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魔拳無双~ 神祖の魔女に拾われた孤独な少年は、人類史上六人目の魔人となりました。  作者: 堅物スライム
第一章 破壊と再生と呪い

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第1話 火花胎動――1

 火花が散るたびに、コウの影が壁に揺れた。


 溶接マスクの奥で、眩い光が目を焼く。数千度の熱が顔に叩きつけられ、汗が顎を伝って床に落ちる。それでも手は止めない。無心になって手を動かし続ける。


 杉原(こう)、十七歳。溶接工。


 社長には「三年でエースになれる」と言われた。

 昼飯をご馳走になるのが当たり前になった頃、それがコウにとって初めて貰った言葉だと気づいた。『期待』というやつだ。それがどんなものなのか、十六年間知らずに生きてきた。


 物心ついた頃から、家には誰もいなかった。

 いつ帰ってくるのかも、そもそも帰ってくる気があるのかも分からない親の代わりに、コウを育てたのは空調もないボロボロの自室と、拾ってきた廃材と、自分自身の体だった。

 寒ければ体を動かして熱を生み出す。暑ければ廃材加工作業に集中して暑さを意識から遠ざける。考えた末の行動ではなく、本能による自己防衛の一種だった。


 学校でも同じだった。

 小学校でも中学校でも、コウはバイ菌のように扱われ疎外された。恐らく貧乏だからだろう。着ている服は毎日同じ。ボロボロの靴に穴の開いたシャツ。あの家の子供とは遊んではいけない。そんな風に言われていたのだ、きっと。


 夜明けを待っていた。

 しかし結局、夜は明けなかった。


 中学を卒業して、社員寮を併設した小さな町工場に就職した。

 四畳一間、風呂とトイレは共同。それでも何の文句もなかった。朝、目が覚めるたびに、ここには自分の居場所があると思えた。初めての感覚だった。


 火花が飛び散り、数千度の熱に晒される過酷な環境に、コウはすぐに馴染んだ。子供の頃から鍛え続けた体と、廃材加工で磨いた手先の器用さが、溶接という仕事と噛み合った。二ヵ月も経たないうちに社長に目をかけられ、昼飯を奢られるのが習慣になった。

 ここでなら、夜が明けるかもしれない。


 そう思い始めた頃だった。


「なぁ、杉原。ちょっといいか」


 仕事終わり、工場を出たところで声をかけてきたのは先輩だった。

 スキンヘッドにピアス、腕まくりした袖から覗く血管の浮き出た二の腕には龍のようなタトゥー。街で見かけたら目を逸らして歩きたくなる男が、にやにやしながら近づいてくる。名前は覚えていない。コウより三つ年上ということだけ記憶していた。


「お前に頼みがあってさ」


「頼み……? 何ですか?」


「今月、金欠でよ。金貸してくんね?」


「俺も貸せるほど貰ってはいないんすけど」


「ははっ。とぼけんなよ。いっつも社長に飯奢ってもらってんだろ? 財布見せてみろ」


 手慣れた手つきでポケットから財布を抜き取られ、万札を三枚引き抜かれて、財布だけが戻ってきた。


「ありがとよ」


 それだけ言って、先輩は去っていった。


 貸した金が戻ってくることはなかった。

 それどころか、翌月も、その翌月も、同じことが繰り返された。

 返してほしいと言った夜、コウはボロ雑巾のようになって夜空を見上げた。喧嘩慣れした先輩には、どれだけ鍛えていても歯が立たなかった。


 金は諦めた。


 ここでも、夜は明けなかった。


 就職して一年が経った頃、先輩は突然いなくなった。

 挨拶も、説明も、何もなく。

「借金しすぎて半グレに攫われたんだろ」という声が聞こえたが、どうでも良かった。


 さらに一年が過ぎた。


 黙々と仕事をこなす毎日の中で、コウの溶接工としての腕だけが、確かに磨き上げられていった。


 いつものように寮を出て、工場の入口の扉に手をかける。

 誰よりも早い朝だった。いつも通りに。


 ……?


