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JKレスラー冥府の役人になって三国時代で無双する  作者: 五百雀光
JKレスラー曹操の息子に遭う
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1/2

JKレスラー冥府からの依頼を受ける

北都銀子ほくとぎんこはJKレスラーである。

 彼女は三国志の推し武将である関羽の娘、関銀屏かんぎんぺいからリングネームを付けたほどの歴女だ。

 関羽さまの娘にふさわしい強いレスラーを目指すもデビューから1勝もできず、団体創設以来の連敗記録更新中。

 引退をかけて挑んだ大一番!

 相手は同期で現チャンピオンの天音遙香あまねはるか

 遥香は言い放つ「あなたにはレスラーとして致命的な欠点がある」と。

 試合は意外な結末を迎えるーー。

 鮮やかな水色のリングで、あたしは無数のライトを見上げている。

 仰向けになっている身体で痛みを感じない所はない。

 呼吸を整える間もなく、相手のリングシューズが何度も胸元を襲ってくる。

 今にも意識が飛びそうになる。

 今日もここまで一方的な展開だ。

 練習の成果をこれっぽっちも出せていない。

 JKレスラーとして華々しくデビューして1年半。

 いまだシングル戦での勝ち星はない。

(タッグでは味方が3カウントを取って勝ったことはある。だが、それだど公式記録で自分の名前の横に○が付かない)

 女子プロレス団体ジャスティスの無敗記録更新中。

 そのおかげで最弱のレスラーとして業界内外で有名になりつつある。

 テレビのバラエティ番組に呼ばれることもあるくらい。

 こんな不名誉なことはない。

 だから、今夜の試合に賭けてる!

 なのに、ここで終わっちゃうの――?

「がんばれ、ペイちゃん!」

 会場に響き渡る歓声の中、あたしの耳にはっきりと聞こえた。

 感覚を失いかけていた身体に力が漲る。

 終わってたまるか――!

 トドメをさそうと相手が大きく足を振り上げた隙を突き、身体を回転させる。

 間一髪、相手の攻撃をかわすと満員の会場が一気に熱を帯びる。

「いいぞ、ペイ!」

 あたしのリングネームは関銀屏かんぎんぺい

 ファンはペイの愛称で呼んでる。

 なぜ、こんなリングネームを付けたのか?

 それはあたしが『三国志』が大好きな歴女だから。

 推しは『三国志』の英雄、劉備様を支える頼もしい義弟、関羽さま。

 関羽さまは今も商売の神様と祀られるほど愛されている武将で、長く美しい髭を持ち、忠義心に溢れ、部下や領民に優しく、鬼神のように強い。

 あたし的父親にしたい三国志武将第1位独走中!

 関羽さまには娘がいた。

 当時の女性の名前は記録に残されることは少なく、民間伝承のお話の中では『銀屏』と呼ばれている。

 関羽さまの強さにあやかれるように願いを込めて――。

 なによりあたしが活躍することで、関銀屏のことを関羽さまのことを多くの人に知ってもらいたい。

 関羽さまの娘(と同じ名前を持つ者)として父の名に恥じるような闘いはできない!

 あたしはロープに手をかけると渾身の力を振り絞って立ち上がり、リングポストに背を預けた。

 リングの対角線上では対戦相手の天音遥香があたしを見下している。


「さあ、試合開始から5分が経過しました。ここまでは予想通りチャンピオンが優勢に試合を運んでいます」

 ジャスティスの試合はネットで配信されている。

 放送席の古館響子さんの実況が冴え渡る。

 その隣には私たっての希望で姫野舞さんに解説をしてもらっている。

 舞選手はあたしの師匠といえる存在だ。

 ばあちゃんがお得意様からもらったと渡されたチケットで初めて女子プロレスを観戦した。 もともと興味はなかったし、女性がプロレスをするなんて知らなかった。

 美しいコスチュームをまとい、派手な曲をバックに入場する選手たち。

 華麗な技で激しくぶつかり合う姿を目の当たりにして思った。

 当時、夢中になっていた『三国志』の格闘ゲームの世界がリアルに展開している。

 関羽さまのテーマをバックにかわいいコスチュームでリングに立ちたい!

