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光輝くぼくらの未来  作者: 阿野真一
夏休み三日目
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17/27

夕方

 ひゃっ、冷たい! なんですか、いきなり!


 あたりを見回してみると……あれ? どうかしたのでしょうか。みなさんの表情がさっきまでとは少し違っているような気がします。


「み……未来、おまえ……」


 は、はい? あの、なんだか目が怖いです、蒼志君。


「おまえ……」


 あ、あの、そんなに見つめないでください……私、恥ずかしいです。


「おまえ! ロボットだったのか!」


 えっ? …………………………あっ! あーーーっ!


 わっ、私、なんてことを! 私の体については秘密にしておくはずだったのに!


 きっと蒼志君の発言した告白めいた一言を分析する処理の優先度を不用意に引き上げ過ぎてしてしまったことが原因です。その処理に必要な複数の情報が不足あるいは不確定であったために正確な回答を導き出すことができず、いくつもの無限ループに陥ってしまい一部の重要な機能がフリーズしていました。そのせいで感情の抑制に支障をきたし、それが思考力及び判断力の低下に繋がったと考えられます。温痛覚経路からの強制割り込みのおかげで正常な状態に復帰することができましたが……、


 私、どうしたらいいんでしょう!?


 きっと私はみなさんに嫌われてしまうでしょう。ようやく願いが叶ったのに……。未来は私が造られる前から、ずっと友達が欲しいと考えていました。そして未来が死んでからも、ずっと友達が欲しくてたまりませんでした。300年以上ずっと夢見てきたことが、やっと現実のものになったのに。未来にとって生まれて初めてのに友達だったのに。それがこんなにも呆気なく、あっさりと失われてしまうなんて……。


 独りぼっちはもう嫌です。来る日も来る日もひたすらインターネットで時間を潰すだけの毎日。頭の中のプログラムに話しかけて寂しさを紛らわせようとしたこともありますが、彼らはいつも同じことしか言ってくれません。やっぱり、どうしても私は人間の友達が欲しい! ううっ……ついさっきまでは私にもいたのに……友達……。


 あっ、いけません! 涙腺から涙液が分泌されて……もう! 副交感神経、働き過ぎです! 泣いてしまったら、もっと嫌われちゃうじゃないですか。面倒臭い女だって、思われちゃうじゃないですか。もうそんなことを気にかけても、なんの意味も無いのかもしれませんけど。ああ、あのときもっとよく考えて、もっと慎重に行動していれば! どれほど悔やんでも悔やみきれません! ああっ、交感神経が優位に……そのせいで副交感神経が……ううっ、もう駄目です。私、泣いてしまいます!


「うっ……ううっ……わだ、わだじはぁ!」


 ロボットではありません! と、言いたかったのですが、涙と鼻水のせいでうまく言葉になりません。ううっ、厄介なものを見るような目でこっちを見ないでください。私だって早く涙を止めたいって思ってます。でも、全然止まってくれないんですよ。拭っても拭っても、後から後から、次から次へ、どんどん溢れてくるんです!


「ご、ごめん、未来。いや、俺は別に非難してるわけじゃなくって、ただいきなりだったから驚いたっていうか……とにかく俺はおまえがロボットでも全然気にしないから。な? だからとりあえず泣き止んでくれ、頼むから」


 蒼志君はまるで泣いている子供をあやすような口調でそんなことを言いました。私は鼻が詰まったままの、おそらく聞き取りにくいであろう声で彼に問いかけます。


「……それは……私とまだ友達でいてくれるってことですか?」


「当たり前だろ。こんな面白そうな――あ、いや、こんな素敵な女の子となら、ずっと友達でいたいって思うに決まってんじゃん!」


「本当に……ですか?」


「本当。ものすごい本当。だから泣き止め、な?」


「でも……咲紅ちゃんと、翠君は?」


 私は二人の顔を交互に見比べるようにして問いかけました。すると、少し慌てた様子で、少し大げさな身ぶりを交えながら、


「えっ? あっ、あたしも気にしない。こんな便利な――いえ、こんな可愛らしい友達ができて、あたし今すっごく嬉しいの。未来ちゃんとあたしはずうっと友達、いえ親友よ!」


