あの山へ1
目が覚めた。
窓の方を見ればもう外は明るくなっている。次いで時計を見て七時半ぐらいである事を確認した。眠気はまだ残っているが、もう起きた方が良さそうだ。
さて、今日は何をするんだっけかな。寝ぼけた頭を働かせて覚醒させて行く。そうだ、あの山に行くんだ。頭もはっきりと覚めたところで体を起こした。
布団をたたみ、身支度を済ませると部屋を出る。父さんはもう仕事に行ったようだな。
母さんは台所に立っていて、ばあちゃんは居間で朝のニュースを見ているようだ。二人に挨拶をして俺も朝食までテレビを見よう。
ぼーっと眺めていると母さんが朝食を運んで来てくれたので三人で済ませた。
まだ少し時間があるな。よしよし、宿題でもしておくか。
俺は部屋に戻ると机に向かった。カバンより計算ドリル取り出して机の上に開き、さっと二、三ページ進める。バカバカしいほど簡単だ。これはもう、すぐに終わっちゃうんじゃないか。
そんな事を考えながらふと顔を上げると、机の上で既に八時半を越えていることを指し示す時計が視界に入った。
やばいやばい。そろそろ出ないと。
机の上を片付けて部屋を飛び出した。
居間の前を通り過ぎるところでばあちゃんに声をかけられる。
「おや、もう遊びに行くのかい?」
「ああ、神社に行ってくるよ。それからあの山に行くんだ。昼に一旦帰ってくるから」
俺は質問を先読みして答えておく。
「そうか。気をつけてな。深いところに入って迷子になるなよ」
ばあちゃんは視線をテレビに戻しながら言ってきた。
この歳で迷子って。とりあえず、気をつけるよと返事をして家を出る。
今日も暑くなりそうだ。
昨日と同じルートで行くか。
俺は神社まで体力を温存しながらゆっくりと向かう事にした。
順調に神社のふもとに到着し、そのまま鳥居をくぐり階段を上がってベースを目指す。階段は、両脇を木々に覆われて日陰になるから若干涼しく感じられる。けれども、蝉のけたたましい鳴き声が響いているので夏を忘却、とまではいかない。
階段を登りきる頃には、じんわりと汗ばんでいた。ズボンの腰のところの突っ込んでいたハンドタオルで汗を拭うと、境内を突っ切り藪を越えてベースまで到着した。
まだ誰も着いてないか。
ベースに入り、ソファー、いや、あいつに言わせればマットレスだったな。そこに腰掛ける。ここんちは風が抜けないからな。次の拠点では改善しよう。
そんな事考えながら時間を潰していると、藪の方から音が聞こえて来た。誰かやってきたんだろう。あれは……エイコとタクヤか。
「よーっす! 一番乗りかと思ったらユウキがいたか!」
「おはよう、ユウキくん」
藪を抜けたエイコは俺の姿を確認すると手を振り、こちらに歩きながら声をかけて来た。続くタクヤも同様だ。
「よう。ごくろう。人手の諸君」
俺も手を上げて返した。
「まかせときな! あたし一人でこのソファー担いで持ってってやんよ」
エイコはこちらまで駆け寄るとソファーをポンポンと叩きながら言った。
朝からテンション高いなあ。
「いや、それは無理だろ。せいぜいそこのバケツ一個くらいだな」
「バカにすんなよぉ~!」
俺が足元に転がっているバケツを指して言うと、エイコはそれを拾い上げて振り回す。
こいつ一人で一気に賑やかしくなる。昨日あいつと出くわしてたらどうなってたことやら。まあ、いやでも今日拝む事になるんだけど。
「ナオくんはまだ来てないんだ?」
タクヤがソファーに座る。
「ああ、まだ時間もあるしな」
俺はそう言いながらソファーに仰向けに寝転がる。
「もうこいつったらさあ。家に帰るなりすごい人がチームに入った! とか騒いじゃってさ。かなり興奮してたんだけど、どんなやつなのよ」
「ん? さあな。トモヒロに勝負で負けたはずが、どういうわけか一緒に行動する事になったやつだよ」
俺は昨日のことを思い返す。
実に面白くない。
「ちょ、ちょっと、なに? 怒ってんの? 嫌なやつなの? あたしがとっちめてろうか?」
シュッシュッ、とシャドーボクシングのようなステップを踏みながらエイコは言う。
昨日の出来事に対する感情が顔に出てしまっていたのか、いや、声に出ていたのかもしれないな。
エイコに悟られ気を遣わせるとは俺もまだまだだ。
「やめとけやめとけ、あいつには敵わない」
俺は体を起こすと、手をヒラヒラと返しながら答える。
「ほ、ほう。なんだ。ユウキもそれなりに認めてるんだ?」
動きを止めてエイコがそう言った。
俺が? あいつを? 確かにすごいやつかもしれないけど、別に認めたわけじゃねえよ。お前じゃ敵わないって意味だ。
