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JKレスラー冥府の役人になって三国時代で無双する  作者: 五百雀光
JKレスラー曹操の息子に遭う
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JKレスラー親バカ曹操に遭う

北都銀子ほくとぎんこはJKレスラーである。

 彼女は三国志の推し武将である関羽の娘、関銀屏かんぎんぺいからリングネームを付けたほどの歴女だ。

 試合中の事故で死亡してしまうが、いろいろ事情があって、臨時で冥府の役人をすることに。

 任務は三国時代での調査と聞いて、ワンチャン関羽に会えるんじゃないかとやる気だけは満々だが……

 

 三国時代に行けるなんて思ってもなかった。

 ばあちゃんもこんな仕事があるなら教えてくれたらよかったのに――。

 だからと言って、プロレスは辞める気ないけど。

「ねえねえ、包拯さん」

「包拯様だ、無礼者!」

 あたしに対する展昭くんの言葉にはトゲがある気がする。

「仮にも俺はおまえの上司で、包拯様はずっと偉い方なんだ。これまでいくつもの名裁きをしてきたんだぞ」

「ふーん、そうなんだ」

「おまえ、ホントに歴史に詳しいのか」

「悪かったわね、あたしは自分が好きな歴史に詳しいの」

「上下関係だけはしっかりしてもらおうか」

「はいはい、わかりました、展昭くん」

「おまえな……」

「早速仲良くなって、いいコンビニなりそうですね」

 包拯さんは穏やかな表情で頷いている。

「仲良くありません!」

 あたしと展昭が声を揃えて否定する。

「さて、調査に行く前に着替えが必要ですね」

 包拯さんに言われるまで、あたしはまだリングコスチュームのままだということを忘れていた。


 あたしに与えられたのは濃い紫色の着物だった。

「もっとかわいいやつないの?」

「贅沢言うな、冥府の決まりなんだから従え」

 身分によって服の色が違うらしく、閻魔さまの赤い服が最高位で、あたしの着ているのは一番下っ端ってことらしい。

「世界中好きな場所だけじゃなく時間も遡れるなんて、冥府って便利なとこよね」

「気楽なもんだ。遊びに行くんじゃないんだぞ」

「わかってるわよ」

 そうは言っても関羽さまがいる時代に行くんだから顔は緩みっぱなしだ。

「なんでこんなやつと……、俺ひとりの方が早く終わるのに」

「別について来なくていいって」

「そういうわけにいかないんだよ」

 展昭くんの愚痴を聞かされながら、包拯さんに指定された広間にやってきた。

「包拯さん、お待たせ!」

 壁にはいくつかの絵が飾られている。

 どれも風景画で、さまざまな建物が描かれている。

 きっと時代が違うのだろう。

 包拯さまは壮大な宮殿が描かれた絵を見つめていた。

「これってもしかして……」

「三国時代の許昌きょしょうです」

 大事なのはいつかだ。

「いつになりますか? 西暦200年から201年の間だと嬉しいんですけど」

「いえ、207年です」

「ええーーっ!? もう関羽さまいなくなってるじゃないですか」

 そうなのだ。

 関羽さまは200年曹操そうそうに降伏して長安に滞在していたことがある。

 ちなみに関羽さまの義兄・劉備りゅうびさまと曹操は不倶戴天の敵同士だ。

「200年でもいずれ207年になりますよ」

 必死に食い下がるあたしの腕を展昭が引っ張る。

「こいつの言うことなんか気にせず、早く扉を開いてください」

「まだ調べて欲しいことを伝えてませんが……」

「俺が知ってますから大丈夫です」

「まぁ、そうですけど」

「あたしは関羽さまに会いたいの! 曹操のところになんか行きたくない!」

 あたしは包拯さまの袖にしがみついた。

「包拯さま、早くしてください」

「それでは展昭、頼みましたよ」

 包拯さまが長安の絵に向かって指で文様のようなものを描くと、あたしと展昭は光に包まれた。


 気がつくと、あたしは宮廷の廊下に立っていた。

 遠くで時刻を告げる鐘の音が響いている。

 天気は曇り、明るさから正午あたりだと思われた。

「あんたは倉舒そうじょってやつを捜せ!」

「誰よ、そいつ……」

「知らん、包拯様の命令だ」

 あたしに調べて欲しいことって、その人に関係することなの?

