18話 浄化の地底湖
魔導燈の青白い光が、淀んだ空気を切り裂く。
休息を終えた私たちは、さらに洞窟の奥へと歩みを進めていた。
先ほどの崩落跡を抜けると、空気の質が徐々に変わっていく。
腐敗した澱の臭いが薄れ、代わりに、言い知れぬ静寂と、冷え切った硝子のような気配が肌を刺す。
ふと、歩みを止めた私の脳裏にあの村の光景が、痛いほどに蘇る。
――広場の隅で、自分の指先が変わっていくのを、まるで他人事のように見つめていた子供の顔。
――灰を啜り、人語を忘れて地を這う老人の姿。
この村の人達は、既に人間としての形を保ちながら、身体は喪に蝕まれていた。
彼らが求めているのは、ただ静かに消えることなのか。
それとも、この苦しみからの解放なのか。
私たちは、村を救うために来たわけではない。
だから、この地獄のような惨状を、見て見ぬふりをして通り過ぎた。
あんな景色を焼き付けておきながら、私たちが求めているのは、あくまで自分たちのための浄化の道具だ。
なんて卑怯な理由だろう。
私は村人たちの救済を願うふりをして、そのための行動を何一つしていない。
そして、きっと、私もエルヴィンもいつかはあの村人たちのように……
そんな疑念を振り払うように、私は胸元に隠した銀の鍵を強く握りしめた。
ふと、視界が急激に開けた。
「……なんだ、ここは」
エルヴィンの声が、広大な空間に低く響く。
そこは、洞窟の最深部に口を開けた、地底湖だった。
黒く滑らかな水面が鏡のように広がり、天井から伸びる無数の鍾乳石が、まるで牙のように逆さに突き出している。
そして、その中央。
湖の最奥に、一際巨大な結晶が突き出していた。
その結晶は、周囲の澱を濾過するかのように、周囲の瘴気を吸い上げ青白く、しかし、どこか虚無的な輝きを放っている。
見たところ、結晶が触れている水面だけは、煤を溶かしたような泥の色から解放され、透き通った水の色を取り戻していた。
エルヴィンが、驚きからかその結晶を見つめたまま、一歩も動かなくなる。
「……喪の汚れが、消えている?」
彼はまるで、信じられないものを見るような目でそれを見つめていた。
私は、彼の鉄手甲から伝わる熱が、不意に静まったのを感じ取る。
いつもの、喪に汚染による不穏な震えが、この空間では嘘のように凪いでいるのだ。
エルヴィンは懐から魔力糖を取り出し、それを手の中で握りしめている。
彼が普段、痛みを散らすために飲み込んでいるそれと同じ、清浄な理がここには満ちている。
救い。
そう呼ぶにはあまりに冷たく、美しい光景。
世界にはこんなに綺麗な場所があったんだ。
「セリス、見てみろ。……この結晶は、この場所の澱を吸い上げて、濾過している。俺たちが探していたのはきっとこの結晶だ」
しかし、戦士としてのエルヴィンの瞳は、その輝きの中に終わりを見ていた。
彼は、噛み締めるように、悟るように、言葉を紡いだ。
彼も分かっているはずだ。
この結晶を抜き取れば、この地底湖を満たす水は再び泥と化し、ここに寄り添っていた全ての存在は行き場を失う。
私たちは、救世主なのか。
それとも、この静かな楽園を喰らい尽くす、ただの侵食者なのか。
私たちがしようとしていることは、きっと。




