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光輝くぼくらの未来  作者: 阿野真一
夏休み一日目
10/27

 そろそろ始まる時間ですね。


 …………あ、ヒューーー、パン。たーまやー。


 ……前々から思ってはいたんですけど、やっぱり一人きりで見る花火というのは、虚しいものですね。ずっと昔は一人で見ていても、綺麗だなあとか、すごい迫力だなあとか思ったりしたんですけどねえ。いま思うことと言えば、なんか形が歪んでるなあとか、タイミングが揃えばかっこいいのになあとか、最後らへんはとりあえずいっぱい上げて勢いで誤魔化してる感じがするなあ、とか。


 どうなんでしょう? この変化は、私が大人になるにつれて物事を冷静な目で捉えることができるようになった、ということなのでしょうか。それとも、成長の過程で私の性格が歪んでしまい何事をも歪んだ見方しかできなくなった、ということなのでしょうか。


 ……まあ、どっちでもいいですよね? どっちにしてもお構いなしに、町は回り続けるんですから。今日も、明日も、明後日も。そしてあの人たちも、この咲き乱れる大輪の花の下で、私なんかお構いなしに仲良く――あ、そうそう!


 あの人たちと言えば、お昼過ぎに発射した一発! そばを掠めただけで、直撃はしていませんでした! いやー、よかったですよー。一時はどうなることかと本当に肝を冷やしました。取り扱いには細心の注意を払わないといけませんね。


 さてと、そろそろおやすみの時間です。明日は今日の失敗をふまえて、もっと安全に、もっとわかりやすいメッセージを送ろうかと考えています。


 それでは、おやすみなさい。良い夢を。


 ――ピッ――




       ♢♢♢




 考えが……甘かった!


 あのあと、着替えを済ませた俺たちが着いたときには、段々になった土手のコンクリートの上は某アイドルグループのコンサート会場の様相を呈していた。


「うっわ! すっげえ人だな。座るところ、もう無いぜ?」


 上の段から下の段、川上から川下の方まで、家族連れや若者たちでびっしりと埋まっている。おっかしいなあ、去年来たときは今くらいの時間でもすんなり座れたんだけどなあ。……あ、そうか。去年は親父っさんがいたからだ。近づくと、座ってた人たちが逃げるようにして少しずつ詰めてくれたんだっけ。


 うーん、このまま俺たちだけでここにいても、同じような現象は起こらないだろうし……どうしよう?


「まいったなあ。もっと川下の方に行けば座れるかもしれないけど……どうする?」


 俺がそう聞くと、咲紅は大仰にため息をついて、


「ハァ! しょうがないわねぇ! ちょっと待ってなさい、なんとかするから」


 それから携帯電話を取り出した。どこかに電話するみたいだ。


「………………あ、もしもし、加倉井ですけど。……はい……はい……そうなんですよ。お願いできますか? …………はい、ありがとうございます! これから伺いますので…………わかりました、失礼します」


 携帯電話をしまってこっちを振り返り、あごを上げて胸を反らす。そして、目を半分閉じ、口元に薄ら笑いを浮かべ、さらに鼻を、フンッ! と鳴らしてこうのたまった。


「二人とも、あたしに感謝しなさい! こんなこともあろうかと、昨日のうちにいい場所をキープしておいたのよ!」


「昨日って……そんな時間あったか?」


 荒川に行くことを伝えたのが昨日の朝で、学校が終わってからはずっと一緒に行動していた。そんなことをしている様子は全くなかったと思うけどなあ。


「夜にね、ネットを使って探したの。この辺りの地図で高いビルを見つけて、それから持ち主を調べて電話して、屋上を使わせて欲しいってお願いしたら、いいよって言われたわ」


 へえ、すごい行動力だな。そこまで楽しみにしてたのか。


「じゃあさ、早いとこ移動しようぜ? 時間あんま無いし」


 時間を確認すると午後六時四十分。徐々に日は暮れていく。急いだ方が良さそうだな。


「咲紅、どっち?」


「あっち!」


 咲紅が指さす方向に早足で歩く。土手の上の遊歩道を少し川下の方に進んでから、自転車道と自動車道を横切って住宅街の方へ。タバコ屋の脇の細い路地に入り、それを抜けると、目的のビルはすぐ目の前にあった。暮れゆく閑散とした町並みの中、背の低いマンションに挟まれた、五階建ての細い雑居ビルがそびえている。各階に張り出した派手なスナックの看板は、全て照明が消されていた。


「鍵は開けっ放しだから、好きに使っていいって言ってたわよ」


 ひびが入ったくもりガラスのドアを引いて中に入る。薄暗い蛍光灯と埃っぽい通路。突き当たりにはエレベーターが見える。近づいてボタンを押してみるが、電源は入っていないようだ。見回すと奥に非常口の扉があり、その中に階段があった。


「うひょー、不気味。いかにもなんか出そうな雰囲気だぜ!」


 椅子やテーブルが積み上げられ、物置のようになっている階段を見上げて翠が言った。


「ちょっと、余計なこと言わないでよ! せっかく考えないようにしてたのに!」


「おい、もう時間無いぞ!」


 二人に声をかけ、俺は急角度の階段を上り始めた。二人も慌ててあとを追ってくる。俺たちは、ほとんど走るようなスピードで一気に階段を上りきり、屋上に続く扉の前にたどり着いた。三人とも息を切らして汗をかいているが、休むのも汗を拭うのも後回しだ。


 重い鉄の扉を開けて屋上に一歩踏み出す。――と、その瞬間。目の前で無数の光の玉が散っていった。すぐあとに足がすくむほどの重たい音。そしてまた光の玉が尾を引いて弾けた。光は色を変えながら放射状に広がり、徐々に消えていく。始めの何発かは様子を探るようにまばらに上がっていたが、次第にその勢いは増していき、やがて空は流れる光と弾ける色に埋め尽くされていった。大地が鳴動するような響きに圧倒された俺たちは、空を見上げたままその場に立ち尽くしていた。


「……でっかいな……」


「……綺麗ねえ……」


「……腹に響くぜ……」


 本当はもっといろいろなことを想ったのだが、あまり言葉を知らない俺たちに、うまくそれを言い表すことはできなかった。


「ねえ、そこ、ベンチがあるよ?」


 空ばかり見ていたので気づかなかったが、すぐそばにプラスチック製の白いベンチがある。日頃から使う者がいるのか埃は積もっていない。腰掛けて顔を上げると、周囲に視界を遮る建物が一つもないせいで夜空に浮かんでいるような感じがした。


「建物の高さぶん空に近いから、土手で見たときより迫力があんのかなあ?」


 翠が空を見上げたまま、誰にともなく問いかけた。


「……周りに誰もいないから、邪魔な雑音が少ないんじゃない?」


 を空けて、咲紅がそれに答える。


「……なんか、いつものとはひと味違うよな……」


 去年の花火大会も三人一緒だった。あと、親父っさんと芽衣子さんもいた。近くに同じクラスの奴らも何人かいた。一昨年もだいたい同じメンバーだった。その前の年も、その前も。そして、その前の年は……オヤジと、母さんが一緒だった。


 夏休みの最初の日曜日に花火大会へ行くことは、俺が生まれる前からの習慣だったのだそうだ。二人とも仕事が忙しく家を空けることが多かったが、休みの日には自分が疲れているにもかかわらず、俺の遊びに全力で付き合ってくれた。俺はそんな二人に連れられて花火大会に出かけるのを、毎年楽しみにしていたんだ。


