蒼炎 2
本作はえきちー(@EkitaiT)の名前で、カクヨムにも掲載しております。
笹倉和美と立花千春は中学に入ってからの友人だった。
中学の入学当初、控えめな性格の和美はなかなか友達を作れずにいた。
しかしそこで積極的に声をかけてきてくれたのが千春だった。
社交的で運動神経も良い彼女は女子バスケ部に入部していたが、そのときに男子バスケ部に所属していた竹田和彦という男子部員と付き合い始めた。どうやら千春が彼に一目惚れしたらしく、猛アタックをかけたのだとか。
お互いに家も近かった二人は、部活後に一緒に下校したり、休日にはデートをしたりと順風満帆に交際を続けていた。
では和美との交友がなくなったのかと言えば、そんなことはなかった。
多少は以前より減ったとはいえ、千春は和彦と付き合い始めてからも、時間を作り和美と遊びに出かけたりした。
一度、彼女に時間を使わせるのが申し訳なくなり、和美は彼と過ごした方がいいのではないかと問いかけたときがあった。
だが、それに対して彼女は、
「気にしなくていいって。ちゃんとあいつには言ってるし、和美と遊ぶのも楽しいしさ」
と何も気負うことなく答えたのであった。
だからこそ、和美も部活や恋を全力で謳歌する千春を影ながら応援していた。
千春が彼と喧嘩したときなどは相談にも乗ったし、彼へのプレゼントに悩んだときは一緒に選んだりもした。和美から見てもケチのつけようのない、お似合いのカップルだったのだ。
中学卒業後、三人は神無高校へ進学した。
千春と和彦はクラスが別となったが、二人ともまたバスケ部に入部した。
毎日を楽しそうに充実した日々を送る千春を見て「高校を卒業したら二人は結婚するかもしれないな」などと思っていた和美だったが、しばらくして事態は一変した。
和彦が千春に別れ話を持ち出したのである。
理由は、和彦と同じクラスでバスケ部のマネージャーを務めている女子と付き合うことになったため。
女子バスケ部と男子バスケ部は同じ体育館で部活をしているため、千春も男子バスケ部のマネージャーのことは知っていた。しかし、和彦が彼女と陰で付き合っていたということまでは知らなかった。
どうやら和彦は入部してすぐにそのマネージャーからアプローチをかけられ付き合っていたようだった。
少々派手な印象のあるそのマネージャーには、いつも遊び歩いているとか、複数の男子と付き合っているとか、正直あまり良い噂はなかった。
そんな噂が千春の耳にも入っているのかはわからなかったが、いきなり別れ話を切り出され、当然納得できなかった千春は、和彦に食ってかかり問い詰めた。
だが、彼は全く取り合わず、結局三年続いた二人の関係は終わってしまった。
ここまではオカルト要素など何もない、ただのよくある学生の青春の1ページという感じなのだが、問題はここからだ。
千春と和彦が別れたのは今から三週間ほど前のこと。
失恋のショックからバスケ部を辞めた千春は、その後体調不良で学校を休んだ。
これまで千春が体調不良で何日も休んだところを見たことがなかった和美は、千春のことをだいぶ心配した。
彼女の家に様子を見に行こうかとも思ったが、失恋のショックで千春がどのような状態になってしまったのか知るのが怖く、結局、和美はただ彼女が戻ってくるのを待つしかなかった。
そして三日後、再び千春が教室に姿を現した。
その顔は少々やつれていたが、クラスメイトからの心配の声に対していつも通り反応し、これまでのように笑えるぐらいには回復していたようだった。
もう和彦のことには決着をつけたのだろうと、和美は勝手に思っていた。
それから数日経ったある日、和美はいつものように一緒に帰ろうと千春を誘った。
だが。
「ごめん! 今日はちょっと用事があってさ……」
「? 何かあるの?」
「ちょっと準備しないといけないことがあるんだ」
「準備? 何かイベントとかあったっけ?」
「違う違う。明日からまた和彦と付き合うんだ。 そのための準備だよ」