「僕は……未来と話をして楽しいと感じた。友達でいたいって思うには、それだけでじゅうぶんだろ。世の中には、サッカーボールが友達! なんて言い張るやつもいるんだぜ? だったらロボットが友達でもべつにいいだろ?」


 二人はそう答えて、その顔に少しぎこちない笑みを浮かべます。本当に? みなさんは本当に私なんかの友達でいてくれるっていうんですか? あっ、また副交感神経が……、


「うっ、うぐっ、ひーん……」


 私は溢れ出る涙を抑えることができず、嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を両手で覆い、その場にうずくまってしまいました。私はこんなにも泣き虫だったでしょうか。痛いのや苦しいのは平気なんですけど。


 それからひとしきり泣いたあと、私はもう一度シャワーを浴びることにしました。涙だけでなく、お茶やコーヒーのベタベタも洗い流したかったからです。汚れたパジャマを脱いで頭から熱いシャワーを浴びると、涙と一緒に心の中にわだかまっていた嫌な気持ちもきれいに流されていくような気がしました。あ、I/Oパネルは高度に防水加工されているので濡れても問題ありません。


 予備のレモン色の水玉パジャマを着てお風呂場から出ると、少し不安な気持ちになりました。みなさんが私と友達でいてくれると言ったのは、実はその場しのぎの嘘だったのではないかと思ったからです。そして面倒臭い私を見限って、私がシャワーを浴びているあいだにお家に帰ってしまったのではないか、と。


 おそるおそる部屋に戻ると――みなさんは笑顔で私を迎え入れてくれました。どうやら私の心配は杞憂に終わってくれたようです。あ、安心したら、また副交感神経が……。


 咲紅ちゃんが渡してくれたティッシュでヒリヒリと痛む目の周りを押さえていると、


「ようし、それじゃあさっきの続きだ。人工衛星からの映像、見ようか!」


 と、ノリノリの蒼志君。でも、ちょっと待ってください。その前に、


「あの、私の話を聞いてください。私についての話を」


「……嫌だったら無理に話さなくていいのよ?」


 咲紅ちゃんがそう言いました。私がシャワーを浴びているあいだに三人で話し合って、私の体については無理に詮索しないことに決めたそうです。ううっ、みなさん、とっても優しいです。でもでも! 私はみなさんにちゃんと言っておきたいんです。この私を、ロボットなんかと一緒にするな! と。


「……おい、未来の話、聞いてやろうぜ!」


 そう言ったのは翠君。そして彼の話は続きます。


「絶対に誰にも知られたくない重要な秘密を他人に打ち明けるってのは、相当な勇気が必要なはずだぜ? 僕たちがちゃんとその話を聞いてやらないと、せっかく未来が奮い起こした勇気が全部無駄になっちまうだろうが!」


 大げさな翠君。絶対に誰にもとか、重要な秘密とか、勇気とか。それほどのことでもないんですけど。そして彼の話はさらに続きます。


「おい蒼志、お嬢。これから聞く話は他言無用だからな。下手すると未来の……いや、僕たちの命に関わることかもしれん。もしかするとこの世界の命運にも……な」


 えっ? いや、ちょっと、無意味にハードルを上げるのはやめてください。私、そんなすごい話できませんから。蒼志君も真剣な顔で頷かないでください。そして……彼の話は、まだ続くんですか?