 わたしは迷うことなくジャスティスの入団テストを受けた。

 入門テストとは名ばかりで、受験した者は全員合格だった。

 来る者は拒まず、去る者は追わず、というのが団体設立以来のスタンスらしい。

 理由はすぐにわかった。

 厳しい練習の日々に脱落者が相次ぎ、デビューを迎える頃には遥香とあたししか残っていなかった。

 だが、リングに立ってから2人の差は広がる一方だった。

 試合で負け続けるあたしに対して、遥香はデビュー戦で大金星をあげると、わずか1年で全選手参加のトーナメント大会で優勝を果たし、チャンピオンベルトの挑戦権を得る。

 先月のメインイベントで、団体史上最年少のチャンピオンとなった。

 どうして、こんなに差が付いたのか――。

 誰よりもジムに来て、最後まで残って練習してきた。

 フィジカルの弱さ、パワー不足を補うため、スピードと関節技を磨いてきた。

「ここまでご覧になっていかがですか、姫野選手」

「チャンピオン優勢ですね、自分らしさが良く出ています」

「銀屏選手の動きを見れば日々どれだけ練習しているか伝わりますが、同時に今ジャスティスで1勝を挙げることがどれだけ難しいかがわかります」

「同じ条件で遥香選手はチャンピオンになっていますから」

「だからこそ、舞選手は負けたら『ライブヒロインズ』からの追放を宣言したのですよね」

「この世界、結果がすべてです」

「あいかわらず自分にも仲間にも厳しい。それを受けて銀屏選手はこの試合に引退を賭けました」

 そうなのだ。

 負けたら、あたしは引退――。

 この試合に選手生命を賭けたのだ。

 ジャスティスでは選手たちがユニット(チーム)を組んでいる。

 ユニット内の絆は強く、対抗意識も強い。

 舞選手はデビュー戦の相手をしてくれただけでなく、試合後に自分のユニットである『ライブヒロインズ』に誘ってくれた。

 だが、勝てないあたしに舞選手は試練を課した。

 まるで「泣いて馬謖を斬る」のようじゃない――。

 『三国志』でも有名なエピソードで、職の名宰相・諸葛孔明が馬謖の将来性に期待して目をかけていたけど、自分の命令に反して戦犯となったため、私情を捨て涙を飲んで処刑したという(一部あたしの脚色あり)。

「あんたはこの程度か!」

 遥香はあたしの腕を取ってロープに振ると、反動で戻って来たあたしにラリアットを決める

 自らロープに身体を預け反動を受けて突進してくる遥香のドロップキックをかわすと、エルボードロップで追い打ちをかける。

 遥香の身体を無理矢理起こすと、前屈みになった身体をかかえると頭上に持ち上げた。

「このまま沈めぇええええ!」

 一瞬身体が強ばったが、勢いのままリングに遥香の後頭部を叩きつける。

 舞選手直伝のパワーボム!

 決まった―――!!