 あの日……三人で最後に花火を見たあの日。オヤジたちの様子がいつもと違っていたのを、おぼろげながらに憶えている。




『――蒼志おまえ、将来の自分について考えたことはあるか? 就きたい仕事とか、生涯続けたい趣味とか、夢みたいなものでもいいんだ』


『うーん、そうだなあ。俺は……特にはないよ。今のままで十分だ。あ! でもさ、映画みたいなことが起こればいいとは思うけどね』


『まあ! じゃあ、いつか蒼志はお化けと闘ったりするのかしら? 攻めてきた宇宙人や、未来からきたロボットなんかとも?』


『ははっ! そんなこと、実際に起きるわけないじゃん!』


『……そんなことはないぞ? 可能性なんてものは、どこにでも、いくらでもあるんだからな。お化けが現れる可能性、宇宙人が攻めてくる可能性、未来からロボットが送られてくる可能性。ほんの僅かかもしれないが、その可能性は確かにあるんだ。だから……そうだなあ、おまえが大人になるまでに、俺と母さんで、その可能性を広げといてやるよ。だからな、蒼志。未来を……想像しろ』


 それから二人の表情が、なにか覚悟を決めたときみたいに変わった気がした。俺はそれをとても怖いことのように感じて、それ以上その話を続けることができなかったんだ。


 そして、その一週間後。二人は酔っぱらいが運転する車にはねられ、帰らぬ人となった。




「――ちょっと蒼志、起きなさい! ったく、よくあんなうるさい中で寝られるわねえ」


 懐中電灯で顔を照らされ、眩しさに目を覚ました。……あれ? 俺、寝てた?


「あれ? 俺、寝てた? って言いたそうな顔ね。そのとおりよ、しっかり寝てたわよ。もう時間だから、あたし帰るからね!」


 あたりはしんと静まり返っている。遠くに聞こえるざわめきは、花火を見終えて家路を急ぐ人たちのものだろう。夜空には、細い月と小さな星々だけが、寂しげに輝いていた。


「んじゃ、送ってく。翠は先に宿泊所に行ってくれ」


「おう、わかったぜ。しっかし、おまえよく寝られたな、あの轟音の中で」


「ふふん、それが俺の特技だからな!」


「くだらない自慢しないの! じゃあね翠君、また明日」


「お嬢、気いつけて帰れよ!」


 それからロッカーまで三人で戻り、そこで一旦、翠と別れた。咲紅と並んで自転車をとばし、ある程度の余裕を持って家まで帰り着く。そして、咲紅が玄関の中に消えていくのを見送ってから、翠と合流するために宿泊所へと向かった。


 別れ際に咲紅が「調子に乗って、ハメを外し過ぎないこと!」なんて言ってたけど……俺がいつ調子に乗ったよ。俺はいつでも冷静沈着だぞ?


 そんなふうに思いつつ、街灯に照らされた荒川ハイウェイを一路南へと下る。化粧品メーカーの大きな看板を目印に左へ折れ、しばらくすると、夜の闇に浮かび上がるように、町役場青少年育成課運営・夏季限定簡易宿泊施設のクリーム色の建物が見えてきた。


 かつてこの施設は、町役場主催のサマーキャンプと呼ばれる行事に使われていた。子供たちだけでの共同生活を通じて、積極性や自主性、協調性を学ぶ、とかなんとかかんとか。ところが、一部の参加者がそれらとは違う性を、積極的に、自主的に、協調して学んでしまったらしい。結果、保護者からの苦情が殺到し、サマーキャンプの規模は大幅に縮小され、いまも残っているのはこの宿泊所と、このあと行われる肝試しだけとなっている。


 大部屋に大勢で雑魚寝だが、前もって予約を入れておけば十八歳未満は無料で宿泊することができる。まあ、食事やなんかは自分で用意しなくちゃいけないんだけど……無料につき、大きな声で文句は言えない。


 建物の正面に駐車場があり、その片隅に駐輪場が設けられている。そこに出店の景品のタバコ型チョコを咥えた翠を見つけた。


「おーい、翠」


「おお、意外と早かったな。さっさとチェックインしにいこうぜ?」


 ギリギリで止められそうなスペースに、無理矢理自転車を突っ込む。正面入口から入ってすぐのところに事務所があるので、翠から一本貰って咥えたままそこへ向かった。


「――永穂君と阿野君ね。えーと……あ、あった。ここにサインしてね」


 ちりちりパーマでお腹だけぽっこりと出た、自称受付嬢のオバサンの言うとおりにサインし、ボールペンを翠に渡した。


「あたし、受付嬢なのよ。さっき手続きしにきた子にね、お姉さんって言われちゃった。ウー、フッフッフッフッ!」


 さっきも聞いたよ! とは思ったが、無用なトラブルを避けるため口には出さなかった。翠がサインした台帳とボールペンを受付嬢に渡しながら口を開く。


「おばちゃん、今日の肝試し、比率はどのくらい?」


 肝試し参加者の男女比のことだ。男子の参加者の方が多いと、男同士の気持ち悪いペアになる可能性が出てくる。なんとしても、それだけは避けたい。


「いまのところ、四十三対四十九だよ。女の子の方が少し多いわねえ」


「よし! んじゃあ俺たち、二人とも参加で。相手は可愛いにしてよ?」


「はいよ。それじゃあ、あたしが相手してあげようか? ウー、フッフッフッフッ!」


 え。


 手続きが終わって、肝試しの集合時間まで少しあるので建物の中を見て回ることにした。


 一階には事務所の他に、シャワーと食堂がある。食堂には電子レンジや湯沸かしポットもあるので、あとで夜食用にコンビニでなにか買ってこよう。


 二階は男子の部屋だ。階段を上がると両側にドアがあり、事務所の上が二〇一号室で、食堂とシャワーの上が二〇二号室だ。俺たちの割り当ては二〇二号室なのでそっちのドアを開けると……旅館の宴会場のような和室に男子ばかり二十人ほどが、好き勝手に敷いた布団に寝そべって雑談を交わしていた。俺たちも奥の押入から布団を引っ張り出し、入り口近くの角のあたりに広げて荷物を置いた。


 三階は女子の部屋だ。二階と同じ作りになっているらしいが、残念なことに俺たちは入ることができない。翠が踊り場から見上げて、


「さりげなく、さらっと入っちゃえばバレないんじゃないの?」


 とか言っているが、そんなことはないだろう。翠のボケに対してどう突っ込むかを考えていると、ポーンという音が響いて館内放送が流れた。


『えー、まもなく肝試し大会を開始します。参加される方は第一駐車場に集まってください。繰り返します。肝試し大会を始めます。参加する方は第一駐車場に集まってください』


 途端に建物内がざわつき始めたかと思うと、各部屋のドアが開いて参加者たちがゾロゾロ姿を現す。俺たちはその波に流されるように階段を下り、外へと押し出された。集合場所の第一駐車場は、この建物の正面にある。つまり、ここだ。普通乗用車を五十台は停めることができるスペースに、肝試しの参加者およそ百人が集まっている。参加資格は十歳以上の男女だが、宿泊所の利用者がほとんどなので、十八歳より上の人はまずいないだろう。ザッと見回しただけでも、俺好みのお姉さんが何人か、ちらほらと。


