32 嬉しい食卓
ラシャの町でも、陸側の小高い丘に立てられた宿は、本来なら貴族や大商人向けの高級宿であった。その一室のバルコニーに、金剛グリーン、マリア、かもめ、ヴィハンの四人は昼食を囲んでた。
バルコニーからは、町と海が一望できて、眺めも良い。
海賊襲撃時に活躍した礼として、宿の主人から招かれ、昨日から滞在している。ヴィハンについては、あまり目立たない方が良いが、高級宿のほうがプライバシーはしっかりしていることも踏まえのこともある。
死んだ海賊達は現在もなお処理され、生き残った海賊達も残らず捕縛されて、倉庫などに押し込められているらしい。ある程度のリーダー格は、厳しい尋問を受けているらしい。
その辺りの情報は、ギルド経由で入ってきたもので、海賊達の本拠地が分かるのも時間の問題だろうと言われている。
さて、彼等の目の前には、色とりどりに料理が盛られていた。
天然酵母のブレッドは、やや酸味があるがふんわりと柔らかい、エビ、カニ、イカ、魚を煮込んだブイヤベースのようなスープは出汁がしっかりと効いていて、スルスルと飲める、スモークサーモンと野菜のピクルスのサラダは風味と酸味が絶妙であり、様々な魚とトマトを煮たアクアパッツァのような料理も旨みと酸味のバランスが絶妙でこれまた美味、子牛の骨付きの肉を煮込んだ料理も肉が軟らかく食べ応えもあった。
他にも地域の様々な食材を使った料理が食べきれないほど置かれている。
さらに言えば、白ワインと赤ワインとエールも出されており、どれも安酒場とは比べものにならないほど上等であった。周辺地域でも最高級の料理に、四人は戦いのことを一時忘れ、舌鼓を打っていた。
「私は、何もしていないのに、なんだか悪いですね」
かもめが遠慮しがちに言うが、彼女は何種類かの貝を使ったクリームスープが気に入ったようである。
ちなみに、レシーバーを手放したために、彼女は現地の言葉を学習中であるが、この場にいる人間であれば、レシーバーの翻訳機能があるので特に意思疎通に困ることは無い。
「戦艦の指導には感謝しています。遠慮なさることはありませんよ」
食事の前に長たらしく祈りの言葉を唱えて、他三名を閉口させたマリアが言う。彼女は、アクアパッツァのような料理が気に入ったのか、それをよく食べている。
実際問題として、マリアとヴィハンへの戦艦操縦に関してはかもめが貢献していた。金剛グリーンの負担軽減ということでは、彼女は彼女なりにできる限りのことをしている。
「こういった食事も時には良いですね」
ヴィハンが、本当にあの狂犬ぶりが嘘のような程穏やかに言う。彼は、子牛の煮込みが好みだったようで、そればかりに手を付けている。
「全くだ。ギルドの食事はさほど質がね……」
同意したのは、金剛グリーンである。食事がどうと言いつつも、彼はスモークサーモンを肴にして辛口のワインをどんどん飲んでいく。かつてのセンカンジャーの中でも、屈指の酒好きの彼としては、これだけ上質な酒はありがたいようである。
「グリーン、お酒ばかりでは無く、食事も食べませんと」
マリアが、飲んだくれそうな彼に苦言を呈し、しまったと言った様子で、パンを掴んで食べはじめた。
これまでの過酷な戦いの日々が嘘のような程、穏やかな時間であった。
例え一時のこととは言え、戦い続けて緊張し続けて摩耗していた神経も安らいでいた。
だが、本当にそれは一時のことである。
大量の食事を残さずに食べ、四人は部屋の中に戻ってテーブルを囲んでいた。マリアが食後のお茶を煎れたところで、金剛グリーンが口を開く。
「さて、楽しいことの後になんだが、楽しくない話だ」
三人が頷く。
「ひとまず、海賊についてだが、ギルドから連絡が来て、洋上に船団がいるそうだ。普通の船なら一日から一日半程度の距離だ。しかし、町としては海賊の脅威がある以上は、船は出せないそうだ。そもそも、大きな船は燃えたり、破壊されたりして、使えないそうだが」
金剛グリーンが、ギルドからの手紙をテーブルに置いた。
「どのみち、イエローの手がかりがある以上は海賊に会う必要がある」
「提案には同意ですが、船が出せない以上はどうしますか?」
マリアが問いかける。