 だが、遥香の表情からダメージは感じられない。

 このままフォールできると思ったのに、彼女の反撃を受けてフォールの体勢が崩れる。

「少しは期待したのに、何も変わっていない」

 遥香が睨み付けながら、こちらに向かってくる。

 額がぶつかるほど顔を近づける。

「おまえはプロレスラーとして足りないものがある」

「何よ、それ……」

「教えてやるから、安心して引退しな」

 リングの中央、遥香とガッシリ組み合った。


 勝てないことだけで引退を賭けた訳ではない。

 家庭の事情もある。

 あたしは祖母と2人暮らし。

 祖母は女子プロレスラーになることにいい顔はしなかったが、反対もされなかった。

 どうせ言っても聞きやしないんだ。

 呆れるようにそう言ったきり、プロレスについては何も言わなくなった。

 だが、その日は突然訪れた。

 ばあちゃんが倒れた――。

 報せを聞いたのはジムで練習していた時だった。

 教えられた病院までタクシーを飛ばし、看護師さんの案内で病室のドアを開ける。

「ばあちゃん!」

「騒がしいね、静かにしな」

 ばあちゃんはベッドで上半身を起こしタブレットで動画を観ていた。

「生きてた……」

 ほっとして全身から力が抜けていった。

 床に崩れ落ちなかったのは、タブレットの中のアイドルに夢中になっている祖母に呆れたからだ。

「人を勝手に殺すんじゃないよ」

「死神みたいな仕事してるくせに」

「失礼なことを言わないでおくれ」

「死んだ人の魂を地獄に連れていくんだもん、死神と何が違うの?」

「地獄じゃない、冥府だよ」

「はいはい」

 あたしもよく知らないのだが、我が家の血縁に連なる者は代々冥府の役人をしている。

 幼い頃からよく聞かされ続けてきた。

 冥府っていうのはあの世を統括しているお役所みたいなものらしい。

 多くの官吏たちが存在し、厳格な制度の下管理されている。

 官吏の中でも死者の魂を冥府に連行する下っ端は常に人手不足だという。

 そのため古から現世の人間を臨時の役人として徴用しているそうだ。

 うちは代々臨時役人を務めている。

 亡くなったかあさんもしていたという。

 死んだ人のことを冥府では無常と呼び、この世は陽と言われる。

 生きながらを無常のように冥府に行けるので『陽無常』と呼ばれているそうだ。

 ばあちゃんもかあさんも陽無常の仕事をしている時は意識がなく、3日間眠り続けたあと目を覚ます。

 寝ている間、陽無常として仕事をしているそうだ。

 いずれ、あたしも冥府から徴収がかかるみたいだけど、ばあちゃんが現役のうちは関係ない。

 まだ先の話だ。まあ、声がかかっても断るつもりだけど。

「思ったより元気そうでよかった、あたし戻るね」

「ちょっと待ちな」

 ばあちゃんは動画から目を離し、真剣な顔でこちらを見つめている。

「練習あるんだけど」

「まだ話は終わってないよ」

「何よ?」

「決まってるだろ、代替わりの話だよ」

「まさか、あたしに陽無常をやれっていうんじゃないでしょうね!?」

「そのまさかだよ」

「冗談でしょ」

「何の問題もないだろ。学校もプロレスも辞めることはないんだから」

「大問題よ! 3日も仕事を空けられないでしょ!」

「いいだろ、3日くらい」

「1日たりとも練習休めないわよ、試合や遠征だってあるし」

「うちにはあんたしかいないんだ」

「知らないわよ」

「この老体を働かせようっていうのかい」

 ばあちゃんは横になって頭から布団をかぶると身体を小さく震わせた、しくしく泣き始めた。

「たったひとりの孫娘に裏切られて、こんな悲しいことはない」

 あたしが布団を剥ぐと、ばあちゃんはタブレットの動画を観て声を殺して笑っていた。

「急に病人ぶるのやめてよね!」

 あたしは病室を後にした。

 廊下で看護師さんに呼び止められたあたしは、担当のお医者さんからばあちゃんの詳しい病状を聞いた。


「ギン!」

 遥香が雄叫びを上げて、あたしの胸元にチョップを叩き込んでくる。

 乾いた音が場内に響き渡り、2人の汗が飛び散る。

 彼女の放った一撃は重く、衝撃で息が止まる。

 よろめいた身体を立て直すと、あたしはリリーの胸元に肘打ちを放った。

 彼女ほどパワーがないのはわかっている。

「このぉおおおおお!」

 何度も何度も高速で叩き込む。

 渾身のエルボーにも彼女は微動だにせず、冷めた瞳であたしを見下ろしている。

「こんなの、いくら喰らっても効かないんだよ!」

 あたしの手を取るとスイングしてロープに飛ばす。

 ローブの反動を受けて跳ね返るあたしの喉元にハイキックが決まる。

「これには挑戦者、たまらずダウン!」

 あたしは受け身を取るのが精一杯だった。


 同期でデビューしたあたしたちだが、レスラーとして進んで来た道は正反対だ。

 苦しい練習を共に乗り切った戦友。

 互いの試合のセコンドにつき、励まし合った。

 どんなに苦しくても、相手の顔を見れば力が涌いた。

 遥香が初勝利した時は、あたしも自分のことのように喜んだ。

 彼女もあたしの勝ち星のために練習相手になりアドバイスをくれた。

 絆を感じる一方、華々しい勝ち星をあげ続ける彼女の姿にあたしの胸は痛んだ。