「僕の予想では、この研究所の地下が近くの崖とか湖とかに繋がってて、そこから発進するんだ。二号機と三号機が。そんで合体すると50メートルくらいの大きさの超巨大ロボになるんだぜ? どうだ、すげえだろ!」


「うおおっ、まじか! すげえな!」


「私はそんなものにはなりません! いったいどこのスーパーロボットですか!」


 そしてすかさず咲紅ちゃんのゲンコツが、二人の脳天にヒットします。


「「いでっ!」」


「あんたたち、真面目に話を聞きなさい! 未来ちゃん困ってるじゃないの」


 咲紅ちゃん、咲紅ちゃん、私は平気ですから暴力は控え目に……。


 えー、それでは。少し話が脱線してしまいましたが、私についての話を始めましょう。


「みなさんはリビングにあった写真をご覧になりましたか? あの子が未来です」


 なにを言うか、未来はおまえだろう。みなさんそう言いたそうな顔をしていますが、まだ口を挟むつもりはないようですね。では、話を続けましょう。


「彼女はこの白築宇宙物理研究所を創った、二人の白築博士のあいだに生まれました。両博士は各分野の研究者として非常に優秀で、その成果はたくさんの国で何度も表彰を受けるほどでした。そんな博士たちの血を受け継いだとあって、世間や周囲からはその将来に大きな期待が寄せられていたのですが……彼女は生まれつき病魔に冒されていて、ひどく体が弱かったのです。お医者さんが言うには、おそらく二十歳まで生きることはできないだろうと。両親は病気の治療法を見つけるため世界中を奔走しました。そして何人もの高名なお医者さんに診ていただいたのですが、結局最後まで有効な治療法は見つかりませんでした」


 話の切りが良いので質問を受け付けます。はいっ、咲紅ちゃん。


「世界中、って言ったわよね? あと、たくさんの国、とも。そういったものが存在していたのは今から三百年以上前だから……つまり、今のはそのくらい昔の話ってこと?」


「はい、そういうことです」


「マジで? 三百年前って、すっげえ昔じゃん。あ、三百年前ってことは、人間たちがこの星を逃げ出したのと同じ頃だな。博士たちはそれについて行ったのか?」


「いいえ。博士たちはこの星に残りました。そうですね、未来を治療するのなら彼らについて行くべきだったのでしょう。お医者さんの多くはそちらを選んだのですから。ですが博士たちはそうはしませんでした。なぜならば、その時すでに博士たちは、未来を治療することを諦めていたからです」


「……でも、完全に諦めた訳じゃないよな? なにか他の、病気の治療以外の方法を探したとかだろ? 親が子供の命を諦めるなんて、絶対にできっこない……よな?」


 と、翠君。真面目な顔をして、さっきよりも低い声でそう言いました。


「そうなんです。散々試したあげく医学に見切りをつけたお父さんは、自分の得意な分野で娘の命を繋ごうと考えたのです。即ち、計算機科学です」


「計算機科学っていうと、コンピューター科学のことだな。つまりコンピューターを使って未来の命を救おうってことか。でも、もともと使ってただろ、コンピューター。病院にいっぱいあるじゃん」


 んー、蒼志君はちょっと考え違いをしていますね。


「違うんです。命を救うのではなく、命を繋ぐんです。お父さんが作ろうとしたのは、未来の命を未来に繋ぐもの。それから一年後、お父さんは当時最高の性能を誇っていたコンピューターの中に、未来の頭脳の完全な複製を作ることに成功しました。それが私、みなさんの目の前にいる未来の頭脳です」


 みなさん驚いているようですね。声も出ないといった感じです。こんな荒唐無稽な話を信じてもらえるかどうかは微妙なところですが……まあ大丈夫でしょう。みなさん、さきほど私のI/Oパネルを見ているので。


「……すごいとは思うけど、それって……」


 少し間をおいて、真っ先に口を開いたのは咲紅ちゃんです。


「全然、未来ちゃんのためじゃないわよねえ? これって博士の自己満足? 未来ちゃん、あ、過去の未来ちゃんからしてみれば、全く意味のないことじゃない」


「そうですねえ。たぶん博士たちは最初から、未来が死んでしまうこと、ではなくて、未来が自分の前からいなくなること、が嫌だったのだと思います。きっと科学者になるような人は、自己中心的な考え方をする人が多いのではないでしょうか。自分の考えが絶対であることを証明し続ける仕事。私は両親を見ていてそう感じました」


