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プロローグ


 子供のころは、未来の自分に希望を抱いていた。

 失敗など考えもせず、挫折など思いつくこともなく、ただひたすらに、成功する姿だけを夢想していた。

 自分は何でもできると思っていた。

 できないことなどないと確信していた。


 それが間違いだと気づいたのは、魔法学院に入学してすぐだった。


 自分の成績が、周囲と比べて振るわないことに困惑した。

 自分の作る魔道具が、周りのものと比べて劣っている事実に憤慨した。

 何かがおかしい。何かが間違っている。

 そう思って繰り返していくうちに、ようやくすべてを理解した。

 いや、違う。本当はわかっていた。ただ、認められなかっただけだ。


 才能がない。


 残酷な言葉だった。

 けど、確かな重さを持つ現実だった。

 どうやら自分は、人より劣って生まれてしまったらしい。


 そこからの人生は、とてもつまらないものだった。

 大きな変化もなく、努力空しく他人に劣る成績と睨み合い続ける日々。

 自分の未来に希望を抱けなくなったのも、この頃からだ。

 騎士、宮廷魔導士、官僚……かつて見ていた選択肢が、次々に姿を消していく。

 いつの間にか目の前には限られた細く脆い道だけが残ってしまった。


 どうかしていたのだろう。

 僕が選んだのは、最も過酷な道だった。


 あるいは、まだ夢を見ていたか。

 苦しい環境に身を置くことで、秘められた力や素質が開花するかもしれない、と。

 そんな子供のようなことを考えたことがなかったとは、まあ、とてもじゃないが言えない。


 僕は冒険者になった。

 そして、地獄のような人生が始まった。





「ふぅ……終わった」


 額の汗をぬぐい、僕は一息つく。

 冒険者になって早三年。十八歳になった僕は、相変わらず、誰でもできるけど、誰もやりたがらないような雑用仕事をこなしていた。


 今回の仕事は、街の清掃仕事の手伝いだ。

 地下の下水道の汚れを取ったり、住み着いた害獣を駆除したり。

 腰に差した剣も杖も、出番になるようなことじゃない。


「さて、と。早いとこギルドに報告して、次の仕事を探さないと」


 ゴミを詰めた袋を抱え、下水道の出入り口に向かう。

 数分歩き、出口にたどり着く。

 外に出た僕は、その明るさに思わず手で光を遮る。


「スゥー……空気がおいしいなぁ」


 光に目が慣れてきたところで、改めて移動を開始する。

 階段を上り、表通りに出る。

 少し進んだところで、大通りが何やら騒がしいことに気が付いた。

 僕は何が起きているのか、何となく察しながら、その様子を遠目にでも確認しようと高台に上る。


「やっぱり」


 大通りは、まるで祭りのように賑わっていた。

 それもそのはず。今大通りを通っているのは、人気の冒険者なのだ。



 ──冒険者。

 人々の依頼を受け、様々な仕事をする何でも屋。

 その起源は、数百年以上前に遡る。

 世界がまだ人の手に納まっていなかった頃の時代。

 モンスターという、絶対的な強者に怯えるだけだった人々に、剣を取り、戦う道を示した勇者。

 その人物が自らをそう名乗っていたことに由来する。

 冒険をする者、ではなく、人のために()()()()()()、という意味で、冒険者だそうだ。

 つまり、冒険者というのは、英雄なのだ。

 それこそ、身近にいて治安維持をする騎士団や、生活を支える魔道具をたくさん生み出す魔導士より。



「あのパーティ……まさか」


 パーティ。

 それは言わば、冒険者のチームだ。と言っても、ギルド公認のパーティと、非公認のものがある。

 現在ある公認パーティは七つ。

 大通りで騒ぎになっているのは、その中でも上位に位置するパーティ……。


「──戦姫の(ヴァルキリー・)軍旗(フラッグ)か」


 戦姫の(ヴァルキリー・)軍旗(フラッグ)

