アリアのロザリオ講座
本作はえきちー(@EkitaiT)の名前で、カクヨムにも掲載しております。
※今回は1話完結。ホラー内容ではありません。
ある日の煙羅亭。
レコードから流れる陽気なジャズの楽曲が流れる店内。
その一番奥にある2人掛けのテーブル席に、2人の女性が座っていた。
喪服を連想させるような黒いゴスロリ衣装に身を包んだ夕川黒亜と、首から大きな十字架を下げ、Tシャツにジーンズというラフな格好をした長い金髪と碧眼の女性、アリア・エルフィンドである。
いつもの如く、他に客がいない店内。
そこでアリアが、自身の生まれ故郷であるイギリスに帰っていたときの土産話を、幼馴染である黒亜に語っていた。こんなことがあった、あんな目にあった、と身振り手振りを交えて楽しそうに話すアリアに、黒亜は目を細めながら、相槌を打ったり、質問したりと聞き役に徹していた。
話すアリアと聞く黒亜。
これは小学校時代からの幼馴染である2人の、15年近く変わらない基本的な会話の構図であった。
そんな2人が話に花を咲かせていると、からんからん、という店の入口の扉に取り付けられたベルの音が耳に入る。
誰が来たのか? 2人がそこに目を向けると、
「あっ! ココちゃんとアリア! ねぇこれ見て見て!」
と、挨拶もそこそこに喧しい女子高生が入店してきた。
アップポニーテールに結わえられた茶色い髪を元気よく揺らす彼女の名は襟崎芽衣。この煙羅亭でアルバイトをしている少女である。
「あら、メイ。今日は姿が見えなかったからバイトは休みだと思っていたのに」
「遅刻かな? メイちゃんってここのバイトのシフトだけは時間にルーズだよね」
「アリア正解! 遅刻じゃなくて今日は休み! てかココちゃん、私のことそんな風に思ってたの!?」
大げさに驚く芽衣。しかし黒亜はそれ以上何も言わず、コーヒーカップに口を付けた。
「もう! いやそれより見てこれ! じゃーん!」
芽衣は肩に掛けていた学生鞄を隣のテーブルに置くと、その中からパステルピンク色のポーチを取り出す。首を傾げるアリアと黒亜の前で、芽衣がそのポーチのファスナーを開けた。
「ああっ! 絡まってる!」
慌てて後ろを向き、何やら手元でかちゃかちゃしていた芽衣は、再び2人に向き直る。
「じゃーん!」
両手の指先で持って広げられた物。
それは5mm程度の様々な色のビーズが短い鎖で繋げられており、鎖の一か所に銀色のシンプルな十字架がぶら下がっていた。
「どう? 可愛いでしょ~!」
「…………」
「…………」
ご機嫌な芽衣とは裏腹に、無言の黒亜とアリア。
「ちょっと! 何か言ってよ! ロ・ザ・リ・オ! ロザリオだよ! アリアも持ってるでしょ!」
2人から反応がないことに焦れた芽衣が口にした単語に、黒亜は「ああ……」と言いながら微妙な表情をし、アリアは眉間に皺を寄せて「本気で言ってる…?」と理解しがたいものを見る目で芽衣の手に持ったものを凝視していた。
「あ、あれ…?」
もっと『おお、良いね!』とか『やだ、ほんとかわいい!』とか、そんなリアクションを想像していた芽衣だが、期待とは全く異なる両者の反応と、そこから生まれた居た堪れない雰囲気にたじろいでしまう。
「ほ、ほら、私この前“呪い”にやられちゃったときに、アリアが十字架のネックレスとかロザリオを首に掛けて守ってくれたでしょ?」
うんうん、とアリアと黒亜が頷く。
「で、私も護身用にロザリオ欲しいなーって思って、Amazonで買ったの! 『魔除けに最適!』って書いてあって……それにこの部分がカニカンなってるから、こうやってネックレスとしても着けやすいし! なのに3,000円だったんだよ! お買い得じゃない!?」
続けて芽衣が語った内容に、うーん、とアリアと黒亜が項垂れた。
「ここに本職の修道女がいるのに……」
「私のメイからの信頼度って、Amazonより低いの…?」
