「我は星に託されし、己が使命を果たす」
二人は剣を抜いた。ウィルの背後に立つリサが、リオンに伝授された封印破りの呪文を力強く唱える。
呪文に応じるように、魔法陣が強く輝き出した。その輝きは一層強さを増し、二人の視界を奪う。
反射的に目を閉じていた。それでも、瞼を突き刺す閃光を感じた。
「――リオンも小賢しい真似をしてくれたものだ」
聞き慣れたソフィアの声が耳に届いた。
目を開けると、盛り上がった岩が砕けており、その上にソフィア――レヴェリスが立っていた。
「何奴かと思えば、先日我に手も足も出なかった者たちではないか」
レヴェリスが嘲笑に口元を歪める。
「貴様らがリオンの使い――我を倒しに来たというのか?」
「おまえが考えを改めない限り、そういうことになる」
「笑止なことを言う。貴様らごときが、我を倒せると思っているのか?」
「さぁな。やってみれば、判るんじゃねぇか?」
ウィルのふてぶてしい態度に、レヴェリスが高笑いした。まるで二人を脅威と思っている様子はない。余裕だと言わんばかりの表情だ。
「面白い。我を前に、そのようなことを言ってのける輩は、そう多くないだろう。リオンも粋な真似をしてくれる」
レヴェリスの鷹揚な態度に、リサは唇を引き結んだ。
「リオンだけじゃない。アストルムにも、おまえをとめてくれと頼まれた」
鷹揚に構えていたレヴェリスが、アストルムの名を聞いた瞬間に表情を一変させる。
「アストルムだと……? 星を穢した者を粛清する我を、アストルムが否定するわけがなかろう!」
「おまえは、人の血で星を穢そうとしている」
「我はアストルムの――世界の守護を使命とする者ぞ! アークの人類は星と守護者を敬うことも忘れ、いつしかこの星を滅びの運命へと誘う。さすれば、アークを滅亡させる他にあるまい!」
レヴェリスが怒鳴る。守護を任されたアストルムにさえ、その行為を否定されたことが信じ難いようだ。
「堕ちたカンヘルごときが、アストルムの名を口にするな! 我は星に託されし、己が使命を果たす。邪魔立てすると申すなら、まずは貴様らを殺すのみ!」
レヴェリスが地面を蹴った。直後、彼女の手に光の剣が出現する。魔力を結晶化させた剣だ。
レヴェリスと同時に走り出したウィルが迎え撃つ。二人の剣がぶつかり合い、激しい金属音を発した。
「いくぞ、ウィル!」
鍔迫り合いの最中、不意にウィルが背後に跳び退く。次の瞬間、彼らが立っていた地面から尖った岩が生えた。だが、レヴェリスも魔力の流れをいち早く感じ取り、リサの攻撃魔法を回避した。
横に跳んだレヴェリスに、今度はリサが斬り掛かった。右上段からの袈裟斬りは宙を斬り、左から水平に薙いだ剣は光の剣によって弾かれる。
レヴェリスが反撃に転じようとしたところを、ウィルが背後から襲う。上段から振り下ろされた剣を、レヴェリスは水平に構えた剣の腹で受けとめた。守護者の圧倒的な力にも引けを取らない。
「この力……、アストルムに与えられたのか……!」
「ありがたいことにな……っ!」
ウィルが剣に一層の力を込める。さすがのレヴェリスも押し返すことは出来ないようだ。
リサは硬直したレヴェリスの背に、突きの構えで突進する。しかし、気配を察したレヴェリスは剣の切っ先が自身をとらえる直前に、ウィルの斬撃を右へと受け流し、左へと跳んだ。
リサはレヴェリスの動きを予期していた。突きを放っては、ウィルを殺してしまう。彼女はウィルの目前で急に減速し、突きの構えから強引に回転斬りを放つ。だが、レヴェリスがさらに跳び退いたことで、間合いからは外れていた。
レヴェリスとの間に距離が生まれ、リサとウィルは一度息をつく。
「まさか、アストルムまでも……」
「だから言ってんだろ? おまえをとめるよう頼まれたって。まぁ、そんなこと関係なく、俺たちはおまえを殺すけどな」
ウィルの言葉を、レヴェリスが鼻で笑う。
「この身体の持ち主は、ソフィア・ディオンといったか? その女の妹であろう? 貴様とも浅からぬ縁があるようだ。それを殺すと申すか?」
リサは冷ややかな視線をレヴェリスに向けた。
「おまえに言われるまでもない。その覚悟がなければ、ここに来るわけがない」
「それは勇ましいものだ」
品定めするような視線に、リサは舌打ちした。どこまでも傲慢な態度だ。何があろうとも、吠え面をかかせてやると心に刻む。
