34話 サリーちゃんのヒ・ミ・ツ
ユイナは父に頼まれた仕事の為出かけている。
母は村の教会へ視察に出掛けている。
だから私はサリーちゃんの病室で読書をする事に決めた。
手にはノートとペンとお菓子を入れた袋を下げて、長い廊下をぺたぺたと小さな足音をさせながら歩いて行く。
城の南東に有る部屋から北西に有る騎士用の病室までは、距離にしたら5百メートル位だと目算したが、階段の上り下りや螺旋階段、大回りしないと出られない庭を通って辿りつくのに大体二十分近く掛ってしまう。(寄り道するともう少し掛るかな)
だから、途中、色々な人に出会う。
すみれ色のリフォームした制服を身に付けた侍女さん
薄い水色の制服を着た騎士隊さん
真っ黒い筒状の長衣と同色のズボンを着用した神官さん
真っ白い筒状の短衣と黒いズボンを着用した宰相さん
真っ白い筒状の長衣と同色のズボンを着用した薬師さん
などなど・・・
始めの頃は私を見ると驚いた顔をしていたけど、それも数日で落ち着き、最近では挨拶をしてくれる様になっていた。
私は声を出せないから、ぺこりと頭を下げて笑顔で返す様にしている。
そんな散歩を楽しみながらやっと着いたサリーちゃんの病室をノックする。
返事をしてくれないので勝手に開けて、ベッドの奥の本が沢山置いて在る場所に勝手に座り込む。
「おい、来るなと言っただろう」
「・・・」(耳も聞こえないかも~)
首を傾げて分からない振りをしておいた。
沢山置いて在る本の種類は様々で、国の成り立ちや戦術に算術それに料理読本まで混ざっている。一体誰が選んで持って来ているのか分からないけど、日々本の数は増えている。
昨日は全頁カラーの美味しそうな料理の本を読んだけど、材料の名前が分からないから何を作っているのか分からなくて残念だった。
なので、今日の本は植物図鑑に決めたのである。
読み始めて二時間位経った頃、少し乱暴なノックの音が部屋に響いた。
サリーちゃんは返事をする事も無く黙っている。
ノックの主はそんな事を気にもしていない様子で扉は直ぐに開いた。
「サリヴァン殿、一体どういう事なのだ」
そう言いながら大きなお腹を揺らして入って来たのは、豪華な衣装を身に着けたハンプティダンプティだった。
その後ろにはあの時のどじょうさんがひょこひょこと顔を覗かせている。
何て言うか、ゆで卵に張り付いたどじょう、みたいな感じっす。
「私は何も知りませんからな」
サリーちゃんは変わらず本に目を落としている。
「あなたが勝手にした事ですからな」
サリーちゃんは変わらず本に目を落としている。
「私の名前など出されても困りますからな」
サリーちゃんは変わらないけど、何なの?このおっさん。
「私は好んであなたの後継人になった訳では無いのですからな」
サリーちゃんの眉と眉の間が少しだけピクリと動いた。
「身寄りの無いあなたの母上が先王の元へ嫁ぐのに、已む無く頼まれて承諾したに過ぎませんのですよ。演舞楽団の歌姫等と騒がれても、所詮住まいも持たぬ下級な民の為に私がどれだけ苦労したと御思いですか」
サリーちゃんの眉間に縦皺がくっきりと浮き上がっている。
「全く、先王も物好きが過ぎます。先の妃とまるで正反対な品の無い女など迎えるからこのような事になるのですよ」
ぷちっ
私の中で何かがぷつんと切れる音がした、と思った時には、サリーちゃんのベッドを踏み台にして宙に浮かんでおり、両の足をハンプティダンプティの顔面めがけて伸ばしていたのだった。
それまで私はサリーちゃんのベッドを挟んだハンプティダンプティとは反対側の本の要塞に立て籠もっており、黒い髪に黒い洋服を着用していた為気付かれていなかったのである。
うず高く積まれた本の間から片方の目だけを覗かせて事の成り行きを見物していたのだけど、何だか途中からはふつふつと怒りが込み上げて来て、ゆで卵の様な顔に目一杯落書きをしたい気分になっていた。ついでに卵の周りをちょろちょろしているどじょうも、鍋にしてやりたい気分で一杯だった。
(何よ!あの言い方っ!気に障るぅー!)
初めこそ興味しんしんで見ていたけど、サリーちゃんのお母さんの話が出た辺りからは自分の眉間にもくっきりと皺が寄っていたのを実感していた。
これは間違いなく見当違いの悪口だと確信した時には本の要塞から飛び出し、サリーちゃんのベッドへ飛び乗ってトランポリンかのように弾みをつけて高い天井へ飛び出した。
着地地点はゆで卵の顔面と目標を定めて、両足を斜め40度の方向へと修正した。
「・・・お前が怒る事では無いだろうが」
騒ぎを聞きつけて来た人達に気を失っているハンプティダンプティと、その下敷きになっていたどじょうが担架に乗せられて何処かに連れて行かれた。
私は本の要塞を修理して、またその中に引き篭もった。
(だって、腹が立ったんだもん!)