黒亜は『理解できない……』と額に手を当て、アリアは両手で顔を覆いながら俯き、ショックで言葉を失った。
先ほどまでの“居た堪れない雰囲気”は、一瞬にして“困惑と哀しみの雰囲気”へと変化し、重い空気が流れ始める。
「えっと……あの……その……」
何故こんな空気になってしまったのかわかっていない芽衣も、さすがにこの状況で何かを続けて話す言葉は持ち合わせておらず、三者の間を沈黙が支配した。
場違いな明るいジャズの楽曲が、如何ほど流れたか。
不意に黒亜が、ぱん、と手を鳴らした。
「メイちゃん、そこに椅子を持ってきて座りなさい」
黒亜がアリアと向かい合っているテーブルの横を指さす。
有無を言わせないその口調に『はい…!』と返事した芽衣は、慌てて店のバックヤードに行き、一脚のパイプ椅子を持ってきた。そして、がしゃっ、と椅子を開くと、企業面接に臨む学生のように膝上に手を置いて姿勢よく座った。
「コホン……それではシスター・アリア、解説をよろしくお願いします」
「……ええ、迷える子羊に正しい知識をしっかりと教えるわ」
こうして、カトリックの教会で修道の道に励むアリアによる『ロザリオ講座』が開講した。
◆◆◆◆◆
「それじゃあメイ。まずはそれをここに置きなさい」
黒亜に促されたアリアは指先でテーブルの上をコツコツと叩き、芽衣に、その手に持っているものをここに置け、と指示した。
どことなく怒っている感じがしないでもないアリアのそのしぐさと口調に、芽衣はいつもの軽口も言わず、素直にその手の中にあるロザリオもどきをテーブルに置いた。
続いてアリアが、ズボンのポケットから自身が持つロザリオを取り出し、芽衣が購入したものと並べるようにテーブルへ置く。
白い珠が連なったそのロザリオは、以前に芽衣が“井戸の呪い”に苦しめられた際に、アリアから首にかけられたものであった。
「これが“ロザリオ” そしてこれは“十字架の付いたビーズのネックレス” この違いはわかるかしら?」
順番に指を向け、幼子に言い聞かせるように話すアリアに、芽衣はコクコクと頷く。
実はあまりわかっていないのだが『わからない』と素直に答えたら怒られそうだと思ったので、とりあえず頷いておいた。
「……わかっていなさそうね」
「わかってないね、多分」
じっと芽衣の目を見つめたアリアは、そんな芽衣の心境を見透かしたかのように断言し、黒亜からも追い打ちの一言が飛ぶ。
「うぅ……はい、わかってないです……」
何このお姉さんたちこわい。
魔女や聖職者は人の心まで見透かしてしまうのだろうか……
「はぁ……別にわかってなくても怒らないんだから、正直になりなさい」
ため息交じりのアリアの様子に、芽衣が、しゅん、となる。
「いい? “ロザリオ”っていうのは『祈るための用具』なの。ファッションアイテムとして身に着けるものではないのよ」
「えっ、そうなの!?」
初耳の情報に芽衣が驚く。
「そうなの。日本みたいにカトリックの信仰が薄い国だと、ロザリオはネックレスみたいなファッションアイテムとして認知されてることが多いけどね。例えば、日本の仏教では数珠を持って『南無阿弥陀佛』ってお経を唱えるでしょ? これがカトリック版になると、ロザリオを持って『ロザリオの祈り』っていうお祈りを唱えるの。つまり、ロザリオは数珠と同じね」
今までロザリオに対して『ネックレスとは少し雰囲気の違ったオシャレアイテム』ぐらいの認識しか持っていなかった芽衣だが、アリアの語った内容を聞き、ロザリオへの認識が急速に変化した。
「ってことは、ロザリオを首に掛けてオシャレアピールをしていたのは、数珠を首に掛けて『うぇーい』ってしているのと同じってこと…?」
「カトリックから見たら……まぁそうなるわね」
「な、なんてこったい……」
驚愕の事実。
それってすごく恥ずかしいし、宗教が絡んでいる分、なんだかとても罰当たりな感じもするぞ…?