「おおー、いるぜ、いるぜ! 僕の嫁が五十人くらいいるぜ!」


「なに言ってんだよ、俺の嫁が四十九人だ! かわいそうだから、おまえにも一人だけ分けてやるよ!」


 と二人で勝手なことを口走っていると、さっきの受付嬢が正面の入り口から出てきて、


『みなさん、こんばんわー!』


 屋外に向けられた館内放送のスピーカーから声が聞こえてきた。対して何人かの男女が「こんばんわー!」と応える。


『えー、今からペアを決めるクジ引きを始めたいと思います。今日、集まってくれたお友達は、男の子が五十一人、女の子が五十人、合計で百一人です。女の子の数が一人少ないので、なんと! 私も参加することになりました!』


 受付嬢が一辺が30センチくらいの二つの立方体を持ち上げてそう言った。何人かの男子が「えーっ!?」と声をあげる。


『ウー、フッフッフッフッ! 冗談はさておき、クジ引きを始めたいと思います。男子用がこっちで、女子用がこっちです。一枚ずつ引いてください。同じ番号の人がペアになります。あ、一つだけ三人の組ができますからね』


 事務所のおっさん連中が、ざわめく参加者の集団から少し離れたところに長机を運び、左端に男子用の青い箱、右端に女子用の赤い箱を置く。すると集団は自然と二つに分かれて列をなし、受付嬢の『それでは、順番にクジを引いてください!』の声を合図にクジを引き始めた。俺と翠もその列に並び、神に祈りつつクジを引いた。


 受付嬢がクジを引いた参加者を番号順に並ばせている。男子の列の隣に女子の列が同じように並んでいるので、隣り合った者同士がペアを組むというわけだ。俺が引いたクジは33番。相方はまだ現れていない。


 ふと、列の前の方にいる翠に目を向けると、そばにいる美少年となにやら話しをしている。オレンジのTシャツに太目のジーンズ。小麦色に日焼けした肌に、後ろで結わえた長髪が……あれ? ミッチーか? うん、ミッチーだな。あれは俺たちと同じクラスのミッチーだ。本名は並木美智なみきみち。美少年だが女だ。ってことは……翠のやつ、かわいそうに。よりによってあいつとペアかよ。


 俺たちのクラスにおいてミッチーは、変態怪人翠の毒牙からみんなの貞操を守る、正義のヒーローのような存在だ。翠が学校の廊下でナンパしていると、すぐに近づいていって文句を言うし、階段の下から女子のスカートの中をのぞいていると、どこからともなく現れて思いっきり蹴飛ばす。あまりにもタイミング良く現れるので、


「おまえ、翠のことずっと見てんの? もしかして、好きなんじゃねーの?」


 と、俺が冗談で聞いたら、


「バババッ、バカなことを言うな! そんなわけないだろ!」


 と言って殴られた。その時の様子から察すると、本当にそうなのかもしれないな。赤面してたし。今回、肝試しでペアを組むことにより、吊り橋効果とやらで二人の仲が進展しちゃったりして。今の二人の様子はただの友達同士にしか見えないが、肝試しが終わる頃にどう変化しているか、少し楽しみだ。


 ん? ミッチーのそばに、知っている顔がもう一つある。あれは確か、えーと、さー、しー、すー、せー……そう! 小霧千霞さぎりちかだ! 細かい柄のシャツに、濃い灰色のジャンパースカート。明るい色のふんわりしたボブの、小柄な幼い感じがする女の子だ。あんまり話したことはないけど、ミッチーと一緒にいるところをよく見かける。


 あ、二人が俺に気づいたようだ。ミッチーがこっちを見て手を振っている。そして小霧の手をつかんで無理矢理に振らせる。俺が手を振り返してやると小霧は急にオロオロし始め、ササッとミッチーの背中に隠れてしまった。それからミッチーが後ろを向いてなにか言うと、小霧は恐々と顔をのぞかせて……お? 手に持った白いなにかをこっちに見せながら、小走りで近づいてくる。白いなにかには、なにやら文字が……3……3?


「あ……あの、私……小霧千霞っていいます。肝試し……よろしくお願いします!」


 小霧は俺の横に並ぶと、か細い声を絞り出すようにそう言った。


「ああ、名前くらい知ってるよ。同じクラスじゃん」


「あ、そうですね、そうでした。ははは……」


 うーむ。期待していたようなお姉さんじゃないし、好みのタイプともかけ離れているが……ま、仕方ないな、しばらく付き合ってやるか。


「今日はよろしくね、小霧さん」


 俺が声をかけると、小霧は大きく深呼吸をし、なにか決心したように目に力を込め、それから一気に言葉を吐き出した。


「あの、千霞です! どうか千霞と呼んでください! あ、別に、それほど深い意味はありません。ただ、以前から私も永穂君のお友達の一人に加えてほしいなと思っていたので。あ、もっと深い関係とか、そういうことじゃないんです。加倉井さんとすごく仲がいいの知ってますし、そこまで図々しいことは言いません。一番目は加倉井さんに譲るとして、私は二番目でも三番目でもいいので。ああ、そういうことじゃないんです。でも、永穂君が嫌じゃなければ私はそれでもかまわないというか、その方が良いというか。でも、私みたいに可愛くない地味な女にこんなこと言われても迷惑ですよね? あ! いえ、すいません! ……いま言ったことは忘れてくださって結構です……」


 そして、勢いで言ってしまったことを後悔するように頭を抱える。あー……まあ、なんとなく言わんとすることはわかった。


「だったら千霞、俺のことも下の名前で呼んでよ」


「えっ!? そっ、それじゃあ! 私は二番目ですか? それとも三番目ですか!?」


「は? あ、いや、そうじゃなくて、とりあえず友達ってことで。俺、まだ千霞のこと良く知らないし、それに、咲紅とは仲いいけどそんな関係じゃないから。だから、がんばれば千霞が一番目になる可能性だって……」


 あれ? なんか余計なこと言ってるな、俺。でもまあ、俺も年頃の健全な男の子なので、女の子から真剣な目であんなことを言われたら、やっぱり嬉しい。多少気が大きくなってしまっても、それは仕方のないことだ。


 それに、千霞は自分のことを可愛くなくて地味だと言っていたが、そんなことはない。クラスの男子だけで秘密裏に行われた女子ランキングでは、他を大きく引き離してダントツの一位だった。ランキングのタイトルは、確か「ペットにしたい女子」だったな。その時はあまり関心がなかったが……なるほど、こういうことか。


「あの、ありがとうございます! 私、蒼志さんのお友達になれてとても嬉しいです!」


 そうして俺に向けられた笑顔は、さすが一位になるだけのことはあるなと感じた。


 それと、余談になるが、ミッチーは「守ってほしい女子」ランキングで、咲紅は「踏まれたい女子」ランキングで、それぞれ一位を獲得している。


『えー、準備が終わったようなので、肝試し大会を始めたいと思いまーす』


 突然、受付嬢の声が響いて、ホラー映画の冒頭で使われそうな寂しい曲が流れ始めた。


『まずは、チェックシートの説明をします。係のかた、皆さんに配ってください』


 受付嬢の合図で、事務所のおっさんたちが一組に一つずつプラスチックの書類ケースを手渡していく。開けてみると、折り畳まれた地図とA4サイズの紙が1枚、それと方位磁石が入っていた。俺はケースの中から紙を取り出し、


