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9.推しはかわいいのがお好き

 


「お父様、お母様。ゴルドア男爵家について何かお知りになっていて?」


 ダリアは流れるような所作で骨付きの鶏肉を器用に切り分けながら、両親に尋ねた。


「……ふむ。あの噂のことか。あれは間違いなく作り話だろうな」

「あの屋敷に出入りしている肉屋の話では、男爵は女嫌いで有名だそうよ。亡くなられた奥様とも、ほとんど屋敷内別居みたいなものだったらしいわ。夫婦の間には子どもも出来なかったはずよ」


 その返答に口元をそっとナプキンで拭いながら、ダリアは考え込んだ。


「男爵がどうかしたのか?」


 このトラダール伯爵家当主である父モランと母のユリシアが、浮かない娘の顔に心配そうな色を浮かべる。


「実は先日のお茶会で、王子が唯一お気に召したのがゴルドア男爵家の令嬢なんですの。名前はマリエラ、お年は15歳でとても感じのいい愛らしい方なのですが……」

「不審な点がある、と?」


 ダリアは無言で首を振った。


 マリエラの第一印象は、決して悪くない。少々媚びたような感じが鼻に付きはするものの、王子の婚約者候補を決めるあのような場であれば特に不自然ではない。ダリアに対しても他の令嬢に対しても丁寧な物腰で、令嬢としてそつのない振る舞いだった。


 王子がマリエラに接近したのは、まぁいつも通りあの立派な胸に吸い寄せられたのだろう。


「不審というわけではないのです。令嬢として特に失礼な振る舞いもなく、特に疑わしいそぶりもみられませんでした。ですが……」


 庭園を王子とマリエラ、そしてなぜかダリアも一緒に散歩しようと誘われた時のことを思い出す。


(どう考えてもあれはおかしいでしょう。むしろ私の目を避けるように二人っきりになろうとするのが、普通ではなくて?王子だってあからさまに落胆していらしたし、私だって……)


 あの奇妙な庭園デートは、今思い返しても非常に居心地の悪いひとときだった。

 王子からはなぜここにお前がいるとばかりにじっとりとした視線が送られてくるし、マリエラからは妙に熱のこもった目を向けられるしで。


(なぜ邪魔なはずの私にまで、近づこうとするのかしら。婚約者候補の座を狙う以外に、何か目的でも……)


 そもそもダリアは、好き好んでいつも王子のそばにいるわけではない。この伯爵家の一人として恥ずかしくないよう、真摯に職務を遂行しているだけである。

 王子が誰と結婚しようと知ったことではないのだが、王と王妃のご心痛を思えばこそ、王子に降りかかる火の粉を払って差し上げているのだ。


(もっとも王子は、自ら喜んで火の粉をかぶっているようなものね。それを止めるたびに苦虫を噛み潰したような顔をなさるけど、王子のせいで悪役令嬢などと呼ばれるこちらの身にもなっていただきたいものですわ)


 とにかく今は、マリエラが本当に王子の婚約者として、この先伴侶としてふさわしいのかどうかを見極めなければならない。問題がないのであれば、もう自分が悪役令嬢などと呼ばれることもなくなるだろうし。


「少し変わった方、なのかもしれませんわ。まぁ隠し子の噂が嘘というのは、本当でしょう。裏は取りますわ。何かあれば、必ず情報が出てくるでしょう」


 ダリアはそう言うと、気を取り直して再びおいしい料理に舌鼓を打つのであった。


 


 自室のベッドの上に腰かけ、ダリアは大きな熊のぬいぐるみを抱きしめていた。


「トニー?お前はどう思う。私の仕事もそろそろ終わるかしら。あの王子のそばから自由になれると思うと、せいせいするけど」


 熊のぬいぐるみ相手に、ダリアは話しかける。 


 実のところ、自分に与えられた役割にダリアはいい加減うんざりしていた。

 王子としての自覚もなくふらふらと出歩く王子の監視は、そう容易いことではない。目を離すとすぐに王宮を抜け出して町へ出かけようとするし、茶会やパーティと称してはおかしな令嬢と親交を深めようとするし。


 おかげで、ここの所大好きなお菓子作りからも遠ざかっている。屋敷お抱えの作るお菓子だって、もちろんおいしい。店を持っていても驚かないくらいの腕の持ち主だから、毎日の料理だって極上だ。でも――。


「あぁもう。生地をこねたい。粉をふるって、空気を含ませるようにすばやくふんわりと混ぜて、型抜きして……!先月の慰問だって、作る時間がなくて結局料理人に作らせたのをメイドに届けさせたし。本当は私が作りたかったのに」


 ダリアは、ベッドに顔面から倒れ込んだ。


 普段のダリアからはとても想像がつかないその姿を、もしこの屋敷の人間以外が見たらきっと驚きで卒倒しただろう。


 ダリアは、いつもの黒をベースとした大人っぽいテイストとは大きくかけ離れた洋服を身に着けていた。白と水色のストライプ柄で、ふんわりとしたAラインのワンピース。腰には、濃水色のリボンをふんわりと結ばれている。そして頭には、繊細なレースが施されたリボンと同色のカチューシャという、ずいぶんかわいらしい装いである。


 部屋もまた、優しげなアイボリーの壁に女性らしい丸みを帯びたデザインの家具。ソファやベッドの上には、数々のぬいぐるみやふんわりとした淡いカラーのクッションが置かれている。


 実はこれらはすべて、ダリアの趣味である。


 黒い衣装はダリアにとって仕事着のようなものであり、今は悪役令嬢としての迫力を増すためにあんな格好をしているのだ。

 もちろん多分に自分が少女趣味過ぎることは、十分に自覚している。だから外出時はもう少し控え目な甘さにとどめてはいるが、社交界に出てからのダリアしか知らない者にとっては別人にしか見えないだろう。


(社交界に出てすぐ王子の身辺警護を命じられたから、もう半年近く。もしマリエラ様が婚約者候補として王妃様にもお認めいただけたら、きっと私はお役ごめんよね。無事婚約の運びとなれば、どこへ行くにもマリエラ様が同行されるでしょうし)


 それが叶えば、ダリアのこんな生活も終わりを告げる。服装だってもう少し自分の好みに寄せられるし、悪役令嬢なんて呼ばれることもない。


 ダリアは、マリエラに期待していた。しかしその反面、その完璧すぎる令嬢っぷりに不審を抱いてもいた。


(男爵令嬢マリエラ、か――。本当に王子の婚約者になりたいただの夢見る少女なのか、それとも)


 ダリアは、何やらすっきりとしない気持ちに小さくため息をつくのだった。


 




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