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ユーカリと殺し屋の万年筆  作者: 趙雲
龍勢淳編
50/130

「8話-妄想-(後編)」

佐藤永吉は、果たして兄に勝てるのか……それとも?


※約5,800字です。

2018年4月1日 12時過ぎ(事件当日)

片桐組 鷹階1階 階段 踊り場

佐藤永吉



 踊り場って踊る為にあるんだよね?

だとしたら、ここで戦ったら踊りながら戦うってこと!?

ダンシング……何だっけ。


「え~きっちゃん!」

すると恋ちゃんがまたデコピンして、しかも頭をスパーンと叩いたから思わず笑ってしまった。

「あははっ、ごめんごめん!」

叩かれると笑う癖、分からない事を言われると笑う癖……そろそろ直さないとかな?


「いいけど、笑ってばっかじゃダメだからね?」

そう思っていたら、先に恋ちゃんに言われてしまった。

るろちゃんが言っているのか。

「は~い!」

と、片桐組の隊服の裾を整えながら言うと、


「その声は、永吉か」

と、無関心そうなのに懐かしい声が聞こえてきた。


「兄ちゃん……だ!」

少し昔置いてった事を思い出したが、すぐに笑顔で見上げると、2階に兄ちゃんとスカートが物凄い短い女の子が居た。

女の子は腕組みをして偉そうにしていて、髪の毛も金っぽくてぐるぐるにしていた。


矢代(やしろ)みゆき、22歳、B型、無能力、武器は精神攻撃とサーベル。藍竜組で全女性隊員をまとめるリーダー的存在」

と、タブレット片手に解説してくれる恋ちゃんは、メガネをくいっと上げてやしろんを睨んだ。

「龍勢淳を執拗に……しつこくイジメ付きまとう等問題行動が多いが、教官と仲が良い為御咎めを受けたことはない。菅野海未が好き」

俺の為に簡単な言葉で説明した恋ちゃんは、軽くタップして画面を暗くさせると、

「まぁこんなもんかな。でもえいきっちゃんは、お兄さんの相手をして? 蒼谷さんと一緒に」

と、蒼谷さんの方を振り返ってから言い、にこっと微笑んだ。


 それに対して俺が大きく頷くと、蒼谷さんはふぅと息をついて、

「黒河恋。貴女の計算と戦略は、毎度毎度やや人情寄りです。龍勢淳を1人にするとは――」

など、俺にはよく分からないことを言い出したので、淳ちゃんの側に行くと、

「やしろんにイジメられてるんだったら、やっつけちゃえ! 淳ちゃん強そうだから、こてんぱんに出来るよ!」

と、少しだけ不安そうに見えた淳ちゃんの顔を覗き込んで言うと、にっこり笑ってくれた。


「ありがと! 元気出たわ!」

それに俺の頭をぽんぽんと撫でて言ってくれて、俺も元気が出てきた。

「うん! 頑張って!」

俺は忍者道具から煙幕を取り出すと、やしろんに向かって投げつけた。

すると途中で爆発し、煙でここら辺は包まれた。


「えいきっちゃん、蒼谷さん、それではよろしくです! 戦略変更の際はお知らせします」

と、タブレットを1回しまって古い本をリュックから取り出すと、呪文みたいなのを唱えて自分の前にバリアを作った。

たしか、これが恋ちゃんの能力かな?

えーっと名前は……"あらゆるものを防御する"? とかだった気がする!


 それよりも、兄ちゃんにやっと仕返しが出来る。

この日を待ってたよ。

ずっとずーっと勝てなかった兄ちゃん。

重い武器でぺちゃんこになった回数は数えきれない。

それで何回決闘しても勝てなかった兄ちゃんに、やっと勝てる日が来るんだから!

だって、蒼谷さんが居るし!


「るろちゃん……俺、兄ちゃんに勝つよ」

俺は蒼谷さんに聞こえないように呟くと、晴れてきた煙幕から俺を真っ先に見下す兄ちゃんと目が合った。

最初から俺しか狙ってないんだから!


