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14.混迷のトライアングル



 ダリアは目の前の奇妙な光景に、困惑を隠しきれずにいた。


(一体これは、何なのかしら……)


 丸テーブルに等間隔に座り向かい合うバルド王子とマリエラ、そして自分。


 王子は先ほどから熱い視線をマリエラに向けたまま、こちらをちらりとも見ようとしないし、マリエラはなぜか王子には目もくれずにちらちらとこちらを見つめている。

 そして、それをダリアは先ほどから引きつった笑いで見つめていた。


(これは一体、何の三角関係なのかしら?私はもうお払い箱ではないの?)


 マリエラが王子の前に現れてからというもの、すっかり王子の火遊びは鳴りを潜めていた。マリエラに夢中なのは誰の目から見ても明らかだったし、最近では真面目に帝王教育にも取り組んでいるらしい。


 先日の王宮での茶会の一件で、王子がマリエラに一目惚れしたという噂はあっという間に広まった。もっとも王子が気に入ったのが、マリエラの顔なのか性格なのか、はたまた豊かな胸なのかは疑わしいところだけれど。


 でもそのおかげで、王子にちょっかいを出そうとする他の令嬢も蜘蛛の子を散らすようにすっかりいなくなった。

 ダリアは、これで晴れて王子の身辺警護の仕事もお役ごめんか、と清々していたのだけれど――。


(本当になぜ私は、こんなところにいるのかしらね……)


 ダリアは、ちらりとマリエラに視線を移した。


 いつもと変わらず、華美過ぎないかわいらしいドレスに身を包んでいる。ふわふわとした軽やかな金髪に近い薄茶色の髪は、今日は編み込みにしてリボンでまとめてあって非常にかわいらしい。

 まさに、可憐な美少女という形容がしっくりくる。


 ふと目が合い、にっこりと花が咲き綻ぶように微笑むマリエラに、ダリアもまたにっこりと微笑み返す。


 男爵家の令嬢としてある日突然社交界に現れたマリエラは、当然噂の的だった。

 隠し子など別に珍しくもないが、その恵まれた容姿への妬みもあいまって、暇を持て余す貴族たちがあざ笑う格好の餌食になっていた。娼婦との間に出来た子ではないか、という噂すらあった。


 ダリアはもちろん、そんな根も葉もない噂話を鵜呑みにはしない。が、伯爵家の調べでもマリエラの出自が疑わしいのは事実だった。


(まぁ明日は私も聞き込みに行くことだし、もう少し情報が集まるでしょう。もしマリエラが本当に男爵家の令嬢なら、このまま婚約を進めても)


「どうだ、これいいだろう。マリエラが私のために作ってくれたのだ」


 ダリアの物思いを中断するように、王子が話しかけてきた。


 みると王子の手には、王子のイニシャルが施された一枚のハンカチが大事そうに握りしめられている。


「まぁ、とても素敵ですわ。マリエラ様からの贈り物ですの?」


「そうなのだ。見てくれ、ここなんてとても凝った意匠で素晴らしいだろう」


 まるで自分の宝物を見せびらかす子どものようである。


 人が本気で恋をすると、こうも変わるものだろうか。

 これまでの王子は確かにあちらこちらにうつつを抜かして気は多いが、どれもすぐに飽きてしまって、誰か一人に夢中になるということは一度もなかった。それがマリエラにこうも執心するとは。


 もしかしたらマリエラが婚約者候補として公表される日も、そう遠くないかもしれない。候補など通り越して一気に婚約の運びとなることだって。

 もしそうなれば、ダリアは確実に今の役目から解放される。それは、ダリアにとって願ってもないことだった。


「そんなに上手くなどありませんのに。どうか殿下、そんなに他の方にお見せにならないでくださいませ」


 恥ずかしそうに謙遜するマリエラは、薄っすらと頬を赤く染めている。

 確かに一見すると、王子に恋をしているかわいらしい令嬢そのものである。が、やはり何か引っかかる。


(やっぱり作り物みたい。この方の笑顔やふとした表情は、どこかとってつけたみたいで)


 ダリアはにこやかに二人のやりとりを見つめながら、内心ではマリエラへの疑心を拭えずにいた。


「あの、実は……。ダリア様にも私プレゼントを用意してありますの」


 そう言ってマリエラは、ダリアに淡いアイボリーの小箱を差し出した。 


 中を見てみればそこにあったのは、白いハンカチに薄紫の花が散りばめられた、華やかでとてもかわいらしい刺繍だった。ハンカチは柔らかな薄いグレーのレースで縁どられ、子どもっぽ過ぎないとても可憐なデザインだった。

 そのかわいさに、ダリアは心の中で悶絶した。

 

(……っなんてかわいい!たくさんの小さな薄紫の花がとても清楚でかわいくて、レースともぴったり。なんて私の好みドンピシャなデザインなのっ)


 ツボ過ぎるかわいさに歓喜の声を上げそうになる。マリエラがなぜ自分にこのデザインを選んでくれたのかは分からないが、これはまさにダリアの好みど真ん中であった。


 ついいつものポーカーフェイスも忘れて満面の笑みを浮かべていたダリアは、慌てて平静を装いマリエラに礼を言う。


 上辺ではなく、心からの礼を。

 正直王子に贈ったものよりも、この刺繍の方がはるかに時間も労力も必要だったろう。純粋に、自分のためにこんなにかわいらしい品を用意してくれたことが嬉しかった。


「そ、それもなかなかいいな。しかし、どちらかというとお前よりマリエラに似合いそうだな。お前もたまにはかわらしいドレスを着てみたらどうだ」


 王子の声が少々棘を含んでいる。きっと王子も、自分のハンカチとの差に薄っすら気が付いているのだろう。


「そうかもしれませんね。今度そうしてみますわ」


 内心腹立たしく思いつつも、穏やかに切り返す。


 ダリアだって、自分の容姿が大人っぽいとか冷たいとか形容されることを知っている。もっと優しげな髪や目であったなら大好きなかわいい格好だってもっと似合ったろうに、と思う。たとえば、マリエラのような――。


「ダリア様はとてもおかわいらしいですわ。もちろん今のようなお召し物もよくお似合いですけれど、きっとこうした優しい色やかわいらしいデザインもお似合いです。絶対にそうです」


 内心落ち込むダリアに、マリエラの凛とした声が届いた。

 きっぱりと言い切るその表情にはひとかけらの嘘も感じられない。ダリアの胸に。じわじわと嬉しさが広がる。


 と同時に、ダリアは思った。


 果たしてマリエラには何か裏の目的があるのだろうか。

 それとも、ただの純粋に王子に恋をしている少女なのか。


 そして私はマリエラを疑うべきなのか、それとも応援すべきなのか。


 湧き上がる疑心と好意の間で、ぐらぐらと揺れるダリアであった。




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