8話:ロンと鬼ごっこ
学院に行く決意を固めて次の日の明け方。
学院に行くのは冬明け頃から学院のある都を目指せばいいらしい。昨日寝る前に冬明け頃までは普通に修行と言われていた。
なのでいつも通りに日課をこなしていく。
まずは山を走る。大気を吸い込み気を充実させる。雨の日は濡れないように集中する必要もあるが今日は幸い晴れていた。暑いがたまに風も吹いて走ていて気持ちがいい。途中食材になりそうな草や薬草を積んで腰に付いてる鞄に放り込んでいく。蛙とかも見かけたので捕まえておく。朝食に串焼きにでもして出そう。
走り込みを終えて軽く汗を拭いに泉へ向かう。汗を拭って泉に向かって掌を向けて集中する。
球体のイメージで水をまとめる。そのまま持ち上げ頭上に持ち上げた。集中したまま野菜を植えた畑に向かう。気を練る修練の為にも桶を使わずに水を運んで撒いておく。
朝食に蛙を焼いて置いて再び家をでる。昨日は遅くまで飲んでいたのか狸親父も母さんも見かけない。狸親父から書置きだけあった。夕方頃に少し修行するみたいだ。俺の見よう見まねの『以心伝心』ではなくちゃんとした仙術『以心伝心』を教えてくれるらしい。学院に行くまでに連絡をとれる手段を覚えさせてくれるとのことだ。狸親父はこうゆう所は用意周到だ。仙術はあまり教えてくれないので仙術を教えてくれるのは素直に嬉しい。
それまでに帰ってこいとのことだ。
俺は蛙の串焼きを齧りつつ山頂付近に向かう。
山頂に向かう途中で汚物を見つけた。
全裸で吊るされたウーロウだ。逆さに吊るされながら寝ている・・・いや、気を失っているのか?
白目を向いて酷い顔で吊るされていた。あの母さんの怒気とウーロウの歓喜を感じとって半日以上気を失っていた計算になる。
気功で念の為に自然治癒力を上げておいてやる。起きてたら自分でその位やるだろうが、、、まだ暫くは起きないだろう。
さっき拾った薬草を股間の紳士と乳首に貼っておいてあげた。汚物は消毒だ!燃やしてしまいたい気持ちをグッと我慢しながら紳士として股間の紳士を薬草で隠しておいてやる。
一通り手当だけしてやって吊るされているウーロウの尻に食べ終えた蛙の串焼きの串を刺しておいた。痔にでもなって苦しんで俺との手合わせで負ければいい。
山頂を再び目指す。余計な寄り道をしたのでちょっと走る。
山頂で息を整える。集中する。気を巡らせていく。
トンと飛び上がる。トントントンとそのまま地面に落ちることなく空を駆けていく。家までこれで向かってみる。キイの翔ぶ姿を見てちょっと練習してみることにした。
暫くこの修練を反復する。自由に飛ぶ為のイメージをしながら自由に飛ぶための方法を模索する。どうも上手くいかない。空を駆ける事自体修練になるから無意味ではないのでとりあえず続ける。
そんな事を試行錯誤しながら昼近くまで駆けていると後方から声が聞こえた。
「ぉーーーーーぃ」
声が聞こえた方を振り向いて見る。そこを飛んでいたのは昨日会ったキイだった。
驚いた。今度遊びに行くとは聞いたけど随分早いな。昨日の今日だ。もっと先かと思っていた。テンション上がりすぎだろう。
すごい勢いで飛んで来る。闘争心が刺激された俺は全力で空を駆けてみた。遠くから声が聞こえる。
「ぇ!なんで逃げるのーー!」
駆けながら一応言っておく。脅えて逃げたとか勘違いしたら可哀相だ。
「鬼ごっこだ!捕まえてみろぉ!」
「はっ!!これが・・・これが友達がやる遊び!鬼ごっこなんだね!頑張るー!」
眼鏡をキラリとさせて速度を上げてくる。俺も負けじと速度を上げる・・・・が、はえぇ!キイはめっちゃ速かった。
暫く逃げたが結局追いつかれた。追いつかれた地点で地上に降りてガックリと四つん這いになった。
負けた・・・がっつり落ち込んだ・・・・。
飛竜から逃げてたくらいだから速いだろうとは思っていたけどここまでとは・・・・。
しょぼーんとしているとキイが声をかけてきた。
「だ、大丈夫?どこか痛いの?」
いけない。勝手に勝負のつもりで挑んで負けてへこんでいるのはかっこ悪い。・・・向こうは遊んでいるつもりだったというのが余計に落ち込む要素ではあるのだが。キイにそんなつもりはなく、友達に勝手に落ち込まれたら気分悪いだろう。
とりあえず敗因は後で考えることにして気持ちを切り替えた。
「いや。大丈夫だ。走って少し疲れただけだよ。にしてもキイは速いなぁ」
「えへへ・・。飛ぶのは得意なんだー!」
キイが嬉しそうに自慢気に笑う。最初はもっさりした地味な子かと思っていたけど感情豊かな娘みたいだ。
「ちょっと休んだら今度は鬼を交代しよう!」
「うん!いいよー」
ふはは。かかった。あの尻を眺めながら駆ければ今よりより速い自分になれる気がする!あの尻を追いかけ回すことを考えると昂るぅ!