「カトリックの教えが厳しく『ロザリオを首にかけるな』って言ってるわけではないから、その行為自体はやってもいいのよ。それに日本だけじゃなく、世界的にもロザリオをファッションアイテムとして見ている国はあるし、ジュエリーブランドでも“ロザリオネックレス”っていうカテゴリーで、堂々とアクセサリーとして販売しているところだってあるわけだしね」
ただ、と。
「敬虔な信者ほど、子供の頃から親に『ロザリオはネックレスじゃない』と教えられて育っているから、ただのアクセサリーとして身に着けている人に対して、違和感や嫌悪感を向ける人は多いわね。私も小さい頃はママのロザリオを首から下げて、怒られたときがあったわ」
昔を思い出し、アリアは、ふふふ、と笑う。
「でも私、呪われたときに、そのロザリオをアリアから首にかけてもらったよね? あれはいいの?」
芽衣はアリアと“神無山の井戸”に向かうときのことを思い出した。
「言ったでしょ? ロザリオを首に掛けること自体が悪いことじゃない、って。これを芽衣にかけたのは“呪い除け”のためよ。カトリック信者には、これを“お守り”とか、悪魔や邪なものと戦うための“武器”と捉える人もいるの。でもどの場合でも、その効果の根底には“信仰”と“祈り”があるわ」
「へぇ~!」
なんだかとてもエクソシストっぽい理由だ。いや、アリアはエクソシストなんだけど。
「あとは、そうね……例えば何かの事情で両手を塞ぎたくないとか、少し移動したらまた祈るからとか、ロザリオをしまうところがないとか……そういう場合はロザリオを首にかけるわね。でもそういう人はロザリオを首にかけても、十字架はシャツの中のしまう人が多いわ。信仰というのは『神の存在を信じ、仰ぎ、彼に自身の内面を曝け出すこと』であって、自身がカトリックであることを他者にひけらかすものではないのだから」
「うむむむ……」
難しそうな顔をする芽衣に、アリアは、くすり、と笑う。
「メイはあまり神様とか信じてなさそうよね」
「あっ、今なんかバカにしたでしょ!? 私だって信じてるし! テストの前に『テストでいい点が取れますように』とか、初詣で『何か良いことありますように』って神様にお祈りしてるもん!」
「メイちゃん、それは何の神様にお祈りしてるの?」
「え? そりゃ……勉強の神様とか幸運の神様とか…?」
笑ってきたアリアに反論した芽衣だが、横から黒亜に突っ込まれて答えに窮する。
自分で言いながら『幸運の神様とは?』と思ったが、やはりアリアと黒亜も苦笑していた。
「というわけで、まとめると『ロザリオはお祈りのための用具。ネックレスの様な単なるファッションアイテムとして身に着けるのは良くないけど、信仰に基づく理由があるなら首から下げるのは問題ない』ってところかしら」
「なるほど……アリア先生、勉強になりました」
「よろしい」
深々と頭を下げる芽衣に、アリアが頷く。
「でもさ、この見た目。首に通せそうな輪っかがあって、十字架に……プレート? も付いてるし、やっぱり『首から下げてください』って感じのオシャレアイテムに見えちゃうよね」
アリアの話を聞いてもなお、芽衣からアクセサリーの感覚が抜けきらない。
そんな芽衣に、やれやれ、という感じでアリアは抗議を続けた。
「この形状にもちゃんと意味があるのよ? ちゃんとしたロザリオは十字架とメダイ、そして59個の珠で構成されているの」
「そうなの?」
疑う訳ではないが、具体的な個数を言われると数えたくなるもの。
律儀にアリアのロザリオの珠の数を数えた芽衣は「ほんとだ!」と声を上げた。
「このロザリオを使った専用のお祈り――さっき言った『ロザリオの祈り』っていうのがあって、このロザリオはそのお祈りの文言を『何を』『どこで』『何回』言わなければならないのかを示しているの」
そう言ってアリアは十字架を指す。
「詳しく説明すると長くなるからかいつまんで話すけど、最初はこの十字架から始まって『十字架のしるし』と『使徒信条』を唱えるの。そしたら次は十字架に繋がるこの珠で『主の祈り』を唱えて、続くこの3つの珠で『アヴェ・マリアの祈り』を3回唱える。続いてこれが『栄唱』ね。そしてこのプレートが“メダイ”って呼ばれる“聖品”だけど、ここから『第一の黙想』が始まるわ」
アリアの淀みない説明を聞きながら、その指先を目を追っている芽衣は、アリアの口から出てくる怒涛の初耳単語に脳内をぐるぐるさせていた。
主の祈り? アヴェ・マリアの祈り? 栄唱? 黙想?