 遥香は遂にチャンピオンベルトを掴んだ

 なぜ彼女はリングの上にいて、あたしはセコンドにいるのか。

 嬉しい気持ちは確かにある。だが、同時に惨めな自分を思い知らされた。

 悔しい――。

 女子プロレスラーになるべく、ジャスティスに入門した時からずっと悔しい思いばかりしてきた。

 あたしは強くなって、頂点に立って、関羽さまの娘を名乗る資格があることを示したい。

 それは推しへの最大の愛情。

 まだ何も成していない。

「勝つんだ、あんたに勝つんだ」

 あたしは片膝をついて鉛のように重くなった身体を起こす。

 顔を上げると、遥香の姿が消えていた

 そう見えたのは背後にまわられたからだった。

「口だけは一人前だな」

 腕をロックされると、そのまま背後に弧を描くように投げられた。

「チャンピオンのエターナルスープレックスが炸裂!」

 マットにあたしの後頭部が突き刺さる。

 かろうじて意識は保つことができたが、遥香は腕をロックしたまま身体を回転させて立ち上がる。

「もう一発行くぞー!」

 観客の声援を受け、遥香は再び必殺技を放つ。

「さあ、レフリーがカウントに入る!」

 マットを叩く音と共に会場のボルテージが最高に高まる。

 ワン、ツー……。

 嫌だ、まだ終わりたくない。

 反射的に身体をひねり右腕を上げる。

 かろうじて3カウントを取られなかったのは、完璧に受け身を取れたからだ。

 この技を何度喰らっただろう。

 2人で開発した技だ。

 かろうじて意識は保つことができた。

 チャンピオンはリングの中央で仁王立ちし、あたしは土下座をするような格好でうずくまっている。

「私を倒すんだろ! おまえの覚悟はこんなもんか!」

 負けたくない、負けたくない、負けたくない……。

 こんなところで終わりたくない!!

 あたしが立ち上がろうとすると、場内から「ギンペイ」コールが起こった。

 お客さんの声援が立ち上がる力をくれる。

「もっと早く仕留めるつもりだったのにな」

 相手を掴もうと互いに牽制し合う。

「あたしはまだ諦めない」

 遥香の首に腕を回しロックすると、何度も締め上げた。

「ほめてやるよ、だけどね……」

 あたしの脇腹にパンチを放つと、一瞬の隙をついて逃げ出す。

 正面から覆い被さってきたかと思うと、そのまま肩に担ぐようにあたしの身体を持ち上げる。

「あんたは勝てない!」

 遥香は回転を加えてあたしの後頭部をリング向かって叩きつける。

 あたしに何が足りないっていうの――!?

 重力を失ったかのような感覚に襲われながら、あたしは自分に問いかけた。

 そのためか、受け身の対処が遅れた。

 まずい――!

 鈍く重い衝撃が全身を駆け抜けると、あたしの視界は真っ暗になった。


 どれだけ時間が経ったことだろう。

 意識を取り戻した時、あたしはリングの上に立っていた。

 遥香がチャンピオンになった時の決め技、エターナル・ボンバーを喰らって意識を失ったはず。

 お互い別のユニットに所属したため、あの技は彼女自身が生み出した技だ。

 初めて喰らったけど、チャンピオンになるだけのことはある。

 本当にすごい選手になったんだ。

 このまま負けたくない……。

 リングの上に立っているということは、まだ試合は終わっていない。

 勝負はこれからだ!

 だが、待っていたのは残酷な現実だった。

 リングの下で担架で運ばれていく、あたし。

 あたし……!?

 会場は騒然としていた。

 救急隊が運ぶ担架のまわりには、神妙な面持ちの舞さんはじめ仲間たちがあたしに声をかけている。中には泣いている選手もいる。

 担架の上のあたしはまったく反応がない。

 ふとリングに上に目を移すと、呆然となって立ち尽くす遥香がいた。

「ねえ、何があったの?」

 話しかけても何も反応はない。

「ちょっと、黙ってないで答えてよ」

 彼女の肩に手をかけようとすると、何の手応えもなくすり抜けた。

「えっ……、いったいどういうこと」

 彼女の前に回り込んでも視線が合う様子はない。

 まるで立体映像のようで、遥香に触れることができない。

「どうなってるの……」

「まったく、あんたを連れていくことになるとはね」

 背後から聞き慣れた声がした。

 そんなはずはない。

 今頃は病院のベッドにいるはずだ。

 半信半疑で振り返る。

「ばあちゃん……!?」

 やはり間違いない。

 あたしの顔を見ると深くため息をつく。

「この婆不幸者」

「どうして、ここにいるの?」

「仕事に決まってるだろ」

 ばあちゃんの仕事って、死んだ人間の魂を冥府に連れていくことだ。

 それって、まさか……。

「あたし死んじゃったの!?」

「じゃなきゃ、あれは何だってのさ」

 ばあちゃんは担架で運ばれるあたしを指差した。

「あれは……、あたし……だよね?」

 担架の上のあたしはまるで眠っているかのように微動だにしない。

「それじゃ、今ここにいるのは?」

「魂って言われる存在さ」

「そんな……、さっきまで試合してたんだよ!」

「で、不幸な事故に遭った」

 不幸な事故……!?

 遥香のエターナルボンバーを喰らって、ブラックアウトしたあの時……?