まあそんな煩悩に集中力を散らされたらまともに空を駆けるなんて出来ないかもしれないが、、、、。下手をすれば結構な高度から地面に落ちるかもしれない。だが、諦めきれない。あの小悪魔果実が惑わせる。風に煽られラッキースケベくらい起きるかもしれない。命を賭して追いかける価値があるっ!
「にしても昨日今日で早いな。遊びに来んのはもうちょい先かと思ってたよ。」
「あ。ご、ごめんね?忙しかったなら帰るけど・・・?」
・・・しおらしい。周りにこううゆう素直で可愛らしい娘がいなかったから新鮮に感じる。小悪魔果実と合わさって可愛らしく感じる。格好はもっさりだけど。女の子は外見だけじゃなくて中身も素晴らしいものなのかも知れない。
「いや。夕方までは大丈夫!それまでなら遊べるよ。昨日言ってた通りちゃんと俺の場所が分かるみたいだね」
「うん!ばっちりだよー。目をつぶって集中したらこの辺にロンがいるなって、、、、感じるんだぁ、、、」
ゾクリと背筋に悪寒が走った。
キイは「感じる」の辺りで唇をぺろりと舐めた。少し目が離せない位の子供らしからぬ艶があった。
かなり色っぽかった。いままで幼女にときめいた事はない。俺はぼんっきゅっぼんっのたわわに果実を実らせたお姉さんが好みだ。あくまでも好みってだけでちんちくりんだろうがぺったんで絶壁であろうがすべからく愛おしいものだが。
てかなんだ。いまのもときめいたのとは違う。いや。少しはきゅんとしたがそれよりもぞわっとした・・・。
「そ、そうか。まあこんな秘境でも位置が分かるなんて便利だな。キイの住んでる所からどの位かかるんだ?」
さっきの妖しさは今はもう感じない。一瞬だけのものだったようだ。屈託ない顔で答える。
「んー。箒で全力で飛んで3時間位かな?あっちの方に山をたくさん超えたらあるよー。
あっ!でも師匠が住んでる所に結界張ってるから高位の魔術師でも来るのは難しいって言っていたよ。」
「そうか。今度俺から遊びに行ってもいいかと思ったけど俺じゃ魔術の事わからないし難しいかな?」
「えへへー。遊びに来てくれるのは嬉しいけどちょっと難しいかな?空を高速で飛ぶのも修行になるから合間を見て私が遊びに来るよ!」
うーん。3時間くらいの距離なら狸親父なら把握出来てそうなもんだけど、、、。魔術師が住んでいるなんて聞いたことがなかった。気づいても放っておいてるだけか、狸親父でも誤魔化せるほどの結界なのか、、、。
魔術師学院に行くことになったので魔術について興味が出てきた。少しキイに魔術について聞いてみる事にした。ついでにせっかく友達になったのに冬明けには出発する事も伝えておかないと。
「なあキイ。魔術について聞いてみてもいいか?俺、魔術って使えなくてさ。」
「うん。私にわかる範囲なら。・・・でもロンは魔術使えないの?昨日も川で熱風で暖めてくれたよね?さっきも飛んでいたような、、、?」
「ああ。俺のはちょっと違うんだよ。仙術って言って魔術とは違う術で空を飛んでるって言うよりは・・・走ってるって感じかな。」
「へぇー!私もあんまり外のこと知らないから仙術って初めて聞いたよ。あっ!ごめん。話がそれちゃうね。それで何が聞きたいのかな?」
「魔術って火・水・土・風・光の五元素のどれかの精霊のどれかと契約してその属性の魔術を極めるんだよな?基本一極型の魔術師が主流なんだよな?キイはどれになるんだ?風か?」
飛べそうな魔術なんて風くらいしかイメージがわかなかった。けど俺の本で読んだ程度の知識では飛べる風魔法なんて知らなかった。
「んー。空を飛べるから風って勘違いされやすいみたいだけど、、。私の魔術属性はちょっと変わってるんだ。この国の魔術体系の中にはもうない闇属性っていう、、、。
・・・・私は吸血鬼だって言ったよね?吸血鬼はみんな闇っていう属性なんだって。
吸血鬼も世の中にあんまりいなくなって、闇属性なんて特殊な属性使える人もほとんどいなくなって長いから文献とか知識としても廃れていったんだって。見た事ないとあんまり知らないんじゃないかな?」
「闇魔術か。魔術も基本的な事くらいは本で読んで知っているけど、使う人も文献もあんまいないんじゃ知りようがないか。闇魔術は空とか飛べるのかー。じゃああんまり五大属性魔術は詳しくない?」
「使えないけど知識としてなら。師匠は五大属性全部使えるから。」
「・・・・随分キイの師匠は出来る人みたいだなー」