「小舟で沖まで行ってから、戦艦を呼び出して使うしかないだろう」
戦艦はあまりにも目立ちすぎるということで、移動手段として使ってこなかったが、今回は敵に同じ戦艦が存在する以上は、警戒も兼ねて戦艦を使うしか無いと判断している。
「それしかありませんね。ところで、一つ聞きますが、イエローはどのような人物です?」
ヴィハンがティーカップを優雅に持つ。
金剛グリーンがふむと一度頷いてから口を開く。
「良くも悪くも、まぁ、賑やかな奴で、竹を割ったような性格とでも言えば良いか」
「少し察しが悪くて、無謀でムードメイカーかつトラブルメイカー」
やや言いにくそうな金剛グリーンに、かもめが厳しい人物印象を述べた。
「なにかあったのですか?」
「好意を向けられていた。仲間としては大切だけど、それとこれは別問題」
かもめが涼しい顔で言い、どういうわけか金剛グリーンをジッと見る。
マリアもヴィハンもその態度から何かを察したようであるが、口にすることはない。
金剛グリーンが、ややわざとらしく咳払いをして、誤魔化すように紅茶を飲む。
「そのような人物がセンカンジャーになった経緯は?」
ヴィハンが話題を変えるように言う。表面上、実は変わってないが、変えるように言う。
「身体能力だけなら、センカンジャーでも随一だろうな。空手、柔道、合気道、ボクシング、ムエタイの他にも色々とあらゆる格闘技をマスターし、総合格闘技では無敗のチャンピオンでもあった。そこに目を付けてスカウトされたわけだ」
ちなみに、元レッドの大海は海外の特殊部隊出身、ブルーは海上自衛隊出身で、元ピンクのかもめは警察の特殊部隊出身、金剛グリーンは外国人傭兵部隊出身と軍関係出身者が多い中では、イエローの経歴は変わっていた。
「ふむ、なるほど。武術の達人ですか、ですが、今となってはあのシオンとかいう駄犬がいるということから操られている可能性もありますかね? どうです、マリア?」
「十分に考えられますね。お二人の話と私が見た限りですが、あの者は少なくとも、呪術と人形術、幻術を使いこなすと考えられます。対抗策を討たなければ、真っ向勝負は難しいでしょう」
マリアが難しい顔をする。
「その辺りだが、分かる範囲で説明してくれるか?」
「ええ。まず呪術ですが、影を媒介にして対象に干渉する術でして、恐らくはその針のようなナイフに直接呪術がかけられているようですので、詠唱も必要ありません。次に、体が蜃気楼のようになる幻術ですが、これは光の屈折と催眠術を併用しているかと。こちらも、術式は体に直接刻んでいるでしょうね。さらに海賊と人形を操っていた人形術ですが、これは基本的に見えないほど細い魔力の糸を使ったものです」
「刀で斬ってみたが、斬れなかったのは?」
金剛グリーンが、操られていた海賊の上を斬って、何の感触も無かったことを思い起こす。
「恐らく、あたり一面に、複雑に張り巡らされ、切れても別の糸で操っていたのでしょう。本当に、魔力密度も低い糸であればすぐに霧散して、痕跡も残らないでしょうし。本来は、この人形術は大道芸の類いで、戦いにあまり向いているとも思えないのですが。最後に、催眠術ですが、これは何かしらの媒介を使い、無意識に作用する技術です。幻術と組み合わせることで、より威力を増していると考えられます」
「詳しいですね。そこまで推定できるとは思っていませんでした」
ヴィハンが感心したように呟く。
「本来は機密事項ですが、私の宗派の制裁者は、邪道への対抗手段として邪道そのものを学びますので。ですが、幻術と催眠術に関しては、精神保護の魔術式を組み込んだアイテムを身につければ完璧ではありませんが、ある程度抵抗できますので用意します」
「作れるか?」
「ええ。人数分、半日ほど頂ければ可能です。すでに、私のアミュレットにはかけられていますので三人分で、精神保護だけならさほど手間ではありません」
マリアの首には、確かに常にアミュレットが付けられている。緑色の石を正八面体にカットしたものを鎖で巻き付けて固定されたものだ。
「では、アミュレットの準備ができ次第、出発だな。俺は、ギルドに船の相談に行ってくる」
そう言って、金剛グリーンは紅茶を飲み干した。