「え…? どういうこと? 竹田君、あのマネージャーと別れたの…?」
「別れてないよ。でも私が今夜やる儀式で、和彦はあの女と別れて、また私と付き合うことになるんだ」
「……何言ってるの、千春…?」
「ふふっ、楽しみだなぁ……そうだ、和美にもこれあげる。恋愛絡みで何か困ったことあったら試してみるといいかもよ」
和美に対し、いつも変わらない笑顔でそう告げながら、彼女は何かが描かれた一枚の紙を手渡してきた。そこに描かれていたのは、見たことのない模様のようなもの。
「千春、これ何……」
和美は問いかけようとしたが、千春は鞄を手に取ると「ごめん、寄るところがあるから!」と言って教室を出て行ってしまった。
それが三日前のことになる。
そして次の日、千春は姿を消した。
★★★★★
そこまで話したところで、和美は一息吐いた。
「……立花さんは『儀式』って言ってたの?」
彼女の話を静かに聞いていた黒亜は、途中で出てきたその単語が気になり和美に問いかける。
「はい、千春は言ってました。儀式をして竹田君とまた付き合う、って……」
儀式。
それは現代の日本において、日常生活ではあまり使われることのない単語だ。
また、宗教的に行われる神聖な儀式、個人的におこなわれるオリジナルの儀式、“おまじない”程度の軽い気持ちでおこなわれる儀式……
一口に“儀式”と言っても、そこには様々な形式や意味が存在する。
別れた彼と縒りを戻す儀式、つまり恋愛に関係したものだとは思うが、男女の恋愛事情は古からの普遍のテーマであるが故に、歴史の深いオカルト的にも関連する儀式は枚挙に暇がない。
そこへ芽衣がトレイを持ち、二人が座る席へやって来た。
「はい、これアイスレモンティー! 煙羅亭のおすすめはコーヒーだけじゃないんだぜ? あ、これはサービス品でお代は気にしなくていいから! 何も入れずにこのままぐびーって飲んじゃって!」
ありがとうございます、と言って和美はレモンティーのストローに口を付けた。
「おいし……」
彼女は驚いた様にグラスを見つめる。
その様子に芽衣は自分が淹れたわけでもないのにふふんと鼻を鳴らした。
そしてトレイに乗ったもう一つのカップを黒亜の前に置く。
「はい、ココちゃんにはこれ! ブラック×ブラック」
彼女が放ったコーヒーの名に、黒亜は驚くように顔を上げ、その表情を強張らせた。
「え、うそ……」
「これが出たの、ちょっと久しぶりだよね」
あの芽衣も少し困った様にそう言うと、隣のテーブル席のソファに座った。
黒亜たちが依頼の相談を受けているとき、あるいはこれから依頼をこなそうとするときに出される金村のコーヒー、これは一種の占いだ。
特に注文したわけでもないのに出てくるこのコーヒーは、その依頼の難易度を示すもので、全部で四種類ある。
『ブラック』『特製ブラック』『ブラック×ブラック』『ブラック×ブラック&ダーク』
金村が名付けたのかどうかはわからないが、芽衣はそう呼んでいる。
このコーヒーは出ないときもあるし、出たとしても大抵は悪霊や悪鬼が絡む『ブラック』か『特製ブラック』を出される場合がほとんどになる。
そして残りの二つは、経験上、黒亜が定義する怪異のうち『魔人』や『悪魔』が関係してくる場合に出てくる。
ちなみに『ブラック×ブラック』は過去に2回、『ブラック×ブラック&ダーク』は1回出たことがあるが、どれも厄介極まりない案件だった。
いずれも黒亜単独ではなく【奇々怪々】の他のメンバーや、果てはあの姉や母にまで助けを求める事態にまでなった程である。
もちろん、コーヒーの種類が全てを決めるわけではない。上振れ、下振れは発生する。だから“占い”なのだ。
だが、このタイミングで『ブラック×ブラック』が出ると嫌でも警戒してしまう。
「でさでさ、あっちでちょっと話聞いてたんだけど、そのチハルちゃんがいなくなった日って、うちの高校でボヤ騒ぎがあった日じゃない?」
「……あっ、そうですね」
「ボヤ騒ぎ?」
