【第十八話】エンドマークのその先で
一学期、最後の日。元文芸部室。
常政律郎はキーボードを叩いていた。追い込みをかけるロードレースの選手のように、今までにないくらい軽快なタッチで、文章を書き進めている。
もう少しで、思い描いていた最終行に辿り着くのだ。
この瞬間のために、行きつ戻りつを繰り返しながら、数百時間を費やしてきた。
今、目の前を遮るものはなにもない。
ロボットアニメの管制官、ハリウッド映画のスパイと同じ手つきで、律郎は、物語の終わりへと突き進んでいる。
そして──律郎は、最後のエンターキーを押した。
オーケストラが鳴らす最後の一音のように、タン、と音を立てて、律郎は椅子の背もたれに寄り掛かるように、両腕を上げた。
「終わった!」
「わー、すごい! お疲れ様!」
ぱちぱちと音が聞こえて、隣を見ると、流山珠悠が座って拍手していた。
完全に見慣れたと思っていたその笑顔が、今は、とても輝いて見えた。
「あ……うん」
律郎はぽけーっと、その顔を見つめた。
その視線に驚いたのか、珠悠は目をきょとんとさせて、首を傾げる。
「どうしたの……? 燃え尽き症候群?」
「いや……」
エンドマークのついたそのお話は、風に吹かれて剥がれていくように、急激に律郎の中から存在感を弱めていった。まるで、台風が熱帯低気圧へと変わり、やがて凪へと戻っていくように。
そして、見通しのよくなった視界で、律郎は“それ”と出会う。
当たり前のようにそこにあって。
当たり前すぎて、見えていなかった感情。
「俺……流山のこと、好き……みたい」
珠悠は不意を突かれたように背筋を伸ばしたが、すぐに頬を緩ませて、いつものあの眼差しを律郎の眼差しに向けると、待ちわびたように言った。
「私も。常政くんのこと、好き」
ただ、ふたりはそう、静かに言い交した。
窓の外では、天高くに太陽が煌々と照っている。雲も高く、白く、上っていて、夏の気配が強まっていた。
(終わり)