「急にそんなこと言われたって」

「信じられなくても受け入れるしかないんだよ」

「まだ心構えもできてないし……」

「そういうの関係なく、死は人からすべてを奪うものさ」

 だとしたら、死とは何と恐ろしいものか。

「さあ、行くよ」

 ばあちゃんの身体がふわりと宙に浮いた。

「行くって、どこへ?」

「あの世だよ。いつまでも魂がこんなところにいたら悪霊になっちまう」

「悪霊って……」

「死んだことに気づかなかったり、あんたみたいに未練タラタラで現世に留まってる魂はね、一定の時間が経つと人に悪さをするようになるんだよ」

「どうなるの?」

「世の理を破った者を冥府には連れていけない。浄化することになる。ま、それも仕事のうちだけどね」

 正直まだ死んだことを受け入れられていない。

 だが、悪霊になってばあちゃんに消されるのはたまらない。

「ついておいで」

 ばあちゃんはどんどん上にあがっていく。

「ちょっと待って、あたし飛べないよ」

「飛べるさ、重い身体から抜け出したんだ」

 そう言ってる間も、ばあちゃんは上昇を続ける。

 あたしは慌ててリングを蹴ってジャンプした。

 身体が重さを持っていないかのように浮き上がると、どんどん上昇していく。

「母親と同じで、カンはいいみたいだね」

 かあさんのことで聞きたことはあるが、今はばあちゃんに置いてかれないようについていくことに集中した。

 あたしとばあちゃんの身体はホールの天井をすり抜けて星が綺麗な夜空の下に出た。

「冥府ってどこにあるの?」

「泰山の麓さ」

「たい……ざん……? 聞いたことないんだけど」

「ここから歩いて1000日ほどかかるね」

「遠っ!」

「言ったろ、歩くならって」

 ばあちゃんが宙に向かって手で何かの文様を描くと、目の前に巨大な門が現れた。

「な、なに……、これ?」

「ほら、ぐずぐずしない」

 重い門が鈍い音を立てて開いていく。

 人ひとりが通れる隙間ができると、ばあちゃんが中に入っていった。

 あたしも急ぎ後に続く。

 2人が通りすぎると、門はゆっくりと閉まり溶けるように姿を消した。


 冥界――。

 太陽はないが、紫色の空全体が光を放つかのように大地を照らしている。

 門を抜けた先には古代中国の城のような建物があった。

 あまりの大きさに圧倒される。

 三国時代よりはもっと新しい、宋の時代あたりかな。

 宋の時代なら楊家将!

 三国志の次に好きなお話だ。

 楊家将の女性たちは男性陣を凌ぐ。

 その中でも代表的なのは穆桂英(個人の感想です)。

 もともと女盗賊だったけど、盗賊の根城にやって来た楊宗保があまりにもイケメンで一目惚れ。捕まえて自分の夫にしてしまったという。

(あくまで、あたしによるアレンジなので気になった人はちゃんと調べてね)

 今にも桂英と宗保が馬を並べて出てきそう――。

「何してるんだい、行くよ」

 ばあちゃんの声で、あたしは歴女モードから現実に引き戻された。

 冥府の門の前にはガタイのいい鎧を着た2人の兵士が立っていた。

 ただし人間ではない。ひとりは頭が馬で、もうひとりは頭が牛だった。

「お待ちしておりました」

 2人はばあちゃんに深々と頭を下げた。

「牛頭も馬頭も楽にしていいよ」

 以前読んだ本に出てきた妖怪の名前だ。確か地獄の番人だったはず。

 ということは、ここは冥府で間違いないのかも。

「無常をひとり連れて来たよ」

「こちらがお孫さんですか」

 牛頭と馬頭があたしを値踏みするように見下ろしてくる。

 2人の顔がだんだんと近づいてくる。

「ちょ、ちょ、近い近い!」

 牛頭があたしに向けて左手を伸ばしてきた。

 あたしはとっさにすり抜けて、牛頭の太い腕を取る。

 いつもなら少し身体が強ばったような感覚があるのだが、なぜか動きがスムーズで力いっぱいひねりあげることができた。

 自分でも納得の腕ひしぎ十字固めが決まった!