「――で、最後にまたメダイに戻ってきて『十字架のしるし』を唱えて終わりね。このメダイから始まってメダイで終わる5つの黙想で『一環』と呼ばれるのだけど、『アヴェ・マリアの祈り』は1つが薔薇の一輪を表していて……」
「アリア、アリア……」
「ん? どうしたのココ?」
説明の途中で黒亜に腕をつんつんされたアリアが尋ねると、黒亜は無言で芽衣を指さした。
ずっとロザリオを見ていたアリアが芽衣の方へ視線を移すと、芽衣が、ぽかん、とした表情で固まっていた。
「あー……」
状況を理解したアリア。
彼女は溜息を吐くと、芽衣の目の前で手を打ち鳴らす。
ぱーん
「はっ!?」
宙に彷徨っていた芽衣の魂が肉体に戻った。
「……まぁ、つまりこういう感じでロザリオを構成する各パーツに意味があるということね」
「な、なるほどね! そんな意味があるならこの形でも仕方ないね!」
途中の、しかも割と早い段階からもう聞いていなかったでしょ、という2人の視線を感じるが、芽衣はそれを強引に押し切って“理解した雰囲気”を装った。
「ともかく、メイが買ったこれは全然ロザリオじゃない、ってことはわかったでしょ?」
「うん、それはすごくわかった……」
ウキウキで購入したそのカラフルなネックレスが、今では芽衣を騙した憎たらしいパチモンにしか見えずに、怒りと悲しみが湧いてくるぐらいだ。
「でも、知識の有無は別として……あと私に相談しなかったことも別として、ちゃんと経験から学んで、自分からこういうものに興味を持つというのは素晴らしいことだわ。私に相談はなかったけれど」
本職の修道女である自分に相談がなかったことを2回言って強調したアリアは、テーブルのロザリオを手に取ると、芽衣に差し出した。
「その心意気に免じて、これをあげるわ。今後もこの仕事をやっていくなら役に立つでしょ」
「え? いいの…?」
「ええ。本格的な魔除けではないけど、珠にハウライトと水晶を使っているから浄化作用が高いし、取り乱した心を落ち着けたいときに持っているといいわ」
「あ、ありがとおおおお!!! アリア大好き! 見てココちゃん! 初めてのロザリオ!」
「わぁ、良かったね……っていうかそれ、あまり近付けないで……」
「?」
アリアから受け取ったロザリオを喜びの余り、芽衣は隣に座っている黒亜に向かって突き出したが、黒亜は仰け反るように距離を取った。
何で? と思った芽衣だったが、そこで何かを思い出したように、ふとスマホを取り出して時刻を確認する。
「あっ、ヤバ! ごめん、ちょっとこの後用事あるから先に帰るね! 今度アリアのいる教会にも行ってみるから!」
「ええ、いつでも待ってるわ」
慌ただしく学生鞄を手に取った芽衣は、ロザリオを片手にそのまま煙羅亭を出ていった。
◆◆◆◆◆
再び静けさを取り戻した店内。
「やっぱり面白いわね、あの子」
テーブルに肘を置き、路地を走っていく芽衣を窓から眺めていたアリアが薄く微笑みながらぽつりと漏らした。
「うん。まぁ、この前みたいに“怪異”を相手にするにはちょっと迂闊なところもあるけど、メイちゃんがいなかったら【奇々怪々】の活動も成り立たないし、あの明るくて賑やかな性格は貴重だよ」
黒亜が同意するように頷く。
地元の山形から神無市に戻った黒亜は、以前電話越しに宣言した通り、芽衣を煙羅亭に呼び出し“お説教”をしたらしい。
アリアはその場に同席していなかったが、後日、芽衣は涙目で『あの“井戸の呪い”より怖かった』とアリアに語った。
黒亜と付き合いの長いアリアも経験がある。無表情で相手の目を真っ直ぐ、じっ、と見ながら、淡々と怒るのだ。何か反論しようものなら『それで?』『だから何?』『それは言い訳?』などと切って捨てられ封殺される。
自身がこれまでの人生で呪いだの悪魔だのに散々苦しめられ、何度も死にかけた経験があるため、黒亜は“怪異”に対して迂闊な行動を取る人間には、殊更厳しい。
「そうね……ところでココちゃん、メイが買った“これ”は、どう思う?」
アリアがテーブルに残された、十字架の付いたカラフルなビーズのネックレスを指して、黒亜に問いかけた。
かなり漠然とした問いかけだったが、
「これは“呪物”だね」
と、アリアが望む答えを的確に返した。
「よかったわ。『こんなの買うなんて、いくらなんでもメイちゃんセンスなさすぎだよね』なんて返されたどうしようかと思った」