「これがチェックシートかな?」


 そう声にして、千霞にも見やすいように低い位置で持ってやった。


 紙を見てみると、見出しの位置に大きな字で「チェックシート」と書かれている。その下には七個の円がスゴロクのマスのように線でつながれており、右上の最初の円の中にはスタート、左下の最後の円の中にはゴール、その他の五つの円の中には、一見、でたらめな数字が書きこまれていた。


『えー、今配った書類ケースの中にチェックシートと書かれた紙が入っているので、それを出してください。……皆さん、出しました? ……はい、それでは、説明していきます。紙を見てください。数字が入った丸がいくつか並んでますね? その数字がなにかというと、それはチェックポイントの番号です。今度は、地図を出してください』


 俺はチェックシートを千霞に持たせておき、書類ケースから地図を取り出した。ここを中心とした4キロ四方を、デフォルメして描いた地図だ。円で囲まれた数字があちこちに散りばめられている。


『地図の上に数字が書かれていますね? その位置に、チェックポイントがあります。皆さんには、チェックシートのスタートから順番に、五つの丸の番号のチェックポイントに行って、スタンプを押していただきます。チェックポイントを回る順番はペアごとに違いますが、不公平にならないよう移動距離はだいたい同じになるように計算してあります』


 つまり、回る順番が決まったオリエンテーリングってことだ。俺は去年も参加しているので問題ないが、初参加の千霞が理解できているか気になって、その様子を見てみると……な、なんで俺の顔見て拳を握ってるんですか!? そして、俺と目が合うとハッとした表情になり、すぐに顔を逸らした。


「ち、千霞、大丈夫? ルールわかった?」


 当たり障りのない質問で様子を探ってみると、


「大丈夫ですよ。いろいろと予習してきましたから、ばっちりです」


 至って普通の反応が返ってきた。もしや俺がなにか気に障るようなことをしたのかと考えたが、どうやら気のせいだったようだ。


 受付嬢の方を見ると、全体への説明を終え、最初に出発するなん組かのペアをスタート位置に誘導している。そして駐車場の出口に立っている『スタート』と書かれたアーチの手前に並ばせて、


『用意は良いですか? ……はい、ではスタートです! 皆さん、頑張ってください!』


 そして、十数人の男女は一斉に駐車場を飛び出していった。彼らが急いでいるのには理由がある。早くゴールした順に、けっこう豪華な景品が貰えるからだ。俺は景品に興味はないが、千霞はどうなのだろうか。


「千霞は狙ってる景品とかあるの?」


「狙ってる? ……景品ですか。……いえ、景品は、ぜんぜん狙ってないです」


「そうなのか。じゃあ、別に急ぐ必要は無いんだな?」


「はい、なるべくゆっくり行きましょう。その方が都合がいいです」


 ふと、スタート地点を見ると翠がいた。ミッチーと楽しげに会話をしている。この雰囲気のままいけば、ゴールする頃には二人で腕なんか組んじゃってたりして、と考えていると、千霞がぼそっと、


「みっちゃんは、うまくやってるようですね」


「ん? あれ? ということは、やっぱりミッチーは翠のことを……」


「あっ……そ、それは、私の口からは言えません!」


 そのあと、翠たちがスタートしてすぐに、俺たちの前に受付嬢が現れた。そして、


「千霞ちゃん、頑張ってね」


 ん? 受付嬢と千霞は知り合いなのか? ……いや、手続きの時に名前を覚えただけか。


 なんとなく、自分が誰かの手のひらの上で躍らされているような気がしたが、たぶんきっと、気のせいだろう。


『それでは、二十九番から三十九番のペアはスタート位置へ移動してくださーい!』


 スタート位置に着いて周りを見回してみると……ああ、いいなあ! 俺好みの綺麗なお姉さんが三人もいる! あー、誰か代わって――お? 急に千霞が俺の手を握ってきた。んー……まあ、べつに千霞でもいいか。そう考えて、千霞の手を軽く握り返してやった。


 俺たちが手を繋いだままスタート位置に並ぶと、受付嬢がそれを見てニヤリとした、ような気がしたが、気のせいだろう。


『では、用意はいいですか? ……はい、それではスタートです! 皆さん、色々と頑張ってくださいね!』


 そして俺たちは、一斉にスタートはしなかった。半分くらいは走っていったが、残りの半分は普通に歩いたり、立ち止まって地図を広げたり、自動販売機にジュースを買いに行ったりしている。


 ジュースを買いに行ったのが俺たちだ。俺は自分のガブガブコーヒーを買ってから、千霞になにが飲みたいか聞いた。すると「それがいいです!」と俺が持っているガブガブコーヒーを指さしたので、それを渡した。そして俺はもう一本ガブガブコーヒーを買った。


「……ありがとう、ございます……」


 んん? なにか間違えたかな? 千霞の目がなにかを訴えかけているように感じる。けど、まあ、気のせいだろう。俺たちは、それぞれのガブガブコーヒーを口に含みつつ、最初のチェックポイントへと足を進めた。


 しばらくは何事も起こらず、細い月が微かに照らす住宅街を、ただのんびりと会話を楽しみながら歩いていた。学校でのミッチーの行動や、翠の素行、俺の風評など、話の種はまるで尽きることがなかった。


 やがて、次の角を曲がれば最初のチェックポイントが見える、というところで千霞が、


「あの……だんだん、暗くなっている気がしませんか?」


 そんなことを言い出した。言われてみれば確かに、チェックポイントに近づくにつれ、街灯の光が弱くなっているような気がする。いや、明らかに暗いな、これは。


「……千霞、気を付けろよ。そろそろ出るぞ」


 次に曲がる予定の四つ角にある街灯は、全くその用を成していない。薄暗い光は道まで届いておらず、ブロック塀の上側だけをわずかに浮かび上がらせていた。


 俺たちは、ゆっくりとそこへ近づいていく。俺の歩幅であと十歩くらいか。


「蒼志さん、私、ドキドキしてきました」――あと七歩。


 千霞が繋いだ手に力を込める。――あと五歩。


「ん? 布ずれの音が聞こえなかったか?」――あと三歩!


「えっ、わからないです……」――あと一歩!!


 そして、俺たちが角を曲がると、そこには! ……白いシーツをかぶった何者かが? ……両手を上げて……立っていた。


「……おっ、おーばーけーだーぞー」


 ……まいったな。どう対応すればいいのかわからない。横を見ると、千霞もその場で固まっている。この肝試しのお化け役は、近所のおっさんやおばさん、大学生など、ボランティアがそのほとんどを占めている。俺たちが夏休みを楽しく過ごせるようにと、貴重な時間を割いて参加してくれているので、あまり失礼な態度はとれない。とれないが……これは……子供だましにも程があるだろ!


 少し文句を言ってやろうか、と考えていると、唐突にお化けがシーツを脱ぎ始めた。そして、お化けの素顔が薄暗い街灯の下に晒されていく。


「――ヒィッ!」


 その瞬間! 俺の心に浮かんだ言葉は「ニ・ゲ・ロ」の三文字だった!