夕刻近く、お使いから戻ったユイナが慌てた様子で迎えに来た。
もう少しで読み終わる所だったけど、どうやら父が呼んでいるとの事で続きは明日に持ち越しとなった。
ノートの端を千切って頁の間に挟み込み、要塞の天辺に置いて部屋を後にした。
部屋で待っていた父は何時もと変わらず穏やかに微笑んで迎えてくれた。
しかし、最初の一言はやっぱりお叱りの言葉だった。
「足で顔を踏んではいけないよ」
(はい、ごめんなさい)
「今後、何かあったら私に言いなさい」
(えっ?父の方が怖そうだけど・・・)
父の顔にはそう思わせる黒いオーラが立ち上っている気がしたのであるが、気の所為だろうか・・・
その後父が教えてくれたサリーちゃんの出生の秘密によると、サリーちゃんだけ母親が違うと言う事だった。(別に珍しい話でも無いと思うけどねー)
先王の先の妃は幼馴染であり、公爵家の末娘と生まれた為に早い内から許嫁となっていた。お互い仲も良かったので異存も無く、妃が二十歳の成人を迎えると直ぐに婚姻となった。
妃が四人目の子供をお腹に宿し間もなく出産も始まろうと思う頃、町には流行病が蔓延し始め、妃の身を皆が心配していた。しかしその心配も虚しく子供を産んで直ぐに感染し、お乳を含ませる事も無く亡くなった。享年88歳であった。
同い年だった王には新しい妃を望む声が多く寄せられたが、その声に答える事も無く百の歳を過ぎた。
そんな頃、多くの国で喝采を浴びた演舞楽団が城に招待され、王の前で披露された。
その演舞楽団の歌姫が後の妃であり、サリヴァンの母である。
歌姫はカナン国の生まれで、その国特有の褐色の肌の持ち主だった。髪の色は金色で瞳の色も黄金色、女性らしい曲線美の持ち主で、性格も陽気で大らかだから見る者誰をも魅了する人物だった。
その頃アシエル国では身分差による婚姻の是非が残っており、特に王族に関しては簡単に払しょく出来る事では無かった。
爵位を持つ貴族達が挙って反対をし、無理に婚姻に進めば間違いなく歌姫は孤立するだろうと予測された。その時王の宰相だった伯爵家が後見人に名乗りを上げ、歌姫は無事に妃となった。
しかし、王の宰相で後見人になった伯爵家の当主が歌姫に横恋慕をしてしまい、在ろう事か王の暗殺を謀ったのである。
直ぐに露見した為大事には至らなかったが、宰相は失脚し伯爵家も領地を没収され遠方の地へと領地替えがなされた。
当主は領地替えがされた直後に自害しており、今はその息子が後を取っている。それがあのハンプティダンプティこと、ダレン=ハンプシャー伯爵様である。
アシエル国の最北の領地ヤムから片道六日の行程で馬車に揺られ、わざわざ首都ラムラまで毎月の様にやって来る。(転移術が使えないのと、森の精霊から嫌われているかららしい)そして、その度にサリーちゃんのご機嫌伺いと称して城へ逗留していた。親のした事に恥ずかしさを感じる事も無く、先王妃の実家と言っては政権に口を出す事が増えていた。確かにサリーちゃんを懐柔すれば首都へ戻る事も出来そうだが、それだってそう簡単に行く話でもないだろう。
間者として送っていた騎士のジョイも領主から頼まれてしていた事(元はハンプシャー家領地ヤムの警備隊員)で、ヤムには妻と子供が居るからと全部を暴露して帰って行ったそうである。もう随分前から帰りたいと言っていたのをハンプティダンプティが引き伸ばしていたらしい。
さて、ジョイの話から分かった事は二つ。
一つはハンプシャー家から養子に出されたキャンベル家当主が、担当する孤児院への年間補助金を着服していた事と人身売買が発覚し、それらの返済と身請け先や元締めの摘発に尽力した為死罪は免れた。しかし、爵位は剥奪され、キャンベル家は取り潰しとなった。
そしてハンプシャー家も同様の事をしていた事と、それをキャンベル家にも強要して横領金の横流しをさせていた事が分かっている。
もう一つはハンプシャー家の領地ヤムの地で、禁じられているケシの花が栽培されて居る事が発覚したのである。ケシの花は幻覚を伴う興奮作用が有り、昔は戦が有る度に騎士達に配られた物だったが、それに伴う副作用が大きかった事から使用禁止となっている。
それでも完全に排除する事が出来ず、今でも遊郭や国境に潜む盗賊達は密かに隠し持っているらし。
「ジョイも家族を人質に取られている様な状況では身動きが取れなかったらしい。しかし、サリヴァンが密かに密偵を送って状況の確認を取ったらしい」
サリーちゃんも騙される振りして騙してたって事なのね。
うん。
でも、シンシアの事は半分以上は本気だったんだろうと思うけど。
翌日の午後、いつも通りにサリーちゃんの病室へ行ったら、其処には今まで無かったふかふかのソファとお茶とお菓子が用意されていた。
大した秘密じゃ無くて残念。
もっと、こう、ドロドロした何か?を想像したかったけど・・・残念無念。
まあ、それほど重要でもないので、サラッと行きまっしょい!(サリーちゃんごめんね~)笑




