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10.推しへの想いを刺繍に込めて 1

 


 マリエラが茶会で王子の心を射止めたらしいという噂は、あっという間に広まった。マリエラの風貌やその日の衣装、王子がどんな言葉をささやいていたかといった事細かな情報までが、多くの者の知るところとなったのだ。


 それを耳にして、男爵は非常に上機嫌だった。


「より胸が大きく見えるように、わざわざ採寸した甲斐があったな。金はかかったが、いずれ莫大な財産を手に入れられると考えればまぁ、致し方あるまい」


 油ぎった顔をにやにやと歪ませながら、男爵は高らかに笑った。その姿に、マリエラは気づかれないよう小さく嘆息した。王子はエロバカだが、男爵は下種だ。


「そうだ、王子に何か贈り物をするといい。これは畳みかけるチャンスだからな。そうだな、刺繍なんていいだろう。お前ができないのなら、誰か職人に金でも握らせてお前の代わりに作らせるが……」


「問題ございません。下の子たちの衣類などはすべて私が作っておりましたので、針仕事は得意です」


 マリエラがそう言うと、男爵はわずかに眉根をひそめた。


「いらんことは言わんでいい。もし誰かの耳に入ったらどうする。お前が孤児だってことがバレてみろ、計画は台無しなんだ。気をつけろ!」


 忌々しげに吐き捨てる男爵に、無言で頭を下げる。こんな反応が返ってくるだろうことは当然分かっていたが、この屋敷の使用人たちの反応をみたかったのだ。


 メイドのノーザは男爵の信奉者で、いつもマリエラの言動や行動を監視している。ドアの外でじっと立ち聞きしているのも、毎度のことだ。でも、他の使用人たちはどうだろうか。


(全員が事情を知っているってわけでもなさそうね。いざとなったら寝返りそうな者も、無関係な者もいるってとこかしら)


 男爵の企みからダリアと孤児院の子どもたちを救うには、不審を抱かれないように慎重に行動しなくてはいけない。


 行動はすでに監視されているから、当然孤児院に様子を見に行くこともできないし、子どもたちを盾にとられている以上、どこかに逃げ込むことも不可能だ。ダリアにも危険が及ぶ以上、伯爵家に訴えるわけにもいかない。


 となるとダリアと今後も接点を持つには、王子を経由するしかないのだ。


 もしマリエラが王子の婚約者候補になれば、ダリアは王子のそばを離れてしまうだろう。となると、その前に男爵の話を知らせなければならない。


(でも今はまだ、ダリア様は私の話を簡単には信じてはくださらないでしょうね。私の顔も、覚えてはいらっしゃらないでしょうし)


 実はマリエラは、元の濃い栗色から金髪に近い薄茶色に色を染め変えていた。それに以前はしていなかった化粧もしているし、見た目は大分違ってみえるはずだ。マリエラが同一人物だと気づきはしないだろう。


 今思えば、孤児院にいた頃にもっと交流を図っておくべきだったと思うが、いまさら遅い。

 尊すぎて、言葉をかけるなんて到底無理だったのだから仕方がない。

 だって、最推しなんだもの。


 マリエラは自室へと引き上げると、すぐにノーザを呼びつけた。

 そして、刺繍道具一式と、今流行りの柄や王子の好みなどといった基本情報を手に入れる。


(とりあえず王子は、名前の頭文字と誕生月のモチーフでいいかしら)


 あの王子の好きなものといったら巨乳に違いないだろうが、まさかそれを刺繍したハンカチを渡すわけにもいかない。でも許されるなら、それを人前で取り出して大恥をかいている姿を陰からこっそり見てみたい気もする。

 心の中で黒い笑みを浮かべつつ、もう一枚ハンカチを用意する。


(王子にだけなんてやる気が出ないから……。ダリア様にもお渡ししましょう)


 推しのことを考えるだけで、心が澄み切っていくのはなぜだろう。まるで浄化されていくようだ。


 マリエラは、ダリアが実は少女趣味であることを知っている。なにしろ孤児院を訪れる際は、そこまで甘すぎないが明らかに今の服装とは違うテイストのものを着ていたのだ。色も淡い色みや白系が多かったし、レースやフリル、リボンといった装飾も好んで着けているようだったし。


(少しお顔立ちははっきりしていらっしゃるけれど、実はああいう甘めな格好もとってもお似合いなのよね。王子と一緒にいる時は、お化粧の仕方もあえて変えていらっしゃるようだし、きっとあれは仕事用ね)


 もちろん最推しは、何を着ていようと素敵だしかわいらしい。が、好きなものを身に着けている時の方が幸せそうだし、輝いて見える。ならば、ここはやはり甘め一択だ。


 そしてマリエラは、鼻歌交じりにデザインを起こし始めた。


(やっぱりお花がいいかしら。リボンもいいわね。それに周囲にはこんな意匠でアクセントをつけて……)


 マリエラは、推しの笑顔を思い浮かべながらさっそく制作に取り掛かったのだった。





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