 金色こんじきに輝くパンチパーマに細く鋭い三白眼、眉毛は無いが眉間に深くしわを寄せ、剥き出した歯の半分は暗い穴ぽこだ。こめかみと頬には大きな傷跡が走り、趣味の悪い赤色のアロハを着崩している。その顔を見た瞬間、不覚にも後ずさってしまった。さっきの、ヒィッ、は千霞が息をのんだ音だ。今は俺の腕にしがみつき、顔を背けてがたがた震えている。


「やっぱし、あんまし怖くねーのかなあ。なあ、そこな少年、どう思うよ?」


「いやっ、かなり怖いと思う……ますけど……」


「おっ、そうかあ? んじゃ、もうちょっと頑張ってみっかな。おう、スタンプ、そこにあっから。おまえらも頑張れよ!」


「はひっ、頑張りますっ!」


 俺たちは、肝試し大会のポスターが貼られた机の上で急いでスタンプを押し、逃げるようにしてその場を立ち去った。


「蒼志さん、あの……顔が笑ってますよ?」


「ああ、だって楽しいじゃん? 想定外のことが起きるのって」


「……なるほど、想定外のこと、ですか」


 俺にとっての想定外は二つあった。一つはマヌケなお化けの中身が想定外に恐ろしかったこと。そしてもう一つは、千霞が想定外に育っていたことだ。お化けの素顔に恐怖してしがみついてきた時に、俺の腕に押し付けられた柔らかいものは、この歳にしてはかなり大きい方だと言える。千霞の幼い容姿からは、全く予想できなかったことだ。なので、自然と俺の顔がニヤケてしまうのは仕方のないことだ、と誰もがそう思うだろう。


「――蒼志さん! その角、曲がった方がいいんじゃないですか!」


 はっ! いかんいかん、つい考え込んでしまった。


「でへへ、そだね。じゃあ、そっちへ曲がろうか」


 千霞が指さした方へ進路を変えしばらく歩いていると、向こうから近づいてくる影が二つ。きっと他の参加者だろうと思ってそのまま進んでいくと……あ、翠とミッチーだ。


 しかし、これは……腕を組んでいるとは言わないな。正しくは、ミッチーが翠の腕をつかんで引きずっている、だな。おや? 翠の頬が左右とも赤く腫れているのはなぜだろう。


「みっちゃん、どうしたの? なにかされたの?」


 震える声で千霞が尋ねると、ミッチーは俺や翠と話すときより幾分優しい声で、


「いんや、どうもしないよ? あたしたちはいつも通り、平常運転だ」


 なるほど。まあ、そんな感じだな。


「そんなことより千霞、そっちの調子はどうなんだ? ちっとは進んだのか?」


「んー、あんまり。でもまだ始まったばかりだからね」


「そうか、そうだな。ま、頑張れ。じゃあな、また後で!」


 ミッチーは俺と千霞に手を振り、サッサと行ってしまった。翠を引きずったままで。


 それから俺達は、地図を確認しつつ何度か角を曲がって、二番目のチェックポイントまであと少しというところに来ていた。ここからスタンプが置いてある机が見えているのだが……そこになにかがいる。道路と民家を隔てるコンクリートの塀の上に、真っ黒いなにかが。位置はちょうどチェックポイントの真上だ。無視して通り過ぎることはできない。


「千霞、あれ見える? 塀の上の黒いやつ」


「ええ、あれは……猫ちゃんでしょうか?」


 なんだって? そんな表情で千霞の方を向くと、


「えっ? でも、耳が付いてますよ? きっと、黒猫ちゃんですよ」


 ……まあ、とりあえず近づいてみようか。どうせスタンプを押さないといけないんだし。俺たちは耳が付いた黒い影の動きに注意しながらチェックポイントの方に歩きだした。影は塀の上に足を組んで腰掛けたまま、こっちをじっと見つめている。そして、スタンプ台まで5メートルくらいの距離に近づいた途端、


「ニャーーーオ」


 それが鳴いた。それはまさしく猫だった。光沢のある皮で作られた黒い全身タイツで、頭の天辺から足の爪先まで、すっぽりと全身を覆っている。肌色が見えているのは、目と口の周りだけだ。そして猫耳。同じ素材で作られた猫耳が、頭の上でピコピコと動いていた。


「ほらー、猫ちゃんじゃないですかー」


 いやいや、これは猫ちゃんというか……、


「いや、よく見ろ。猫さんだろ、だってほら」


 俺が両手を使って、胸が大きい、というジェスチャーをすると、千霞は猫さんの方へパッと目線を移し、


「あ、本当だ! 猫さんですねえ!」


 まあ、そんなことはどうでもいい。早くスタンプを押して、次のチェックポイントへ向かおう。猫さんの中身には少なからず興味があるが、俺の希望するお姉さんとはかなり違うタイプのようなので今回はパスだ。そう思ってスタンプ台に手を伸ばすと、


「ウニャー! ニャニャニャー!」


 猫さんが突然スタンプ台の上に飛び乗り、その体でスタンプを覆い隠してしまった! 仕方なく、強引にスタンプを奪おうとすると、


「ニャー! ニャー! ニャー! ウニャーーー!」


 指先を猫の手のように丸くし、俺の伸ばした手を思いっきりはたきやがった!


「痛っ!」


 痛いよ! 普通に超痛いよ! だが猫は痛がる俺の様子を全く意に介さず、こっちを睨みながら「フゥーーーッ!」と威嚇している。どうしたものかと頭を悩ませていると「大丈夫ですか?」と、千霞が近づいてきた。そして、


「あの猫さんは私に任せてください!」


 自信たっぷりにそう宣言し、猫さんに向かって、


「にゃー! にゃにゃにゃ! にゃーーー!」


 と、猫語で話しかけた! え? え? なにこれ!?


「ニャー! ニャン、ニャン、ニャン!」


「にゃん、にゃー、にゃー?」


「ニャー、ニャニャニャ、ニャン!」


 猫さんはそう鳴くとスタンプ台から飛び降りて、路上に猫のようにうずくまった。えーっ!? 通じちゃったのか!? ともあれ、その隙に千霞は書類ケースからチェックシートを取り出し、スタンプを押した。そして去り際に、毛繕い? している猫さん向かって「にゃにゃー!」と、声をかけた。


「蒼志さん、次のチェックポイントへ向かいましょう!」


 なんか腑に落ちないが、俺たちは三番目のチェックポイントへと歩き始めた。


「なあ千霞。さっきの、にゃーにゃー、ってなんなの? もしかして、猫好きの間だけで通用する猫語って本当に存在するのか?」


 千霞は目を細めてクスクスと笑い、


「それはただの都市伝説です。にゃー、に意味なんて無いですよ」


 ――この町のどこかに、極度の猫好きだけで組織された謎の秘密結社が存在するらしい。主な活動内容は、あらゆる猫に害をなす者への制裁と処罰、捨て猫の保護、野良猫への炊き出しなどだ。構成員同士の会話は、全て猫語で交わされる――という都市伝説だ。本当にあったら俺も入りたい。


「猫さんが怒っていたのは、蒼志さんが無視したからですよ。頑張って可愛い格好をしたのに、それを無視されたら怒って当然です!」


 千霞がまるで自分のことのように言っている。


「つまり別に、にゃー、じゃなくても、ただ相手をしてあげればよかったってことか?」


「そういうことです!」


 なんだ、それだけのことか。まったく、面倒くさいな、女ってやつは。


「……蒼志さん、面倒くさい、とか思ったでしょう?」


 む、いかん、顔に出ていたか? それとも女の第六感というやつか?


