやかな願い。
『それでは姫、そろそろ行きましょうか?』
ロードナイトがそう言ってウェラディアの手を取った途端、魔法の時間が動き出した。
ちょっとした物の見方を変えただけかもしれないけれど、あの奇術師の言葉を信じれば、確かに願いは叶ったのだろう。
ロードナイトは覚えているだろうか。
もうひとつ、自分が奇妙な発言をしたことを――。
『もしかしたら、祭りに紛れて、本物の魔法使いが来ていたのかもしれませんよ?』
奇術師が差し出してきた青い薔薇。
『別にどこのご貴族さまがお忍びでいらしていても、俺たちには関係ないし、この阿呆が出した花は一応“害は”ないぞ。俺の保証では、信じられないかもしれないが……』
奇術師の連れがいうように、確かに“害”はなかったようだ。
かわりに、数日経ってもまるでしおれもせず枯れる様子もないから、地植えにしたらもしかしたら根付くのでは? なんて話をオルタとしているくらい。
「魔女が叶えてくれたのか、魔法使いが叶えてくれたのか、それとも、そのどちらでもないのか――」
部屋の隅に芳香を放って、青い薔薇は今日もウェラディアの瞳と同じ蒼穹の蒼色が眩しいくらい美しい。
「さて、これは哲学的な難問だな……俺はそういうのは遠慮しておく」
「あら、カルセドニーそれはズルいんじゃない?」
「いやいや、こういうのはほら、勉強が得意なやつの専門分野だろ?」
「そうか……そうよね。ロードナイトはどう思う? なんといっても我が国で最高位の騎士を選ぶ選考大祭でぶっちぎりの文試一位のあなたは、まさかカルみたいに哲学的疑問を追求する思考を辞退なんてしないわよね?」
にやりと片方の口の端を上げて笑いかければ、視線の先でロードナイトが絶句する。
「しないに決まってるだろ。哲学は確かに試験にはなかったけど、歴史だってロードナイトにとっては哲学みたいなもんだろ。っていうか、俺はこいつに話されるとき、歴史も哲学なんだなぁと思う。心の奥底から」
「……それはそう、かもね」
「おまえらなぁ……いいだろそんなことどうでも! というか、俺が決めるとかおかしいだろ!」
カルセドニーとふたり、楽しくロードナイトをネタに揶揄していたのに、逆切れされてしまった。
「あ、ばれた? まぁいいじゃない。お茶が冷めるわよ。これはシンシアさんにもらったすごくいい茶葉なんだから、冷めるまえに飲んでね」
ぺろりと舌を出して笑ってごまかそうとするけれど、ロードナイトの目が笑ってない。
「俺は魔法なんて、好きじゃないんだ!」
「はいはい。じゃ、魔法じゃないということにしておきましょう! こちらも魔法じゃなくてちゃんと城のパティシエが作ったお菓子よ。どーぞ食べて?」
「どれどれ……ん……さっくり美味しいレモンパイか。さすがに城のは美味しい。上品な味だなー」
「でしょう? ロードナイトもどうぞ。魔法みたいに食べたら消えたりしないわよ?」
そういってウェラディアが、ちらりと魔法の化身のような青い薔薇に視線を走らせたのを、ロードナイトは見逃さなかった。
その顔に浮かんだのは、敗北感による羞恥だろうか。
わかっているといわんばかりに、秀麗な顔が眉根をよせ、唇を噛みしめて、目元が朱に染まる。
その表情に、やった! と何故か叫びそうになる。
けれどもそんなことをしたらまたロードナイトの仕返しに怯える日々が待ってるだけだから、ウェラディアは必死に勝利を顔がゆるむのを堪えていた。
なのに。
「そうですね。魔法だってすぐに消えないかもしれないし、魔法じゃないものだってすぐに消えたりしますから、もういい加減この話は終わりにしてください、殿下!」
まるで拗ねた子どものような声を上げて、ロードナイトが真っ赤な顔でいうから、ウェラディアはもう堪えきれなかった。
ぷっと吹き出して、いつもきちんとしつけている背中の猫はどこへやら。
けたけたと声をあげて笑い出してしまった。
「殿下、声を上げて笑うのは、人前では絶対やめてくださいね……」
「おっ、『人前では』だって。ロードナイトもずいぶんと軟化してきたな」
「……………。カルセドニーおまえだってちゃんと殿下を注意しろよ!」
叫んだり笑ったりする声が王城の一角に響く。
その楽しい午後を味わいながら、ウェラディアは小さく呟いた。
「また、あんなふうにただの祭りのお姫様になれたらいいな――」
ささやきは笑い声や叫び声にかき消される。
「そしてやっぱり――魔女も魔法使いもいて、魔法も存在したんだと思うわ……」
そういって青い薔薇と、窓の外に広がる空に、同じ青色の瞳を向けると、祭りのお姫さまからまたいつものみそっかす王女に戻ったウェラディアは、そっと静かに微笑んだのだった。
〔fin.〕
お遊び短編のはずが
突如忙しくなったりでだらだら書いてしまいましたが
EDです。
おつきあいいただいた方、ありがとうございました!
本編の方は
年末年始のお休み辺りにどうにかする予定ー。