「倉舒、倉舒、そうじょ……」

 脳内にある三国志の武将の名前のリストと照合してみる。

 だが、ヒットしない。

「あーっ、誰なのよ、もう!」

 その時だった。

 足音がこちらに向かって来ていることに気づいた。

「誰かが来る!?」

「まずい、俺は姿を消すぞ」

 展昭はまるで猫のように素早く庭に降りた。

「ちょ、あたしはどうすればいいの?」

「自分で考えろ」

 そんな無責任な――。

 文句を言う前に展昭の姿は消えていた。

「あいつ、今度会ったらぶっ飛ばす」

 足音は間近に迫っていた。

 どうしよう、あたしも庭に逃げようかな。

 でも、隠れられそうな場所ないし……。

 迷っている間にも足音はどんどん近づいてくる。

 マズイことに複数いるらしい。

 あたしの格好は冥府の役人の制服だ。

 リングコスチュームよりはマシだが、不審人物であることは間違いない。

 せめて女官の服を着ていれば、いくらでもごまかせるのに。

 そのぐらい用意して欲しいわよ。

「司空殿が凱旋される、倉舒様にお伝えせよとの命令だ」

 近づいてくる一団から捜している名前が聞こえてきた。

 この先に倉舒がいるの!?

 だが、足音はすぐそこまで来ている。

 その瞬間、背後の扉が開いた。

「こっちに来て!」

 あたしは袖を引っ張られ、バランスを崩しながら室内に転がり込んだ。

 すぐに扉は閉められた。

 扉越しに一行の影が廊下を通り過ぎていく。

 ホッと息をつくと、あたしは周囲を見渡した。

 軽装の中年兵士がうずくまって涙を流し、赤い官服の少年が兵士の肩に手を添えて慰めていた。

 いったいどういう状況――?

 室内には木箱が無数に積まれ、刀や槍、盾、鎧などが並んでいる。

 どれも緻密な細工がなされており、あたしから見ても高価なものであることはわかる。 

「もうおしまいだ」

 中年の兵士が頭を抱える。

「あなたは何も悪くない」

「この宝物庫の中で何かあったら、それは私の責任です」

「たかが、鐙を鼠に囓られただけじゃないですか」

 2人の足下には円柱を半分に切ったようなものが転がっている。

 あれは馬の背中に乗せる道具よね。

 よく見ると、縁の一部が細かく削られている。

「司空閣下はお許しにならないでしょう」

 司空……って人の名前ではなく、偉い人の役職のようだ。

 さっきの一団からも聞こえてきた。

 よほどのVIPみたいだ。

 少年は親指とひとさし指で顎をつまむと黙り込む。

 何か考える時のクセみたい。

 じっと鐙を見つめている。

 この場にいると面倒なことに巻き込まれそうな気がする。

 あたしは扉に向かって足を忍ばせた。

「どこに行くつもりですか」

 少年は視線を上げることなく、あたしを呼び止めた。

「おジャマかなぁと……」

「廊下で騒ぎを起こされないように彼に頼んで引っ張り込んだんですが」

 なるほどそういう事だったのか。

 あたしを助けようとしたわけじゃないのか。

「あなた、女官ではないですよね」

 誰の目にも不審人物に映るようだ。

「父上の命を奪いに来た刺客とも思えませんが、このまま逃がすわけにはいきません」

 少年は射貫くような眼差しをこちらに向けてきた。

 見た目は12、3才というところだが、しゃべり方が大人びている。

「あたしは……倉舒って人を捜してるの!」

 もう、どうなってもいいや。

 開き直って、ホントのことを言うことにした。

「僕を……?」

 想定外の返事が来た。

 この生意気そうなガキが倉舒……?

