31 エーススコア
海の上を人が歩いていた。
そのことは、金剛グリーンもヴィハンも驚きは無い。彼等もセンカンジャーになって、ダイブモードにすれば同じことが出来る。
「そういった魔術があるな?」
「ええ。水兵が習得しているケースがよくあります」
つまり、魔術で水上を歩くことも可能というわけだ。
だが、二人が警戒しているのは、その人物からの視線である。
異様な気配を感じ取っていた。
底知れないようでいて、圧倒的な殺意を感じ取り、背筋がゾッとして、全身の皮膚がピリピリと痺れてくるようだ。
それほどまでの、明確な殺意なのだが、それが全方向に向けられているように思えて仕方ない。
目の前の全てを殺し尽くしたい要求を抑えることもしていない。
二人の目の前に、件の人物が歩いてきた。
藍色のセミロングの髪に、中性的で美しい顔立ちであるが、性別がハッキリしない。体はヴィハン以上に華奢で、背はさほど大きくも無い。
これまで倒した海賊達と違い、街の住人の普段着のような服にケープを羽織っていた。
カットラスといった大きな得物を身につけてはいない様子だ。
「こんにちは」
穏やかな声で、その人物はまるで散歩中のように挨拶をしてくる。
死屍累々の戦場で、あまりにも場違いなで、穏やかで優雅な雰囲気であった。
だというのに、金剛グリーンとヴィハンは、その人物から当たり前のように放たれる巨大な殺気を感じ取って、背筋が寒くなっていた。
「何者?」
ヴィハンが、ランスを構える。
怪人クラスでも無い限り、生身とは言え、彼のランスが通じない相手は存在しないはずであるが、その異様な人物を前にして、ヴィハンも緊張気味のようだ。
「そうですね。何者か? 人はその答えを求めて生きている。違いありませんか?」
「質問に答えろ」
金剛グリーンも、先ほどから刀を構えたまま間合いを計る。
「シオンと申します。では、あはっ! 死んでくれますか?」
海上から音も無く、シオンなる人物の姿が消える。
次の瞬間には、ヴィハンの目の前に現れ、彼から問答無用の突きが放たれようとして、シオンから何かがヴィハンの足下に投げられ、ヴィハンがまるで彫像のように動きを止める。
いつの間にかシオンの左手には、細長い針のような刃物が握られ、予備動作も音も無くヴィハンの顔に突き刺さりかけて、刀が針を弾いた。
金剛グリーンが慌てて、ヴィハンの前に立ちはだかる。
「あはっ!」
まるで無邪気な子供のように、シオンは笑った。
目を見開き首をかしげ、口をだらしなく開けて、まるで殺し甲斐があることに、これ以上無いほどの喜びを見いだしているようであった。
「足下か?」
「ええ」
金剛グリーンの言葉に、ヴィハンが頷く。
ヴィハンの足下には、一本の細長い針のようなナイフが刺さっているだけであるが、ヴィハンが動けなくなる前後での違いはそこだけである。
金剛グリーンが、ナイフを蹴って飛ばすと、ヴィハンはようやく拘束から逃れた。
「……影か!?」
その様子と、先ほどまでナイフが刺さっていた箇所から、金剛グリーンが結論を出す。
あのナイフはヴィハンの影を刺していた。
「そうです。魔術と言うよりも、恐らくは呪術の類いですね。呪術師などは教会に狩られて、とうの昔に全滅したと思ってましたよ」
「呪術……」
金剛グリーンには当然その知識は無いが、ヴィハンの口ぶりから察するに、異端とされるようだ。
「初見殺しなのは分かりましたが、二度目はありませんよ」
ヴィハンが前に出て、ランスを構え直す。
「あはっ!」
「黙りなさい」
世界最高峰のランスの一撃が、シオンを捕らえた。胴体に深々と突き刺さるが、ヴィハンはすぐさまにその違和感に気がつき、すぐさまにランスを戻して頭上で回転をさせる。
ヴィハンの頭上に、今まさに貫かれたはずのシオンがいて、大量の針を投げ落としてきたのだ。最初にヴィハンが貫いたシオンは陽炎のように姿が歪んで消えてしまう。
ランスが針を弾いてき、金剛グリーンは影に刺さらないように避けていく。ヴィハンが針を一通り弾いてから、頭上で身動きが取れないはずのシオンに向かってランスで突く。
今度こそ、貫いたと思った瞬間に、シオンは何も無いはずの空中を悠然と歩いて、フワリと飛んで地面に着地する。
「面妖な」
ヴィハンが、中を貫いたランスを構え直す。
貫いたはずなのに、それは陽炎のように消えていく幻であった。
貫いたはずなのに、まるで空中散歩するように避けられてしまった。
勇者の無敵の槍を二度もかわしてなお、シオンには余裕が見て取れる。
ヴィハンは、治癒や肉体強化に関する魔術が専門であるが、教会の正式な魔術を学んでおり、専門外の魔術にもそれなりに知識は持っていた。だが、その知識でも目の前のシオンが使う魔術もしくは呪術については把握できないでいた。
「最近の海賊は随分と強いねぇ」
金剛グリーンは、なおのこと目の前の動きについて理解が追いついていなかった。
まっとうな勝負が通じる相手ではない。
金剛グリーンは、仕方ないとばかりにレシーバーを入れる。
「こちらグリーンだ」
『はい』
「不可解な攻撃をしてくる相手がいる。呪術の使い手らしい」
『わかりました。すぐ行きます』
手短にマリアへ連絡を入れた。