「いえ、べつにいいんですよ、それで。私はそんなところも含めて、蒼志さんのことが……って、なに言わせるんですか!」


 いやいや、俺が言わせたんじゃないですよ。


「あ、次のチェックポイントって、あれじゃないですか?」


 あ、本当だ。ん? スタンプ台のところに誰か立ってる。こっちを見て手招きしているので近づいてみると、なかなかダンディーな中年のおっさんだった。黒いタキシードに黒いマント。黒い髪は全て後ろに撫でつけてある。そして、血色の悪い唇の両端から突き出した白い牙。そう、おっさんはまごうことなき吸血鬼だった。


「おっさん、スタンプ押させてよ」


 近づいて、俺がそうお願いすると、


「私はおっさんではない! 私のことは、伯爵と呼んでくれたまえ!」


「じゃあ伯爵。スタンプ押させてよ」


 すると伯爵は、わざとらしくバサッとマントを翻して、


「いいだろう。但し! ……一つだけ、条件がある」


 そして、再びマントをバサッとしてから、声をひそめてこう言った。


「んふー、私は吸血鬼なので美女の生き血を吸わないと生きていけないのだ。なので、そこの少女の生き血を吸わせてくれ。さすれば、汝にスタンプを押させてやろう。いや、なあに、心配することはない。雰囲気を盛り上げるための芝居だよ、シ・バ・イ!」


 なるほど。それで雰囲気が盛り上がるかどうかは疑問だが、それくらいなら付き合ってやってもいいかな。俺は本人の了解を得るため、なぜか離れた場所に立っている千霞のところまで歩いていった。


 すると。千霞は俺が口を開くより先に、怯えた声でこんなことを言い出したんだ。


「わたしっ! あの人、知ってます! 一週間くらい前、学校からの帰り道、電柱の影からいきなり現れたんです。そしてよくわからないことを言いながら、私の体をベタベタとさわってきました。すごく気持ち悪かったので、必死に手を振り解いてあの人から離れました。それからあの人は、じっくり、なめ回すように私を見て、閉じていたマントの前をゆっくりと開いていったんです。その下には……その、下には! ……ああっ!」


「わかった、もういいよ」


 千霞の肩に手を置くと、小さく震えているのがわかった。よほど怖い思いをしたんだろうな。俺はポケットに手を突っ込んで、携帯電話の裏面にある緊急通報ボタンを強く押した。確かに通報した、という合図の短い振動が指先に伝わってくる。


「その時、携帯持ってたんだろ? すぐに警察呼べばよかったのに」


 俺がそう言い終わる前に、道路の中央にある四角いマンホールが開いて、武装した警官が五人現れた。そして、間髪入れずに銃を構えゴム弾を数発ずつ打ち込むと、声をあげる間もなくボロボロになった伯爵を抱え、マンホールの中へと姿を消した。


 この町の警察はとても優秀だ。通報すると、地下に張り巡らされた専用の通路を使って、遅くとも二十秒以内に現場へ駆けつけてくれる。そして一瞬で被疑者をデータベース照会し、指名手配犯や前科者ならゴム弾によって瞬時に制圧する。


 携帯電話には、緊急通報ボタンの搭載が義務付けられているはずだが……、


「その日はみっちゃんと、ずっとネットで占いをしていて……それで充電切れで……」


 俺たちは、誰もいなくなったチェックポイントでスタンプを押し、次のチェックポイントへ向けて歩き出した。


「ねえ、蒼志さん。去年はどんな人とペアを組んだんですか?」


「去年? 去年は年上のお姉さんだったよ。名前はサクラさんっていってね、髪が長くて大人っぽい、素敵な人だったなあ」


 ゴールしたあとでデートに誘ったのだが「子供すぎる!」と言って断られた。そのあとで「今度、君の年齢に相応ふさわしい彼女を紹介してあげるね?」とも言っていたが、その話は立ち消えになったようだ。まあ、お互いの連絡先を知らないんだから、しょうがないけど。


「そうですか。蒼志さんは、大人っぽい人が好きなんですか。それじゃあ……私も髪、伸ばそうかなあ……」


「なんで? いいんじゃない? べつにに伸ばさなくても。千霞、いまの髪型すっごい似合ってるし、けっこう好きなんだけどなあ」


 俺がそう返すと、千霞は目を真ん丸く開いて俺の顔を見た。……そして一秒後、顔を伏せ、子猫がじゃれるように俺の腹にパンチを食らわせると、後ろ手に組んで三歩くらい前を歩き出した。


「ふふっ、それでは蒼志さんの言うとおり! 髪は伸ばさないことにしますね?」


 千霞と他愛ない会話をしながら、夜の町をのんびり歩く。この雰囲気は咲紅といる時には味わえないな、なんてことを考えていると、どこからともなく子供の声が聞こえてきた。


「……ック、オア、……リート……」


 たぶん、俺たちが向かっているチェックポイントのあたりだ。千霞と顔を見合わせ、少し足取りを早める。まもなく前方に、スタンプ台といくつかの人影があるのが見えてきた。


「あれ……俺、知ってる。ハロウィンのかぼちゃ頭だろ」


「まあ、そうですけど……彼の本当の名前はジャック・オー・ランタン。堕落した人生を送った人が亡くなると、ああなっちゃうんですよ」


「へー、でも……なんでそいつが肝試しにいるんだ?」


「さあ……一応のカテゴリーが、お化けだからでしょうか」


 まあいい、とにかくスタンプを押してしまおう。


「「トニック、オア、トリートメント!」」


 近づくと、黒マントのカボチャ頭が二人いた。声質や身長から判断すると七、八歳くらいだろうか。男の子と女の子のようだ。そしてその後ろには、髭面で白髪まじりのおっさんが一人。丸い黒縁眼鏡を掛けて紅白のボーダーTシャツを着ている。


「千霞。これは……本当に、肝試しなのか?」


 隣に立っている千霞の肩を肘でつついて聞くと、


「さあ……でも、いいんじゃないですか? かわいいから」


 かわいければなんでもいいのかよ! いや、こんなのが本当にかわいいか!?


「「ウィペット、オア、ドゥリーバー!」」


 と、甲高い声を発するカボチャ頭に、


「はいはい、私はウィペットのほうが好きですよ」


 千霞はそう答えを返しつつ、ピンクのポシェットからうす紫の長細い袋を取り出して、カボチャに渡した。


 ハロウィンの日に、カボチャ頭の子供から「何々、オア、何々!」と質問されたら、それに答えてお菓子をプレゼントするというならわしがある。ハロウィンはまだずっと先なんだけど……ま、いっか。俺はポケットを探り、飴玉を用意して質問を待った。カボチャ頭が千霞に「「ありがとう!」」を言って、俺の方に向きを変える。そして、


「「ロジック、オア、エモーション!」」


 おおっ!? なかなか良い質問だな。対して俺は今の気持ちを正直に、


「今は、エモーションだ!」


 そう答えて飴玉を渡した。カボチャは背負っていた小さなリュックにそれらをしまい「「ありがとう! スタンプあそこだよ!」」と、小さな手で指し示した。俺たちはスタンプ台に近づき、そばに立っていた髭面に「こんばんは。スタンプ押させてもらいますね」と断ってからスタンプを押した。


