「7話-柘榴-(後編)」
蒼谷茂と龍勢淳の運命はいかに!?
蔦切沙也華(如月龍也)は、大事な義妹を護りきることができるのか!?
注目の7話後半でございます!!
※約3,800字です。
??? ???
蔦切沙也華(如月龍也)
この世に生を受け、物心がついた頃に側に居る人間が兄だけだったらどうする?
親はどこかに行ってしまったのか、と受け入れる人も居れば、探し回ってしまう人も居るだろう。
もしかしたら、居ない世界が普通だと感じる人も居るかもしれない。
この考え方は十人十色だが、幼い頃の淳は素直に俺たちに会いたいと言ってくれた。
「……」
「……」
「……」
だが目を輝かせる彼女を前に、俺たちは誰一人何も言葉を返すことができなかった。
それはただただ、今会わせるのはあまりに危険だから。
というのも、彼女を含め俺たちは見た目が何年経っても変わらない為、"普通"ではない。
そのうえ、殺し屋から罪の無い人々を救っている。
もし、両親が生きている場所を知られてしまったら?
怒りの矛先が本人にいけばまだ良いが、そうしない連中も居る。
そうなってしまったら、真っ先に狙われるのは非力な人たち。
そしてそのまま失ってしまったら?
淳は優しい子だから、自分を責めてしまうだろう。
だが、このことを説明すれば更に傷つけることになる。
私じゃ頼りないの? 守りきれないと思っているの?
と。
だから俺たちは、"話さない"という選択肢を選んだ。
それに対して幼い頃の淳は、何も話そうとしない俺たちから何かを感じ取ったのか、何回か寂しそうに頷くのみだった。
しかし淳は高校生になった年に、再び俺たちを集めたのだ。
"両親のことで話がある"と言って。
ある夏の夕飯の準備の前のことだったか。
ダイニングで焦げ茶のテーブルにそれぞれが集まると、俺たちは押し黙っている淳に視線を遣った。
時計の針が正確に時を刻んでいく。冷房と空気清浄機が「しずか」に設定され、そうっと風を送っている。
当たり前の音なのに、今日は酷く煩く感じる。
「両親に会わせてほしい」
淳は俯いたままシンプルに伝えると、俺たちの顔色を伺った。
両親はもう……
争わない為にそう伝えることも出来た。
ただ、存在自体を消すのはハイリスクだと兄弟会議で決めたのだ。
万が一の万が一を考えて。
「親御さんはご存命だ。ただ、会うことで危険に晒してしまうから駄目だ」
と、俺が切り出すと、淳の揺れていた目が一気に吊り上がった。
「何でなん!?」
返ってきたのは、当然の疑問。
何が危険なんだ? 養子が両親に会う場合だって、手続きを踏めば会えるのだから。
養子にすらなっていない自分なら、会わせてもらうのは当たり前。
全くもってその通りだし、俺も同じ立場ならそう思うだろう。
だが、淳は皆とは違う。
そうは伝えられない。
すると湊が身を乗り出し、淳の目を真っすぐに見つめ、
「御両親は所謂一般の方で、殺し屋でも何でもない方たちなんだ。竜斗君も殺し屋になってから、御爺様に会っていないだろう? 彼と一緒の理由なんだ」
と、落ち着いた口調で話し始めたが、淳は尚ムッとした表情のままだ。
「じゃあ、何で龍くんが竜斗の御爺様に代わりに会ってるん? 一緒に行けばええやんか!」
淳は机を叩き、少々落ち着かない様子で声を張り上げたが、たしか彼の場合は――
「関西に行くと、昔のいざこざがあるからだ。槍試合の反則の罪を償っていない彼を見たら、何をされるか分からない。
もしかしたら彼なら自衛できるかもしれない。ただ、相手だってそれを知ってて卑怯な手を使うかもしれない。
その可能性が零でないから、龍は竜斗君を連れていかないんだよ。龍だって、100%彼を護りきれるとは限らないから……と、本人が言っていたよ」
湊が事情を説明している間、淳は沸々と怒りを抱えているのか、肩が僅かに震えていた。
「殺し屋で何年もやっているなら、100%護れや! 竜斗やって子どもとちゃうやんか! 殺し屋ってそんなに弱いん!?」
そう眉を下げる淳は、まだ若いから分かっていないのだろう。というよりも、頭では理解できているかもしれないが、心までストンと落ちきっていない。
不安そうな顔をする淳に、湊は小さく頷いて無言で左胸を叩いた。
「龍のように心があって腕の良い殺し屋程、"心"が人一倍弱いんだよ。
大事な人を失った経験が少なからずあって、そんな思いをさせたくない、二度としたくないからな。
だから龍は竜斗君をいつも気に掛けるし、どんな人と恋人になるのか……心配で仕方がないんだ。
……相棒だからこその愛情表現って言えば、分かりやすいかな」
1番世間を見ている湊からすれば、龍の行動も淳の考え方も分かるのだろう。
優しく語り掛ける口調の湊の言葉に、淳は少しずつ落ちついてきたのか、何度か頷いてくれた。
「じゃあ、湊も龍也も颯雅も……私の為を思って言ってくれてるんやんな?」
そう、目を上げて全員の顔を見ているときのそれは、もう憤怒の目ではなかった。
納得こそしきっていないが、少なくとも愛情は伝わったようだ。
「そうだ、分かってくれてありがとう」
真っ先に感謝したのは湊。
「分かりにくくてごめんな」
頭を下げて謝罪したのは颯雅。
それなら俺は……
「納得してくれなくていい。これが俺たちなりの愛情なんだ」
どういう形であれ、厳しく釘を刺す役目だろう。
夢で見た神話と同じ、愚かな結末を迎えないように。
2018年4月1日 11時45分(事件当日)
片桐組 美術室
蒼谷茂
「三角巾になるのはまだ早いんじゃない?」
空気を刺す鋭い声色の人間が、静かに扉を開けながら言いました。
この心臓が握り潰されるようなあの声は。
ということは、つまり龍勢淳はこの状況を予想していたというのですか……?
