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『White Cage――透明な献身――』  作者: 長谷川鈴凪
4 Fractured Silence 壊れた静寂

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20/20

19―純白のドレス

 撮影現場は、強い照明とスタッフの怒号、そして高月華という「商品」を磨き上げるための過剰な熱気で満ちていた。

紗奈は会場の隅でタブレット端末を抱え、周囲の不審な動きを監視する「黒子」に徹している。一瞬の隙も許されない緊張感の中、数メートル先では、華が雑誌の撮影のために最高の笑顔をカメラに向けていた。その光は、現実から切り離された舞台装置のように眩しい。


(……これが、普通の女の子が憧れる世界)

紗奈はふと、自分自身がかつて望んでいたかもしれない「普通」を思った。けれど今の自分は、その“普通”を遠ざけるための黒を纏っている。強烈なライトが網膜を焼くような感覚に、紗奈はふらりと目眩を覚え、壁に手をついた。

その背に、影が落ちる。 振り返るまでもなく、その気配が誰のものかを知っている。

透也だ。

彼は華から数歩離れた位置に立ちながらも、その鋭い眼光は常に紗奈の微細な体調変化さえ逃さない。

「……無理をするな。貧血か?」

労わりではない。損耗を嫌う声だった。彼は紗奈の隣に立ち、洸樹へ短く指示を飛ばす。

「いえ、少し光に酔っただけです」

紗奈は何でもないように言った。だが次の瞬間、腕を取られる。

誰もいない控室の通路へと誘導する。彼の指先が、紗奈の腕に食い込む。


「……紗奈」

低い声が落ちる。

「華のような光に目を奪われるな。お前が見るべきものはそこじゃない」

顎が軽く持ち上げられる。

視線が強制的に重なる。そこにあるのは優しさではなく、固定だった。

「ここは仕事場だ。お前が揺らぐ場所ではない」

紗奈は一瞬だけ目を伏せ、それから静かに言う。

「はい、チーフ」

そして腕をほどいた。その瞬間、透也の指先がわずかに空を掴む。


 現場へ戻ると、ウェディングドレスのラックが視界を埋めていた。

白、乳白色、光を吸い込むような布の群れ。

スタイリストが笑う。

「女の子って、やっぱりこういうの見るとときめくわよね。私たちはもう見慣れちゃって」

華は椅子に腰を預け、水を飲みながら肩をすくめた。

「重くて疲れそう。着た瞬間、自由が減るやつ」

その言葉は軽い冗談のようでいて、妙に現実的だった。

紗奈は無言でドレスを見つめる。


白――

それは“何もない”のではない。むしろ、何も許さない色だと思った。

もし自分があれを着せられるのだとしたら。それは祝福ではなく、固定だ。

誰かの意思で形を決められ、そこから動かないことを求められる印。

そのとき背後に気配が落ちる。透也は何も言わないまま、ドレスの群れの向こうを見ていた。

その横顔に、感情はない。ただ、評価だけがあった。

華が鏡越しに紗奈へ視線を送る。

「紗奈ちゃん、ああいうの見ても顔変わらないのね」

軽く笑う。


「大人しいっていうより……冷たい?」

紗奈は小さく首を傾げる。

「ただ、白いなと思っていただけです」

それ以上でも、それ以下でもないというように。その言葉の裏で、彼女自身も気づいていなかった。

白は、すでに意味を持ってしまっている。


透也が一歩だけ近づく。

距離が詰まるだけで、空気の温度が変わる。

「紗奈」

低い声。

「お前には、あれは似合わない」


それは拒絶だったのか、保護だったのか。

どちらでもなく、その曖昧さだけが残った。

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