「要件は何ですか」

「それは……」

 ちゃんと聞いておくんだった。

 包拯さんも展昭くんも教えてくれないんだもん。

「父上が寄越した教育係には見えませんが」

 人に語れることは歴史に関することぐらいだけど、下手なことは言えない。

「んー、どちらかというと体を動かす方が得意だけど」

「女性が武術?」

「あまりお姉さんをなめない方がいいと思うわよ」

「へえ、言いますね」

 倉舒という名の少年は飾られている剣を品定めすると鞘に収められた一振りを手にした。

 ゆっくりと剣を抜き放つ。

「あなたも得意なものを取りなさい」

「いらないわよ」

 どうせ使い方わからないんだから。

「僕に勝てなかった時、無手だったと言い訳しないように」

「するわけないでしょ、あたしが負けるはずないもの」

「たいした自信ですね」

 倉舒はあたしに向かって剣先を突き出してきた。

 とっさに体を捻ってかわすと、倉舒の手首を掴み逆手に捻り上げる。

「うっ……!」

 倉舒はたまらず剣を離した。

 乾いた金属音が響く。

 このままサブミッションを決めようとした瞬間、体が強ばった。

 倉舒はその隙に逃げ出した。

「見たことがない体術だね」

 締め上げられた右手を押さえながら、倉舒はあたしと一定の距離を取る。 

「だけど、子どもだからって手を抜くのは感心しないな」

 まただ、包拯さまも同じことを言っていた。

「別に手を抜いてないわよ」

「本気で言ってる?」

「あたりまえでしょ」

「ふーん……。まあ、いいや。あんたからは学ぶことがありそうだ」

 なんかよくわからないけど、倉舒の先生ってことで潜入に成功したみたい。

「で、倉舒……くんは、ここで何をしているの?」

 泣いていたおじさんは呆気に取られたような顔でこちらを見つめている。

 倉舒くんは豪華な装飾がされた馬具を拾い上げた。

「途中までは話を聞いてたよね」

「この鐙、ねずみにイタズラされないように壁にかけていたんだけど、向こうが一枚上手だったみたいでね」

 この時代でもネズミには悩まされているようだ。

「まあ、仕方ないんじゃない」

「問題はこれが父上のお気に入りってことなんだ」

 倉舒くんが振り返る。

 肩を落としている兵士さんがここの番人なのだろう。

「このままだと叔志しゅくしさんが責任を取らされてしまう」

「責任って……、まさか死罪とか?」

「それはないけど、役目は解かれてしまうだろうね。彼は戦場で大きな怪我をして、ここの番人をして家族を支えている。彼の家族が路頭に迷ってしまう」

「ネズミがやったことなのに」

「僕がそんなことはさせないけどね」

 なんだ、この子男気があるじゃない。

「ちなみにお姉さんもお役御免の危機にあるからね」

「へっ……!? なんであたしまで」

 別にあなたの父親に役目をもらったわけじゃないんだけど。

「この服、父上からの贈り物なんだよね」

 倉舒くんが右腕を上げると、袖の付け根が少し破れているのが見えた。

 さっき腕固めをした時にほつれてしまったらしい。

「お姉さんのせいだとわかったら、父上怒るだろうな」

「えーっ、そんなの困る」

 せっかく潜入に成功したのに、いきなりクビになっちゃうの?