パーティーの中で、最も魔術に造詣が深いのが制裁者でもあるマリアだ。攻撃、治癒、補助魔術をバランス良くハイレベルに使いこなす。恐らく、打開策があるとすればマリアしかいないと思ってのことだ。
「ヴィハン!」
「ええ。仕方ありません、時間を稼ぎます」
もう一度貫こうとランスを構えるが、シオンは指先を奇妙に動かし始める。
さらなるなにかを仕掛けてくると覚悟した瞬間に、周囲に倒れていた海賊達が起き上がり始める。金剛グリーンが、ヴィハンを背にして向きなおる。
そう簡単に立ち上がれないほどにはダメージがあるはずだが、彼等全てはどこかぎこちない。まるで、見えない糸で操られているようにも見える。
「あはっ。殺していなかったんですね。雑魚なら、どちらでも構いませんけど」
「現況は奴以外にいないでしょうね」
「全くだ」
二人は、海賊が実際にシオンに操られていると推測する。あの奇妙な手つきが怪しいことこの上ない。
だが、今度はシオンに立ち向かう余裕も無く、海賊達が迫ってくる。
カットラスや斧を防ぎつつ、再び海賊達に的確にダメージを与えていくが、今度は攻撃を受けても引くことすらしてこない。それどころか、意識のないものまで迫ってくる。
やはり、操られていると確信に至り、金剛グリーンは向かってきた海賊に蹴りを入れて、その上を刀で一閃する。
しかし、刀は何の抵抗もなく抜けて、その下に居た海賊が操られていることには変わりない。物理的な糸のようなもので操られている訳では無いことを確認するが、かといって対応策が思いつかない。
「しつこいですね」
「やり過ぎるな。死ぬぞ?」
金剛グリーンとヴィハンは、互いを背にして次から次にやってくる海賊を打ちのめしていく。横目でシオンを見ると、指先をこまめに動かし、奇妙な手つきでまるで指揮者のように腕を動かしている。
現況が分かっているというのに、海賊達に取り囲まれて、身動きが取れない。
だが、それも少しの辛抱で済んだ。
突如、頭上から、黄色い細長い光が降り注ぐ。
光は地面に当たっても、パチンと消え、物理的な破壊力は無いようで、ヴィハン、金剛グリーンの体に当たっても、特に何も無い。
しかし、光に当たった海賊達が憑きものでも落ちたかのように、ドサリと倒れていく。
「無事ですか?」
屋根の上に、マリアの姿が見える。空を向けられた魔術筒から煙が上がっていた。
マリアが、飛び降りてフワリと着地する。
シオンは、その光景を意外そうに見て、そして歪な笑顔を見せた。まるで、新しい獲物を見つけたようにである。
「幾多の声を聞け
幾多の命を知れ
幾多の魂を守れ
鋼の鎖よ現れろ
邪なる存在を捕らえろ」
マリアが詠唱し、再び魔術筒に込められた魔力が収束していく。
「発射!」
魔術筒から、茶色の光が地面に吸い込まれていった。
「何を?」
ヴィハンが意外そうに呟くと同時に、地面のあちこちが割れた。
地面から十数個の金属の鎖が飛び出してきて、まるで意志を持っているかのようにシオンに向かって行く。シオンが、鎖を次から次へと躱していくが、一つの鎖を針で弾こうとして、鎖が腕に絡みつく。
あとは、次から次に鎖が絡みついていく一方で、とうとうシオンは体中に鎖が巻き付いて、自由を奪われる。
「あはっ!」
動けなくなったというのに、シオンは再び歪な笑い顔を見せた。
「お二人とも、あれが、何に見えますか?」
マリアが、怪訝そうに二人に尋ねる。
「……何?」
「貫き殺さねばならない敵です」
マリアの言葉に、二人が応える。
「目を閉じて、深呼吸し、気配を感じて、違和感を感じたら目を開けてください」
二人は言われたとおりに、目を閉じて、深呼吸する。自分の鼓動が内側から聞こえ、外からは周囲の戦いの音が聞こえてくる。
気配は、近くに居る人間のものを感じ取り、シオンらしき気配を感じたとき、そこには確かに違和感を覚える。
言葉に言い表せない違和感である。
何事かと目を開けると、鎖に捕まったシオンが見えるのだが、何かがおかしい。
そう、最初は尋常では無い殺気を放っていたのに、今は妙に生気を感じないのだ。
それでいて、その細かな動きがどこかぎこちない。
マリアが、シオンに近づいていき、腕を振るった。シオンの首がポロリと落ちて、地面を転がっていくが、血が流れることは無かった。シオンの体も動きを止める。
「人形?」
金剛グリーンが呟く。
それも恐ろしく精巧に出来た人形で、人と見た目は変わらない。
「恐らくですが、幻術をお二人にかけ、どこかで人形と入れ替わったのでしょう」
「最初に貫いた時でしょうか、しかし、魔術にかけられた覚えはありませんが」
ヴィハンが不可解そうに、人形を見下ろす。
「魔力を使わず、一種の催眠術に近い幻術が存在するので、それかと。それより、海賊の士気は下がってきています。乗り切ってしまいましょう」
「そうするか」
既に、メインのガレオン船が破壊されたことで、海賊達の士気は下がっており、三隻ほどの船は港から逃げ出している。
残りの船も、ハンター達が入り込んで戦っていたり、商船同様に火を付けられ、いくつかの船は沈没間近であった。
センカンジャーの三人は、一人一人が百を超える海賊を撃破するという飛び抜けたエーススコアを叩き出し、襲撃してきた海賊達は鎮圧されたのだった。