「何回負ければ気が済むんだか」

そう手鏡を見ながらぺちゃぺちゃの前髪を手で払った兄ちゃんは、俺の背以上あるハンマーを振りかざし、

「今度はお前の心臓を潰す!」

と、地面を蹴ってこちらに飛んで来た。

蒼谷さんはすぐに弓を射って攻撃をそらしてくれたから、俺は忍者道具を入れたウエストポーチを漁って苦無(くない)を投げつけた。


「俺はもう負けない!!」

と、煙幕で姿を眩ませて後ろに回り込んで言うと、脳天に踵落としをした。

だけどその足を掴んだ兄ちゃんが、俺を逆吊りにしてきたからお腹を蹴っていると、そのまま振り上げて手を離した。


「え、やばい!」

俺はすぐに忍術で空間移動しようとしたんだけど、その前に頭上から振り下ろされるハンマーがスローで見える。

だけど勝つって約束したから……!! 笑わない、逃げない!!

「間に合え!!」

指を固く結び、ぎゅっと目を瞑ると自分の体がスッと動いた感覚があった。


「よし!」

運良く兄ちゃんの背後に回れた俺は、手裏剣を頭上から雨みたいに降らせた。

「嘆かわしい頭脳」

だけど何の難もなく手裏剣の雨を避けた兄ちゃんは、空気を固まらせて俺の首根っこを掴んだ。

「俺の覇気で動けなくなる程度では――」

俺は一気に首を締めつけながら動く唇を、ただただじっと見つめているのが限界だった。


「兄に勝つのではなかったんですか!! <神鳥(ゴッドバード)終焉射(フィニッシュ)>!!」

蒼谷さんが必死な顔をして矢を引き、フェニックスみたいなオーラを纏わせて放った。

「うわ~相変わらずの中二病……まだ患っていらっしゃいましたか」

呆れ顔の恋ちゃんが溜息混じりに言うと、蒼谷さんは顔を真っ赤にした。

「うるさいです!!」

だけどその間にハンマーでは防ぎきれなかったフェニックスの猛攻に、兄ちゃんは攻撃を受けて地面に叩きつけられていた。


「わ……強い」

俺は地面に叩きつけられた兄ちゃんを見下しながら地面に下りた。

そうそう、今までは滑空術で飛んでいたんだよ! とは言っても、兄ちゃんの頭の高さくらいだけど。

「お褒め頂きありがたい限りです。貴方が気を引いてくれましたから」

側に歩いてきた蒼谷さんが少しだけ優しく言うと、トドメを刺そうと首に矢を突きつけた。

「ハンマー、菅野海未の次は私が破壊とは。皮肉なものですね」

そう言って、振りかざしたときだった。


 兄ちゃんは口の端を少しずつ上げ、粉々に割れたハンマーの破片を手にし、

「同期の癖に、俺の死んだフリも見抜けなくなったか?」

と、振りかざした矢を弾き飛ばしながらドシッと重い声で言い、人の何倍もあるように見える拳を蒼谷さんの顔目掛けて放った。


「流石は佐藤組創業総長、ですね!」

蒼谷さんは両腕をクロスさせて受けると、いつの間にかボウガンに持ち替えていた。

「武器は拳のみだ」

だけど兄ちゃんは蹴りを受けようとしたボウガンを蹴り飛ばし、回転して逆の脚で蹴り上げた。

それを膝で受けた蒼谷さんは、

「拳のみの筈では? 私はこれ以降脚を使いませんよ」

と、そのまま脚を肩にかけて投げ飛ばしながら言った。


 投げ飛ばされた兄ちゃんは軽く片足で着地すると、

「なるほど。利き手を折られる覚悟はあるようだな」

と、埃を払いながら言い、一気に距離を詰めて殴りかかろうとしていたので、こっち側を有利にしたくて煙幕爆弾を投げた。

「俺は兄ちゃんに勝つんだ!」