 冒険者パーティの中でも、屈指のチームワークと規模を誇っている。

 特に団長であるセレス=フィリエンデは、その美貌と勇猛さから、市民から絶大な人気を持つ。

 確か彼女たちは、数日前に未攻略だった『迷宮(ダンジョン)』の攻略任務に赴いていたはずだ。

 そこから帰ってきているということは、攻略が完了したのあろう。

 大きな損失も見られない。やはり、トップパーティというのは格が違う。


「へぇ。あれが噂の『盾の聖女(シールド・セイント)』か」


 と、その時。

 僕の背後から、唐突にそんな声がした。

 振り返ると、声を発したであろう青年が僕の視線に気づき、こちらに目を向ける。


「何か?」

「……いや」


 不思議な人だ。

 目元を隠すように、仮面を被っていた。

 随分目立つ格好をしている。なのに、気配の一つも感じなかった。

 相当な手練れ。しかし、騎士や宮廷魔導士には見えない。

 冒険者か? だが、この街にこんな奴いただろうか。


「ふっ」


 青年は何かに満足した様子で、踵を返す。

 何だったのだろう。よくわからないので、僕は忘れることにした。

 そんなことより大事な仕事がある。

 僕は冒険者ギルド本部に向けて歩み始めた。



「すみません。掃除の依頼終わりました」

「あっ、はい。下水道の掃除依頼(クエスト)ですね。えっと、ジン=クラッドさんで間違いないでしょうか?」

「はい」

「では、まずは冒険者カードの提出を。依頼達成の記録が終了し次第、報酬をお支払いいたします」

「わかりました。あっ、このゴミどうしたらいいですか?」

「それもこちらで処分しますので、一緒に提出してください」


 僕はカードとゴミを提出し、受付を離れる。

 事務処理が終わるまで暇だが、だからと言ってやることはない。

 一休みしようと、周囲を見渡した。だが、休めそうな場所は見つからない。

 さすがに昼間になれば、席も埋まるか。

 諦めかけたが、一つだけ空いている席を見つけた。

 対面に誰か座っているが。人を待っている雰囲気ではない。


「失礼。ここ、空いてるかい?」


 座っているのは少女に問いかける。

 黒の髪と淡い紫色の目をした彼女は、どこか儚げな雰囲気を纏っている。

 ギルドに依頼に来たのだろうか?


「……ええ」

「じゃあ……」


 突然やってきた僕に驚いた様子だったが、害はないと判断したのか、断られることはなかった。

 しかし、遠慮なく対面に座る僕に何か不満があるのか、少女はジッとこちらを見る。


 やはり見知らぬ人間といきなり相席はマズイのか。

 とはいえ、少しの間だ。我慢してもらおう。


 僕は少女の視線を無視して窓の外を見た。

 随分と活気にあふれている。まるで世界でも救われたんじゃないかってくらいの騒がれっぷりだ。


「……トップパーティ、か」


 かつて、頭の中では、自分がその椅子に座っていた。

 ここでならきっと。そんな風に考えて、随分と苦しい思いをした。

 だが、ようやく慣れてきたんだ。自分を否定する苦しさにも、他人の栄光を見せつけられる辛さにも。


「あの……」

「ん?」


 空気の気まずさに耐えられなかったのか、少女が話しかけてきた。

 参ったな。三年間一度も他人と組んだことがない僕は、会話の手札が呆れるほど少ない。

 変なことにならないといいんだが。


「あなた、冒険者なのよね?」

「あ、ああ。そうだけど、それが何か?」

「いえ……」


 何かを言おうとし、躊躇って口を閉じる。少女はそんなことを繰り返していた。

 なんだろう。何かを言いたげだが、生憎僕は読心の魔法は習得していない。

 これでとんでもない罵倒や侮蔑の言葉が飛んで来たら半泣きになるぞ。

 そんな風に、僕が少女の言葉に身構えていると、


「……ねえ。あなた、私とパーティを組んでくれない?」


 そんな予想外の言葉に、僕は言葉を失った。

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