40話 愛しい人
どれほどこの時を待ち望んだ事だろう。
自分の腕の中にはミオが居る。
家出をしたと聞いて落胆し、攫われたと知って憎悪で体が震えた。
しかし、その原因が自分のした事だと知った時は、やり場の無い怒りに落胆した。
それでも気を持ち直し、此方に戻った時にはきちんと釈明し謝ろうと決めていたが、実際会ってみるとまるで他人にする挨拶をされて胸が痛んだ。
「あなたの事だけ忘れているの」
アプリの所為だと知らされても納得は行かなかったが、あの無邪気な笑顔を向けられると何も言えなかった。
思い出して欲しいと願いながら、そのまま忘れて欲しいと願う。
今までの事を無かった事にして始めるのは自分自身無理がある。
ならば今までとは違う接し方をするのが一番妥当だと思い、アシエル国へ足を運ぶ度にミオに会う事を決めたのだが。
会う度にこの腕に抱き締めたくなる。
「ミオ、俺の側にいてくれ」
今まで何も言わずに黙っていた腕の中の女性が、顎を上に向け顔を上げる。
「・・・どうして?」
そう問う黒い瞳には涙が浮かんでいるのか、きらきらと輝いて見える。
「思い出したのだろう?」
大きな瞳が更に大きく開いた。
「・・・なんで、そう思うの?」
顎が下がり、顔が少しずつ前を向く。
「・・・デューと、そう呼ぶのはお前だけだ」
ミオの片手が口元に伸びる。
「・・・・・さい・・・ごめんなさい・・・」
小さな肩が震え出し、俯くうなじが月の光に白く浮かび上がる。
そのうなじに唇を寄せ、抱きしめる腕に力がこもる。
「謝るな。お前は何も悪くない。俺の方が謝らねばならない。済まなかった」
腕の中で嫌々をするように頭を左右に揺らす。
「俺を許してくれるか?」
頭を左右に揺らすのを止めた後、腕の中から抜け出し、正面を向いてこう言った。
「いっぱい謝って。 いっぱい謝って、 それから、 好きって言って!」
ぽろぽろと大粒の涙を流しながら見上げる顔は、憎らしい程愛らしかった。
「すまなかった」
「上から目線で謝られても困るんだけど」
「申し訳無かった」
「会社じゃ無いし」
「・・・悪かった」
「本当に謝る気があるの?」
「こうやって謝っているでは無いか」
「あのね、謝る時は心を込めてごめんなさいって言うの!」
「ごめんなさい」
「・・・ぷっ・・・デューのごめんなさい、変っ!?」
「・・・ミオ、遊んでいるのはお前では無いか?」
「ご、ごめん、だ、だめ、ツボった・・・」
クスクスと笑い続けるミオを抱き上げ、ベッドの上にそっと降ろす。
それでも笑い続けるミオを抱きしめれば、漸く状況を把握したのか笑い声が引き攣り始めた。
「えっ、デュー?」
今まで笑っていたからか、頬は染まり目尻には涙が残っている。
その涙を指で拭えば透明な線となり、瞬く間に消えて無くなる。
唇を寄せれば僅かに身じろぎ、瞬きを忘れた瞳は開かれたままだ。
その瞳が閉じられる様に瞼に口づけを落とす。
目尻に
頬に
首筋に
「・・・あっ、やっ」
堪り兼ねた様に色を含んだ声が発せられる。
「・・・嫌、か」
隙間の無い唇と唇。
「・・・ま、まだ聞いて、無い」
言葉と共に流れる息は甘い香りがする。
「愛している」
乾いた筈の瞳から、溢れる様に涙が流れ出した。
「・・・すき、だいす・・・んっ」
最後まで聞きたかった言葉だが、我慢も限界に近かった。
華奢な体に隠されていた曲線は美しく、陶器の様に白く艶やかな肌は吸いつくように滑らかで、時折発する煽る様な声色に我を忘れた。
バチッ
胸に小さな痛みを感じて目が覚めた。
目を開けると、ミオの小さな手が胸元に乗っている。
(寝返りを打ったのか)
此方を向いた格好で横になり、片方の腕が自分の上に乗っている。
寝息は規則的で、何か夢を見ているのか瞼の下が時折動いて居る。
大きな瞳の所為で気が付かなかったが、髪と同じ色の睫は長く、閉じていても上を向いて弧を描いている。
(愛しいな)
昨夜脱ぎ捨てた衣服のポケットから在る物を取り出し、掌で温める。
十分温まり冷たさを感じなくなった頃、そっとそれを愛しい人の首元に飾った。
「・・・デュー、デュー」
あの後寝てしまったのだろう、名前を呼ばれて目を開けると、紫色の石を翳すミオの顔が目の前にあった。
「これ、何の石?」
「それは『マリアの涙』と呼ばれる石だ」
「えっ??」
『マリアの涙』と言うのは通称名で、大切な人の居場所を知らせる魔宝石だ。
その昔、戦場に赴いた恋人を思って泣いた涙が魔宝石となり、その石の光に導かれて再び再会したと言い伝えられている。
「その石を身に着けていてはくれぬか」
「・・・心配、した?」
「嗚呼、アシエルに兵を攻め込ませるつもりだった」
「マジ!?そんな大仰な話になってたの!?」
表情をくるくると変えて話すミオが愛おしい。
ミオの承諾を得て、鎖の継ぎ目が切れないように呪文を掛けた。
「デュー、お腹空いた。ご飯食べに行こう」
もう陽は高くまで昇っている様だ。
「そうだな、食事にするか」
自分の胸の上にミオの上半身が乗った状態だったのを、彼女の背中に手を当てて反転させる。
「えっ?」
きょとんとした丸い目が見上げている。
「まだ足りん」
漸く意味を理解したのか頬から耳、首筋まで赤みが浮き出して来た。
「ちょっ・・・まっ・・・ん・・」
唇を何度重ねても飽きる事なき果実の芳醇さに溺れてしまう。
「デュー・・・」
「ミオ・・・」
俺の腕の中でクスリと笑うこの女性を、生涯離さぬと心に誓った。
明るい陽射しの中で微睡むミオも美しかった。
(腹が減ったと言っていたな)
簡単に着替えを済ませて、食料品の調達をしに厨房へと転移した。
やっと意志の疎通が図れましたね~
ついでに体の方も(笑)