 あたしは頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 倉舒くんが小さくため息をつく。

「まあ、2人とも助ける方法はあるけど」

「マジ……!?」

 あたしも叔志さんも驚いて顔を上げた。

「お姉さんが服を破いたおかげでね」

「なんのことか全然わからないんだけど」

 倉舒くんは小さく体を震わせて笑っている。

 なんなのよ、この意地悪なガキは――。

「そういえば、まだお姉さんの名前を聞いてない」

「あ、あたし……? 銀、銀屏よ」

 とっさにリングネームを名乗ってしまった。

「叔志さんはこのまま黙っていて」

「そんなことをしたら司空様のお怒りが……」

 倉舒くんは必死にすがりつく叔志さんを片手で制した。

「大丈夫、僕を信じて。3日後に父上に申し出て」


「で、今日がその日ってことか」

 宮殿の通路の欄干を背もたれにして展昭が立っている。

 だらけているように見えるが、ちゃんと周囲を警戒しているらしく、人が近づく気配がすると姿を消している。

 生前、時の皇帝から『御猫』というあだ名をつけられたことを自慢気に話していたが、まんざらウソではないらしい。

「結局、倉舒くん何も教えてくれないのよね」

 あたしは女官の服を支給され、武術師範兼護衛役として倉舒くんに仕えている。

「まあ、直にわかるだろ」

「あたしにとっては大問題なの」

「バレたら間者かんじゃの容疑をかけられて拷問の末に死刑だろうな」

「そうなったら助けてよね」

「なんで俺が」

「あんた、あたしの護衛役でしょ! ちゃんと仕事しなさいよね」

「監視役だ。仕事ならちゃんとしてる。これから司空閣下が倉舒に会いに来る」

「そうなの!?」

 展昭は滅多に姿を現さないが、時々こうして情報をくれる。

「銀屏! 銀屏!」

 遠くから女官長の声が聞こえてきた。

「はーい! ただいま参ります」

 女官長のもとへ駆け出した時、展昭の姿は消えていた。


 宴の準備が整った部屋の前で、倉舒くん以下、官吏や女官たちが主賓をお迎えするために整列している。

 あたしは倉舒くんの背後に控えている。

 周りの人より頭ひとつ飛び出ているので視界は良好だ。

 向こうから官服の一団が整然と歩いて来るのが見えた。

 先頭に立つおじさんは龍の刺繍がほどこされた赤い宮廷服に身を包んでいる。

 あれが司空閣下よね……。

 細身の気難しい顔をしたイケメンと、ごっつい中年のおじさんを左右に従えている。

 司空閣下はあたしよりも背が低いみたいだが、威圧感はハンパない。

「父上、本日はお会いできて嬉しく思います」

 倉舒くんは恭しく礼の姿勢を取る。

 おとうさん……!?

 見た目は五〇才くらいだろうか、遅くに出来た子はかわいいと聞いたことがあるが、それはこの時代でも変わらないらしい。

「倉舒よ、元気にしていたか!」

 さっきまでムスッとしていた顔が満面の笑みに変わっている。

 倉舒くんに駆け寄ると小さい体を抱きかかえた。

 すごい親バカっぷりだ。

「おろしてください」

 司空閣下は上機嫌に笑っている。

猛徳もうとく様、皆が見ております」

 もうとく……って、曹操そうそうのことよね。

 時の皇帝を許昌に迎え入れ、朝廷を掌握し他の勢力を撃つ正当性を得て、もっとも天下に近い男。

 ゲームで関羽様を使っていると、敵として何度も戦うことになる。

 もっと嫌なヤツだと思ってたんだけど、目の前にいるのはただの親バカだ。

「おお、すまん。久しぶりなのでつい嬉しくなってな」

「もう少し自重してください」

 隣のイケメンさんの声は穏やかだったが、口ぶりは厳しいものだった。

「わかった、わかった」

 倉舒くんはようやく父親の熱烈な愛情から解放された。

 曹操さんはあらためて倉舒くんを見つめ、表情を曇らせた。

「わしが贈った服はどうした?」

 倉舒くんが顔を伏せる。

「おまえも気に入っていたではないか。なぜ着ておらぬ」

「それなのですが……」

 周囲は静まりかえり、空気がピンと張り詰める。

「鼠に囓られてしまいました」

 倉舒くんの目に涙が溢れている。

 いつの間に……!?

「なにも泣くことはあるまい」

「ですが、大切にしている物を鼠に囓られると不幸が訪れると言われています」

 倉舒くんは父親の胸にすがりついて体を震わせた。

 嘘泣き、ウマすぎでしょ!!