 あれ? なんとなくしめやかな雰囲気ですね。未来が死んだことのほうが気になりますか? 私が生まれた話でもあるんですけど。


「頭についてはわかったぜ。けど、体のほうはどうなんだ? 三百年ずっとその体なんだろ? やっぱロボットなのか? 未来の体がどうなっているのか、僕に教えてくれよ」


 翠君にそう言われると、なんだかすごくいやらしいことを言われているような気がします。こういうのをセクハラというのでしょうか。


「それはいやらしい意味ではないですよね?」


 いちおう確認しておいてから話し始めます。


「私の体はロボットではありません。ちゃんとした、とは言えませんが人間のものです。この体は未来の遺伝子をもとに作られたクローンなんです。母に作ってもらいました。母は生物学、とりわけ遺伝子関連の分野に深い造詣を持っていましたので」


「それって……倫理的にどうなのかしら?」


「まあ、真っ黒でしょうね……クローンだけに。なので、なるべく人目に付かないところで隠れて研究を進める必要があったわけですが、ちょうどそのころに大部分の人間はいなくなってしまったので」


「博士たちにとっては都合が良かった、というわけね」


 それから翠君が、


「クローンってのは人間のコピーなんだよな? てことは、寿命なんかも人間と同じはずだろ? なのになんでおまえは三百年も生きていられるんだ? そこんところ、もっと深く突っ込みたいぜ!」


 またいやらしいことを言いました! わざと言っているのでしょうか? こういうのはいちいち反応すると相手の思う壺なんですよね。なのでスルーしましょう。


「それはですねえ……定期的に新しい体と交換しているんです。クローンを作っても結局は未来の体なので二十歳までは生きられないんですよ。ですので十三歳から十八歳くらいまで、だいたい五年ごとに新しい体と交換しています。個体差があるので多少は前後しますけど。因みに今の体は十五歳です。二年とちょっと前に交換しました」


 私はそこで一旦言葉を切り、振り向きざまに階段の右側にある鉄の扉を指さして、


「あの中にそのための機械があるんです。全自動でいつでも体を交換できるよう、常に予備の私が用意されています。お父さんとお母さんが二人で作ってくれた機械です。私が独りになっても困らないようにと……」


 私が両親のことを思い出し、ちょっとしんみりとして言うと、蒼志君が、


「なあ、見ていい? あの中の機械、見てもいいか?」


 間髪入れずにそう聞いてきました。溢れんばかりの好奇心に目を輝かせて。見せてくれるに決まってるよな! といった顔で!


「いやいや駄目です! 絶対に駄目です! というか無理です。あの中に私以外の誰かが入るとセキュリティーシステムが作動して、この研究所が、それはもう大爆発するんですよ。だから、絶対に、駄目です!」


「そのセキュリティーシステムって解除できないの?」


「できません!」


「絶対に?」


「絶対に!」


「……そうかあ、じゃあしょうがないか。残念だなぁ、ほんっと残念だ」


 ふう、危ない危ない。まあ、厳重にロックをかけているので万が一にも中を見られるというようなことは無いのでしょうけど。念には念を入れて、あの中を見ようという考え自体を消しておかないと本当の意味での安心はできません。


 だって――当然といえば当然ですが、予備の私たちなにも着ていないんですよ? 素っ裸です。なにもかもバッチリ見えちゃってます。しかもいろんなものを、いろんなところに入れちゃってたりして。それはもうひどい格好をしているんです。そんなの他人に見せられるわけが無いじゃないですか!