そして大声で叫んだとき、蒼谷さんが一瞬目を見開いたけど、すぐに俺の目の前まで走り込んで背中を向けた。


 すると、煙幕爆弾は耳を塞がないと鼓膜が飛んじゃうぐらいの音を立てて爆発した。

それと同時に恋ちゃんは、蒼谷さんの前に聴力と爆風ガードの防御壁を出していた。

何でも防御できるって良いなぁ。


 兄ちゃんは、俺たちとは反対側に逃げていたみたいで巻き込まれていなかったが、煙幕が晴れる前にどちらも地面を蹴っていた。

「すごい……」

俺は何度も鈍い音を立てて殴り合う2人を、ただただ見ることしか出来なかった。

恋ちゃんは特に指示も出さず、淳ちゃんの戦況を見守るのに集中していた。


 兄ちゃんも蒼谷さんも、鋭い目つきだったから……同期同士で戦うとか頭に無いんだと思う。


……敵だから戦う。


 俺がるろちゃんと殴り合うのと一緒の状況なのに、俺ならよっぽど怒ってない限り出来ない。

「バカだからよく分かんないけど、2人を邪魔しちゃいけないのだけは……分かった」

俺はぺたりと座りこんで、傷が増えてきた2人を見守りながら呟いた。



・・・


一方、その頃まで淳ちゃんは……

(龍勢淳視点に変わります)



 目の前に居るのは、私を散々にイジメてきた矢代みゆき。

戦い方などは恋ちゃんに教えてもらうまでもない。

それは彼女も分かっているようで、いつでも防御壁を張れると自慢げに胸を叩いて見せた。

それから、「頑張ってね」と口パクで応援してくれたのはとても心強かった。


「たぁ~つせさん。あんたの菅野(わんちゃん)くんはどうしたのかしら?」

矢代さんは余程自信があるのか、腕を組んだまま私にジリジリと詰め寄って来た。

「同じ組やなかったから、どこかで頑張ってるんとちゃうかな」

私はなるべく矢代さんを刺激しないように言葉を選ぶと、矢代さんは得意げな顔をした。


「ふぅん、そっか~。じゃあ裾野さんも来ないね? だって2人はあんたが居ない事を良いことに、イチャイチャするに決まってるじゃない!」

矢代さんはナイフをチラつかせながら挑発的に言うと、

「もしかして、一線超えちゃってるかもよ? 菅 野 く ん が!」

と、顔を近づけ名前を強調して言い、目を見開いた隙に頬を斬りつけられた。


「あ~やっぱり。菅野くんが心配で心配で仕方ないんだね~? 嗚呼愉快愉悦ったらありゃしない!」

矢代さんは更に追撃を加えようとしたが、目の前に突如現れた藍色の防御壁で弾かれた。

「あ゛?」

それに相当怒り心頭だったのか、防御壁を張った恋ちゃんの方に駆けだした矢代さんは、飛び上がって恋ちゃんに斬りかかった。


 恋ちゃんは鼻でフンと笑い、水色で鼓動をしている円形の防御壁を張った。

その間に私は彼女の……いや、防御壁の前に立ち、矢代さんの攻撃を腹に受けた。

そのことに恋ちゃんは目を見開いていたが、矢代さんの刃が腹を貫通した瞬間、ブスリと組織がちぎれる音がし吐血した。


「あははははははははははははははっはははははははははははははははっははははあっはははははははははははは!!」

矢代さんは勝ち誇った笑みを浮かべ、何度も何度も刺しては離しながらこう言っていた。

「菅野くんを奪ったのがそもそも間違いだったのよ!」

「何もしなければ、あんたも私の仲間になれたのにね!!」

「裾野さんを敵に回した時点で終わりだったのに……あんた、バカすぎない!?」

などと。


 だけど私はここで倒れる訳にはいかない。

前に死にかけた時に決意したから。

絶対に!!