二日前……正確には三日前の夜中、芽衣たちの通う神無高校の体育館で火災があった。
幸い、校内を巡回していた警備員が火の手に気付き、またその火は体育館の中央付近で上がっていたため他に燃え移らなかったこともあり、床が焼けた程度で済んだとのことだった。
ただ、翌日は消防署による調査が入ったため、学校が休校となり、未だ体育館も立入禁止になっているらしい。
「はい、注目! ここからがメイちゃんのマル秘情報ー! どうやら火災の原因は体育館に敷かれた布らしきものが燃えたことみたい。あと近くに溶けた蝋燭が落ちてたとかで、これが倒れて布が燃えたんじゃないかって。それとよくわかんないけど、割れた鏡もあったんだって。ココちゃん、どう思う?」
表紙に『マル秘! 見ちゃダメ!』と手書きされた手帳を開いた芽衣が、ニュースにもなっていないボヤ騒ぎの詳細を語ると、意味あり気に黒亜へ訊いてきた。
三日前の夜中。それは放課後に千春が『儀式をおこなう』と言っていた日ではないか。
夜中、体育館、溶けた蝋燭、割れた鏡、儀式、ボヤ騒ぎ、翌日に失踪した少女……
千春が夜中に何らかの儀式をおこない、そして失敗して火災を起こすことになった。
三人が沈黙する中、各々の頭の中にはそのような状況が起こったのではないかと想像が働いていた。
「そうだ……あの、これも……私にはどう使えばいいのかわからないんですけど……」
沈黙を破り、和美が思い出したかのように、バッグから一枚の折り畳まれた紙片を取り出して黒亜の前に置いた。それは彼女が話していた、千春から貰った何かが描かれた紙。
黒亜が手に取って開き、しばしそこに描かれたものを見つめる。
そして、本日二度目の驚愕の表情を見せた。
「待って、これって……」
その黒亜の様子に芽衣も紙に描かれた内容が気になり、彼女の横に移動して覗き込んだ。
紙に描かれていたのは二重の円。その中にはハートのような模様と、先端が丸まった蔦のような模様とが組み合わさったような複雑な図柄だった。
さらに、円と円の間には、ちょうど時計の偶数の数字に当たる部分に、6文字のアルファベットが記載されている。
「…? 何これ?」
問いかける芽衣に、黒亜は答えない。
この紋章を使った儀式と言えば、もはやあれしかない。
なるほど、成功すれば確かに恋愛関係にも効くかもしれない。
金村が何故このコーヒーを出したのかも、おおよそ理解できた。
全てが繋がった黒亜は、続いてどう対処すべきか? という課題に思考の焦点を当てる。
動くなら今日中がいいだろう。しかし準備も必要だ。それに……
「メイちゃん、至急、調べてほしいことがあるの」
「ん?」
「二日前から発生している神無市内の火災について」
「……へぇ」
芽衣は面白そうに笑みを浮かべる。
「ココちゃんにはもう大体予想はついているけど、その答え合わせって感じ?」
「そんなところ、かな」
「いいよ。超特急で調べてあげる。任せな、相棒」
「ふふっ、頼もしいね。私もいろいろ準備するから……7時に、またここで」
「りょーかい」
言うな否や、芽衣はエプロンを外すと、金村のいるカウンターにそれを置いた。
「マスター、また来るけど今日のバイトは終了で! ヨロシク!」
「………」
いつも通り、一瞥もくれない金村をよそに、彼女は店を出ていった。
一方、和美は急に話を進める二人に困惑していた。
「笹倉さん、今回のご相談、依頼として引き受けました」
「! あ、ありがとうございます…!」
「でも、たぶん事態は深刻です……なので、今夜動きます。心配かもしれないけど待ってて」
「よろしくお願いします! 千春は、私の親友だから…!」
それからしばらく話をした後、和美は帰路に就いた。
彼女を見送った黒亜は一人、テーブルに置かれた紙片を見る。
千春から渡されたというそれは、とある魔術で使用される紋章。
そこに記されたアルファベット6文字は、時計回りに並べると、こう書かれていた。
BELETH
<続>




