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「冒険者になると良いでしょう

 その日の昼前に、首都シェーンブルクから警備軍の応援が到着した。彼らは指揮官の指示のもと、迅速に捕縛された飛竜を運び出し、瓦礫の撤去に動き出した。

 リサとウィルも、何故か瓦礫の撤去部隊に組み込まれていた。


「なんで、俺らまで、こんなこと……っ!」


 ウィルが重たい瓦礫を持ち上げながら、ぶつくさと文句を言う。


「文句を言う余裕があるなら、さっさと働け」

「働いてんだろ」


 荷車の上に瓦礫を投げる。


「大体、俺たちは戦うことが専門なんだ」

「おまえと一緒にするな」


 リサが動くのを余所に、ウィルが焚火の側の瓦礫に腰を下ろす。どうやら身体を温めているらしい。


「腹減った」


 頬杖をつき、不貞腐れた顔で呟く。空腹を覚えているのはリサも同じだが、彼女は作業を継続した。


「まだ昼には早い」

「腹減った時に食うのが一番だ」


 何を言っても動こうとはしない。これは昼食を食べない限り動くことはないだろう。そう予想するものの、満腹になったところで動く保証はない。ウィルは基本的に面倒臭がりなのだ。この男が喜んで動くのは、戦闘だけと相場が決まっている。


 リサは溜息を漏らした。地面に敷き詰められたレンガは、飛竜の鋭い爪で抉られ、割れてしまっている。そのレンガはすでに撤去され、人や荷車が通れるようにはなった。大きな瓦礫も、警備兵や冒険者の手により運び出されている。戦闘直後の惨状と比べれば、短時間でずいぶんと片されたものだ。

 重たい瓦礫を荷車に置くと、御者台に乗った男が声を張り上げた。


「一旦運んでくるぞ」


 男が馬を鞭打つ。荷車がゆっくりと動き出し、大通りを下って行った。人混みに吸い込まれるように消えて行った馬車を見送り、リサはほっと息をつく。両の手を叩き埃を払った後に、ウィルの隣に腰を下ろした。


「ご苦労さん」


 焚火の熱に頬を淡く染めた男が言う。瓦礫を運び出す馬車がなくなったことで、撤去に動いていた者たちも各々休憩に入った。


 しかしながら、リサの休憩時間は間もなく終了した。広場にリオンの使いと黒の外套を羽織った男が現れたのである。

 その男に見覚えはなかった。だが、小奇麗な装いからしておそらく要職の人間だろう。年齢は三十歳前後といったところか

 瓦礫に座るリサとウィルの前に、リオンの使いと要職の男がやってくる。互いの知り合いである使いが紹介をした。


「なるほど。あなたたちが飛竜を倒してくれたアーク出身の方ですね」


 握手の後にエリオット・セジウィックと紹介された男が言った。口元には人好きのする笑みを浮かべていた。


「この度は、我が国の民のために危険を冒していただき、誠にありがとうございます。国を代表して、お礼を申し上げます。近いうちに、大統領から感謝状とわずかながら報奨を授与いたしますので、どうぞよろしくお願い申し上げます」


 エリオットが深々と頭を下げる。

 この礼儀正しい男は大統領府の人間ようで、若くして国家の中枢に立つ有能な人物のようだ。無論、そう説明されたところで、リサとウィルはちんぷんかんぷんである。


「大したことはしていない」

「竜だってから、もっと強いもんだと期待したんだけどな」


 戦闘狂のウィルの減らず口にも、エリオットは笑みを崩さない。出来た人間だと、リサは心の底から感心した。世界の広さを知ったばかりだが、ウィルの無礼な態度に眉ひとつ動かさない人間は数える程度だろう。貴重な人種だ。


「冒険者は数多くいますが、二人で竜に戦いを挑む者はそういません。たとえ、竜種の中でも小柄な飛竜であっても」


「へぇ。つまり、もっと強い奴がいるってことか?」

「ええ。世界はまだ踏破されていません。未知の土地には、我々の想像を絶するようなものが待ち構えているでしょう」


 ウィルが精悍な顔に不敵な笑みを浮かべ、両の拳を突き合わせた。


「面白そうだな」

「そう思ったのなら、あなた方も冒険者になると良いでしょう。実力は、今回の件で充分に示していただきました。我々としても、お力を貸していただきたいほどです」


 愛想が良い上に、人心掌握も上手いときた。なかなか侮れない男だ。


「興味をお持ちいただけましたか?」

「まぁな」

「それではひとつ、冒険者の卵として任務に参加してはみませんか?」

「任務?」


 リサが眉をひそめて問うと、エリオットがうなずいた。


「認可が下りていない以上、危険なことは任せられませんが、司令官の補佐として冒険者の仕事を見てみるのも良い経験になるかと思いまして」


 リサはかぶりを振るった。気分が乗らない。付き合う義理もないだろう。何せ、彼女は冒険者になりたいなどと一言も口にしていないのだから。

 瓦礫から立ち上がり、エリオットに背を向ける。


「私は宿屋に帰る」


 足早に歩き出すが、手首をつかまれて仕方なく振り返る。ウィルが満面の笑みを浮かべていた。


「俺はやる。だから、おまえも付き合え」

「付き合う義理はない」

「俺が行くって言ってんだ。おまえが付き合うのは当たり前だろ?」

「どういう理屈だ?」


 さすがに癪に障ったので、口調が荒くなる。腕を振り解こうとするが、もうひとり満面の笑みを浮かべた男に阻まれてしまった。


「喧嘩は感心しませんね」


 そう言いながらリサとウィルの腕を離し、さぞ困ったような表情を浮かべて見せた。


「しかし、困りました。あなた方は無一文だと伺い、国が宿泊費を肩代わりしたのですが……。早く返済していただきませんと」

「話が違う」

「いえ、リオン様には国の予算が充てられています。ですから、あなた方の宿泊費はシェーンバルト共和国が負担していることになります」


 リサだけが憮然とした表情をしていた。同じ立場のはずのウィルは、愉快だとばかりに笑っている。


「つまり、その任務とやらに参加すれば返済の必要はなくなると言いたいんだな?」

「察しが良くて助かります」


 うんざりと息を吐き出す。


「報奨とやらを充てることは出来ないのか?」

「申し訳ございませんが、報奨は気持ちばかりなので足りませんね」


 あくまでもにこやかに、だがきっぱりと答えられ、リサは溜息と共に前髪を掻き上げた。見事に、策略に嵌ったというわけだ。


「――わかった。参加する」


 彼女は任務への参加を承諾した。

 ウィルの拳が軽く背に宛がわれ、リサは本日何度目か判らぬ溜息を漏らした。


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