だからまた、かまってね
闘技場に向かう途中のことだった。
ウェラディアは路地の先に、白いチュニックを着た子どもが転んでいるのを目に止めてため息をついた。
今日は人が多いから、路地の角は本当に気をつけないと。
今更ながらそんなこと思っていると、ふっと先ほど子ども探していたらしい女の子の言葉が頭によみがえった。
『白いチュニックを着た小さな男の子見ませんでした!? 真っ赤な髪で、背中に天使の羽根のついたリュックを身につけてるんですけど』
「白いチュニック。燃えたつような赤い髪――あの子……」
「はい? あ、殿下……っと。フロー!」
ウェラディアはロードナイトから手を離して、ぱっと駆けだした。
「ねぇ、きみ、"ハルくん"じゃない? 赤い髪。白いチュニック! 違う?」
近づいて呼びかけると、幼い子どもは本当に印象的な真っ赤な髪をしていた。
「お姉ちゃん、誰?」
「あれ、マーゴットさんにクラウス帝……この子とお知り合いなんですか?」
「ウェラディア姫……」
「だから、急に駆け出さないでくださいって何かお願いすれば理解していただけるんですか!」
ウェラディアに追いついたロードナイトも合わせて、大人が四人で小さな子どもが囲むように、狭い路地の流れ方を埋めつくした。
「こんなところにいると、非常に邪魔だと思うんですが……そこの小さな子どもは迷子ですか? 先ほど制服を着た少年と少女が探しているようでしたよ」
ロードナイトがため息混じりに、移動を提案する。
「カイのやつ……」
「“カイのやつ”? カイって……眼鏡をかけた制服の少女といっしょにいた少年の名前だったような……?」
「あ、ううん。何でもないんだ。僕、迷子じゃないよ。ちゃんと道もわかってるし」
「王都の子なの? でも、一緒にいる人心配させるんじゃまだまだ子どもってことなのよ?」
ウェラディアはお姉さんぶって、赤毛の子どもに言い聞かせた。子どもの頃、一緒に歩いていた祖母をおいてけぼりにして、いま少年がしたのと同じように『迷子になっていない』と主張したときに、祖母からよく言い聞かせられたものだった。
「そういうことだな、ガキ。心配してくれてるものがいるうちが花だぞ。とっとと戻ってやれ」
「クラウス、知らない子どもにまでなんでそんなに偉そうなのよ!」
四方八方から窘められて、ハルと呼ばれていた少年は苦笑いが顔に張りついたままだ。
「ハルとかいったか。……この押しつけがましようで、単なるお節介焼きばかりの群れから逃げ出す方法は、ひとつしかないぞ」
「うん。僕もそう思う……とっとと円形広場に戻るよ」
少年は呆れたようなロードナイトと目線を交わして、うなずいた。ともするとずり落ちそうになる背中のリュックを、よいしょとしょいなおして、ぺこりと可愛らしげに頭を下げる。
「お姉さんたち、お兄さんたち。心配してくれてありがとう。じゃあね!」
そういうと、ハルは片手を振って、踵を返した。はっと蒼穹の瞳を瞠って、ウェラディアが心配そうな声を背中にかける。
「あ、円形広場まで一緒に戻らなくて大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫ー」
たたたっと軽い足音をたてて小さな体が角を曲り、あっという間に見えなくなってしまった。
こういうとき、複雑な曲がり角が多い王都の街中は、妙に別れがあっけないように感じて、逆に切なくなってしまう。
「ほんの短い間なのに……なんだか気になる子どもだったわね……ロードナイト」
「そうですか」
そんな気持ちを抱いていたのは、ウェラディアだけじゃなかったらしい。
「“幻の竜の谷”かぁ……ねぇ、クラウス。あの子本当に、あのお話の谷から来た子なんじゃないかしら。だってなんだか、ちょっと不思議な子だったじゃない?」