「そんなの迷信に決まっている。気にすることはない」

 曹操さんは愛しそうに息子の背中を撫でている。

 周りの人はみんな笑顔になり、空気も穏やかなものに変わっていた。

 倉舒くんが周囲を見渡している。

 目的のものを見つけたらしく、微笑んで小さく頷く。

 その時、乱れた足音ととも男が大慌てで駆け込ん来た。

 屈強な男が自らの体を盾にして曹操さんの前に出る。

 腰の剣の柄に手をかけていた。

 曹操さんの前にひれ伏しているのは、宝物庫番の叔志さんだった。

 両手で馬の鐙を掲げている。

 曹操さんは周りを制して、叔志さんの前に立った。

「お主は宝物庫の番人だったな」

「はい、司空閣下!」

「それは、わしの馬具のようだが」

「申し訳ございません。閣下の大切な鐙を鼠に囓られてしまいました」

 叔志さんの声は震えていた。

 周囲がザワつき、さっきとは違う緊張が走る。

 曹操さんは叔志さんを見下ろしていたが、突然大きな声を出して笑い始めた。

「子どもの服ですら囓られるのだ。気にすることはない」

 叔志さんの目には涙が溢れていた。

 あれは正真正銘の涙。

 すっかり安堵した顔に、こちらも胸が熱くなる。

 倉舒くんは口元を緩ませながら、叔志さんの肩を優しく叩いた。

「あっ……!」

 曹操さんが倉舒くんの謝罪を許した以上、叔志さんを咎めることはできない。

 彼に今日申し出るように言ったのは、こうなることがわかっていたからだ。

 あたしはようやくすべてを理解した。

 曹操さんと倉舒くんに支えられて、叔志さんが立ち上がる。

 3人とも笑っていた。

 とんでもない策士ね……。

「どうかなさいましたか」

 イケメンの文官さんに声をかけられて、あたしの背筋に緊張が走る。

 まるで心を読まれたようなタイミング。

「い、いえ、よかったなと」

「倉舒殿には感謝しないといけませんね。無益な殺生を避けることができたわけですから」

 まるですべてを知っているかのような口ぶりだ。

「あなたは新しい女官ですよね、私は荀文若じゅんぶんじゃくと申します」

「あなたが荀彧じゅんいくさん、王左おうさの才の……?」

 武将ではないのだがゲームでも必ずと言っていいほど登場する、三国志では曹操さんを支えた重要な人物。

 曹操さんに献帝を迎えるよう進言したのは、この人だ。

 他にも多くの人材を推薦し、みんな曹操さんを支えている。

「王者の覇道を支える者か、我が子房しぼうをそのように呼んでくれるとは嬉しいな」

 曹操さんにも聞かれてしまっていた。

 子房とは漢王朝を建てた劉邦りゅうほうを戦略、外交、計略で支えた張良ちょうりょうのことだ。

「お気に召していただけましたか、あはは」

 あたしが考えたわけじゃないんだけど。

「父上、宴の用意ができております」

「そうか、ご馳走になることにしよう」

 倉舒くんによる父親歓迎の宴はこうして幕を開けた。


 宴が行われている広間は、曹操さまと倉舒くんが上座で、随行してきた9人が輪になって椅子に座っている。広い卓には肉や魚料理が並んでいる。

 現代の中華料理と比べて簡単に調理されているが、あたしの口に合わないものはない。

 もちろんあたしが普段食べている物よりずっと豪華だ。

 果物なんてこっちに来て初めて見た。

 かなり貴重なものなのだろう。

 あたしは倉舒くんの後ろに控えていた。

 倉舒くんが父親の杯に白く濁ったお酒を注ぐ。

烏桓うがん討伐、おめでとうございます」

 烏桓とは大陸の北方を拠点としている異民族だ。

 官渡かんとの戦いという大きな戦争で曹操さんに負けた袁紹えんしょうが死んだあと、彼の息子たちが烏桓の有力者・蹋頓とうとんのもとに身を寄せた。

 彼らは曹操さんを討とうと画策する。

 あー、官渡の戦いには曹操さんの陣営に関羽さまがいらしたのよね。

 袁紹配下の顔良がんりょう文醜ぶんしゅうを討ち取るっていう華々しい戦果をあげて。

 ゲームの関羽さまのストーリーモードでも盛り上がるステージのひとつだ。

 包拯さんもその時に飛ばしてくれればよかったのに!