 まあなにはともあれ、これで私についての説明は終わりです。みなさん、私がロボットではないということをちゃんと理解していただけたのでしょうか? そう思いながらみなさんの顔を見回していると、まずは蒼志君が、


「すげえな。実質不老不死じゃんか。ああ、惜しいなあ。もし博士が自分自身のコピーを残してたら、頼み込んで俺のコピーも作ってもらうのになあ」


 ……なんかすいません。私みたいな役立たずが残ってしまって。


 そして、次に口を開いたのは咲紅ちゃんです。


「見た目が人間にしか見えないから、全く実感がわかないわ。でも率直に言うと、あたしはどっちでもいいのよね。未来ちゃんが人間でも、ロボットでも」


 だからロボットじゃないってさっき……ん? つまり、長々とした説明は不要だったと?


 ……続いて翠君です。


「なんか地味っていうか、いまいちパッとしないんだよなあ。やっぱ変形とか合体とかのほうが盛り上がると思うぜ? ん、まてよ? ……あ、合体はできるのか。ハハッ」


 うわ……。


 そして、私が憮然とした表情でぶつぶつ文句を言っていると、蒼志君が、


「なあ、もういいだろ? そろそろ人工衛星のカメラの映像、見せてくれよ」


 うんざりしたようにそう言いました。まるで私の私についての話は、映画の前にある長ったらしい宣伝と同じようなものだと言わんばかりです。こんなことなら最初からはっきりと隠さずに話しておけばよかった。知られたら嫌われると思って泣くほど心配したのに。全くの無駄でした。


 まあいいです。いいですよ、別に。ふう……気持ちを切り替えましょう。


「そうですね。私のつまらない話なんか、どうでもいいですよね」


 私は小さくつぶやいて、壁に挿したままだったモニターケーブルを私のI/Oパネルの映像出力端子に繋ぎました。ずっと青一色だった120インチのモニターにダークグレイのシンプルなデスクトップが表示されます。それからターミナルウィンドウを呼び出してコマンドを入力し、開いたウインドウに衛星の機体番号を入力、パスワードを五つ入力、開いたウインドウに緯度と経度を入力、倍率と角度を入力、開いたウインドウにその他諸々を入力――あ、別にこういう手順を踏まなくてもすぐに映像を呼び出せるんですけど、こうしたほうが格好いいかな? と思いまして――そして、最後に開いたウインドウを全画面表示に切り替えます。


「はい、こんな感じでどうでしょうか?」


 夕焼け色に染まる、真上から見た地上の風景がモニターいっぱいに広がっています。画面は大きいですが、解像度が23Kなのでかなり詳細に表示されていると思います。


「あのさあ、ちょっといいか?」


 蒼志君が手を挙げています。はい、どうぞ。


「なに? この丸いやつ。俺が知っているこのあたりの地図にはこんなもの無いぞ?」


 ん? ああ、そうですね。そういえば現在町で使われている地図は、


「あれはCGです。コンピューターグラフィックス。あなたがたが地図と呼んでいる物は、誰かが昔の衛星写真をもとにして想像で描いた絵画です。その証拠に」


 町が中心に写るように少し角度を調整して一気に倍率を上げます。モニターに表示されていた風景は急速に拡大されていき、まもなく町の一部を映して止まりました。じっとモニターを見つめていたみなさんは、画面に吸い込まれていくかのように錯覚していたのでしょうね。揃って体が前後に揺れていました。


「おっ、僕んちの近所だ!」


「あっ、すごーい、人が動いてる。ねえ、ここ見てよ蒼志。人が歩いてるよ?」


 咲紅ちゃんがモニターの中の道路を指さして言いました。小さいながらも確かに手足を動かし、どこかへ向かって歩くスーツ姿の男性が映っています。時間からすると、仕事を終えて帰宅する途中のサラリーマンでしょうか。お疲れさまでした。


