お姫さまに薔薇を
鋭く威圧する空気は奇術師にも伝わっただろうに。
奇術師は腰を折ったまま、ふっと笑うと、いきなり大仰な仕種でマットなマントを翻して気にするふうでもない。
旅から旅へと渡り歩く青年にとっては、よくあることなのだろうか。
「祭りの日には、誰でも女の子はお姫さま。男の子は王子さまジャないデスか! 違いマスか?」
「あ、なーるほど」
「別にどこのご貴族さまがお忍びでいらしていても、俺たちには関係ないし、この阿呆が出した花は一応“害は”ないぞ。俺の保証では、信じられないかもしれないが……こいつのやることが失礼だったとしても、祭りなんだし、無礼講だろう」
「そーそー。無礼講、ブレイコウ! だいたい、薔薇には罪はナイし!」
近くでリュートを弾いていた黒髪の青年は、この奇術師の連れだったらしい。
眼鏡をかけた顔は綺麗な顔をしていたけれど、奇術師に対してどこかしら呆れた空気を漂わせている。
奇術師の方も、阿呆と呼ばれて気にするそぶりがまるでない。
リュート弾きの青年は、するりとどこか優雅な仕種でウェラディアの手を取ると、渡されたばかりの薔薇に、髪をひとつに束ねていたリボンをさっと解いて、結びつけた。
蒼い薔薇にピンクのリボンが映えて、ちょっとした贈り物めいて見える。
「どうぞ、蒼穹の瞳の色をした姫君……お持ちください」
「そっか……そうよね。ありがとう、いただくわ。"祭りの日には、誰でも女の子はお姫さま。男の子は王子さま"ね……ふふっ」
ウェラディアは頬を紅潮させて、いま渡されたばかりの蒼い薔薇にそっと顔を近づけた。
「この薔薇、とてもいい香りがする……」
もちろんウェラディアはこの国のお姫さまだけれど、たったひとりしかい王の娘としての肩書きはあまりにも重い。
だからだろうか。
お祭りの日のお姫さまという言葉が、いつも呼ばれてる姫さまという呼び方と違うように響いた。まるで物語の中のお姫さまのように感じて、なんだかひどく心の琴線を揺さぶられてしまう。
薔薇の珍しい青色と、素敵な芳香も手伝っていたかもしれない。
魔女が叶えてくれる願いごと――か。
心の中で、音に鳴らないオルゴールのような音色がかき鳴らされたような心地にさせられる。
ウェラディアのささやかな願いごと。
それをこの妙な奇術師が知ってるはずもないのに。
ウェラディアが祭りの喧騒を離れてふ、っと物思いに沈んでいると、隣にいたロードナイトが、さっと立ち上がった。
「……それでは姫、そろそろ行きましょうか?」
「え?」
「姫も収穫の舞踏を踊りたいとおっしゃっていたかと思いますが?」
ウェラディアの手をとって甲に口付け、上目遣いに見て、くすりと笑う。
玲瓏とした美貌が、嫌味のない、とびきりの笑顔を浮かべて。
かぁっと、たちまち顔に熱が集まる。胸がとくとくと高鳴ってしまう。
動揺した。なんてもんじゃない。
昨日もそうだったけれど、ロードナイトにとびきりの笑顔を向けられ、物思いだけでなく周りのことさえ何もかもが吹き飛んでしまった。
「や、あ……ちょっ……」
動揺にまともな言葉が出ない。
ロードナイトは、そんなウェラディアを立たせる間に、帽子を差し出した奇術師にちゃりんちゃりんと見物料を支払って、礼まで述べていた。
引きずられるようにして、円形劇場の階段を昇りながら、肩越しに振り向くと、気づいた奇術師が白い手袋をした手をひらひらと振ってよこす。まるで、お幸せに! とでもいうかのように。
「……ねぇ、ロードナイト。あれどうやってたんだと思う? あんなにいっぱいの鳩を出した後すぐに、あんな変わった蝶々を出して――。この蒼い薔薇だって……こんなに真っ青な薔薇、初めて見たわ。とても珍しいんじゃないかしら」
「さぁ……どうでしょう。私には計りかねますが……。そうですね。もしかしたら、祭りに紛れて、本物の魔法使いが来ていたのかもしれませんよ?」
「ええっ!? なにそれ……どうしちゃったの? そんなこと言うなんて……ロードナイトらしくない。あ、でもそうでもないか。うーん、でも……」
ウェラディアは蒼い薔薇を見つめながら、手を引かれるままになっていた。
その蜂蜜色した頭の上で、ロードナイトはまたくすりととびきりの笑顔を零していた。
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