〜歩み編〜9
只今テスト期間。夏休みに向けてがんばりまっしょい。
電車に揺られて20分。恵の最寄り駅に着いた。まもなく電車の扉がプシューと音を立てて開いた。
「さよなら先輩っ、またね、さっちゃん」
恵はそう言うとヒラヒラと手を振って降りた。
「またねー恵ちゃんっ」
「バイバイ、恵」
私は扉が閉まり電車が発車して恵の後姿が人混みに消えていくまで見つめていた。謎が深まるばかりだ。一体恵は夏奈先輩と…
「…ちゃん」
何の話を…
「さっちゃん」
動揺するほどのこととは…??
「さっちゃん!」
栞先輩の声が頭に響く。
「はい!!」
思わず元気の良い返事をしてしまった。周りの人の視線を感じる。栞先輩はクスクスと笑っていた。また笑われてしまった。
「す、すみません、考え事してて…」
車内は徐々に空いていき、私と先輩は扉近くの空席に座った。
「いいよ、別に。ねぇ、さっちゃんは最寄りどこ?」
「あ、…えっ…と…」
私はそれまで先輩と降りる駅が一緒であることを忘れていた。あの日先輩を見つけたことを。
「山田駅です」
「え、一緒じゃん!あたしも山田だよー」
知ってます。
「へぇーそうなんですか!知らなかったです」
嘘。
「そっかそっかーさっちゃん地元一緒だったんだねぇ、中学は?」
「北山田中です」
「あーあたし南山田中だ。でも近いね、結構っ」
先輩は自分の髪を手で撫でながら話す。
「ですね。でも地元に同じ高校の先輩がいるとは思いませんでした」
「本当だよね、地元が山田の人少ないよね」
案外普通に先輩と喋れたことに安心した。ずっと緊張しっぱなしだと疲れて仕方ない。
私たちを乗せた電車は最寄り駅の山田に着いた。先輩と一緒に降りた最寄り駅はなんだか新鮮に思えた。おかしいな、何度も降りているのに。
改札を通り途中まで家路が一緒ということで先輩と肩を並べて歩く。これは流石に緊張する。
「あ、そういえばさっちゃんに土星のこと聞くの忘れてたね。土星が思ったより綺麗で夢中になっちゃってさ」
「土星綺麗でしたね。雲も少なかったし、私も夢中で観てましたよ」
「ねぇ、土星ってさ、どんぐらい大きいの?」
先輩が顔を此方に向けてクリクリした瞳で言う。
行き交う人は早歩きで家路を急ぐ。その中で私たちはゆっくり歩いている。スローモーションのようだ。
「そうですね、…太陽系の中で2番目に大きんです。地球の約9.4倍ほどですかね」
「でかっ⁉」
先輩がさっきよりも大きな声で言った。
「重さは地球の95倍です」
「いや、もう感覚わかんないや…」
「ですね…」
「土星は英語でなんて言うの?」
「Saturnです」
「さ、さサターン?」
「はい、ローマ神話にでてくるサートゥルヌスという神に由来しているんです」
「へ、へぇ…」
私が小難しい話をしたせいで先輩の顔は少し疲れていた。
今度こそは引かれただろうか。
私は心配そうな声で聞く。
「やっぱり引きますよね、ヲタクって…でも聞かれたらすぐ答えちゃうんですよ」
「ううん、引かないよ、だって星に詳しいってなんかロマンチックで素敵だと思う。あたし羨ましいぐらいだよ」
先輩は私を安心させるかのように微笑んでくれた。優しいな、この人は。心が暖かいもので包まれたように感じた。
「そんなこと言われたら調子乗っちゃいますよ」
私は照れながら笑った。
幸せな時間はあっという間に過ぎる。いつの間にか私のマンション前まで来ていた。
「さっちゃんの家ここ?」
先輩はマンションの頂点を見上げる。
「はい、あ、ありがとうございました!気をつけて帰ってくださいね」
「うん!こちらこそ、色々話できて良かった。また一緒に帰ろうね」
先輩、これ以上私の気持ちを揺さぶらないでください。絶対にまた一緒に帰らせていただきます。
「はい!それじゃあ、さよなら」
「バイバイ、さっちゃん」
先輩は笑顔で手を振り街灯の灯る細い道を歩いていった。
先輩の家はどこなんだろう?そんなことを考えながら先輩の小柄な背中が夜の闇に消えるまで見つめていた。
「ただいま」
リビングのドアを開くと母がパジャマ姿で台所に立っていた。
「あら、おかえり。遅かったね」
母はそう言うと片手に持っていたガラスのコップに麦茶を注ぎ始めた。
「そう?」
私はチラッとリビングに掛かる時計を見た。時刻は午後10時少し前だった。
「まあ観測は夜にしかできないから。許してね」
「分かってるわよ、それより、晩ご飯どうする?食べるんなら出すけど」
「んーお茶漬けとかでいいや」
「はいはい、ちょっと待ってて〜」
そう言って母はちゃちゃっと塩ジャケの身が乗った美味しそうなお茶漬けを作ってくれた。
「いただきます」
「召し上がれー。ファ〜、お母さんもう寝るね、明日朝から出かけなきゃ行けなくなったから」
母はアクビをして言った。見るからに眠そう。
「了解、どこ行くの?」
「お父さんの実家。おばあちゃん体調悪いみたいだから様子伺おうかと思ってね」
私の箸が止まる。
「そっか…病気とかじゃなければいいね」
「そうね〜、ま、あんたは心配しなくていいからね」
「分かってますー、おやすみ」
「おやすみ」
私は少し冷めたお茶漬けを急いで食べた。
バタンッ。ベットにダイブした。体は凄く疲れているのに何故か気持ちはフワフワしている。今日一日で栞先輩に言われた言葉を頭の中で巡らせる。「2人で」とか「優しい」とか、「また一緒に帰ろうね」とか、もうその言われたシーンを思い出すだけで息が苦しい。重症だ。先輩しか今は考えられない。先輩しか可愛くない。本気で思えてしまうのだからちょっと自分が怖い。でも本音だ。失礼だと思うけど、栞先輩と恵を比べたら一般の人は多分ほとんどが恵の方が可愛いと答えるかもしれない。僅差だが。だって恵は本当に可愛いから。今までの私なら素直にそう思ってたし、納得してた。でも、栞先輩が現れてからは何時も隣にいる超絶美少女よりも可愛い人だと思った。全てがいちいち可愛いのだ。可愛いくて、優しい人だ。
私は布団を頭まで被り、先輩と一緒に帰った思い出に浸りながら眠りについた。
「………先輩……」