19―純白のドレス
撮影現場は、強い照明とスタッフの怒号、そして高月華という「商品」を磨き上げるための過剰な熱気で満ちていた。
紗奈は会場の隅でタブレット端末を抱え、周囲の不審な動きを監視する「黒子」に徹している。一瞬の隙も許されない緊張感の中、数メートル先では、華が雑誌の撮影のために最高の笑顔をカメラに向けていた。その光は、現実から切り離された舞台装置のように眩しい。
(……これが、普通の女の子が憧れる世界)
紗奈はふと、自分自身がかつて望んでいたかもしれない「普通」を思った。けれど今の自分は、その“普通”を遠ざけるための黒を纏っている。強烈なライトが網膜を焼くような感覚に、紗奈はふらりと目眩を覚え、壁に手をついた。
その背に、影が落ちる。 振り返るまでもなく、その気配が誰のものかを知っている。
透也だ。
彼は華から数歩離れた位置に立ちながらも、その鋭い眼光は常に紗奈の微細な体調変化さえ逃さない。
「……無理をするな。貧血か?」
労わりではない。損耗を嫌う声だった。彼は紗奈の隣に立ち、洸樹へ短く指示を飛ばす。
「いえ、少し光に酔っただけです」
紗奈は何でもないように言った。だが次の瞬間、腕を取られる。
誰もいない控室の通路へと誘導する。彼の指先が、紗奈の腕に食い込む。
「……紗奈」
低い声が落ちる。
「華のような光に目を奪われるな。お前が見るべきものはそこじゃない」
顎が軽く持ち上げられる。
視線が強制的に重なる。そこにあるのは優しさではなく、固定だった。
「ここは仕事場だ。お前が揺らぐ場所ではない」
紗奈は一瞬だけ目を伏せ、それから静かに言う。
「はい、チーフ」
そして腕をほどいた。その瞬間、透也の指先がわずかに空を掴む。
現場へ戻ると、ウェディングドレスのラックが視界を埋めていた。
白、乳白色、光を吸い込むような布の群れ。
スタイリストが笑う。
「女の子って、やっぱりこういうの見るとときめくわよね。私たちはもう見慣れちゃって」
華は椅子に腰を預け、水を飲みながら肩をすくめた。
「重くて疲れそう。着た瞬間、自由が減るやつ」
その言葉は軽い冗談のようでいて、妙に現実的だった。
紗奈は無言でドレスを見つめる。
白――
それは“何もない”のではない。むしろ、何も許さない色だと思った。
もし自分があれを着せられるのだとしたら。それは祝福ではなく、固定だ。
誰かの意思で形を決められ、そこから動かないことを求められる印。
そのとき背後に気配が落ちる。透也は何も言わないまま、ドレスの群れの向こうを見ていた。
その横顔に、感情はない。ただ、評価だけがあった。
華が鏡越しに紗奈へ視線を送る。
「紗奈ちゃん、ああいうの見ても顔変わらないのね」
軽く笑う。
「大人しいっていうより……冷たい?」
紗奈は小さく首を傾げる。
「ただ、白いなと思っていただけです」
それ以上でも、それ以下でもないというように。その言葉の裏で、彼女自身も気づいていなかった。
白は、すでに意味を持ってしまっている。
透也が一歩だけ近づく。
距離が詰まるだけで、空気の温度が変わる。
「紗奈」
低い声。
「お前には、あれは似合わない」
それは拒絶だったのか、保護だったのか。
どちらでもなく、その曖昧さだけが残った。




