63ー似た者同士
紗奈は薫の診察を受けるために、TSO医療室の診察室を訪れていた。
「透也があんな人だとは知らなかった」
「……。まぁ、君に見せていたのは全部じゃなかったかもね。君たちはよく似てるよ」
「……似てない」
「言葉より行動で示す。相手の気持ちを理解していると思っている」
「透也は私の気持ち全然分かってなかった」
薫は思わず吹き出す。
「透也も同じ事を思っているよ」
「君は人生をかけて透也を守りたいと思った。透也も同じだ。君を一人で病室に迎えに行った時に、その覚悟を決めたんだ」
(その時、俺は透也を止めた。止めたかった)
(でも止めていたら、今目の前にこんな風に笑う紗奈はきっといなかっただろう)
「君がまた笑えるようになって良かった」
「頑張らなくても、ここにいて良いことが分かったから……」
「そうだね。努力したことは無駄じゃない。でも自分も大事にしないといけない」
「薫先生は、私も透也も止められないだろうけど。これからは、私よりも透也のそばにいてね」
「何だい、その言い方は。まるで奥さんみたいだね」
薫は茶化す。
でも紗奈は笑えなかった。
薫との診察を終えた紗奈は地下に降りるため、エレベーターに乗った。紗奈がエレベーターを降りるとスーツ姿の男女がいた。立ち姿から分かる。訓練された人間。
「紗奈様、こちらへ」
女性がもう一つのエレベーターに誘う。紗奈がたった今降りてきたTSO直通の専用ではなく、一般社員用のエレベーター。
紗奈はひと息、呼吸を整える。
「分かりました」
男の方が言う。
「賢明な判断です」
紗奈は怒りの衝動を自分の右手で左腕を抑えた。もう左内太ももにナイフはない。だが、抜きたいという反射はすぐには消えない。
紗奈は高層階の外の空気が吸える、花壇が備えられ整えられたテラスに出た。
その隅に一人壁にもたれ掛かるように座る。
何かに支えていられないと座ることもままならなかった。
時折、数名の社員が外の空気を吸いに来るくらいで、この寒空にテラスに長時間いようと思う物好きは少ない。
ワンピースの裾が時々冷たい風に揺れる。
紗奈はここに初めてきた。
そもそも一般社員のフロアに紗奈は滅多に来ることがない。
ガラス越しに下を見れば、家路へと急ぐ何人もの社員達の姿が小さく見える。
(このまま消えてしまえれば良いのに。そうすれば幸せな記憶のまま……)
紗奈は静かに目を閉じる。
スマートフォンが震えた。
『どこにいるんだ?』
透也からだった。
運転手が紗奈を会社まで送った後の足取りがなかったから、連絡を寄越したのだろう。
『まだ社内にいる』
『なら、一緒に帰ろう』
その画面を見て紗奈は涙が溢れた。
これまでとはまた違う。帰るの意味。
透也は返事が来ないことを怪訝に感じたのだろう。
『お前、どこにいる?』
『四季のテラス』
『会社のか?珍しいなお前がそんなところにいるなんて』
そこで透也は窓の外を見る。
(こんな寒空にか?)
透也は急いでコートを手にして、チーフ室を出た。
深見が驚いて声をかける。
「お帰りですか?」
「ああ」
透也は足早に出て行く。
澪がデスクの隙間からその一連を見る。
「また何かあったのかしら」
「紗奈が?今朝も甘々だったろうが」
洸樹が朝の紗奈を思い出して言う。
紗奈は送信してから自分が失態を犯したことに気づいた。
慌てて涙を拭く。
チーフ室から最短でテラスまで、何分で着くかを瞬時に計算する。
(普通にしなきゃ。何でもないって顔)
紗奈は立ち上がる。トイレに入り、鏡を見る。目元が腫れていないことを確認して安心する。
透也が紗奈を見つけ足早に近づいてくる。
「透也?どうしたの」
紗奈は驚いた風を装って、首を傾げる。
「……寒くないのか?」
透也が紗奈の恰好をいちべつしていう。手袋もせず膝下のワンピース、素足を出したショートブーツ。
手に持っていたコートを透也は突如紗奈の頭からかけると、その上から紗奈を抱きしめた。
「と、透也……!」
紗奈はパニック寸前だった。
「ここ会社だよ!?」
「コートで誰かなんて見えない。その上、この寒いのにテラスに出ようと思う人間もいない」
最もらしいことを言っているようで、何か違う気がする。
透也が紗奈の頬に手で触れる。そこだけ不自然に冷たい一筋の跡。
透也が呆れたように言う。
「……一体いつからここにいるんだ。戻るぞ」
「あっ、返す」
紗奈がジャケット姿の透也にコートを返す。
「本当に寒くないのか」
「若いから?」
「お前な」
透也は紗奈を恋人繋ぎで連れ立って歩く。
「手を繋がなくても良いでしょ……?」
「すぐ迷子になるだろ」
「ならないよ。こっちにはほとんど来ないのは事実だけど」
「なら、その涙の意味を説明するか?」
「っ……」
――気付かれていた。
「泣くなとは言わない。だが、俺を何もできない男にするな」
紗奈は驚いて顔をあげた。まっすぐ前を見る透也の整った横顔。
「私、何も言ってない。なのに、どうして分かるのいつも」
透也はため息をつく。
「さあな」
さっきだってそうだ。
何か確信があった訳じゃない。
ただ、今すぐ行かなければという直感に近かった。
「私たち、長い間近くにいすぎたのかも……」
紗奈の足が止まる。
「まだ一人でいたかったのか?余計なことをしたか」
紗奈は首を降る。
「思ってもないくせに」
「思っていなくても、聞いておかないとまた擦れ違うだろ」
紗奈は呆気にとられる。
(……傲慢)
昔からそうだった。
勝手に決めて。
勝手に踏み込んで。
勝手に手を差し出す。
でも。
その強引さに、何度も救われてきたのも事実だった。
紗奈は、絡められた指を見た。
そして今度は、自分から少しだけ握り返した。




