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第三話 この日のために、生まれてきたんだ

見慣れない天井。

村の家よりもずっと高い、立派な(はり)

目を覚ました瞬間、そこが自分の部屋ではないのだと分かった。


結局、昨日はほとんど眠れなかった。

目を閉じれば、あの女性の、力なく垂れ下がった指先が浮かんできて、吐き気がした。


けれど、鏡の前に立つと、現実は嫌でも目に入った。

栗色の髪に混じる、鮮やかな赤紫色の筋。

それを見るたび、自分が『選ばれた』のだという実感が込み上げる。


(……ごめん。 でも、あたしは生き残ったんだ)


その考えを振り切るように、あやめは支給されたばかりの戦闘着に腕を通した。

白地の羽織は、裾にだけ赤紫の色が差していた。

同じ赤紫色の、動きやすそうな袴。

腰紐をきつく締め、戦馬の面を頭の横に固定する。


鏡の中の自分は、もう昨日までの村娘ではなかった。


早くこの力を試したい。

何かにぶつけてみたい。

あやめは引き戸を開け、部屋を飛び出した。


向かった訓練場には、まだ朝の冷たい空気が残っていた。


「あやめ、だね」


不意に背後から声をかけられ、あやめは勢いよく振り返った。

そこに立っていたのは、一人の女性だった。

あやめより背が高く、立ち姿に揺るぎがなかった。


焦げ茶色の髪には黄土色の筋が混じり、長い三つ編みが背中に下がっていた。

巨大な斧を手に持ち、頭の横に白地に黄土色の紋様を刻んだ牛の面をかけていた。

装束の差し色も、髪と同じ黄土色だった。


(……あたしのと、色違いだ)


同じ面士なのに、受ける印象がまるで違う。

あやめが言葉を失っていると、彼女は低く落ち着いた声で言った。


「今日から基礎訓練を担当する、なたねだ」


あやめは気圧されながらも、慌てて頭を下げた。


「あ、はい! あやめです。よろしくお願いします!」

「いい返事だ。 まずは、使いやすそうなものを選びな」


訓練場の端には、刀、槍、斧、薙刀(なぎなた)が並んでいた。

あやめは迷わず薙刀へ手を伸ばす。


「それでいいんだね」

「はい!」


薙刀を握り、思い切り振り抜く。

ヒュッと空気を裂く音が響いた。


「前に出すぎだ。 ……死ぬよ、それ」


その言葉に、あやめは少しだけ顔をしかめた。


「でも、前に出なきゃ守れないじゃないですか」


なたねは、あやめの赤紫の瞳をまっすぐに見返した。


「……そういう単純な話じゃない」


納得はいかなかった。

けれど、なたねの眼差しには、それ以上言わせない重みがあった。


あやめは黙って薙刀を構え直し、訓練を続けた。

汗が滲み、呼吸が荒くなる。

それでも身体は驚くほど軽かった。

昨日の儀を越えて、力が身体に収まっている。


「飲み込みが早いね。 悪くない」


思っていた以上に、その評価が嬉しかった。


次の瞬間、鋭い警鐘が屋敷中に鳴り響いた。


「妖だ! 外門に接近中!」


空気が一変し、面士たちが一斉に動き出す。

なたねは表情ひとつ変えず、斧を肩に担ぎ直した。


「あやめ、あんたはここで待機。 実戦許可がまだ出てない」

「えっ、でもあたしだって……」

「命令だよ」


言い終えるより早く、なたねの背中は遠ざかっていった。


その時、訓練場の入り口に、龍面の青年が現れた。

ざわついていた空気が、一瞬で張りつめた。


「第一隊は外門迎撃。 第二隊は避難路を確保。 ――出撃」


短く無駄のない指示に、面士たちは迷いなく散っていった。

やがて、龍面の奥の視線があやめを捉えた。


「君は残れ。 まだ配属前だ」

「みんなが戦っているのに、あたしだけここにいろって言うんですか!」


あやめの声が広間に響いた。

龍面の青年は、すぐには答えなかった。


「……規定だ。 従え」


逆らう余地のない言葉だった。

昨日、石床の上で動かなくなった女性の姿が脳裏をよぎる。

ここに残れば、傷つかずに済む。

それでも、見ているだけなんて嫌だった。


(なんで、あたしだけ……!)


次の瞬間には、足が前へ出ていた。


「――っ、待て!」


背後から飛んだ声が、一瞬だけ掠れた気がした。

だが、振り返る余裕はなかった。


(行ける。 ……あたしは、戦える!)