「おまえのおかげで勝てたようなものだ」

 曹操さんは上機嫌で杯を空にしていた。

「僕は何もしてません」

「あえて険しい道を進み、敵の予想外を上回る速さで白狼山にたどり着く。奇襲は大成功だ」

「あれは郭嘉かくか殿のお考えです」

「おまえも同じことを言っていたではないか」

 郭嘉さんは曹操さんの軍略を支えた重臣のひとりだ。

 荀彧さんと曹操陣営の両翼を成す。

 残念ながら帰って来る途中で亡くなってしまった。

 たしか、この時言ってのは――。

「兵は神速をたっとぶ」

 思わずボソっとつぶやいてしまった。

「ほう、よく知っているな」

 頬を紅く染めた曹操さんが上機嫌な顔でこちらを見つめている。

 しまった、また余計なことを……。

「ええと……」

「このお嬢さんはいくさまつりごとも深い関心があるようです」

 荀彧さんは涼しげな顔で杯を手にしている。

「おまえのようなものが倉舒に仕えてくれるのはありがたいことだ」

 曹操さんに完全に覚えられてしまった・

 これ以上注目を浴びると、調査とかがやりにくくなるよ。

 あたしはすがるような視線を送った。

 倉舒くんは少し口角をあげた。

 なんなのよ、仕方がないから助けてやる的な顔は――。

「父上、白狼山では張遼ちょうりょう殿が活躍されたようですね」

「えっ、張遼さんて……!?」

 みんなの視線を受けて、自ら墓穴を掘ってしまったことに気づいた。

「おい、文遠ぶんえん。この方がおまえに用があるそうだ。蹋頓を討ち取った話でも聞かせてやってくれ」

 曹操さんに促されて、荀彧さんの迎えに座っていた大柄の男の人が顔をあげる。

 イケメンではないけど、凜々しい強面の中年男性だ。

 先ほど叔志さんが駆け込んで来た時、身を挺して曹操さんを守ろうとした人だ。

 まさかこの人が張遼さんだったとは……。

「文遠に酒をついでやってくれ」

「は、はい、ただいま!」

 曹操さんに命じられるまま張遼さんの席に急いだ。

「失礼いたします」

「かたじけない」

 張遼さんは偉ぶる様子はなく気さくに応じてくれた。

 曹操陣営で一番会いたいと思っていた人だ。

 お酒を注ぐ手が震える。

「あ、あの……、関羽さまをご存じですよね」

「雲長殿……?」

 張遼さんは一瞬怪訝そうな顔をしたが、あたしの顔を見て微笑んだ。

 頬が熱を持っていて、自分でも顔が紅くなっているのがわかる。

「あれほど義理堅い男を他には知らない。司空閣下も敵ながら認めている」

「ですよね」

「やっぱり、お髭は長かったですか?」

 あたしはエアーで顎髭を撫でてみた。

「ああ、ここまであったな」

 張遼さんが自分の胸の下あたりに手を持ってきた。

 ゲームと同じだ!

 どんな顔をして、どんな声で話をするんだろうか。

 あたしの中で関羽さま愛がマグマのように燃え上がる。

「なぜ、雲長殿のことを知りたいのだ?」

「あ、あの……、関羽さまのお世話をしていた女官が話しているのを聞きまして、どんな方なのかなって、あはは」

「なるほど、宮廷でも人気があったようだからな」

「深い交流があったんですよね」

「そうでもない」

「えっ、そうなんですか!?」

「ワシが呂布りょふ殿の配下だった時、劉備殿と行動を共にすることがあった。あまり言葉をかわす機会はなかったが、武将としてひとかたならない男だということは感じたよ」

 張遼さんの物言いは賤かだったが、言葉には熱がこもっていた。

 そうでしょう、そうでしょうとも。

「それから司空閣下の命で会いに行ったことがある」

 このまま曹操さんのもと留まるつもりはない

 曹操さんから受けた恩義は戦功を立てて報いる気でいる。

 関羽さまは張遼さんにそう答えたという。

「ワシも感服して閣下にありのままお伝えした。雲長殿がその後、劉備殿の下に帰って行ったのは存じておろう」

 2人の間に交流はほとんどなかったが、お互いをリスペクトしていることが伝わる。

 なんて熱い男の友情なの!

「部下はもちろん仕える者皆に優しく公平に接していた。下の者に優しい反面、自分より上の者には厳しかった」

 張遼さんの顔が一瞬曇ったように見えた。

「慕う者は多いだろうが、あの性格がいつか災いをよばなければ良いのだが」

 少し引っかかるものがあったが、あたしの質問攻めはこのあとも続いた。

 最後は張遼さんも少し辟易していたようだったが、あたしは満足だった。

 宴会を終えた曹操さんは上機嫌だった。

「北の敵はいなくなった。次は荊州だ、その時はおまえも連れていってやろう」

 倉舒くんの顔は少し困っているようだった。


 それにしても、包拯さまは倉舒くんの何を調べさせる気なんだろうか――。

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