「アストルムとリオンが、貴様らにすべてを託すに至った非情の覚悟か……。ならば、我とて非情になるしかあるまい。アストルムの意思に反しようが、是非もない。我は自らの使命と意志を貫く!」
レヴェリスが呪文を唱える。聞いたこともない呪文だ。
「させるか!」
「待て!」
レヴェリスの詠唱を妨害しようと地面を蹴ったウィルの手首をつかむ。それと同時に、未知の魔法が発動された。
竪穴の地面全体に、魔法陣が展開される。リサは反射的に、障壁魔法を発動した。直後、展開された魔法陣から炎が上がる。障壁で二人の周囲は守られているというのに、熱された空気が肌を焼く。
「焼き殺してやろう!」
レヴェリスの声と同時に、炎の威力が増す。
呼吸をする度に、肺が焼けるように痛んだ。このままでは、障壁が破壊される前に火傷で死んでしまう。
業火の中、低い呪文が耳に届いた。すると、竪穴に竜巻が生じ、二人を焼き殺さんとしていた炎が掻き消された。
リサは込み上げる咳を堪え、自身とウィルに治癒魔法を掛けた。淡い光が赤く爛れた皮膚と痛みを発する肺を癒す。
「いつの間に使えるようになったんだ?」
先程ウィルが唱えた魔法は、クレムスの湖で彼に教えたものだ。あの時は何度も練習したというのに一度として成功しないまま、リサが魔力切れで倒れてしまった。
「言っただろ? 俺は土壇場に強いって」
ウィルが得意げににやりと笑う。
「本番に強いんだ、だったはずだ」
「細かいこと気にするな!」
怒り心頭に発したレヴェリスが鋭い視線を二人に向ける。眼光に宿された殺気に、背筋がぞくりとした。
リサとウィルはレヴェリスに向き直り剣を構え直す。
「俺は防御に徹する。おまえは攻撃をしろ」
小さな囁きに、リサは黙って顎を引いた。
二人が同時に走り出す。先を駆けていたウィルがレヴェリスに突きを放った。彼の突きは身体を捻って避けられ、さらに回転斬りに襲われる。
ウィルは突きを放った剣を持ち替えて屈み、レヴェリスの回転斬りを受け流した。その後、剣の柄を握る手の隙間に左手を捻じ込み、レヴェリスの左腕を拘束する。
片腕を拘束されたレヴェリスにリサが襲い掛かる。横合いから鉛直に剣を振り下ろすが、斬撃は振り下ろした瞬間に、レヴェリスの回し蹴りを受けて軌道が逸れてしまう。ウィルが慌てて背後に跳び退き、軌道が逸れた斬撃は地面を抉った。
間髪入れず、ウィルはリサの剣を跳び越えて、もう一度レヴェリスに斬り掛かる。袈裟斬りを袈裟斬りで受けとめ、再びの鍔迫り合いとなる。だが、ウィルは不意に力を緩めて、鍔迫り合いを脱する。
彼は一歩右に退き、手首を返してレヴェリスの剣を自身の剣で押さえつけた。光の剣の切っ先が地面を抉る。
「リサ!」
リサはウィルの呼び掛けに応じ、膠着した隙に背後から突きを放つ。ウィルはリサの剣がレヴェリスを捉えるまで力の限り光の剣を押さえつけるが、突如として剣が消えてしまう。
「な……っ!」
ウィルが驚きに目を見開いた直後、喉に右手を打ち込まれて息を詰まらす。
さらにレヴェリスは驚くことに、リサの突きを脇腹で受けとめて見せた。しかし、切っ先はレヴェリスを捉えてはいない。刃が浅く脇腹と右腕を傷つけただけだ。
リサは剣を引くが動かない。すぐ隣でウィルは咳込んでいる。
心臓がとまる思いがした。
「これで終わりだ!」
レヴェリスの左手に光の剣が出現する。その剣が振り上げられた――瞬間、ウィルがリサの剣を横から蹴りつけた。
「なに……っ⁉」
レヴェリスが体勢を崩したと同時に、リサは剣を引く。
肉を裂く感覚が手に伝わった。レヴェリスの――ソフィアの身体から鮮血が流れ、地面に落ちる。
レヴェリスが驚愕に目を見開きつつも、二人から距離を取った。
「大丈夫か?」
「大丈夫だ」
どうやら、治癒魔法を掛ける必要もないようだ。
二人は右の脇腹を押さえるレヴェリスに向き直った。
「不覚……っ!」
苦痛に顔を歪めたレヴェリスが呟く。
「ならば……!」
右腕と脇腹から血を流す守護者は、片膝を着いて左の拳を地面に打ちつけた。
レヴェリスの拳を中心とし、魔法陣が展開される。またしても業火の魔法が繰り出されるのかと身構えるが、魔法陣に並ぶ文字が違う。大きさも、業火の魔法のものとは異なっていた。
「こんなのありかよ……!」
ウィルが呟いた。リサも、同じ呟きを漏らしたいほどだった。