「にしても、みんな来ないなあ」
俺はエイコの言葉には答えず、別の言葉を紡いで話をそらした。
「そうねえ。あ、誰か来るんじゃない?」
藪がガサガサ言っている。この感じは一人じゃないな。
程なくしてそこに現れたのは四人。トモヒロにノブ、それとノブの弟と妹だ。あいつらはなんて言ったっけなあ。ま、いいか。ノブの弟と妹だ。ノブラザーとノシスターで。
「よー。もう集まってたかー。あ、待ったぁ~?」
「今来たとこだよー」
トモヒロはノブと話してたかと思うと、こちらの姿を確認するなりクネクネと手を振りながら走ってきた。それにまともに応対してるのはケラケラ笑っているエイコだけだ。もうこの二人で四人分はやかましい。
「よう」
「おう」
ノブと短く挨拶を交わす。
「おはよう!」
ノブの後ろについて来ているチビたちも挨拶をくれる。
「よく来たな。ノブラザーにノシスター」
さっき思いついたやつを言ってみた。
「ノブラザーってなんだよ~。ウケる~」
トモヒロとエイコに受けたので俺は満足した。ノブも苦笑いだ。怒ってはいないようでよかった。当の本人は意味がよくわかってないみたいだが、満更でもないようだ。こいつらは横文字に弱いんだよ。
「さて、みんな揃ったな」
「なんだ、まだナオがきてねーじゃねーか」
そうでした。さっき話してたばっかだけどもう忘れてました。面倒なやつだ、遅刻かよ。もう来なくてもいいのにな。
「うーん。でももう時間だ。作業を始めよう。来る気があるならそのうち現れるだろう」
「まあそうだなー」
自分から行きたいって言っておいて遅れるとか。最低のクズ野郎だな、認定だ。……ああ、だめだ、気持ちを切り替えて作業しないと。イライラしてて怪我でもしたら大変だ。
「じゃあ始めるぞ。よし、まずは向こうに持ってくもんをここに集めよう。昨日確認した通りだ。エイコはタクヤから聞け。俺と……いや、トモヒロとノブはデカイもんを頼む。チビ共は俺と雑誌類を仕分けよう。三十分までだ。作業が途中でもどうせ一度には持ってけないんだから、切り上げて持てるもんだけ持ってあの山に行くからな」
「よーし、やるぜー!」
俺らは各自ばらけて三十分間黙々と作業した。いや、エイコとトモヒロはまたテレビで騒いでいた。だからそんなもん持ってってどうするんだよ。
持ち出すものをベースから外に引っ張り出し終えて、そろそろ三十分経つかというところで藪が音を立てて揺れる。やつがノコノコとやってきた。近くで作業をしていた俺はすぐにわかったが、気が付かないふりをしておく。そしたらすぐにトモヒロが気付いて声を掛けていた。
「おーい! おっせーよ! もう約束に時間は三十分前に過ぎてんぞー!」
「あっはっは、ごめんごめん。道に迷っちゃってさ~」
どうだか。単に寝坊してきたんじゃねえのか? 俺は顔を合わせたらイライラしそうなのでそのまま作業を続けた。
「お~、今日はいっぱいいるな~」
「あんたがナオね。あたしはエイコ。こいつの姉よ」
エイコは立ち上がると、そばにいたタクヤの頭を叩きながら言った。タクヤはさぞかし迷惑してる事だろう。
「よろしく~。僕の自己紹介はいらなそうだね」
「名前しか知らないけどね」
「それくらいしか言うことないんだよ~。悪いね、これといった取り柄がなくて」
この言い回し、なにか煙にまくようなこの感じ。全てがカンに触る。
「あ、お詫びにさ、そこのコンビニでアイス買ってきたんだ。はい」
「うおおおー! まじかよ! ナオ、お前できるやつだなー!」
みんなが作業の手を止めてナオに群がっていく。お前らはアリンコかよ、まったく。簡単に餌付けされやがって……。
みんなはアイスを受け取りご満悦のようだった。
「おい、ユウキ。ほら、アイス。遅れて悪かったな」
くっ、なんという誘惑だ。このクソ暑い中、大汗かいて必死に作業してたんだ。食べたくないわけがない。……ここで意地を張っても仕方ない。不本意だが受け取ろう。
「……ありがとう」
「おう、僕も遅れた分頑張るから」
いい時間だし一旦休憩として、みんなでアイスを食べながらこの後の段取りを確認した。
まずはこの集めた荷物を持ってあの山に行くこと。荷物の量から三往復は必要だろうということ。なら、午後からは神社と山の二手に分かれて作業する方が効率いいだろう、とあいつから提案があり、みんなの賛同を得て採用となった。……そんなことは最初から思っていたがあいつに先を越されてしまったんだよ。
やっぱりむかつく、邪魔なやつ。