「それは返すまでもないよ。だって、そうとしか思わないでしょ?」
黒亜が“呪物”と断じた物の前で、2人は可笑しそうに笑った。
「これってやっぱり、あの“井戸の呪い”が原因かしら?」
「けっこう強力な“呪い”だったって話だし、たぶんそれがきっけかけだろうね」
アリアの問いかけに黒亜は肯定の意を返す。
芽衣は“怪異”を呼び寄せやすい体質になった。
魔術の“素質”もなければ、神仏に対する信仰もない、オカルトに対して無力な芽衣は、強力な“呪い”の被害に遭ったことがきっかけで“霊媒体質”へと変化してしまったのだ。
芽衣の性格からすると、本来彼女は“霊媒体質”になるような人間ではない。
しかし、強力な“井戸の呪い”によって、例えるなら芽衣を覆っている膜のようなものが、無理矢理に穴を空けられてしまったような感じだ。
呪い自体は完全になくなっても、一度開けられてしまった膜の穴は元には戻らず、その穴から他の呪いや悪霊悪鬼の類が侵入しようとしてくる。今、芽衣が陥ったのはそんな状態。
もちろん、まだ断定はできない。これはアリアたちの気のせいかもしれない。
だから、通販でこんな趣味の悪い“呪具”を買ってしまったのは偶然の可能性もある。
芽衣がネックレスを取り出したときに2人が無言だったのは、一目でそれがオカルト的に“良くない物”だということがわかったからだ。
同時に、芽衣が霊媒体質になったのではないかと危惧した。
だからアリアは、芽衣にハウライトと水晶のロザリオを渡した。芽衣に空いた穴から“怪異”が入って来にくくなるように、と。
「だとしたら、ちゃんと守ってあげないといけないわね」
「だからあのロザリオをあげたんでしょ?」
「さすが、ココちゃん先生は全てお見通しね」
「良い判断だと思う。その十字架ほどじゃないけど、あれ持ってるだけでだいぶ違うと思うもん」
アリアが芽衣に渡したロザリオは、アリアが複数持つロザリオの中でも浄化作用が強いもので、軽い“呪い”程度なら自動で無効化、あるいはその“呪い”を大きく弱体化させるだろう。
芽衣があのロザリオを黒亜に近付けた際、黒亜が嫌がるように仰け反ったのはその浄化作用が強力なためだ。その“在り方”が部分的に強力な“呪い”になっている黒亜は、アリアが扱うような神聖なものを近付けられると体調が悪くなってしまう。
「この十字架はさすがにダメよ。だってこれは教皇様が私にくれた十字架なのだから」
それはアリアがまだ生まれたばかりの頃。
母親の腕に抱かれてバチカン宮殿に赴き、当時ローマ教皇だったグレウス12世から直接アリアの首に掛けられた十字架。
当時も、今でも、彼女には大きすぎる、教皇自身がその首に下げていた十字架。
アリアはそれを首から外すと、テーブルに置かれた呪物のネックレスの近付けた。
じゅっ
消えた花火を水に浸けたときのような音。
全能なる父へのカトリックの信仰を十字架の形に具現化したと言ってもいいようなその聖品は、一瞬にしてネックレスの“呪い”を消し去った。
「まったく。仮にも十字架が付いているネックレスなのに呪物に成り下がるだなんて……腹立たしいわね」
再びその十字架を首に掛けながらアリアが苦々しい表情になる。
このネックレスの“呪い”自体は大したものではない。せいぜい持っていたらちょっとした怪我や病気になったりする程度で、死に至るようなことはないはずだ。
それでも、芽衣は数ある物の中からこれを選び、手元に引き寄せたのである。
「私の杞憂ならいいのだけど……」
「アリア。直感だけど、私もメイちゃんはたぶんなっちゃったと思う」
「ココが言うなら、やっぱりそうなんでしょうね……」
アリアの大きな溜息。
霊媒体質になってしまったのは、もう仕方ない。
問題は、そんな芽衣に“怪異”に対する対抗手段が全くないことだ。
「やっぱり、メイには魔術の“素質”はないのよね?」
「うん、私の見立てだと全くないね。それは霊媒体質になっても変わらないと思う……いっそ、アリアの弟子としてカトリックに入信させたら?」
冗談とも本気ともつかない黒亜の意見に、アリアは真顔で返す。
「必要に迫られて神様を信じようとしても、それは信仰とは呼べないわ。それにあの子、毎日足繫く教会に通ってお祈りするなんて出来なさそうだもの……」
こうして黒亜とアリアは、今後の芽衣の扱いについてどうするか、煙羅亭で頭を悩ませ続けたのであった。
<アリアのロザリオ講座、終>