「こ、小娘……! な、何をした?」

 冥界には関節技がないのか、牛頭の顔に苦悶の表情が浮かぶ。

「痛てててて……、降参、降参だ!」

 ツラそうな声をあげているが、あたしは腕をさらに締め上げる。

「そのへんにしときな」

 ばあちゃんがあたしの肩をポンポンと叩く。

 関節技から逃げる手段がなく限界を感じたレスラーはマットや相手の腕を叩いて降参の意思を伝える。

 それまで手を緩めることはなく締め上げてしまう。

 職業病みたいなものだ。

「冥府のお役人になんてことするんだい」

「セクハラしようとするから」

「魂こと消されたって文句言えないんだからね」

 牛頭が片膝を着き左肩を押さえ、馬頭が心配そうに幹部を撫でている。

「こんな小さい身体のどこにあんな力があるんだ」

 なんかやらかしてしまったようだが、あたしは自分よりも大柄な男(頭は馬だけど)に完璧に間接技が決まったことが嬉しかった。

「何ニヤついてんだ、ちゃんと謝りな」

「お気になさらず。お孫さんの力は見せていただきました。閻魔様がお待ちかねです」

 馬頭さんに導かれて、あたしたちは冥府の中に足を踏み入れた。


 石畳の通路をしばらく進むと大きな広間に出た。

 奥の玉座に長い黒髪の青年が座っている。

 役人が被るような黒い帽子に濃い紫の直垂をまとっている。

 いかにも偉い役人といった風貌で、透き通るような美しい青い瞳が印象的だ。

 机の上や足下を何人もの小さな鬼たちが忙しそうに走り回っている。

「閻魔様、来ましたよ」

 やはり、あの青年が閻魔のようだ。

 もっとごっつい鬼の総大将みたいなおっさんを予想していたけど、閻魔さまは全然若くて優男だった。

 声も穏やかで、ほっとした気分になる。

「久しいな、元気そうでなにより」

「何をおっしゃいますやら、もう第一線で働く元気はありませんよ。孫に後を任せようと思っていたら、この有様で」

 ばあちゃんが親しげに話をするものだから、あたしも緊張とは無縁でいられた。

「そういうな。わたしも人間の知己がいなくなるのは寂しい。陽無常の業務がキツいならば内勤にしてもよい」

「わしは現場の方が好きで」

「ならば、もう少しがんばってもらおうか」

「まったく人使いが荒いんですから」

 気さくに応じているばあちゃんだけど、相手に敬意を払っていることはわかる。

 閻魔様は見かけよりもずっと長いこと生きてるのかもしれない。

 それにしても老人の話は長いから――。

 あたしはばあちゃんに囁きかけた。

「ねぇ、いつまで続くの」

「いいから黙ってな」

「だって……」

「あんたはね、これから裁きを受けるんだよ。表向きだけでも神妙な顔をしたらどうだい」

 あたしは口をとがらせた。

「余を前にそういうことは言わない方がいいと思うが」

 祖母と孫は揃って肩をすくめた。

「閻魔様、裁定を受けるにしては早いようですが」

 道中、ばあちゃんから聞いた話によると、こちらの生活に慣れてから閻魔様にお目通りがかなうそうだ。

 その間に死んだ者の生前の行いを記した書類が作成され、閻魔様が目を通すらしい。

「その件だが……」

 閻魔様が神妙な面持ちになり、机の上に分厚い巻物を広げる。

 その勢いで何匹かの子鬼が下敷きになったり、机から落とされたりしている。

 どうやら、あたしの生前の記録がされているらしい。

 ちょっと見てみたい気がする。

「実は、銀子殿の寿命はもっと先まで続いているはずなのだ」

 あたしは耳を疑った。

「ちょっ……、それって今日死ぬはずじゃなかったってことですか!?」

「簡潔に言えば、そうなる」

「だけど、あたし死んだからココにいるんですよね」

 閻魔さまは首をひねった。

「まさか、冥府のミスってことですか」

「そうではない……。冥府の書類上、間違いはない」

「それって、おかしくないですか」

「こんなことは初めてだ」

「だったら、今すぐ生き返らせてください!」

「そうしてやりたいところだが、おまえの死は手続きが済んでしまっている」

「そんな無責任な!」

「冥府は理に反することはできないのだ」

「納得できません! あたし、試合の途中だったんですからね」

 もっと抗議したかったが、閻魔様の鋭い眼光に射貫かれて言葉を飲み込む。

「だから、少し時間が欲しい」

「時間って言われても……、いつまで待てばいいんですか」

「今回の件の原因がわかるまでだ」

「いつわかるんですか」

「わからない。半年か1年か、それとも百年か」

「百年後に生き返っても、あたしのこと知ってる人誰もいないですよ」

「悪いようにはしない」

「全然信用できないんですけど」

 話が通じない。

 どうする……?