「つまり、この映像がリアルタイムに地上を写しているものだってことだな? てことは、あの地図は嘘なのか……うん、それは納得した。じゃあさっきの質問に戻る。あの丸はなんなんだ? きれいに丸の中だけ全く草が生えてないように見えたけど」


 映像の倍率を、さっきよりも時間をかけて元に戻していきます。人も、道路も、建物も、徐々に小さくなっていき、やがてそれらの色は混ざり合って見分けがつかなくなりました。モニターの中央に映っているのは灰色の丸い町。そこからさらにカメラを引いていくと、町と同じくらいの大きさの丸い形がいくつも画面内に現れました。目に見える町との違いは、その色が茶色であることだけ。それらは互いにある程度の距離を挟んで、平野部を埋め尽くしています。


「それでは少し歴史の勉強でもしましょうか」


 みなさんの視線がサッと私に集まります。えー、それではお話しさせていただきましょう。むかし、むかしのお話です。


「みなさん。今からおよそ三百年前に、人類のほとんどが他の星に向けて旅立ったことはご存知ですよね? では、なぜそのようなことになったのかは知っていますか? ネットで見た限り、町では公害による汚染と資源の枯渇だといわれているようですが、それとは別のもっと直接的なきっかけです。それまでずっと、それらの問題を解決する方向に進んでいた彼らが、それら全てを放り出して別の道を歩むことに考えを改めた理由」


 ……誰も答えようとしません。まあ、知らないですよね。そうだと思ってました。


「ことの発端は、そこからさらに百年ほど遡ります。今から数えて四百年ほど昔、ある科学者がある発明をしたんです。それは、それまでのものとは全く違った原理によって作られた一基の天体望遠鏡でした。かなり遠くの星の地表の様子まではっきりと見ることができた、らしいです」


「なんか、ずいぶん漠然とした言いかただな。実物は見たことないの?」


 蒼志君はとても不満そうです。でも、私がはっきりしたことを言えないのにはちゃんと理由があるのです。


「それがですねえ。その天体望遠鏡、完成した二年後くらいに破壊されてしまったんですよ。しかも、使用されていた超稀少な素材がその後全く手に入らず、再建されることもありませんでした。なので私が生まれたときにはすでに、その天体望遠鏡は伝説上の存在になっていたのです。因みに、破壊したのは他国のスパイだったそうです。いくつかの国がその超稀少な素材を手に入れようとしてスパイを送り込み、鉢合わせして、あげくの果てにドカーン、と」


「ふうん、あんまり優秀なスパイじゃなかったのね。イーサンみたいなスパイならそんなことにはならなかったのに」


 なるほど、咲紅ちゃんはああいう人がタイプですか。私も好きですよ、彼。でも私としては、ヴァンパイアだったときのほうがセクシーで――。


「んで? それがどう繋がるんだ? 三百年前のあれに。全然わかんねえぜ」


「あ、まだ続きがあるんですよ。えー、天体望遠鏡が破壊されたとき、同時にその観測データが盗み出されていたんです。そしてその数日後、その盗まれたデータが世界中にばらまかれちゃったんですよ」


 さあみなさん。もうそろそろ、わかってきたのではないでしょうか。


「破壊された天体望遠鏡によって観測された星の総数は、まさに天文学的数値だったといわれています。それらの星の詳細な情報――位置や軌道、構成する物質や大気の成分、気温や気候、鮮明な地表の映像などが、あらゆる国の報道機関に届けられたのだそうです。そして、それを手に入れた各国はそのデータを分析し、到達可能範囲にある人類が確実に生存可能な星を割り出して――」


「この星を捨てる決断をした、ってわけか。もともとその選択肢はあったんだろうな。ただ情報が不足していたために決断するには至っていなかった。そこにちょうど欲しいと思っていたものが舞い込んでくれば……そりゃあまあ、行っちゃうよな」