 髭面は「ああ、こんばんは」とだけ応えて、ずっとカボチャ頭の方を見ている。きっと保護者が付き添っているだけなのだろう。


 それから俺たちは、少し離れた街灯の下へ移動して、最後のチェックポイントの場所を確認することにした。千霞が書類ケースから地図とチェックシートを取り出す。


「何番って書いてる?」


「ちょっと待ってくださいね? えーと……二十番です」


「二十番。二十番、二十番……あ、あった!」


 そして、その番号のすぐ横に書かれた文字を読み上げる。


「藤神社、か。千霞、行ったことある?」


「もちろんありますよ。今年の初詣は、ちゃんと晴れ着を着てそこに行きましたからね」


 ほう、晴れ着で初詣か。毎年の正月が七五三みたくなりそうだ。千歳飴とか持たせたいなあ。と、考えていると、千霞がむっとした顔で、


「……七五三、とか思ってませんか?」


「え。……いーえ、もう、ぜんっぜん。そんなこと、全然、思ってないですよ。あ! 来年は一緒に行けたらいいなあ、って考えてただけですよ?」


 すると千霞は、一転して笑顔になり、


「行きましょう、絶対に行きましょう! 約束ですよ、約束しましたからね?」


 それから二人で、今後の年中行事について話し合った。一つ約束が増える毎に、千霞との絆が強まっていくのを感じる。


 そして、一通り約束を交わし終わった頃、俺たちは藤神社参道の入口に立っていた。俺の三倍以上の高さがある北木石きたぎいしの鳥居の奥には、常夜灯に点々と照らされた石段がそびえるように続いている。


「おお、いい雰囲気だなあ。今度こそ、期待していいんじゃないか?」


 今回の肝試しは、偶然にも仮装大会のような脅かし役が続いてしまったが、最後くらいは肝試しらしい恐怖と驚きが欲しい。俺はそう思ったのだが、千霞は不満げな顔で、


「えー? 私としては、なにも出て来ない方がいいんですけど……」


 そして、俺の腕にむぎゅっとしがみついてきた。……うん、まあ、どっちでもいいかな? と考え直し、参道の石段を登り始めた。


 この山の標高差はおよそ40メートル。藤神社はその頂に建てられている。いつごろ創建されたのかは不明だ。祀られているのは木花之佐久夜毘売このはなさくやびめという、遠い所にある大きな山の神様。高い所に上れば町からでもその山を見ることができる、らしいが、俺はまだ見たことがない。参道の石段は全部で百三十三段ある。ミッチーが毎日のトレーニングに使っているとか、いないとか。


 そんな話しをしながら石段をゆっくりと登っていると、どこからともなくヒタヒタという音が響いてきた。立ち止まり、これはなんの音だろう、と二人して首をかしげる。浅い溜まり水に一滴ずつ水を落とすような湿った音。見回すが、そのような音を立てそうな物は何一つ見あたらない。不思議に思いながらも、また石段を登り始めた。


 場の雰囲気に当てられたのか、顔を青くした千霞が寄りすがってくる。しばらくして俺は、この音が足音だということに気づいた。どうやら境内の石畳の上を、何者かが素足で歩いているらしい。俺と千霞は目を合わせ頷き合ってから、残りの石段を静かに上り詰めた。


 静まり返る広々とした境内に、ヒタヒタと足音だけが響いている。見渡すと足音の主はすぐに見つかった。参道から続く石畳の上で四つん這いになり、拝殿に向かって進んでいる。その大きさからして人間の子供だろうか。頭髪は無く衣類も身に付けていない。まるで羽根をむしられた鶏のようだ。それが通った後には、濡れたような黒い筋が長々と続いていた。


「蒼志さん……あの人、怖い……です」


 千霞が目に涙を浮かべ、震える声でそう訴えた。


「ああ……そうだね」


 俺たちの存在には気づいていない様子なので、一旦、下がって対策を立てることにした。千霞に目で合図を送り、そっと後ろを振り返る。すると、


「「――!」」


 石段の中ほどから、足音の主に似た何かが俺たちを見上げている。子供のようにも見えるが……何かがおかしい。手足が短いのか? ……いや、違う。アレは子供などではない。子供のように体が小さく見えるのは、両手と両足が半分くらいで千切れているからだ。その手足で石段を這いずって来たのだろう。アレの後ろには赤黒い筋が麓の方まで続いていた。


「どっ、どうするよ、千霞。……千霞? ……千霞!」


 千霞は俺に寄りかかったまま、気を失っているようだ。ぐったりとして身動きしない。


「おい、あいつ登ってくるぞ! おい千霞、千霞!」


 アレは寸足らずの四肢で、石段をもぞもぞ這い上がってくる。俺たちとの距離は徐々に縮まり、その顔が少しずつ鮮明になってきた。


 血管が透けて見える白い顔。目の代わりにあるのは暗いただの穴だ。鼻らしきものはどこにも見あたらず、口のような大きな窪みはぬらぬらと赤く光っている。


「千霞、……千霞!」


 揺さぶっても、頬を叩いても目を開く気配はない。


『あ、あ、あ、あ、あーーーーー!』


 突然アレが二本の短い足で立ち上がり、耳障りなくぐもった叫び声をあげた。そしてまた四つん這いになると、さっきよりも速度を上げて石段を上り始めた。


 千霞を抱きかかえて振り返り、境内を見渡すと……何も、いない!? 石畳の上を這っていたはずのアレは姿を消しており、何かを引きずったような黒い跡だけが拝殿の方へ続いている。訝しく思ったが、ためらっている余裕はない。俺は千霞を抱えたまま、拝殿の左手にある神楽殿へと駆け出した。千霞の体は思っていたよりも軽い。あまり鍛えていない俺の腕でも易々と運ぶことができた。


 薄暗い常夜灯が一つ、夜の神楽殿を照らしている。舞台の広さはおよそ二十畳。神楽殿と呼んではいるが、ここで神楽舞を見たことは一度もない。


 舞台の隅に座布団が重ねてあったので、それを並べて千霞を寝かせた。そのあとで石段の上まで様子を見に行ってみたが、アレの姿はすでになかった。標的を見失って諦めたのだろうか? 首を捻りつつ神楽殿へ戻ると、


「蒼志さん、水が……お水が飲みたいです」


 千霞が意識を取り戻していた。うっすらと目を開き俺を見ている。少し顔色が悪いが、意識はしっかりしているように思えた。


「ああ、わかった! ちょっと待ってろよ。すぐ持ってくるから!」


 そう言い置いて、拝殿の向こうにある手水舎へと走った。さっきまで得体の知れない何かがいたはずの石畳を横切る。アレが這いずった跡を近くで見てみると赤黒い色をしていることがわかった。気持ちが悪いので、それを踏まないように飛び越えた。


 手水舎のそばにも常夜灯があり、その周りをぼんやりと照らしていた。四本の柱に支えられた切妻造の屋根の下に、巨大な自然石をくり抜いた水盤がある。絶えず水を吐き続ける水口は龍を象ったものだ。そばにある竹で作られた棚の上に、手を洗うための柄杓が数本と、口を濯ぐための紙コップが置かれていた。俺は紙コップに龍の口から水を汲むと、こぼさないよう注意して千霞のもとへ急いだ。