普通は一つの属性を長い時間かけて極を目指すらしい。属性との相性もある。人生の全てを費やしても一つの属性を極めるのは至難らしい。文献を読んでも五大属性なんて扱えるのはこの大陸にまだ魔王とかがいた時代の伝説クラスの魔術師しか知らない。お伽話のレベルだ。昔から技は進歩するものだから現在ではそうゆう人もいるのかもしれない。
「まあ師匠はすごく長生きだからねー。エルフなんだー」
エルフ!あの美形が多いって種族か。長生きで人里離れた山奥に住んでいるのが多いんだっけ。それなら人の書物にもあまり出てこないのかもしれない。
「少しその五大属性魔術について教えて欲しいんだよ。春から魔術学院に行くことになってさ。」
「え?ロンどこかに行っちゃうの?」
「ああ。でもここを出るのは冬明けだからまだ少し先だけど。昨日の晩に決まったんだ」
俺は外の世界に興味を持った。女学生と女教師に。その言葉の持つ無限の可能性と甘美なる響きに。
「そう・・・なんだ・・・・」
出来たばかりの友達がすぐにいなくなることになったのが寂しいのだろう。
「ああ。心配しなくても今日から狸親父が連絡する為の仙術を教えてくれるらしいんだ。
それがあればキイとも連絡取れるし長期の休暇に入れば俺の脚なら帰ってこれると思うし。その時は遊ぼうぜ」
「・・・・そっか!じゃあ私も師匠になにか教えてもらおうかなぁ?」
連絡とったりが出来ると聞いて少し気分を持ち直したのかキイが呟いている。
それから昼飯にした。鳥を落として焼いた。キイは生肉でいいと言っていた。吸血鬼だからと。生肉を貪る幼女はシュールな感じがするかと思ったがキイが食べていると何故か気品を感じた。
昼飯の後は少し談笑した。視力が悪いから眼鏡をしているわけではないと言っていたので外させた。紅い眼を気にしているようだ。
五大属性の事についてや他愛もないこと話した。キイは11歳で一つ年下だということ。お互いの師匠や修行内容。お互いがお互いに知らない事を知っていたので話題は尽きなかった。好きなものを正直に答えたら「変態!」と冷たい目をされたが。そんな冷たい目に若干ゾクゾクしたので調子ずいてキイの尻について熱く語った。また「変態!!」と言われた。ゾクゾクした。力説した。キイだって飛竜の幼生体の事、会いたい抱きたいペロペロしたいって思ってたじゃないか!と。俺も好きなものをそうしたいと思っているだけだ!と。可愛いものとお尻を一緒にしないでと言われた。まあ概ねその通りだとは思った。そして最後にまた「変態!!!」と言われた。このままでは新しい扉が開いてしまう。落ち着いたし鬼ごっこの続きをすることにした。
最初はパンチラや果実を追いかけるという崇高な下心のもと、頑張った。惨敗。
気持ちを切り替えて本気で追いかけてみた。やはり惨敗。
キイは空を飛ぶ事が恐ろしく速かった。明るい時ではまだうまく魔術を使えないのだと言う。吸血鬼の特性なのだと。日光で灰になるような事はないけど直接浴びてると空も飛ぶ事も出来ないくらい魔力をうまく扱えなくなるらしい。夜ならもっと速いのだと。
今度、飛竜を相手に空を駆ける修練を積んでみようと思った。
正直、速度や技術において俺と渡り合える同年代はウーロウくらいだと自惚れていた。
へこんだ。が、学院に行く前に世の中は広いのだと知れてよかった。遠い地で己の自惚れを知らぬままいればいずれ痛い目にあっただろう。いままでの魔術師は魔術を扱う盗賊を基準にしていたが、キイみたいなのもいるのだ。キイは空を飛ぶとき自然だ。時間がかかると思っていた魔術の違和感がまったくない。
本人の素養か師の腕か闇魔術か吸血鬼の特性かはわからない。
けど世の中は広いのだ。狸親父が負けた事があるくらいだ。
大の字に寝そべりながら、
「負ぁーーーーけたーーーーー・・・」
悔しかったが発見もあった。次へ活かす為にその事実を飲み込む。
「えへへー。追われてる時はお尻のあたりがむずむずしたけど、、、楽しかった!遊んでくれてありがとう。」
はにかみながら礼を言ってくる。
「次は負けないからなー。キイの尻も堪能できたし俺も楽しかったよ」
もう!とぷりぷり怒りながら冷たい絶対零度の眼で
「変態!!!!」
と力の限り罵倒された。
あ。開いた。悟りが開いた。美幼女に罵倒されるのってこんなに気持ちイイ。
そんなこんなで夕方近くまで修行紛いの遊びをして「またね」と別れた。────はずだった。