あの笑顔と自信には、こんな根拠があったなんて。
何なんですか、あの子は。
「藤堂……からす!?」
緑澤尊は目を見開き、徐々に見えてくる扉の外を見遣り絶句しました。
それもその筈。
後から駆け付けた蔦切沙也華共々、返り血を浴びていたからです。
大方、呼んでいた暴漢軍団を始末してきたといったところでしょう。
そのとき、背後から穏やかに息を吸う音が聞こえ、
「<凪いだ飆風>」
と、技宣言をした龍勢淳は、凪状態を緑澤尊と黒野わたるにのみ創りだし、動けなくさせました。
彼らの間には風すら吹いておらず、初見では後鳥羽紅夜にナトロンで固められたのかと思いますよ。
「時間停止ですか。大したものですね」
と、にょきにょき逃げ出しながら言いますと、藤堂さんが抱腹絶倒したのです。
「よっぽど痛いんだね~!」
なんてからかいながら。
私は長いため息をつき、
「藤堂さんも知っているでしょうに。幸いにも能力を使用されていませんでしたから、無限発情は避けられましたが」
と、下腹部を気遣いつつ徐に立ち上がりながら言いますと、藤堂さんは大きく頷きました。
「それなら良かった~。同性の性欲処理なんて嫌だし。さて、試合再開かな~」
と、藤堂さんが龍勢淳と目を合わせながら言いますと、ぎこちない動きをしながらも2人に風が吹き始めました。
緑澤尊は外の景色を見ながら何回か頷きますと、
「なるほどですね。1分くらいですか」
と、舌なめずりをしながら余裕そうに言いました。
ただし、蔦切沙也華は藤堂さんと目配せをし、
「その1分間で攻撃を加えられなかった意味、分かりますよね?」
と、読唇できるようにゆっくりと話す蔦切沙也華に言われた2人は、俯きつつも小さく頷いたのです。
「俺たちと藤堂からすみたいな大物じゃ、格が違いすぎるって話ですよね。まぁ……貴方が来た瞬間から捻じ曲げられないと思いました」
緑澤尊は悔しそうに唇を噛みながら言いますと、黒野わたるを引き連れて教室を出て行きました。
そのすれ違い様に、私の耳元で彼はこう言ったのです。
「蒼谷さんの事は一生許しませんからね」
と。
ですので私も対抗して、
「私の上司に尻尾撒いて逃げる癖に、よく口の回る狐ですね」
と、言って退けますと、緑澤尊はにっこりとした愛想笑いをし、背を向けて歩き去りました。
貴方には許されなくて結構です。
Lunaさんにはいくら恨まれても仕方がないですが。
言いたい事を言えてスッとした私は、メガネをクイと上げてから藤堂さんの腕に軽く触れ、
「さて、お時間ですよ」
と、教室に背を向けながら小声で言いますと、藤堂さんはボフと肩を二度叩き、
「俺、沙也華と行きたいところあるんだよね」
と、へらへら笑いながら言いますと、龍勢淳は少し残念そうにしておりました。
「蒼谷さん、またどこかで」
蔦切沙也華は一礼してから、向き直った私に言い、
「また必ず生きて会いましょう」
と、龍勢淳に微笑みかけて言いました。
それに龍勢淳は、笑顔で両手で振っておりました。
先に激戦の中を歩き出した蔦切沙也華を見送りながら、藤堂さんはくしゃと私の頭を撫でました。
「三角巾の蒼谷は見たくないからね。ま、俺は心臓焼かれるかもしれないから、後は任せた」
なんて、まるで遺言みたいなことを口走るので、私は何が何だか分からず腕を掴んで引き止めました。
「んえ?」
間抜けた声で私を振り返る上司に、私は精一杯息を吸い込み、
「それなら、御守りを付けて行ってください!!」
と、思い切り隊服を捲りあげ、肌着の上から絶縁シートを左右の胸に貼り付けました。
ずっと報告してきませんでしたが、貴方の弱点はLunaさんの手記から掴んでいますから。
これはほんの……治療です。
「あ、ありがとう。よく分かんないけど、大事に貼っとくね~」
と、苦笑いを浮かべ、手をふらふら振りながら、烏に乗って飛んでいく藤堂さん。
それを見送ると、どっと疲れが来て盛大なため息が出ました。
「よくからすさんの事、見てるんやな!」
と、龍勢淳に満面の笑みで私を見上げながら言われますと、思わず頬が緩んでしまいました。
藤堂さんと一緒に居る時間が長くなりますと、世話焼きになるのかもしれませんね。
どうか御2人共、ご無事で。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
お疲れ様です。
ここで騅編の藤堂さんがスタンガンを喰らったシーンを見ると、「あっ……」ってなりますよね。
無事だった事は"BLACK"後の彼の登場により明らかになっていますが、理由は話しておりませんでした。
まさか直属の部下である蒼谷茂の思い切りとは、なんて思っていただけたら嬉しいです。
借りキャラの淳ちゃんに時止め要素があるとは……(いいぞもっとやれ)
友人考案なので、技が増える度に(いいぞもっとやれ)と思っております。
次回投稿日は12月7日(土) or 12月8日(日)でございます。
それでは良い一週間を!!
作者 趙雲