 神楽殿に戻ると、千霞は起き上がって舞台の縁に腰掛けていた。まだ具合が悪いようで、俯いて額に手を当てている。俺が「ほら、水だよ」と言って、紙コップを差し出すと、


「あ、ありがとうございます。すいません……」


 沈んだ声でそう言い、水を一息に飲み干した。


「あ、あ、頭が痛いんです」


 体調が悪いのでは仕方がない。少し休ませて、落ち着いたら家まで送っていこう。


「無理しないで横になってなよ。落ち着いたら送ってくから。それとも、家の人に連絡して迎えに来てもらうか?」


 すると千霞は、俺に背中を向ける格好で座布団の上に横になった。


「あ、あ、あ、あの怖い人たち、どうなったんでしょう?」


「もう、この近くにはいないみたいだな。今頃はどこか別の場所で、他の参加者を脅かしているんじゃないか?」


 姿が見えなくなってからしばらく経つが、アレが現れる気配はない。


「なあ、水もういらない? 他に欲しい物とかあったら買ってくるけど?」


「あ、あ、あ、あ、あります! どうしても欲しい物があります!」


「うん。なにが欲しい? あんまり高い物は無理だけど。なんでも買ってくるよ?」


 千霞は背中を向けたまま黙っている。


 ……眠っちゃったかな? そう思ってそばに近づいてみると、小さな声で、


『……あ、あ……』


 よく聞こえなかったので、もう少し顔を近づけた。そして耳をそばだてる。


 すると、俺がそうするのを待っていたかのように、千霞がこっちに顔を向けた。その顔――何本もの血管が浮き出た白い顔には、目が……無い! 代わりにそこにあるのは真っ暗な穴。口の代わりには赤く濡れた大きな窪みがある。そして、


『あ、あ、あーーーーー、あなたの命です!』


 気味の悪いくぐもった声でそう叫び、バネ仕掛けのように起き上がると、断面から骨がのぞいている両腕を俺の方に向けて突きだしてきた!


「うわぁ!」


 俺は腰掛けていた舞台からずり落ちて地べたにしりもちをついた。すると!


『……クッ! ……クッ……プハッ!』


 千霞は不気味な顔と耳障りな声のまま、笑いをこらえきれずに吹き出した。


「千霞、おまえ……あいつらとグルだったのかよ」


 千霞は口元に両手をあて、可愛らしくクスクスと笑う。


「くっそー、完全に騙された。全然わかんなかったよ」


 俺の驚いた顔がよほどおかしかったらしく、千霞の笑いは一向に収まる気配がない。


「す、すいません、受付のおばさんに頼まれて仕方な……クッ!」


 吹き出しながらマスクを外し、ポシェットから取り出したハンカチで涙を拭う。俺は立ち上がって千霞の隣に腰掛け、軽くため息をついてから、


「他の脅かし役は? あいつらはどこ行ったんだよ」


「ち、違う場所で他の人を脅かしてます……クッ!」


「声とかどうしたんだよ。あの気持ち悪い声」


「ボイスチェンジャーですよ。ボ……クッ!」


 吹き出しながら、喉が見えるように襟を少し下げた。黒い板状のものがベルトで固定されている。千霞はそれを二本の指で摘まむような動作をしてから口を開いた。


『あ、あ、あ、あ、あーーーーー、食べちゃうぞー……クフッ!』


 おおっ、例の耳障りな声だ。面白いな、これ。だが……笑いすぎだろ!


「あ、すいません。あの……怒ってますか?」


 千霞の声は元に戻っている。


「え、俺が? なんで?」


「こういう遊びだとはいえ、騙しちゃったわけですから。ご心配をおかけしたようですし」


「いや、楽しかったから、別に気にしなくていいよ」


「やっぱり蒼志さんは優しいですね。私だったら、泣き喚いて凄く怒ったかもしれません」


 大げさだな。こんなことで怒る奴なんていないだろ。俺がそう言おうと考えていると、千霞が……近づいてきた。


「今日はとても楽しかったです。思い切って肝試しに参加して本当によかった。蒼志さんと、いっぱいお話しできましたから。私、男の子とこんなにたくさんお話ししたの、生まれて初めてなんです」


 熱っぽい声で言いながらジリジリと体を寄せてくる。うっとりとした表情はほのかに赤く染まり、濡れた瞳があやしく光っていた。


「千霞……さん? 急にどうしたんだよ。具合でも悪いのか?」


 千霞はなにも答えず、潤んだ瞳で俺を見つめている。そして、俺の体をよじ登るようにして、両手を肩の高さまで持ってくると、思いきり力を込めて後ろに押した。俺は抵抗できず、そのまま押し倒された。


「き、急にじゃありません! ずっと、こうしたいと考えていました!」


 そして、腹の上にまたがり腰を下ろす。


「具合は……悪いかもしれません。こっ! こっ! このあたりが!」


 千霞は俺の右手をむんずとつかむと、自分の左胸に強く押し付けた。俺は声を出すこともできない。そして、体を動かすこともできない。


「ドッ、ドキドキして、息が苦しいんです。頭もクラクラしてきて……はあっ! だっ、大丈夫です。全部、教えて貰いましたから。私に任せてくださいっ!」


 千霞は頬を赤く染め、息を荒くしている。何度も深呼吸し、少し落ち着くと、その顔をゆっくりと、俺の顔に、近づけて……そして、唇と唇を、強く押し付けるように重ねた。


 ……長いキスのあとで「わたっ、わたしっ、初めてなんです!」と、スカートの中に手を突っ込み、モゾモゾし始めた。俺はなにも言わない。止めるつもりもない。何故ならばっ!


 ――というところでなんとっ! 俺の携帯の着信音が最大音量で鳴り響いた! 俺と千霞と、雑多な虫たちの声だけあった静謐な世界に、突如として流れだす某魔法少女アニメの勇ましい主題歌。ちょっと恥ずかしい!


 やむなく千霞を抱えて脇におろし、携帯電話を取り出して通話ボタンを押した。


『もしもし、蒼志? 明日どうするの?』


「ああ、咲紅? あー、明日はたぶん、砂浜でだらだらしてると思う」


『ふうん。あたし、お昼ちょっと前くらいに行くね? 明日は普通のお弁当作って貰うから。じゃあね、おやすみ』


 ……ああ、なんか気が削がれたな。今更ながらマナーモードにしていなかったことが悔やまれる。千霞の様子を見てみると、呆気にとられたような表情で、ぽかんと口を開けはなしていた。ふう、また今度、だな。


「千霞、スタンプ押して戻ろうか」


「……はい……」


 俺たちは、賽銭箱の横にあったスタンプを押して、ゴールの宿泊所へと引き返した。その道中で千霞に、ちょっと気になっていたことを聞いてみた。


「さっき、全部教えて貰った、って言ってたけど、誰に?」


「サクラちゃんです」


 んー、ただ、サクラちゃん、って言われてもなあ。俺の知り合いにも、サクラちゃんが一人だけいるけど……まさかね。


「サクラちゃん?」


「はい、蒼志さんと去年ペアを組んだサクラちゃんです」


「おい、なんでだよ!? 千霞、知り合いだったのか!?」


「はい、サクラちゃんは、みっちゃんのお姉ちゃんです」


 は!? ということは、並木サクラ、か! なるほど、しっくりくる名前ではあるな!


「へー、そっかぁ……じゃあさ、サクラさんの連絡先教えてよ」


「絶対に嫌です!」


 しばらくして宿泊所に着くと、翠とミッチーが参加賞の缶ジュースを片手に俺たちの帰りを待っていた。俺と千霞も参加賞を受け取って雑談に加わる。そして、今年の脅かし役はレベルが……とか、変質者が何人か……とか、ミッチーの空手キックが炸裂……といった話しをしたあと、男子と女子とに分かれた。


 その他の色々な出来事は、これから夜を徹して話し合われることだろう。



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