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4.伯爵令嬢襲撃事件 その4


 その知らせは、すぐに王宮内を駆けめぐった。


 トラダール伯爵家令嬢ダリアが、賊の襲撃により重傷を負って屋敷に運ばれたという事実は、社交界に大きな衝撃を与えた。


「お聞きになりました?ダリア様の容体、かなりお悪いらしいですわ。なんでも二度と人前に出られないくらいひどいけがを、お顔に負われたとか」


「王妃様の保養地に行かれる道中だったとか。本当に怖いですわね。そんなけがではもう、殿下との婚約はもちろん無理でしょうし、他の方との縁談も難しいでしょうね……」


 ひそひそと声をひそめて交わされる会話。


 バルド王子との婚約者候補として連日社交界をにぎわしたマリエラとダリアのバトルは、まさかのダリアの強制離脱という結末を迎えたのだった。


「バルド、そなたもダリアについての一報を聞き及んでいるだろう。こうなってはダリアとの婚約話は、とても進められん。よってマリエラを正式な婚約者とする旨、皆に発表するがそれでよいか」


 国王はダリアの容体に悲しげな表情を浮かべながら、バルドに問いかけた。

 明らかに狼狽した様子のバルドに、王も王妃も胸を痛めていた。


「……今しばらく時間をいただけませんか。知らせを聞いてまだ一日です。容体も口伝に聞くだけで、直に確かめることもできておりません。にわかには信じられず……とても先のことなど」


 言葉を詰まらせたバルドに、王と王妃は顔を見合わせうなずいた。


「それもそうだな。もっともいくら幼なじみとはいえ、王子であるお前が伯爵家に行くことを許すわけにはいかん。……理由は分かるな?」


 力なく、バルドは頭を下げた。


 自分の立場を考えれば、正式な婚約者でもない相手の屋敷へ自ら出向いたなどと噂が立てばどんな火種になるか分からない。

 それでなくても王家と繋がりの深い伯爵家を妬み、うとましく思う貴族は多いのだから。


「もう下がってよい」


 王と王妃から注がれる心配そうな視線を感じつつ、その場を後にしたバルドはひとり長い廊下を歩いていた。


(どうしてこんなことになった……。なぜダリアが、こんな目に)


 バルドの胸には、その知らせを聞いた時からずっと暗く重い感情が広がっていた。


(私の婚約者候補になど名が挙がったせいか……。それをおもしろく思わない人間が、ダリアを。自分の婚約者候補になどならなければ、こんなことにならなかったのか)


 今すぐダリアのもとに駆け付けたいという焦燥と苛立ち。そして何より自責の念にかられていた。


 本来であれば、ダリアほど家柄も良く優れた令嬢であればどんな縁談だって望めたのだ。こんな誰にも期待されていない自分との縁談など、ダリアにとって何の価値もないだろう。


 だからといって決して、マリエラがダリアよりも優れていないという意味ではない。


 ただマリエラは男爵家の令嬢とはいえ、人生のほとんどを使用人の娘として生きてきた境遇だ。貴族社会においてはそれは大きなハンデであり、家柄や出生だけで価値を判断される。

 だからこそ、その足りない部分を自分の王子としての身分が埋めてやれると思ったのだ。こんな自分にでも助けてやれることがある。そう思ったからこそ、マリエラと婚約しようと思ったのだ。


(なんて浅はかな人間だろうな、私は。マリエラにとってもダリアにとっても、何一つしてやれることなんてないじゃないか。本当にだめな男だな)


 王子という身分が、何の優れた能力のない役立たずの自分の枷となり、今度は大切にしたいと思った人間を不幸に追い込んだ。

 その事実に、バルドは打ちのめされていた。


(ダリア、君に会いたい。会って謝りたい。いや、違う。ただ君に会いたい……)


 バルドは、今にもぽっきりと折れてしまいそうな心を抱えて王宮の中を一人あてもなく歩き回るのだった。





◇◇◇



 そんな事とは露知らず、ダリアは念入りに変装の準備に勤しんでいた。


(こんなものかしらね。髪も染めたし、衣装もサイズぴったりだし)


 鏡の前でくるりと回って、仕上がりを確認する。

 

 鏡の中には、深い茶色の髪を後頭部にきれいにまとめ上げて、Aラインのシンプルな薄緑のドレスを着た自分がいる。

 真っ黒な髪を少し明るくするだけで、ずいぶん印象が変わってみえるものだ。それにメイクも、あえて目元はほとんど色を入れずに眉を少し下がり気味に描いてみた。


(目力が大分弱まって、いい感じだわ。これならどこからみても、王妃付きの女官に見えるわね)


 王妃や王太子妃につく女官は、他の使用人とは違って未婚の貴族令嬢であることが多い。そのため着るものもお仕着せなどではなく、それよりは上等で華やかなドレスが用意されている。


 そして今ダリアが身に着けているのは、王妃付きの女官用のドレスだった。


 伯爵家に戻ったダリアは、その夜こっそりと王宮へと入り王妃の元を訪れた。

 この一連の騒動がすべて収まるまでは、伯爵家へ戻ることはできない。もし自分がピンピンしている姿が外部の者に見られでもしたら、すべての計画が台無しになるからだ。


 そこでダリアは王宮に住み込み、マリエラ付きの教育係として王妃とも気兼ねなく行き来できるよう別人に変装しているというわけである。


「男爵は襲撃が成功したってご満悦だったみたいだし、これで私も思う存分動けるわ。あとはマリエラが正式な婚約者として発表される夜会で、男爵の悪事を暴露すれば……」


 ダリアは、順調に進む仕事にふふふと満足そうに笑みを浮かべるのだった。




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