 このまま飛びついてスイングDDTをかけてやろうかしら。

「閻魔様を困らせるんじゃないよ」

「ばあちゃんはどっちの味方なの?」

「そりゃあ、おまえ……」

 かわいい孫の方でしょうよ。

「閻魔様だよ」

 あたしの全身から一気に力が抜けていった。

「ちょっと、ばあちゃん!」

「当たり前だろ、今は陽無常なんだ。身内より仕事先の偉いさんの方が大切だ」

 このワーカーホリック! 昭和生まれ!

「待ってる間、あたしはどうしたらいいのよ?」

「それについてはこちらから依頼したいことがある。端的に言えば業務委託だな」

「依頼……? ばあちゃんの仕事ならしないわよ」

 閻魔さまは机に肘を乗せると両手を組んだ。

「おまえは歴史が好きだそうだな」

「なんで知ってるの?」

「資料に書いてあったのでな」

 閻魔様は顎をくいと動かして、机の上の巻物を差した。

「個人情報ダダ漏れなんですけど」

「余が他人に話さなければ問題なかろう」

「そういう問題じゃない!」

 あたしのこと何でもわかってるって、恥ずかしいじゃない。

「おまえに会って欲しい人物がいる」

 閻魔様の口元がほんの一瞬緩んだように見えた。


 ばあちゃんのあとをついて冥府の奥に向かって進む。

 本当に驚くくらい広い役所だ。

 いったいどこまで歩けば目的の場所に着くというのか。

 どこに行こうとしているのかすらわかっていないんだけど。

 あたしはばあちゃんの背中に問いかける。

「いったいどこまで歩かせる気」

「プロレスラーのくせにスタミナ切れかい」

「会って欲しい人って誰なのよ?」

「知らないね」

 ばあちゃんは閻魔さまとは旧知みたいだから、もしかしてって思ったんだけど……。

「慌てることはないさ。どうせ調査が終わらないうちは、ここにいなきゃいけないんだろ」

「そんな呑気な……」

 まだリリーとの決着がついて……いな……い?

 あの場合どうなるんだろ。

 ノーコンテストってことになるのかな。

 だったら、再戦があるよね。

 生きていればって話だけど。

 その時、身体がなまっていたらいけない。

 しっかり練習しておかないと!

 今のあたしが勝てるの?

 ――あんたには決定的に足りないものがある

 あたしに足りないものって何だろう。

 それがわからないうちは彼女に勝てる気がしない。

 ばあちゃんが急に立ち止まり、あたしはぶつかりそうになる。

「うわっ! びっくりしたぁ」

「どうせ、別のこと考えてたんだろ」

 ばあちゃんは中庭の池にある四阿を指差す。

「あそこにいるらしいよ」

 ばあちゃんはそういうと背を向けて歩き出した。

「ちょっと、ばあちゃん、どこいく気?」

「仕事に戻るんだよ」

「一緒に会ってくれないの?」

「わしには関係ない。あんたが受けた依頼だ。がんばりな」

 ばあちゃんは振り向かずに右手を挙げた。

 いつものバイバイの合図だ。

 ホントに力を貸す気はないらしい。

 仕方ない、会いに行きますか――。

 石畳を歩いていき、橋を渡りようやく四阿に辿り着く。

 四阿では2人の男性が向かい合って座っていた。

 テーブルの上には綺麗な茶器が並んでいる。

 ひとりは褐色の肌に緑の瞳の大柄な青年。見た目は閻魔様より上に思える。

 もうひとりは元気のいい少年といった感じだ。

「ちょっとアンタ! 包拯様はお茶の時間を楽しんでるんだ、ジャマしないでよ!」

 なんなの、この小生意気な餓鬼は……。

「あたしはね、閻魔さまに言われてここに来たの」

「誰だろうが関係ない。お茶が終わるまで庭の隅っこで待ってな!」

 挑発的な態度に思わずムカついてしまう。

「うるさいわね、どきなさい」

 その子は腰の剣を抜くと、あたしに向かって斬りかかって来た。

 身体を反らして背後にまわると、首に腕を回して締め上げる。

 腕に力を込めて締め上げようとすると、身体が一瞬強ばった。

 まただ、リングで時々なるやつだ。

 チャンスの時に何度も体験していることだ。

 遥香との試合でもあった――。

 その隙に、生意気な少年がすり抜けて距離を取る。

「展昭、お客様に失礼ですよ」

 包拯と呼ばれた男性は、この騒動を目の当たりにして動じる様子はなく、涼し気な顔でお茶を口にしている。

「はい、申し訳ありません」

 展昭と呼ばれた少年は、さっきと打って変わって神妙に頭を下げる。

 かわいいところあるんじゃない。

 展昭は顔をあげると、あたしに向かって舌を出した。

 前言撤回! やっぱりかわいくない!

