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『White Cage――透明な献身――』  作者: 長谷川鈴凪
9 Farewell Gift 送別の品 

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63ー似た者同士

 紗奈は薫の診察を受けるために、TSO医療室の診察室を訪れていた。

「透也があんな人だとは知らなかった」

「……。まぁ、君に見せていたのは全部じゃなかったかもね。君たちはよく似てるよ」

「……似てない」

「言葉より行動で示す。相手の気持ちを理解していると思っている」

「透也は私の気持ち全然分かってなかった」

薫は思わず吹き出す。

「透也も同じ事を思っているよ」

「君は人生をかけて透也を守りたいと思った。透也も同じだ。君を一人で病室に迎えに行った時に、その覚悟を決めたんだ」

(その時、俺は透也を止めた。止めたかった)

(でも止めていたら、今目の前にこんな風に笑う紗奈はきっといなかっただろう)


「君がまた笑えるようになって良かった」

「頑張らなくても、ここにいて良いことが分かったから……」

「そうだね。努力したことは無駄じゃない。でも自分も大事にしないといけない」

「薫先生は、私も透也も止められないだろうけど。これからは、私よりも透也のそばにいてね」

「何だい、その言い方は。まるで奥さんみたいだね」

薫は茶化す。

でも紗奈は笑えなかった。


薫との診察を終えた紗奈は地下に降りるため、エレベーターに乗った。紗奈がエレベーターを降りるとスーツ姿の男女がいた。立ち姿から分かる。訓練された人間。

「紗奈様、こちらへ」

女性がもう一つのエレベーターに誘う。紗奈がたった今降りてきたTSO直通の専用ではなく、一般社員用のエレベーター。

紗奈はひと息、呼吸を整える。

「分かりました」

男の方が言う。

「賢明な判断です」

紗奈は怒りの衝動を自分の右手で左腕を抑えた。もう左内太ももにナイフはない。だが、抜きたいという反射はすぐには消えない。


 紗奈は高層階の外の空気が吸える、花壇が備えられ整えられたテラスに出た。

その隅に一人壁にもたれ掛かるように座る。

何かに支えていられないと座ることもままならなかった。

時折、数名の社員が外の空気を吸いに来るくらいで、この寒空にテラスに長時間いようと思う物好きは少ない。


ワンピースの裾が時々冷たい風に揺れる。

紗奈はここに初めてきた。

そもそも一般社員のフロアに紗奈は滅多に来ることがない。

ガラス越しに下を見れば、家路へと急ぐ何人もの社員達の姿が小さく見える。


(このまま消えてしまえれば良いのに。そうすれば幸せな記憶のまま……)

紗奈は静かに目を閉じる。

スマートフォンが震えた。

『どこにいるんだ?』

透也からだった。

運転手が紗奈を会社まで送った後の足取りがなかったから、連絡を寄越したのだろう。

『まだ社内にいる』

『なら、一緒に帰ろう』

その画面を見て紗奈は涙が溢れた。

これまでとはまた違う。帰るの意味。


透也は返事が来ないことを怪訝に感じたのだろう。

『お前、どこにいる?』

『四季のテラス』

『会社のか?珍しいなお前がそんなところにいるなんて』

そこで透也は窓の外を見る。

(こんな寒空にか?)

透也は急いでコートを手にして、チーフ室を出た。

深見が驚いて声をかける。

「お帰りですか?」

「ああ」

透也は足早に出て行く。


澪がデスクの隙間からその一連を見る。

「また何かあったのかしら」

「紗奈が?今朝も甘々だったろうが」

洸樹が朝の紗奈を思い出して言う。


紗奈は送信してから自分が失態を犯したことに気づいた。

慌てて涙を拭く。

チーフ室から最短でテラスまで、何分で着くかを瞬時に計算する。


(普通にしなきゃ。何でもないって顔)

紗奈は立ち上がる。トイレに入り、鏡を見る。目元が腫れていないことを確認して安心する。


透也が紗奈を見つけ足早に近づいてくる。

「透也?どうしたの」

紗奈は驚いた風を装って、首を傾げる。

「……寒くないのか?」

透也が紗奈の恰好をいちべつしていう。手袋もせず膝下のワンピース、素足を出したショートブーツ。

手に持っていたコートを透也は突如紗奈の頭からかけると、その上から紗奈を抱きしめた。

「と、透也……!」

紗奈はパニック寸前だった。

「ここ会社だよ!?」

「コートで誰かなんて見えない。その上、この寒いのにテラスに出ようと思う人間もいない」

最もらしいことを言っているようで、何か違う気がする。

透也が紗奈の頬に手で触れる。そこだけ不自然に冷たい一筋の跡。

透也が呆れたように言う。

「……一体いつからここにいるんだ。戻るぞ」

「あっ、返す」

紗奈がジャケット姿の透也にコートを返す。

「本当に寒くないのか」

「若いから?」

「お前な」


透也は紗奈を恋人繋ぎで連れ立って歩く。

「手を繋がなくても良いでしょ……?」

「すぐ迷子になるだろ」

「ならないよ。こっちにはほとんど来ないのは事実だけど」

「なら、その涙の意味を説明するか?」

「っ……」

――気付かれていた。


「泣くなとは言わない。だが、俺を何もできない男にするな」

紗奈は驚いて顔をあげた。まっすぐ前を見る透也の整った横顔。

「私、何も言ってない。なのに、どうして分かるのいつも」

透也はため息をつく。

「さあな」

さっきだってそうだ。

何か確信があった訳じゃない。

ただ、今すぐ行かなければという直感に近かった。


「私たち、長い間近くにいすぎたのかも……」

紗奈の足が止まる。

「まだ一人でいたかったのか?余計なことをしたか」

紗奈は首を降る。

「思ってもないくせに」

「思っていなくても、聞いておかないとまた擦れ違うだろ」

紗奈は呆気にとられる。

(……傲慢)


昔からそうだった。

勝手に決めて。

勝手に踏み込んで。

勝手に手を差し出す。

でも。

その強引さに、何度も救われてきたのも事実だった。


紗奈は、絡められた指を見た。

そして今度は、自分から少しだけ握り返した。

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