「マーゴットはそういうのが、本当に好きだな……ま、実際どこかに本当に幻の竜の谷のモデルになった場処があって、あいつが持っていたような日記か何をもとに誰かが創作したっていうのはありそうな話だけどな」
「誰かの日記をもとに、誰かが作った物語――」
「マナハルトにもありますね。偉大なる王の足跡を吟遊詩人が脚色して、真実はやがてかき消され、物語だけが残った――そんな事実のような、事実でない物語がいっぱい」
ロードナイトの言葉には、何故だか隠されてしまった真実に思いをはせるような切ない響きが籠められていた。
「偉大なる王の足跡――たとえば、賢王のような?」
「………………。さぁ? 喩え話ですよ、こんなの。どうしたんですか、真に受けて」
笑い飛ばされたけれど、ウェラディアは何故だかごまかされたような気がした。
「ロードナイトって……」
苦情を言おうと口を開いたところで、背後から、わっという大きな歓声があがり、テンポの速い民族舞踏の音楽が流れてきた。
「わわっ。大変、マーゴットさん。音楽が始まっている! 急いで行かなきゃ!」
「なんですって!?」
四人してワタワタと、巨大な闘技場に向かって走り出した。
マーゴットとウェラディアはスカートの裾を指にからげて持ち上げて――。
† † †
ギターとフィドルで軽快に流れてくる民族音楽に鼓動が高鳴る。
手を打ち鳴らして、くるり。
もういちど鳴らして、くるり。
スカートをふわりと膨らませて回っては、すぐ先のパートナーと手を繋ぐ。
「ねぇ、ク、ラウス。ワルツや、ロンドと違っ……て、目が、回りそうだけど……楽しいわね!」
何度もターンを繰り返す民族舞踏は、目が回るだけでなく、激しいステップで息が切れる。
それでもマーゴットは、クラウスとこんなふうに街中の祭りに参加出来ることがうれしくて仕方なかった。
久しぶりに身にまとう、刺繍つきの白いブラウスと赤や黒のスカートも同じようにうれしい。
スカートが空気を孕んで膨らんだところは、闘技場の建物の上階から見ている人からは白と赤と黒のまあるい花が無数に咲いているように見えるに違いない。
「……そうか。それはよかったな。おまえが楽しいんなら……よかった。来た甲斐があったな」
「う、うん。ありがとう……クラウス」
皇帝がいつになくやさしい顔をするから、マーゴットは顔が真っ赤になってしまう。
なんといっても見慣れても見慣れても、ため息が漏れるぐらい、美麗な相貌なのだ。
銀糸の髪が揺れるのさえ、きらきら日に耀くたびにマーゴットは金色の瞳を繋ぎとどめられてしまう。
「ホントいやになっちゃうわ」
マーゴットはクラウスの銀髪を自分の真っ黒な髪と比べてしまい、ため息を漏らした。
「なにがだ。もう疲れたのか? 踊りの輪から抜けるか?」
「え、ううん! 違うの! まだ……もう少し、こうして踊っていたい……ダ、メ?」
上目遣いに強請ってみせれば、皇帝の白皙の美貌にさっと朱が走った。
「ダメ、なわけあるか、馬鹿。おまえがいやになるとか言うから、俺は疲れたのかと思ってだな!」
「だってクラウスがいけないんじゃない!」
「なにがだ!?」
「その顔に決まってるでしょう!?」
「なん、だと……!?」
踊りながら言い争いを始めたマーゴットとクラウスから少し離れた場所で、ウェラディアもロードナイトといっしょに踊りの輪に加わっていた。
「マーゴットさんたち……すごく楽しそう。よかった」
「楽しそうというか、何か言い合いしているようですが……あれがおふたりのコミュニケーション何でしょうね……」
「多分、ね」
ウェラディアはくすりと笑って、ロードナイトの手にくるりと回らされた。
「言い争いって、それはそれで、悪くないわ」
いつもいつもウェラディアであろうとデュライであろうと説教をされては言い争いをする青年が、不思議そうに首を傾げるのを見て、蒼穹の瞳を細めて微笑んだ。
ついルパンVSコナン見てて
遅くなりましたー
なんか終わりが見えてきた。