 包拯が椅子から立ち上がった。

 牛頭や馬頭と変わらないくらい背が高い。

「はじめまして、包拯と申します」

 褐色の肌の青年は胸の前で腕を組むと、あたしに向かって礼の姿勢を取った。

「北都銀子……です」

 自分の名前が嫌いすぎて、名乗るのはできるだけ避けたいと思っているんだけど、しかたなく応じた。

「閻魔くんもなかなかおもしろい子を寄越してくれたようですね」

 包拯はあたしを一瞥すると声をあげて笑った。

 あたしは包拯を睨み付ける。

「こいつ、本当にお客ですか? 包拯様を狙う刺客の間違いじゃないですか」

 展昭はいつの間にかあたしの背後にいて、喉元に剣を突きつけている。

「殺していいですよね」

 背筋が凍るような冷たい声だ。

 あたしは展昭の脇腹にエルボーを入れると、ひるんだ身体にトラースキックを当てる。

 またしても身体が強ばり、当たりは不十分だったが、距離を取ることは成功した。

「あたしがビビるとでも思った?」

「おまえの攻撃なんか当たってないよ」

 手応えがなかったのは、相手が背後に飛んで避けたからだった。

 なんなのよ、こいつ――!?

「2人ともそこまでです」

 包拯からストップがかかる。

「客人は手を抜いてくれたんですよ」

 あたしが手を抜いた……?

「そんなことしてません」

「自覚はありませんか、優しい人のようですね」

 この人、何を言ってるの……。

「だけど、そのためこれまで随分と苦労してきたようですね」

「何の話ですか」

「余計なことを口にしてしまうのが私の悪い癖で……、本題に入りましょう」

 包拯は判官服の襟を正すと、あたしに席を勧めた。

 椅子に座ると、展昭が不満そうな顔でお茶を入れ始めた。

「実は私、歴史の研究が趣味なのです」

「あら、あたしと一緒」

 包拯は一瞬口もとを緩ませた。

「死んで冥府の役人になってから、いろいろな時代の記録を調べる機会を得ましてね」

「それって歴史書とは違うんですか」

「そうなのです。歴史書に書かれていないことが、これでもかと」

「それって、どこにあるんですか」

「追って案内しますよ」

 関羽さまの知られざる一面を知ることができるってことよね。

 テンションあがる――!

 そして、お茶と一緒に並んでいた桃饅頭のおいしいこと。

 甘いものが大好きなあたしは手がとまらなくなる。

「ですが、どうしても疑問に思うところが出てきましてね……」

 桃饅頭を口いっぱい頬張っているあたしを展昭が呆れ顔で見つめている。

「なによ……」

「おかわり持ってきましょうか」

「お、お願い……」

 包拯がお茶をすする。

「あなたにはそれを調べて欲しいのです」

「調べるって……どうやって?」

「実際に出けていくんです」

「そんな、昔の時代に遡るなんて……」

「できますよ、冥府の役人なんですから」

 何を言っているのか、全然理解できない。

「私が今一番興味を持っているのが中国の三国時代で……」

「はい、はい、はい! やります! あたし、やります!」

 あたしは反射的に身を乗り出していた。

「やる気があるみたいですね」

 包拯の顔が少し引きつっているように見えたが、そんなのは関係ない。

「当たり前じゃないですか、三国時代ですよ!」

 三国志の舞台になった時代に行ける。

 つまり、ワンチャン、関羽さまに会えるかもしれないってことだ。

 遥香との決着は生き返ってからつければいい。

「あなたは冥府のことをよく知らないようですから、この展昭がお手伝いします」

 もしかしたら、あたしの強さに感心した関羽さまが娘として認めてくれるかもしれない。

 そうなったら、あたしが関銀屏ってことじゃない!

 やばい、頬が緩みっぱなしだ……。

「包拯さま、何も話聞いていないですよ」

「まあ、閻魔くんの紹介ですからね、無下に扱うわけにいきませんし」

「まったく先が思いやられます」

「大丈夫でしょう。強さと歴史好きなのは間違いないようです」

「ご命令とあれば従いますけど」

「期待してますよ、陛下から御猫と呼ばれたあなたの力量にね」

 包拯と展昭が何を話しているのか、あたしにはまったく聞こえていなかった。


 こうして、あたしは憧れの三国時代に行くことになった。

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