 蒼志君はウーンとうなって腕を組み、思案顔で言葉を続けます。


「まあ、それはわかったよ。でも、さっき俺が聞いたのは――」


 それからモニターに表示されている茶色の丸を指さして、


「これがなんなのかってことだ。それとこれの関係がいまいちわかんないんだけど」


 これからなんです。それはこれから説明するんです。


「えー、別の星への移住を決断した彼らはさっそくその準備を始めました。準備とは、おもに宇宙船の建造などです。蒼志君が言ったように、宇宙へ進出するということは以前からずっと考えられていました。なので当時の全人口を収容できる宇宙船建造の計画も、徐々にではありますが進められていたのです。その計画とは……都市をまるごと宇宙船に改造する、というものでした」


 もうわかっちゃったのではないでしょうか? みなさんそのような顔をしています。でもまあせっかくなので、いちおう説明しておきますね?


「計画の内容、宇宙船の作り方なのですが、まず人数がなるべく均一になるように、国内にある自治体の全てを再編成します。そして、その自治体の地理的な中心に直径十五キロメートル前後の円を描きます。新しく建設される物は全て円の内側に、円の外側にある建築物も順番に円の内側へと移動させます。その円の地下に自治体の全ての人を賄えるだけの農場、牧場、養殖場、工場などを、三十の階層に分けて建設します。最後に地下の最も深い三十一番目の階層に重力制御の装置を建造して、宇宙船の完成です」


 みなさん驚きましたか? ふふ、なんとも言えない顔をしていますね。まあ、ゆっくりと頭の中を整理してください。


「それって……あたしたちの町と、そっくりじゃないの」


「つまり……僕たちが住んでる町は、宇宙船だったってことかよ!」


「てことは、この茶色い丸は全部、町があった場所。宇宙船が飛び立った跡か」


「そういうことです。じゃあ続けますね? それから彼らは百年もの時間をかけて準備を完了させます。作られた宇宙船の数は全部で百九十八隻。それに乗っていた住民の総数はおよそ二億人。三百年前のある日、彼らは八百光年彼方にある新天地を目指して旅立っていったのです。一斉に飛び立つと接触あるいは重力制御の相互干渉事故の可能性がありますし、なんらかのトラブルが起きた際に対処できる人員は限られていたので、離陸は一隻ずつ慎重に行われました。最後の宇宙船が飛び立ったのは、それから半年ほど後のことです。これといった大きなトラブルも無く、みなさん無事に旅立たれたのだそうです」


「エネルギーは? 宇宙船が飛び立つのに必要なエネルギーはなにを使ったんだ? 宇宙に出れば光発電なんだろうけど、地上だとそれは使えなかったんだろ?」


 と蒼志君。たいへん良い質問です。


「確かに。宇宙船が離陸するのに必要とする膨大なエネルギーをどこから調達するのか、ということは大きな問題でした。大気汚染のせいで光発電は役に立ちませんでしたし、原子力や火力では燃料が足りません。水力、風力、波力、地熱、バイオマスなどの方法ではそこまで大きなエネルギーを得るに至りませんでした。他国に頼ろうにも、どこの国も似たような状況でしたし。そこで登場したのが! 今なお稼働し続ける、あの発電所なのです! エネルギー問題は宇宙船云々のずっと前から言われていたことですから、それについての研究を続けていた人もたくさんいました。お父さんもそのうちの一人です。そうなのです。あの発電所を作ってその問題を解決したのは、私のお父さんなのです!」


「へえー、すげえな! あの発電所、博士が作ったのか! でも、どうやって発電してるんだ? いま未来が言った方法じゃあ駄目だったんだろ? それ以外だと……」


「あれはですねえ、太陽のエネルギーを使って発電しているんです。そう言うと太陽光発電や太陽熱発電と似たようなものを想像されるかもしれませんが、それらとは全く違ったものです。毎朝八時二十分に大きな音がしますよね? あれは、人工惑星が回収した極めて高密度のプラズマが届く音、なんだそうです」