規定を破ったことなんて、もう頭になかった。

視界の先に、戦火の上がる外門が見える。

あやめは迷わず駆けた。




* * *




村に近い外門付近は、まともな状態じゃなかった。

避難の遅れた住民たちが、まだ周囲に取り残されている。

倒れた荷車から果実が転がり、石畳の上で潰れていた。

逃げ惑う声が重なり、空気が張り詰めている。


数人の面士が住民を背にかばいながら、二体の妖をどうにか押しとどめていた。


鼓動がうるさい。

怖いはずなのに、笑いたくなるくらい身体が熱かった。


門前には、妖が二体いた。

一体は人型で、牙を剥き、毛むくじゃらの腕を振り上げている。

もう一体は四足型で、柱の陰を回り込み、低くうなりながら跳びかかろうとしていた。


「退けェ!!」


人型が吼え、石畳を砕く勢いで踏み込んでくる。

同時に、四足型が柱を蹴って跳んだ。

狙いは前衛の頭上。


(速い…!)


普通なら間に合わない。

それでも、次にどこへ落ちるかは分かった。


(このままじゃ、みんな潰される!)


足が先に出た。

石畳を蹴って間へ割り込み、薙刀を振り抜く。

ほとんど力任せに振り抜いた一撃だった。


――ザンッ!


薙刀の刃が四足型の前脚を浅く裂き、妖の軌道が大きく逸れる。

四足型はそのまま石畳に叩きつけられ、遅れて飛び込んだ味方の剣が肩口へ食い込んだ。


人型が怒りに目を血走らせ、あやめへ突進してくる。

右上から左下へ凶悪な爪が振り下ろされた。

半身を捻り、紙一重でかわす。

爪が肩口を浅く裂いた。


痛い。

でも、止まれない。


あやめはそのまま間合いの内側へ踏み込んだ。

返した薙刀を低く薙ぐ。


――ザッ!


人型の軸足が大きく揺れ、巨体が石畳へ叩き伏せられた。

決定打ではないが、それで十分だった。


「抑えろ!」


一拍遅れて縄が走り、人型が暴れながら押さえ込まれる。

四足型も面士たちに囲まれていたが、石畳を削る爪音はしばらく止まらなかった。


やがて、制圧を告げる声が上がった。


あやめは荒い息を吐く。

胸が激しく脈打ち、全身まで熱くなっていた。

遅れて肩口がじくりと痛む。

それでも今は、痛みより高揚の方が強かった。


まだ動ける。

いや、もっと暴れたい。

こんな感覚は初めてだった。


その時、拘束された人型の妖と目が合った。

金色の瞳が、じっとこちらを見ていた。

妖が何かを呟いた気がしたが、歓声に紛れて聞こえなかった。


(……え?)


あやめは強く首を振り、視線を逸らした。

今は余計なことなんて、考えなくていい。


「……ッ、やった!」

「見たか、今の動き!」

「今年の新人はひと味違うぞ!」


歓声がどっと広がり、あやめを包み込んだ。

隠れていた住民たちが次々と顔を出し、縋るような目を向けてくる。

泣きながら抱き合う親子。

震える手で何度も頭を下げる老人。


その中心に、自分がいる。


「……すごい」


一人の子どもが、憧れに満ちた瞳でまっすぐにあやめを見ていた。


「本物の面士様だ!」


その言葉に、頬が勝手に緩む。


(ああ……)


これが欲しかった。

誰かを守れた。

そう思った。

でも、それだけじゃない。


視線が集まる。

名前を呼ばれる。

すごい、と言われる。

それが、傷の痛みよりずっと強く身体に入ってくる。


守りたいのか、見てほしいのか、もう分からなかった。

ただ、拍手が鳴る場所へ行きたかった。


次も。

その次も。

ずっと。


あたしはたぶん、この日のために生まれてきたんだと、少しだけ本気で思った。


足元では踏み潰された果実が甘い匂いを放っていた。

面士たちに引きずられていく人型の妖が、不意に振り返る。

暗い眼差しが、一瞬だけあやめの背中を追った。

だが、歓声の中心にいる彼女は、その視線に気づかなかった。


撤収の指示が出ると、あやめは一歩、強く石畳を踏みしめた。

カツン、と乾いた足音が、やけに誇らしく響く。


あたしは、選ばれた。

守る側に、なれたんだ。


遠ざかる歓声を背中いっぱいに浴びながら、あやめは歩いた。

一度も後ろは振り返らなかった。

お読みいただきありがとうございます!


活動報告やXに作品キービジュアル、設定資料などを掲載しています!


X:@nekoudon_maru


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