 恋ちゃんはあまりの衝撃に震えていたが、すぐに先程の防御壁を作り動きを遅くした。

「からすさんから全部聞いているよ。まぁ……私は攻撃出来ないからさ。せめて、ね。これで多少はやりやすいんじゃないかな」

と、私の耳元で言う恋ちゃんは、からすさんから全てを聞いているのだろう。

刺される度に回復していることも。


「何よ、しぶといわね!」

矢代さんがゆーっくりと振りかぶり腹を抉ると、体内外に大量の体液が溢れた。

「フン、ま! こんだけ苦しんでも助けに来ないわよ? 菅野くんも裾野さんもね?」

それから甲高い笑い声をあげる矢代さん。

「それにしても……あんたの死体を見たときの龍也さんの顔を見るのが……楽しみ、いえもう興奮してきちゃうわね!!」

と、龍也すら巻き込もうとする矢代さんに腹が立ったが、後ろから聞こえる恋ちゃんの溜息に少しだけ励まされた。

真に受けない人が居るだけでも。


「周りの人たちから愛されてるなんて思ってたの? 勘違いにも程があるわ!!」

そして矢代さんはついに私の武器に手を掛けながら言い、

「最期はあんたの武器で――がッ!!」

手に掛けた瞬間、断末魔と共に倒れ込んだ。

と、同時に私も倒れ込んだが、恋ちゃんは矢代さんの遺体の上に座った。


 恋ちゃんは防御壁を解除し、「やっと終わったかね」と、暢気に伸びをした。

だが蒼谷さんとえいきっちゃんのお兄さんの順夜さんが戦っているのが目に入ると、すぐに勝率等を計算していたが……途中でふんわりとした笑みを浮かべ、

「ま、えいきっちゃんが邪魔しなきゃ勝てるや」

と、もう一度伸びをして言い、

「淳ちゃんが居るからね」

と、八重歯を覗かせ親指を立てる恋ちゃんは、既に勝利を確信しているようだった。


 うん、それもそ……え……私次第やて!?


 ここで思い切り立ち上がれそうだったが、その前に順夜さんが蒼谷さんに向かって重いパンチを繰り出そうとしていた。

味方のピンチ……ここしかないやろ!!



・・・


(佐藤永吉視点に戻ります)



 俺は戦況をただ見守っていただけ。

その心の中では蒼谷さんを応援してたよ。


 だけど、兄ちゃんが一歩踏み込んで必殺パンチを繰り出そうとしていたときに奇跡は起こった。

「お前さえ居なければ、片桐組の烏階の将来は終わりだ!!」

と、決め台詞まで言っていた兄ちゃんの腹を、一本の水色っぽい線が貫いていた。


「なるほど、そういう事ですか」

蒼谷さんは側転をして距離を取って言うと、メガネを掛け直した。

「みたいですよ、あの瞳」

恋ちゃんはいつの間にか蒼谷さんの隣に来ていて、タブレットを見せながら言った。


 そこで淳ちゃんの姿を捜していると、冷静な表情で兄ちゃんの腹を貫いていた。

それに目の色も黒から水色っぽくなっていて、すっごく格好よかった。

「あ……でも兄ちゃんが……!」

と、倒れ込んだ兄ちゃんに駆け寄ると、僅かに息をしていた。


「佐藤順夜はダウン判定でしょうね。医療班を呼びます」

恋ちゃんは医療班に連絡を取り、それから蒼谷さんの怪我の具合を見ると、

「動けます?」

と、見上げて言う恋ちゃん。冷静だなぁ。

「何本か骨は折れましたが、支障はございません」

蒼谷さんは、腕の具合を確かめながら無表情で言っていたけど、骨……大丈夫なのかな。


「支障ありますよ!」

恋ちゃんはビシッと鼻先を指差して言うと、元の姿に戻った淳ちゃんを手招きし、

「申し訳ないんですけど、テンポラでも良いので治せたりしますかね?」

と、謝るジェスチャーを取って申し訳なさそうに言うと、淳ちゃんは笑顔で頷いた。

「てんぷら?」

俺は"テンポラ"が何を差すのか分からなくて、とりあえず聞き覚えのある単語にしてしまうと、恋ちゃんは微笑みながら首を横に振った。


「temporaryのこと。一時的にでも良いから、体力回復とか出来ないかなって」

と、留学してないのに発音よく聞こえる英語を混ぜながら言うと、淳ちゃんも大きく頷いた。

「全然回復できるから、えいきっちゃんも怪我してたら遠慮せずに言ってええんやで」

と、キラキラ笑顔を浮かべながら言ってくれたから、俺も大きく頷けた。


 やっぱり俺の妄想通り、このまま3時間以内に辿り着けちゃうのかな?

だって兄ちゃんにも勝ったし、女の子にも勝てたし!!


 このまま……行けたらいいな!!

「その為にも、頑張らなきゃだ~」

と、俺は恋ちゃんの真似をして大きく伸びをした。


 こうやったって、2人の身長も越せないけどね!!

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

作者です。


えいきっちゃんの文章って難しいんですよね。

アホっぽくバカっぽく、元気で明るく。

でもある程度描写させないと伝わらないので。


その点、淳ちゃんの方が書きやすかったりします。

次回の9話もお楽しみに!

今日中に更新致しますね。


それではまた!


作者 趙雲

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