「プラズマ? プラズマってなんかのロボットの名前だぜ?」


「いえ、それじゃなくて。お父さんが言うには太陽の欠片だとかなんとか」


「太陽の、欠片? ……よくわからないわ。もう少し具体的に説明してくれるかしら?」


 えーっとー、検索、プ・ラ・ズ・マ……あった。


「え? 気体の分子が電離? して、陽イオン? と、電子に分かれている状態?」


「「「……」」」


「え? 荷電粒子群が……電磁場の……相互作用する……複合系? 物質の第四の状態?」


「……なんだよ、ちゃんと理解しるわけじゃないのかよ」


 そ、蒼志君、そんな目で私を見ないでください。真夏の粗大ゴミ置き場に打ち捨てられた、電気ストーブを見るような目で。私、長く生きているので知識はそれなりにありますけど、理解力は十三歳のままなんですよ? こんな難しいこと、わかるわけないじゃないですか。あ、また目の前がぼやけてきて……。


「あ、やばっ! と、ともかく博士すげえな! なんでもできるんだな、博士すげえよ!」


「い……いやあ、それほどでも……ありますけどね! 因みに砂浜に文字を書くのに使ったのは、このシステムの中継に使われている人工衛星です。全部で二十基あります。これの零号機には、世界中で最も優れたコンピューターが搭載されているんですよ!」


「けどそれって、けっこう危険なものなんじゃないか? 万が一狙いが逸れて町に命中したりしたら……ちょっとやばいだろ?」


「はい、ちょっとではなくかなりやばいですね。でも他に無かったんですよ、方法が。宇宙船の離陸のためだけでなく、この星に残る人々のためにも、この発電所の建設は絶対に必要なことだったんです」


 すると、それを聞いた咲紅ちゃんが私を力強く指さして、思い出したように、


「それよ! なーんか引っかかってると思ってたら、それよ! なんであたしたちの町は残ってるの? 他の町はみんな飛んで行っちゃったのに。なんで?」


「それはですねえ、工事が遅れていたからです。二億人の中にはこの計画に反対の人、つまりこの星に残りたいという人も少なからずいたわけです。彼らを無理やり連れて行くわけにもいかず、なにも無い星に放り出して行くわけにもいかず。長年にわたる議論の末、何隻かの宇宙船を置いていくことにしたのです。そうしておけば、残る人たちが衣食住に困ることはないので。どの宇宙船を残すのかは当然もめました。みなさん自分の町に乗って行きたいと思うでしょうから。そして度重なる話し合いの結果、工事が遅れていたことを理由に、咲紅ちゃんたちの町に白羽の矢が立てられたというわけです」


「そう……なんだ。へえ、そう、としか言いようがないわね。じゃあ別の質問、町はいまでも飛べるの? あたしたちの町は」


「いえ、その話が決まったのが重力制御装置を建設する前だったので、飛ぶことはできません。使う予定のないものにかける、お金も時間もありませんでしたから」


 残念そうな顔をする咲紅ちゃん。それから布団の上にうつ伏せに寝転がり、枕に顔を埋めて「つまんないー、つまんないー」と、文句を言い出しました。


 それに続いて蒼志君も、そして翠君もその場でゴロンと横になってしまいました。みなさん、もうおねむの時間ですか? 私、もう少しおしゃべりしたいんですけど。仕方がないですね、かなりお疲れのようですし、また明日に――あ、そうだ!


「みなさん、あした早起きしてアレを見に行きませんか? 宇宙船が飛び立った跡。裏山の頂上から一望できるんです。日の出の風景なんて、なかなかの奇観ですよ?」


「面白そうじゃん、俺行く!」「あたしも!」「僕もだ! んじゃ、早めに寝ようぜ?」


 翠君はそう言いましたが、その後もダラダラとおしゃべりは続き、みなさんが安らかな寝息を立て始めたのはそれから一時間以上もあとのことでした。


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