 違和感があった。


 体が《《ブレていく》》ような感覚。

 歩を進めるほどに、そのブレは大きくなり、やがて地面が消えた。


 浮遊感。


 全身が眩い光に包まれる。

 立っているのか、座っているのか、寝転んでいるのか分からない。そして、寮を出る前にかきこんだ目玉焼きとカリカリに焼き上げたベーコンが、胃を逆流してくる。


 ああ、死ぬのか。


 それならそれで、別に構わなかった。


 ◆◆◆



 円形の複雑な紋様が描かれた床が、白く発光し始めた。輝きはどんどん増していき、やがて爆発したかのように光が弾け、そして収束する。

 部屋が元の薄暗がりを取り戻したとき、魔法陣の中心には一人の少年が倒れ伏していた。まるで誰かに無造作に放り捨てられた廃材のようだった。


「おお」


「よし、久しぶりの成功だ!」


「何とか間に合ったか」


 酩酊感と嘔吐感が同時に押し寄せる最悪のコンディションの中、コウはよろよろと体を起こした。周りには白い修道服のようなものを纏った男たちが立っている。


「ヴォオオオオエエエエエ」


 堪えきれず、コウは胃の中のものを魔法陣に盛大にぶちまけた。吐しゃ物の酸っぱい匂いが、じわりと周囲に広がっていく。


「き、貴様! 何と言うことを!?」


「貴重な魔法陣が……」


 怒りの視線がコウに集中したが、知ったことではない。生理現象だ。耐えられるはずがない。


「まぁ、良いわ。もう使うこともあるまい」


「だな。おい、さっさと立て!」


 それが自分に向けられた言葉だと気づくまで、少し時間がかかった。コウはのろのろと立ち上がる。状況は何も分かっていない。あまりにも意味が分からなすぎて、思考が止まっていた。


「準備は完了している。これを持って合流しろ」


 白髪の老人が、テニスボールほどの大きさの球体をコウに押しつけるように渡した。木材に似た手触りで、不思議なほど軽い。表面にはびっしりと文字のようなものが刻まれており、うっすらと光を帯びていた。


「……なんすか、いきなり」


 ようやくそれだけ口にできた。


「お前はこれから勇者と共に、邪悪な魔女を討伐しに行く。詳しくは道中で聞くが良い」


「は?」


 勇者? 魔女? 何だ、これは。

 悪い夢ではないかとコウは自分の頬をつねった。鈍い痛みが走る。夢ではないらしい。だったら受け入れるしかない。受け入れられないと言ったところで、何かが変わるわけでもないのだから。


 修道服の男たちに前後を固められ、コウは長い廊下を歩いた。話しかけられるような雰囲気ではなく、逃げられそうでもなく、ただ黙って足を動かした。

 廊下の突き当たりの扉を開けると、外に出た。


 月明かりが地面を青白く染めている。草木の湿った匂いが鼻腔に広がり、コウは思わず深く息を吸い込んだ。嘔吐の不快感が、すうっと薄れていった。


 前方から、一団が近づいてくる。

 十人、いや二十人は超えるだろうか。全員が鎧を纏い、腰に剣を帯びている。足音が一糸乱れず揃っていて、地面が低く鳴動しているように感じた。隣に立つ修道服の男たちが、気づけば半歩後退していた。


 その先頭を歩く男が、異様だった。

 身の丈は二メートルに迫る。肩幅は常人の倍ほどもあり、全身を覆う漆黒の鎧は無数の傷で覆われていた。いくつもの戦場をくぐり抜けてきた証が、言葉もなくそこに刻まれている。顔には古い刀傷が一本走り、目は獲物を前にした獣のそれだった。口の端が僅かに上がっている。笑っているのに、笑っていない。そういう顔だった。


 老人が深々と頭を垂れた。


「カルナウフ殿。これが、例の実験体でございます。あれも持たせております」


 カルナウフと呼ばれた男は、コウをちらりと一瞥した。一秒にも満たない視線だった。値踏みして、即座に価値なしと結論づけた。そういう目だった。


「実験体など不要なのだが」


 低い声が、夜気を震わせる。


「このNo.6 レーヴァテイン――神を宿す八の剣のうちの一振りの力の前では、魔女など恐るるに足らない」


 鞘から引き抜かれた剣が、夜空へ高く掲げられた。刀身の半分はどす黒い血のような赤、もう半分は鈍色の銀。月明かりを受けても美しくは光らない。ただ重たい、圧のような存在感だけがそこにあった。周囲の兵士たちが一斉に膝をついた。信仰と呼ぶ方が近い何かだった。


「ええ、分かっております。あくまで念の為ですよ」


「まぁ、いいだろう。――お前」


 カルナウフの視線が、再びコウに戻る。


「足手まといになるなよ。魔女の前までは連れていってやる。そこから先は自己責任だ」


 それだけ言って、カルナウフは踵を返した。一団がその後に続く。波に飲み込まれるように、コウも歩き始めた。

 どうせ逃げられない。だったら行くしかない。虫けらのように扱われることには慣れている。疑問を持つことなど、最初から許されていないのだ。


 きっと、死ぬのだろう。


 それならそれで、構わない。

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